特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第155話

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「でも本当、来週から寂しくなるね」
「だなぁ。てか俺も恋人欲しい!」
「『恋人』が欲しいだけなら、上野と付き合えば?」
「! 『好きな人』が欲しいです!!」
 僕とあまり遊べなくなると言う朋喜と、恋愛がしたいと言う悠栖。
 僕はそのやり取りを聞きながら、さっきからずっと感じていた違和感を口にした。
「あの、さっきから思ってたんだけど、みんなどうして僕と虎君が上手く行く前提で喋ってるの……?」
 確かに僕は虎君のことが大好きだし、虎君が僕の恋人になってくれるのならそんな嬉しいことはないってぐらい幸せになれるだろう。
 でも僕はまだ虎君に告白してないし、虎君は僕のことを家族として『好き』でいてくれるだけで恋愛対象として『好き』でいてくれるわけじゃない。
 今はまだ、まずは『恋愛対象』として意識してもらえるように『想い』を告げることが先決っていうレベルの話なのに、どうしてトントン拍子に良い方向に話が進むと思っているんだろう?
 僕は恋愛初心者だから知らないだけで、上手く行く前提で話をするのが普通なのかな……?
(でも、それってダメだった時に凄く辛くならない……?)
 想いに応えてもらえる想像ばかりしていたら、期待が勝手に膨らんでしまう。そして、期待が大きければ大きいほど、それがダメだった場合の落ち込みは酷くなる。
 少なくとも僕はそうだから、何事においてもあまり期待はしたくない。傷つくのが怖いから。
(確かに『成功をイメージする事は本当に成功するためにも重要なことだ』って父さんも言ってたし、『想い』に応えて欲しいなら『絶対に恋人になれる』って信じて想像するべきなんだろうけど、でも僕の力だけじゃどうしようもないことだし、やっぱり怖いよ……)
 願って望んで両想いになれるのなら、誰も失恋なんてしないだろう。
 だから、僕はどう頑張ってもこの想いが上手く行くと前向きに考えることができない。
 でも、そんな僕に三人は期待させることを言ってくるから困ってしまう。
「『なんで』って、上手く行かないわけがないからに決まってるでしょ? あの人が葵からの告白を断ることなんて万が一にも有り得ないし」
「万が一っていうか、億が一レベルだろ。マモが振られるとか絶対、マジ絶対ありえねぇー」
「だよね。葵君への『愛』が駄々漏れだもんねぇ」
 三人は息をぴったりに言いきってくれる。誰の目から見ても両想いだ。って。
 虎君は僕のことをとても大事にしてくれている。確かにそれは誰の目から見ても明らかで、すぐに分かることだろう。
 でも、大事にしてくれているのは『家族』だからであって『恋愛』的な意味合いじゃない。
 僕は、一見すると『愛情』の違いが分からないから誤解されても仕方ないと自分に言い聞かせる。三人は勘違いしているだけだから言葉を鵜呑みにしちゃダメだ。って。
 けど、何度も繰り返し言い聞かせているのに、気持ちは落ち着かなくて、浮き足立ってしまっている。
(期待しちゃダメだってばっ!)
 虎君は僕のことを『弟』としてしか見ていないんだから、勘違いして『もしかして!』なんて期待したら後で泣く羽目になるぞ!
「本当、駄々漏れだよね。てかあれで隠してるつもりだったら来週から怖すぎるんだけど」
「! 確かにそうだよな。隠しててあれなら、隠さなかったらどうなるんだ?」
「葵君しか見えなくなるんじゃないかな?」
「それは今もでしょ。昔からあの人の世界って『葵』と『それ以外』で構成されてるし」
 期待しないようにと必死な僕の事なんてお構いなしに慶史達は新学期から朝の正門前が暑苦しくなりそうだとか言ってくれてて、本当やめて欲しい。
「なんていうか、目が違うんだよね。普段と葵の前とじゃ籠められてる熱が全然違う」
「目は気づかなかったけど、表情は全然違うよね。他の人と喋ってる時のお兄さんの顔はかなり無愛想なんだけど、葵君が傍にいる時は『別人?』って聞きたくなるぐらい甘くて優しいし」
「わかる! マジ甘ったるいよな。 偶に此処で見かけるけど、『この人マモにベタ簿れだな』って一発でわかるレベルだったし! そもそもマモがこの3年間平穏無事に過ごせたのはあの人の威嚇のおかげだと俺は思ってるぞ!」
「本当、分かりやすいマウントの取り方してるもんね。でもまぁ葵が変な奴等に絡まれたりしなかったっていう点だけは評価しても良いかな」
「お前、それは上から目線過ぎるだろ」
 僕を乗せるためなのか、『今までずっと感じてたことだけど』って次々と期待させる言葉を口にする慶史達。
 そのどれもが、虎君ももしかしたら僕の事を好きなんじゃ……? って期待させる内容だから、否定しても否定しても希望を抱くことを止められない。
 虎君に好きになって欲しい。『弟』としてじゃなくて、もっと『特別』な意味で僕の事を想って欲しい。と。
 僕は虎君に見つめられただけで、名前を呼ばれただけで泣きそうになるぐらい大好きだから、僕だけの虎君になって欲しい……。と……。
(ダメっ。ダメ、そんなこと考えちゃダメっ!)
 もしも虎君に『恋人』として抱き締めてもらえたなら。
 もしも虎君に『恋人』として笑いかけてもらえたなら。
 もしも虎君に『恋人』としてキスしてもらえたなら……。
 否定しても否定しても、期待は膨らんで大きくなる。
 そしてとうとう募る想いと愛しさに、僕は期待する浅はかな思考を止める術を失ってしまった……。
「……顔真っ赤」
「だ、だって! だって……」
 慶史は僕を見て笑う。悠栖も朋喜も、笑ってる。
 僕は三人の視線を感じながら俯いて、虎君が大好きすぎて苦しいよ……って胸を満たす溢れる想いを必死に絞り出した。
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