6 / 28
1話
6
しおりを挟む
婚活パーティーから数日後、ボロボロになった心は癒されないていない。何年も探し求めた運命かもしれないオメガから番う気がないと言われたのだ。落ち込み過ぎて思う様に筆が進まない。新の気持ちなどお構いなしに仕事の依頼は減らない。考えるのは小説の内容ではなく、自分はもう運命のオメガと番うことができないという現実をひたすら頭の中で反芻する。もうため息しか出ない。何度目かのため息をついた。ここ最近、やる気が出なくて何度も上杉の雷を落としてしまった。
今日は住み込みで働く監視役がくる日だ。新は何度も拒否したが、どうやら拒否権はないらしい。
「他人と一緒に住むなんて嫌だ。プライベートもクソもない。ただでさえ、上杉だけでも面倒くさいのに」と心の中で愚痴をこぼす。
「どんな人がくるの?」
「いい子ですよ。貴方みたいな人間とは関わってほしくなかったのですが、編集長の命令なので仕方ないです」
「酷くない?」
「事実を言ったまでです」
今日は潤が雇った監視役が家に到着する日である。しばらくはその監視役と一緒に住まないといけないと思うと反吐が出る。
一人の時間がなくなるが、ちゃんと締め切りを守って書けるようになれば監視役もつかなくなるだろうと上杉が言っていた。それまでの我慢だと自分に言い聞かせる。
相手はどんな人なのだろう。出来るなら心優しい相手がいい。潤のことだからそんな相手を遣すはずはないけれど。
家の外から車が止まる音がした。
引き戸が開く音がしたが、新にはさらさら出迎えてやる気すらなかった。コタツに入り蜜柑を剥いて食べる。
2人分の足音が居間に近づいてきた。上杉ともう1人の監視役だろう。足音が止まり、廊下と居間を繋ぐ扉が開いた。
「これからお世話になるというのに出迎えもなしですか」
「だって歓迎なんてしてないもん」
「あなたって人は…。すみません。一ノ瀬。不愉快な思いをさせてしまって」
「大丈夫。慣れてるし」
聞き覚えのある声に新は声がした方を向く。そこにいた人物に驚き、持っていた蜜柑をぽとりと落とした。
「お、お前‼︎」
新は青年に向かい指をさした。
「おや、知り合いでしたか?」
「ちょっとだけ」
青年は上杉に笑顔を向ける。新にはニコリともしてくれないのに。
新はムッとした表情を見せる。
「今日から五十嵐新の監視役を頼みます一ノ瀬葵くんです。くれぐれもあなたの我がままで迷惑をかけないようにお願いします」
「よろしく」
「………よろしくお願いします」
「では一ノ瀬くん。何かあったら私に連絡ください」
「うん。じゃあね、賢さん」
(賢さんだって!?)
葵はひらひらと手を振る。上杉は怒ることなく葵に手を振り返し家を出た。
上杉が優しかった。ほんわかとした空気に包まれていて、いつものピリピリ感を感じない。しかも、手を振り返したし…。
この一ノ瀬葵とは何者なのだろうか。
「本当にここに住むの?」
新は葵に尋ねた。
「住むよ」
「君、オメガだろ? その…いいの? 発情期の時とかさ」
オメガには3ヶ月に一度1週間程度の発情期がくる。その時発生するフェロモンの香りにアルファは発情する。つまり、この家にいるというのとは、新が葵に発情して襲ってしまうかもしれないということだ。
「大丈夫。だって、俺、発情期は来ないから」
「へ?」
「無発情病。聞いたことない?」
無発情病とは、なんらかの原因でオメガだけが発症する疾患である。確か何万人に1人とかの難病だった気がする。
「別に発情期が来ないだけだからベータと同じだよ。ヒートがない分、他のオメガみたいに苦労はしてないから楽だし」
「でも、それって…」
子どもが産めないってことじゃ…。
新は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「俺、お金貯めてこの家買いたいんだ。3億貯まったら、この家売ってくれるんだろ?」
なんで葵はこの家にこだわるのだろう。その時、ふっと柱に書いてあった名前を思い出した。
「……柱の『あおい』って…」
「そう。俺の名前」
なぜこの青年がこの家にこだわるのか今わかった。
「死んだ爺ちゃんの家なんだ。俺、小さかったし、爺ちゃんが死んだ時、親戚の奴らにこの家取られたからさ」
葵は悲しそうに目を伏せた。
「お金貯まるまでの間だけ一緒に住むってことで、よろしく。えーと…五十嵐先生?」
「新でいいよ」
こうして運命の番である葵と新の新たな生活が始まった。
今日は住み込みで働く監視役がくる日だ。新は何度も拒否したが、どうやら拒否権はないらしい。
「他人と一緒に住むなんて嫌だ。プライベートもクソもない。ただでさえ、上杉だけでも面倒くさいのに」と心の中で愚痴をこぼす。
「どんな人がくるの?」
「いい子ですよ。貴方みたいな人間とは関わってほしくなかったのですが、編集長の命令なので仕方ないです」
「酷くない?」
「事実を言ったまでです」
今日は潤が雇った監視役が家に到着する日である。しばらくはその監視役と一緒に住まないといけないと思うと反吐が出る。
一人の時間がなくなるが、ちゃんと締め切りを守って書けるようになれば監視役もつかなくなるだろうと上杉が言っていた。それまでの我慢だと自分に言い聞かせる。
相手はどんな人なのだろう。出来るなら心優しい相手がいい。潤のことだからそんな相手を遣すはずはないけれど。
家の外から車が止まる音がした。
引き戸が開く音がしたが、新にはさらさら出迎えてやる気すらなかった。コタツに入り蜜柑を剥いて食べる。
2人分の足音が居間に近づいてきた。上杉ともう1人の監視役だろう。足音が止まり、廊下と居間を繋ぐ扉が開いた。
「これからお世話になるというのに出迎えもなしですか」
「だって歓迎なんてしてないもん」
「あなたって人は…。すみません。一ノ瀬。不愉快な思いをさせてしまって」
「大丈夫。慣れてるし」
聞き覚えのある声に新は声がした方を向く。そこにいた人物に驚き、持っていた蜜柑をぽとりと落とした。
「お、お前‼︎」
新は青年に向かい指をさした。
「おや、知り合いでしたか?」
「ちょっとだけ」
青年は上杉に笑顔を向ける。新にはニコリともしてくれないのに。
新はムッとした表情を見せる。
「今日から五十嵐新の監視役を頼みます一ノ瀬葵くんです。くれぐれもあなたの我がままで迷惑をかけないようにお願いします」
「よろしく」
「………よろしくお願いします」
「では一ノ瀬くん。何かあったら私に連絡ください」
「うん。じゃあね、賢さん」
(賢さんだって!?)
葵はひらひらと手を振る。上杉は怒ることなく葵に手を振り返し家を出た。
上杉が優しかった。ほんわかとした空気に包まれていて、いつものピリピリ感を感じない。しかも、手を振り返したし…。
この一ノ瀬葵とは何者なのだろうか。
「本当にここに住むの?」
新は葵に尋ねた。
「住むよ」
「君、オメガだろ? その…いいの? 発情期の時とかさ」
オメガには3ヶ月に一度1週間程度の発情期がくる。その時発生するフェロモンの香りにアルファは発情する。つまり、この家にいるというのとは、新が葵に発情して襲ってしまうかもしれないということだ。
「大丈夫。だって、俺、発情期は来ないから」
「へ?」
「無発情病。聞いたことない?」
無発情病とは、なんらかの原因でオメガだけが発症する疾患である。確か何万人に1人とかの難病だった気がする。
「別に発情期が来ないだけだからベータと同じだよ。ヒートがない分、他のオメガみたいに苦労はしてないから楽だし」
「でも、それって…」
子どもが産めないってことじゃ…。
新は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「俺、お金貯めてこの家買いたいんだ。3億貯まったら、この家売ってくれるんだろ?」
なんで葵はこの家にこだわるのだろう。その時、ふっと柱に書いてあった名前を思い出した。
「……柱の『あおい』って…」
「そう。俺の名前」
なぜこの青年がこの家にこだわるのか今わかった。
「死んだ爺ちゃんの家なんだ。俺、小さかったし、爺ちゃんが死んだ時、親戚の奴らにこの家取られたからさ」
葵は悲しそうに目を伏せた。
「お金貯まるまでの間だけ一緒に住むってことで、よろしく。えーと…五十嵐先生?」
「新でいいよ」
こうして運命の番である葵と新の新たな生活が始まった。
応援ありがとうございます!
51
お気に入りに追加
128
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる