184 / 552
特別な人
特別な人 第183話
しおりを挟む
泣くだけ泣いて何とか落ち着きを取り戻した僕は、梃子でも動かないとベッドの傍に鎮座していた茂斗にもう大丈夫だからと告げて半ば強引に部屋から出て行ってもらった。
追い出された形になった茂斗は随分な扱いを受けたにもかかわらず部屋を出て行く直前まで僕の心配をしてくれていて、何処までも頼りになる双子の片割れだと思った。
部屋に一人になった僕は失恋の恋の痛みに身を切られる思いをしながら、この想いを忘れる努力をしなければならないと考えていた。
できることなら忘れたくない想い。でもこの想いは虎君には迷惑でしかない。
だから早く忘れて今まで通りに戻らないと。
そんな風に考えることはできるけど、前向きになろうと心を偽る僕を嘲笑うのは深層心理に潜む僕だった。
(『今まで通り』なんて、無理に決まってる。僕は虎君が好きだから、どんなに取り繕っても昔に戻れるわけないよね……)
きっと今ここで記憶喪失にでもなって虎君への想いを忘れてしまえば、『昔』に戻れるだろう。
でもそんな都合のいい展開なんて起りえない。
僕はこの先ずっと虎君への想いを抱えて生きていかなければならない。
たとえ焦がれる想いが薄れたとしても、虎君を想った心は無くなったりしない。
そこまで考えて、僕はもう以前のように虎君の傍にいることができないんだと理解した。
理解して、気持ちは落ち込んだ。
ずっと一緒に居られると思っていた大切な人に恋心なんて抱いたせいで、僕はその人を永遠に失ってしまう。
それはんて悲劇なんだろう。
「やだな……。僕、物語は絶対にハッピーエンドじゃないと嫌なのに……」
それなのに僕の物語はあまりにもひどい結末で、笑うしかない。
僕は涙を堪えて独り笑った。笑わないとまた同じことの繰り返しのような気がしたから。
「……次の物語はハッピーエンドじゃないと恨むよ、神様」
仰向きだった体勢から身を捩って横を向くと、勉強机の上に飾った写真盾が目に入る。
数えきれないほど撮った写真の中で一番のお気に入りは二年前の春に家の庭で取った思い出。
確かあの日、虎君は大学の入学式の前日でお父さんとお母さんもサプライズで日本に帰って来てて大騒ぎしてたっけ。
たかが大学の入学祝いをするためにわざわざイギリスから帰って来なくてもよかったのにって悪態をついていた虎君。でも、聞けば夏に新しいアルバムをリリースする予定の虎君のお父さんとお母さんのバンドはレコーディング作業が佳境だったみたいで、次の日には日本を発つタイトスケジュール。虎君の悪態の理由は、両親の身体を心配してのことだった。
僕はそれを知って優しい虎君がますます大好きになって、照れ隠しをする虎君を可愛いと思った。
写真に写っているのは、その時の僕と虎君。カッコいいのに可愛い虎君を茶化して笑う僕と、そんな僕に困ったような笑い顔を見せる虎君の姿……。
「ふっ……うぅ……」
視界が歪んで写真に写る僕の姿も虎君の姿もぼやけてしまう。
僕は写真から目を逸らし、枕に顔を埋めて必死に涙を堪えた。
でも、我慢しても嗚咽は漏れてしまって、自分のその声に悲壮感が余計に増してまた涙がボロボロと零れてきた。
「だ、めだ……、はぁ……、しっかりしないと……」
混み上がってくる熱いものを必死に飲み込み、ごしごしと目を擦って涙を引っ込める。
感傷に浸っていたらいつまでたっても決心できなくなってしまいそうだ。
僕は勢いをつけて体を起こすともう一度目を擦って涙の痕を誤魔化した。
(……虎君、もう帰ったかな……)
掛け時計が示す時間は、いつもなら家に帰っているだろう時間。
でも、脳裏に過るのは姉さんと虎君の姿で、僕は慌てて首を振って悪いイメージを追い出した。
(ダメだ……、こんなんじゃ明日も部屋に閉じこもらないと泣いちゃいそう……)
そんなことになったら、今日は放っておいてくれた母さん達が煩そうだ。
僕は気持ちを切り替えられないならいっそ何も考えないようにすればやり過ごせるかもしれないとか無謀な事を考える。まぁ自分の性格的に無理だって分かってるんだけど。
「いっぱい泣いたからかな、ちょっとだけ元気かも……」
自分の突拍子ない考えに無意識に笑っていた自分に安堵する。
僕は少しだけ持ち直した気分に、今のうちにお風呂に入ってついでに何か飲み物をとってこようとベッドを降りた。
鍵を外してドアを開け、顔を出して廊下の様子を窺う自分に馬鹿だなと自嘲が零れる。
(虎君がいるわけないのに、何期待してるんだか……)
帰っていて欲しいと思っていたくせに『もしかして』を期待するなんて、浅はかにも程がある。
僕は深呼吸を数回繰り返して別の事を考えるよう心掛けた。
でも、祈る思いで階下に降りた僕は廊下に響く声に身体が竦んでしまった。
数歩先にはリビングのドアがあって、ドアはちゃんと閉まってる。けど、それでもよく通る声はドアをすり抜け僕の耳に届いてくれる。
「ちょっととらぁ! あたしのはらし、ちゃーんときぃてるぅ!?」
舌足らずな喋り方はいつもの凛とした雰囲気とは似つかわしくない。でも、それでもこれは姉さんの声だ。
呂律の回らない喋りはとても素面とは思えなかったけど、かろうじて聞き取れた名前に僕は全てがどうでもよくなってしまった……。
追い出された形になった茂斗は随分な扱いを受けたにもかかわらず部屋を出て行く直前まで僕の心配をしてくれていて、何処までも頼りになる双子の片割れだと思った。
部屋に一人になった僕は失恋の恋の痛みに身を切られる思いをしながら、この想いを忘れる努力をしなければならないと考えていた。
できることなら忘れたくない想い。でもこの想いは虎君には迷惑でしかない。
だから早く忘れて今まで通りに戻らないと。
そんな風に考えることはできるけど、前向きになろうと心を偽る僕を嘲笑うのは深層心理に潜む僕だった。
(『今まで通り』なんて、無理に決まってる。僕は虎君が好きだから、どんなに取り繕っても昔に戻れるわけないよね……)
きっと今ここで記憶喪失にでもなって虎君への想いを忘れてしまえば、『昔』に戻れるだろう。
でもそんな都合のいい展開なんて起りえない。
僕はこの先ずっと虎君への想いを抱えて生きていかなければならない。
たとえ焦がれる想いが薄れたとしても、虎君を想った心は無くなったりしない。
そこまで考えて、僕はもう以前のように虎君の傍にいることができないんだと理解した。
理解して、気持ちは落ち込んだ。
ずっと一緒に居られると思っていた大切な人に恋心なんて抱いたせいで、僕はその人を永遠に失ってしまう。
それはんて悲劇なんだろう。
「やだな……。僕、物語は絶対にハッピーエンドじゃないと嫌なのに……」
それなのに僕の物語はあまりにもひどい結末で、笑うしかない。
僕は涙を堪えて独り笑った。笑わないとまた同じことの繰り返しのような気がしたから。
「……次の物語はハッピーエンドじゃないと恨むよ、神様」
仰向きだった体勢から身を捩って横を向くと、勉強机の上に飾った写真盾が目に入る。
数えきれないほど撮った写真の中で一番のお気に入りは二年前の春に家の庭で取った思い出。
確かあの日、虎君は大学の入学式の前日でお父さんとお母さんもサプライズで日本に帰って来てて大騒ぎしてたっけ。
たかが大学の入学祝いをするためにわざわざイギリスから帰って来なくてもよかったのにって悪態をついていた虎君。でも、聞けば夏に新しいアルバムをリリースする予定の虎君のお父さんとお母さんのバンドはレコーディング作業が佳境だったみたいで、次の日には日本を発つタイトスケジュール。虎君の悪態の理由は、両親の身体を心配してのことだった。
僕はそれを知って優しい虎君がますます大好きになって、照れ隠しをする虎君を可愛いと思った。
写真に写っているのは、その時の僕と虎君。カッコいいのに可愛い虎君を茶化して笑う僕と、そんな僕に困ったような笑い顔を見せる虎君の姿……。
「ふっ……うぅ……」
視界が歪んで写真に写る僕の姿も虎君の姿もぼやけてしまう。
僕は写真から目を逸らし、枕に顔を埋めて必死に涙を堪えた。
でも、我慢しても嗚咽は漏れてしまって、自分のその声に悲壮感が余計に増してまた涙がボロボロと零れてきた。
「だ、めだ……、はぁ……、しっかりしないと……」
混み上がってくる熱いものを必死に飲み込み、ごしごしと目を擦って涙を引っ込める。
感傷に浸っていたらいつまでたっても決心できなくなってしまいそうだ。
僕は勢いをつけて体を起こすともう一度目を擦って涙の痕を誤魔化した。
(……虎君、もう帰ったかな……)
掛け時計が示す時間は、いつもなら家に帰っているだろう時間。
でも、脳裏に過るのは姉さんと虎君の姿で、僕は慌てて首を振って悪いイメージを追い出した。
(ダメだ……、こんなんじゃ明日も部屋に閉じこもらないと泣いちゃいそう……)
そんなことになったら、今日は放っておいてくれた母さん達が煩そうだ。
僕は気持ちを切り替えられないならいっそ何も考えないようにすればやり過ごせるかもしれないとか無謀な事を考える。まぁ自分の性格的に無理だって分かってるんだけど。
「いっぱい泣いたからかな、ちょっとだけ元気かも……」
自分の突拍子ない考えに無意識に笑っていた自分に安堵する。
僕は少しだけ持ち直した気分に、今のうちにお風呂に入ってついでに何か飲み物をとってこようとベッドを降りた。
鍵を外してドアを開け、顔を出して廊下の様子を窺う自分に馬鹿だなと自嘲が零れる。
(虎君がいるわけないのに、何期待してるんだか……)
帰っていて欲しいと思っていたくせに『もしかして』を期待するなんて、浅はかにも程がある。
僕は深呼吸を数回繰り返して別の事を考えるよう心掛けた。
でも、祈る思いで階下に降りた僕は廊下に響く声に身体が竦んでしまった。
数歩先にはリビングのドアがあって、ドアはちゃんと閉まってる。けど、それでもよく通る声はドアをすり抜け僕の耳に届いてくれる。
「ちょっととらぁ! あたしのはらし、ちゃーんときぃてるぅ!?」
舌足らずな喋り方はいつもの凛とした雰囲気とは似つかわしくない。でも、それでもこれは姉さんの声だ。
呂律の回らない喋りはとても素面とは思えなかったけど、かろうじて聞き取れた名前に僕は全てがどうでもよくなってしまった……。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫愛家族
箕田 悠
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる