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4話

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 祖父が亡くなり2週間経った。蒼太は普段通りに振る舞っているつもりだが、ふっとしたとき表情が乏しくなる。弁当もご飯もいつも通り作ってくれる。蒼太はまだ食欲が出ないのか少し食べたら箸を置く。味は美味しいのに一人で食べるご飯はあまり美味しく感じない。
「もっと食べないと元気でないよ」
「大丈夫。もうお腹いっぱいだから」
 蒼太はにこりと笑った。その笑顔が痛々しく見える。
「はやく食べないとサカキン迎えに来るよ」
 仕事なんて行きたくない。蒼太のことが心配で仕事に身が入らない。最近はぼーとしているせいか榊によく怒られる。仕事に私情を挟むのはよくないとはわかっているけど、どうすれば蒼太が元気になれるか毎日考えてる。
 考えてるのにいい答えは出てこない。
 
 榊の運転するロールスロイスに乗りながら外の風景を眺める。外には通勤中のサラリーマンや通学中の学生が歩いている。なかでも碧人の目が向くのは幸せそうに笑うカップルや家族だ。
 幸せそうにしている人がいる反面、蒼太のように悲しみのどん底にいる人もいる。どうしたら蒼太が幸せになれるだろうか。祖父が甦ってくれたら一番いいのだが、そんな非現実的なことは起こるはずもない。
 碧人は深いため息をついた。
「あなたがため息ですか。最近多いですね」
 碧人のため息を聞き榊が声をかけた。
「そんなにため息ついてる?」
「はい。ここ最近はずっと」
「……気づかなかった」
 無意識に僕までも元気がなくなっていたのだろう。こんなんじゃ蒼太を元気づけるどころか心配されてしまう。
 最近忙しくなり、帰る時間も22時を過ぎることも多くなった。蒼太ともご飯を食べる時間がズレてしまったため、ちゃんと食べているか心配である。
 碧人がいない間に一人で泣いているのではないかと気が気ではない。
「……佐々木くんのお爺様のことは残念だったと思います。ですが、あなたまで元気をなくしてしまっては本末転倒ですよ」
「わかってるけど……」
「佐々木くんなら大丈夫です。彼は強いですから」
「……うん」
 車が会社に到着した。車から出るとエレベーターに乗り最上階にある社長室に向かった。作業用ディスクには積み上げられた書類の数々。これから目を通さなければならない。碧人は無意識にため息をついた。
 仕事は忙しい。それに蒼太のことも気になる。でも蒼太のことを気にかけてばかりだと仕事に支障がでる。従業員の生活がかかっているため、手を抜くことはできない。ちょっとしたケアレスミスで会社に大損害を与えかねないのだ。
 碧人は作業用ディスクの引き出しから一つ飴を取り出して口に入れ、コロコロと口の中で転がす。甘い物は好きだ。考えるとエネルギーを消費する。甘い物を食べると手軽にエネルギー補充できるだけではなく気分がよくなる。
 
(ん? 甘い物?)
 
 碧人のは突然降ってきた閃きに目を輝かせた。
 甘い物を食べたら蒼太は元気になるかもしれない。
 碧人はすぐさまスマートフォンを取り出し、「簡単 手作りお菓子」で検索する。検索画面にはカップケーキやクッキー、マカロンなど出てくるが、どれも初心者には難易度が高い。
 
(メレンゲってなに?)
 
 まず、作り方に載っている名前の意味がよくわからないのだ。
 蒼太は簡単に料理を作ってくれるが、包丁すら握ったことのない碧人にとって料理は未知の世界。碧人にでも簡単に作れるお菓子はないものかと検索画面を睨めっこする。
「そんなに真剣な顔でなにを探しているんですか?」
 社長室に入ってきた榊が尋ねた。
「ねぇ、僕でも作れそうな簡単なお菓子って知ってる?」
「作らなくてもお店で買えばいいじゃないですか。あなたが作るより断然お店のほうが美味しいと思いますが」
「それはそうだけど……。それじゃあ心がこもってないじゃん」
「心ですか」
 有名店のお菓子なら間違いなく美味しい。でも、それではだめなのだ。蒼太にそんなのプレゼントしたって、喜んでくれるはずもない。
 榊はしばらく考えたのち、閃いたように言った。
「ホットケーキなどどうですか?」
「ホットケーキか。サザエさんで見たことある」
「あなたの基準はいつもサザエさんなんですね」
「ホットケーキってそんなに簡単にできるの?」
「ホットケーキミックスに味がついてるので、卵や牛乳を入れて焼くだけなので初心者の社長でも作れるかと」
「ホットケーキか……」
「雑談はこれくらいにして仕事の話をしますよ」
 榊はスケジュール表を開き本日のスケジュールを話し始めた。経営会議やプロジェクト会議などの会議が3件、商談が2件。空いている時間に雑務や目の前の書類の山を片付けなければならない。スケジュールを聞き終え、碧人は口を開く。
「ねぇ、榊。お願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「今週、休みがほしいんだけど…」
「ダメです」
 榊は即答で答えた。少しは考える素振りをしろと碧人は心の中で小言を言う。
 今週から忙しくなり、土日も会食や講演会が入っている。取引先の機嫌取りのためだけに開かれる会食なんて行きたくないが、いかないと榊が煩い。取引先の機嫌取りも社長の務めらしい。今週から来週末までびっしり予定が入っているため、蒼太と過ごす時間がとれない。ただでさえ蒼太は元気がないのだ。そばにいてあげたい。
「……どうしてもダメ?」
 碧人は目を輝かせ榊に再度尋ねた。
「そんなキラキラした顔を向けられても私は女性ではないので靡きません」
「堅物め」
「悪口が声に出てますが」
「ごめん。僕、口悪いから」
「知ってます」
 榊は中指で眼鏡のブリッジをあげる。
「どうせあなたのことですから佐々木くん関連でしょう」
「わかってるならどうにかしてよ」
 榊は再度スケジュール表を開いた。
「明日明後日は難しいですが、早めに終わるようにスケジュールをズラすことは可能ですよ」
「ほんとに?」
「金曜日ならどうにかスケジュールが空きそうですがいいですか?」
「いいよ」
「その代わり今週はあなたには死ぬほど働いてもらいますが」
「……頑張る」
 碧人は休みを確保するため、榊にこき使われること数時間。仕事が終わったのが深夜の1時過ぎだ。蒼太には仕事で遅くなることは伝えてある。前までこんな時間まで働くのは普通だったが、蒼太と暮らし始めてからは始めてのことだ。くたくたの体をロールスロイスに無理やり突っ込み、後部座に寝転ぶ。
「榊の鬼‼︎」
「だから言ったでしょ。死ぬほど働いてもらうって。それと寝転ぶのは行儀が悪いですよ」
「誰も見てないからいい」
「たく。あなたは子供ですか。年上とは思えない発言ですね」
「うるさい。はやく車出してよ」
「はいはい。落ちないように気をつけて下さいね」
 車が発進し碧人は眠気に襲われ、そのまま目蓋を閉じた。
 しばらくして、「着きましたよ」と榊に起こされた。どうやら向日葵荘に到着したらしい。
「おや?」
「どうしたの?」
「佐々木くんの部屋、明かりがついてますね」
 見ると確かに蒼太の部屋だけ明かりがついていた。現在の時刻は深夜1:30。いつも11時には寝る蒼太が珍しく起きていることに驚いた。
 車から降り、錆だらけの階段を登る。持っている鍵でドアを開けた。
「ただいま」
 声をかけても返事はない。電気はついているのにおかしいなと思いながら、部屋の中に上がる。畳張りのリビングには丸い食卓と碧人が購入した座り心地抜群のブラウンのソファーがある。そのソファーから足がひょっこり見える。
 どうやら蒼太はソファーで寝落ちしてしまったらしい。
 蒼太はよく碧人がソファーで寝ようとすると風邪をひくから布団で寝ろと言う。蒼太も人のこと言えないじゃないか、と思いながらもソファーで眠っている蒼太を覗き込んだ。
「……マジ?」
 蒼太の眠る姿をみて碧人は頬を染める。なんと蒼太は碧人が家着ている普段着を抱きしめながら眠っていたのだ。緩みきった顔を両手で隠すように覆う。
 
(かわいい~~‼︎‼︎ なにこの生き物‼︎‼︎)
 
 碧人はスマートフォンを取り出すと蒼太の姿を写真に納める。その後、ソファーの下に座り蒼太の寝顔を堪能する。頭の中はお花畑一色だ。自分の緩みきった顔が想像できる。
 僅かに開く唇の隙間からは寝息が漏れる。蒼太が起きない程度の力加減で頬を突いたり、唇を突いたりする。
 
(……結婚したい。いや、結婚しよう)
 
 まだ付き合ってもいないし蒼太の気持ちすら聞いてもいないのに気持ちだけ逸る。
 いつも蒼太の布団に潜り込むと大抵追い払われる。それなのに碧人の服を抱きしめて眠るくらい寂しかったのだろう。
 恋愛なんて人生には必要ないと思ってたけど、幸せにしてやりたいと思う相手に出会ってなかっただけだった。
 寂しい思いはさせたくない。
 
 やっぱり好きだな…。と思った。
 
 見ると丸い食卓にはおにぎりが2つ用意されていた。ゴミがつかないように丁寧にラップがかけられている。蒼太が碧人用に夜食として用意してくれたらしい。その一つ手にとり、かぶりつく。中には梅干しが入っていた。酸っぱさが唾液を刺激して食欲をそそる。碧人は思わず「すっぱ」と声に出した。梅おにぎりをペロリと平らげ、もう一つのおにぎりに手を伸ばす。具材も確認せずにかぶりついた。中には昆布の佃煮が入っていた。ほんのりと甘い昆布の佃煮が口の中に残る梅干しの酸っぱさを中和させる。
 あっという間におにぎり2つ平らげ、満腹になったお腹をさする。
 美味しいモノを食べて、ダラダラしてても素を出しても碧人を受け入れてくれてくれる。こんな心地のいい環境は初めてだ。
 
(幸せだな……)
 
 碧人は蒼太の寝顔を見ながらそう思った。
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