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特別な人
特別な人 第178話
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人は限界を超えるといろんなことがどうでもよくなるみたいだ。
部屋で一人になったら思い切り泣こうと思っていた僕は、全く涙が零れてこないことに驚いた。
でも、驚いても表情は全く変わらなくて、全身の力が抜けて指先を動かすことすら億劫に感じた。
枕に半分顔を埋めてぼんやりとしていれば、ドアをノックする音が耳に届く。きっと虎君だろうな……。なんて予想すれば、想像通りの声が遠慮がちに僕を呼んでくる。
(もう放っておいてよ……)
すぐに追いかけてきてくれなかったくせに、心配してるフリなんてしないで欲しい。
どうせ姉さんとまた言い合いでもして、怒った姉さんの気持ちが落ち着くまでの時間潰しがてら僕の様子を見に来たんでしょ?
そんな卑屈な考えを巡らせて、悲しみと怒りをぶつける僕。
ただの八つ当たりだと分かっているけど、今の僕はとてもじゃないけど罪悪感や申し訳なさを感じる余裕なんてなかった。
再びノックされ、名前を呼ばれる。僕はだんまりを決め込んで、静かにして欲しいと目を閉じた。
耳に届くのはドアノブを回す音。でも鍵をかけているから、ドアは開かない。
聡明な虎君なら、この意味が分かるよね?
僕の問いかけに応えるように、音は止んだ。
再び静まり返る部屋で一人、息を吐く。
もう何も考えたくないし思い出したくない。だからどうか眠らせて欲しい。
そんなことを願いながら重い体を何とかして動かし仰向けになれば、蛍光灯の明かりがやけに眩しく感じた。
(明日からどうしよう……。冬休みだし送り迎えは要らないけど、虎君、明日も家に来るよね……)
学校まで僕を送迎する必要のない休日も虎君は家に遊びに来ているから、明日から来ないなんてことはまず考えられない。
それは今まで当然だと思い込んでいた虎君と過ごす休日で、僕はどうやって虎君と顔を合わせないようにしようかあまり働かない頭を考えた。
(そもそも冬休みが終わったら学校が始まるし、どうやって学校に行こう……)
思い返せば僕って本当、虎君におんぶに抱っこ状態だった。
姉さんの弟だから優しくされていただけなのに僕だから―――『弟』だから大事にされているんだと勘違いして虎君に甘え切っていた。
おかげで僕一人でできることなんてほぼ無いんじゃないかと思ったぐらいだ。
僕はぼんやりと天井を眺めたまま、どんなに避けたところで二週間後には嫌でも虎君と顔を合わせなければならない現実に泣きたくなる。
(そもそも僕は受験生だし……。虎君、先生だし……)
年明けの受験に向けて勉強しなくちゃダメだから、家庭教師の虎君を二週間も避けるなんてどう頑張ってもできるわけない。
いっそ受験を止めてしまいたいと思う僕。
内部受験ならこんな必死に頑張らなくても進学できるだろうし、何より寮生になったら家から離れることができる。
このまま毎日虎君と姉さんと顔を合わせることを考えたら、自分のためにも外部受験を止めた方が良いと強く思ったのはそれからすぐのことだった。
(ああでも母さん達に反対されるかな……)
過保護なところがある両親を思い出せば、絶対にダメだと反対する姿が容易に浮かんだ。
『寮での共同生活に葵が耐えられるわけがないでしょ!』
それは中等部に進学した僕が入寮すると言った際に母さんがダメだと反対して口にした言葉。
家のことはお手伝いさんや母さん達に任せきりで、何か困ったことがあれば虎君を頼って、全く一人で生きる力を持っていなかった当時の僕。
それなのにいきなり赤の他人と共同生活なんて絶対に無理だと母さんは大反対した。
当時クライスト学園に知り合いがいなかった僕は、母さんの言うことも一理あるかもしれないとちょっぴり納得してしまった。
だから、一緒に進学した慶史のためにもなんとか寮に入りたかったけど、僕は結局新しい環境への不安も相まって母さん達の言うことを聞くことにした。
あの頃と今と、僕自身は何も変わっていない。だから母さんは同じ理由で入寮を反対するだろう。
でもあの頃と違って今はクライストにも友達がいるし、僕が入寮を不安に感じることは一切ない。
だから母さんがどんなに反対しようとも、僕に入寮する強い意志さえあれば案外何とかなるかもしれない。
(うん。そうしよう……。外部受験止めて、休み明けから寮に入ろう……)
中等部での寮生活は、冬休みが明ければ残り三カ月もない。
それなのにどうして今このタイミングで? と周りは訝しく思うだろう。
だから僕は『高等部で入寮するために慣れておきたい』と尤もらしい理由を語る。そうすれば、殆どの人は納得してくれるはずだ。
僕はそんな思考を巡らせ、目を閉じた。
閉じた瞼の奥に感じる蛍光灯の光。
その僅かな明るさからも逃げるように僕は両手で顔を覆い隠すと、できることなら今すぐこの家から出て行きたいと思った。
(会いたくない……。姉さんにも虎君にも、もう会いたくない……)
喧嘩しながらも仲の良い二人の姿なんて見たくない。姉さんを愛しそうに見つめて笑う虎君も、そんな虎君の想いを受け取らずに別の人を想う姉さんの笑顔も、二度と―――。
(こんなに苦しい思いをするぐらいなら、好きになりたくなかったよ……)
好きな人に好きになってもらえる。
それを奇跡と呼んだ人は、正しいと思う。だって『奇跡』はどんなに願い望もうとも滅多に起るものじゃないんだから……。
部屋で一人になったら思い切り泣こうと思っていた僕は、全く涙が零れてこないことに驚いた。
でも、驚いても表情は全く変わらなくて、全身の力が抜けて指先を動かすことすら億劫に感じた。
枕に半分顔を埋めてぼんやりとしていれば、ドアをノックする音が耳に届く。きっと虎君だろうな……。なんて予想すれば、想像通りの声が遠慮がちに僕を呼んでくる。
(もう放っておいてよ……)
すぐに追いかけてきてくれなかったくせに、心配してるフリなんてしないで欲しい。
どうせ姉さんとまた言い合いでもして、怒った姉さんの気持ちが落ち着くまでの時間潰しがてら僕の様子を見に来たんでしょ?
そんな卑屈な考えを巡らせて、悲しみと怒りをぶつける僕。
ただの八つ当たりだと分かっているけど、今の僕はとてもじゃないけど罪悪感や申し訳なさを感じる余裕なんてなかった。
再びノックされ、名前を呼ばれる。僕はだんまりを決め込んで、静かにして欲しいと目を閉じた。
耳に届くのはドアノブを回す音。でも鍵をかけているから、ドアは開かない。
聡明な虎君なら、この意味が分かるよね?
僕の問いかけに応えるように、音は止んだ。
再び静まり返る部屋で一人、息を吐く。
もう何も考えたくないし思い出したくない。だからどうか眠らせて欲しい。
そんなことを願いながら重い体を何とかして動かし仰向けになれば、蛍光灯の明かりがやけに眩しく感じた。
(明日からどうしよう……。冬休みだし送り迎えは要らないけど、虎君、明日も家に来るよね……)
学校まで僕を送迎する必要のない休日も虎君は家に遊びに来ているから、明日から来ないなんてことはまず考えられない。
それは今まで当然だと思い込んでいた虎君と過ごす休日で、僕はどうやって虎君と顔を合わせないようにしようかあまり働かない頭を考えた。
(そもそも冬休みが終わったら学校が始まるし、どうやって学校に行こう……)
思い返せば僕って本当、虎君におんぶに抱っこ状態だった。
姉さんの弟だから優しくされていただけなのに僕だから―――『弟』だから大事にされているんだと勘違いして虎君に甘え切っていた。
おかげで僕一人でできることなんてほぼ無いんじゃないかと思ったぐらいだ。
僕はぼんやりと天井を眺めたまま、どんなに避けたところで二週間後には嫌でも虎君と顔を合わせなければならない現実に泣きたくなる。
(そもそも僕は受験生だし……。虎君、先生だし……)
年明けの受験に向けて勉強しなくちゃダメだから、家庭教師の虎君を二週間も避けるなんてどう頑張ってもできるわけない。
いっそ受験を止めてしまいたいと思う僕。
内部受験ならこんな必死に頑張らなくても進学できるだろうし、何より寮生になったら家から離れることができる。
このまま毎日虎君と姉さんと顔を合わせることを考えたら、自分のためにも外部受験を止めた方が良いと強く思ったのはそれからすぐのことだった。
(ああでも母さん達に反対されるかな……)
過保護なところがある両親を思い出せば、絶対にダメだと反対する姿が容易に浮かんだ。
『寮での共同生活に葵が耐えられるわけがないでしょ!』
それは中等部に進学した僕が入寮すると言った際に母さんがダメだと反対して口にした言葉。
家のことはお手伝いさんや母さん達に任せきりで、何か困ったことがあれば虎君を頼って、全く一人で生きる力を持っていなかった当時の僕。
それなのにいきなり赤の他人と共同生活なんて絶対に無理だと母さんは大反対した。
当時クライスト学園に知り合いがいなかった僕は、母さんの言うことも一理あるかもしれないとちょっぴり納得してしまった。
だから、一緒に進学した慶史のためにもなんとか寮に入りたかったけど、僕は結局新しい環境への不安も相まって母さん達の言うことを聞くことにした。
あの頃と今と、僕自身は何も変わっていない。だから母さんは同じ理由で入寮を反対するだろう。
でもあの頃と違って今はクライストにも友達がいるし、僕が入寮を不安に感じることは一切ない。
だから母さんがどんなに反対しようとも、僕に入寮する強い意志さえあれば案外何とかなるかもしれない。
(うん。そうしよう……。外部受験止めて、休み明けから寮に入ろう……)
中等部での寮生活は、冬休みが明ければ残り三カ月もない。
それなのにどうして今このタイミングで? と周りは訝しく思うだろう。
だから僕は『高等部で入寮するために慣れておきたい』と尤もらしい理由を語る。そうすれば、殆どの人は納得してくれるはずだ。
僕はそんな思考を巡らせ、目を閉じた。
閉じた瞼の奥に感じる蛍光灯の光。
その僅かな明るさからも逃げるように僕は両手で顔を覆い隠すと、できることなら今すぐこの家から出て行きたいと思った。
(会いたくない……。姉さんにも虎君にも、もう会いたくない……)
喧嘩しながらも仲の良い二人の姿なんて見たくない。姉さんを愛しそうに見つめて笑う虎君も、そんな虎君の想いを受け取らずに別の人を想う姉さんの笑顔も、二度と―――。
(こんなに苦しい思いをするぐらいなら、好きになりたくなかったよ……)
好きな人に好きになってもらえる。
それを奇跡と呼んだ人は、正しいと思う。だって『奇跡』はどんなに願い望もうとも滅多に起るものじゃないんだから……。
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