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第十一章【受け継がれしもの】
第五十八節 「出会うことができて良かった」
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ハルを見つめたまま、翡翠色の瞳から大粒の涙を零し、静かに泣き出したビアンカ。
そんなビアンカを目にして、ハルは――、見覚えのある光景だと、想いを巡らせていた。
(――ああ……、やっぱり。あの時の女性は……、ビアンカだったんだな……)
幼い頃に出会った、ハルの命の恩人でもある亜麻色の長い髪をした女性――。
その女性も、幼いハルとの別れ際に――、今のビアンカと同じように翡翠色の瞳から大粒の涙を零していた。
その光景を思い出し、そして今再び目にしたことで――、ハルの中にあった理由のない確信は、完全に確かなものへ変わっていた。
「泣かせて……、ごめんな……」
ハルは徐々に動かすこともままならなくなってきた身体を押し、自らの服の袖口でビアンカの頬を伝う涙を拭ってやる。
謝罪の言葉を口にするハルに、ビアンカはかぶりを振った。
「私こそ……、ハルを困らせたくて泣いたんじゃないよ。ごめんね……」
ビアンカは言うと、零れ落ちていく涙を手の甲で拭い去る。
そんな気丈な振る舞いをするビアンカに、ハルは優しげに笑みを見せた。
「本当だったら……、もっと色々と“喰神の烙印”の呪いのこと、教えてやりたいんだが……」
そこまで言うと、ハルは「はぁ……」っと苦しそうに吐息を漏らす。
もうハルは、話をすることも辛そうな様を見せる。
ハルの様子を目にして、ビアンカは――ハルに時間がないことを感じ取っていた。
そうして、悲しげな表情を浮かべ、再度泣きそうな思いを抱くが――、ハルに心配を掛けさせまいと、その感情を胸の内に押し留める。
「ごめんな、ビアンカ……。もう……、時間がないみたいだ……」
ハルは虚ろになってきた瞳を伏し目がちにし――、小さく呟く。
ハルの発した言葉を、ビアンカは眉根を下げ、黙って聞くことしかできなかった。
「――なあ、ビアンカ……」
「……なに、ハル……?」
ハルは伏していた瞳を、ビアンカに向ける。
「お前と一緒に過ごした日々は……、本当に、楽しかったよ」
ハルはウェーバー邸に――、ミハイルに連れられ、訪れてからの日々を思い返す。
ウェーバー邸でビアンカと共に過ごした五年間――、本当に色々なことがあった。
初めはリベリア公国の将軍――ミハイルから与えられた任務の一つとして、ミハイルの娘であるビアンカの“お目付け役兼護衛役兼友達”――などという、果たして自分で務められるのかと思う命令を言い渡され、ハルは困惑していた。
だけれど、『鉄砲玉娘』――と、父親であるミハイルに比喩されるほど、お転婆で突拍子もない行動を起こす天真爛漫な性格のビアンカに振り回されるように過ごした日々は――、ハルに旅の合間には感じることのできなかった充実した感情を植え付けていた。
また、ハルはウェーバー邸で過ごす内に、家族という集団の温かさや安息――、優しさを教えてもらっていた。
この与えられたものも――、ハルが旅をしている間には、決して手にすることができなかったものだった。
(――誰かを想い……、大切にしたいと思う気持ちも、きっとビアンカがいなかったら抱くことがなかった感情だろうな……)
ハルは朦朧とし始めている心の内で、思いを馳せる。
――『ハルに出会えたことで、今の私があると思っているの』
ビアンカがファーニの丘でハルに言った言葉――。
あの時、ビアンカの発した言葉は、自身にも同様のことだと――、ハルは思う。
(ビアンカがいたから……、今の俺があるんだ……)
これほどまでに、たった一人の人を一途に大切に想い、守り慈しみ――愛する感情。
それは――、ビアンカがいたからこそ、ハルが抱くことのできた感情であると、彼は考えていた。
「ビアンカ……、お前に――、出会うことができて良かった」
ビアンカを見つめ、ハルは本心からの言葉を零した。
「――私も思うよ。ハルに……、出会うことができて良かった……」
ビアンカは泣くまいと堪えた表情で答え、ハルの手を握りしめて微笑む。
そのビアンカの答えと微笑みに、ハルも微かに笑みを浮かべる。
「いつか――、また、出会うことができるよ……」
静かでいて優しい声音で――ハルはビアンカに対して、言葉を紡いだ。
ハルの言葉に、ビアンカは「うん……」――と、小さく頷いていた。
ハルの口にした言葉は――、全く確約のない約束ではあった。
“喰神の烙印”に魂を喰われた者は、その呪いの力に囚われ――、“喰神の烙印”の呪いを持つ宿主と共に、輪廻転生の輪から外れ、未来永劫を呪いの内で過ごすこととなる。
そのことをハルはわかってはいたものの――、そう約束の言葉をビアンカに残さずにはいられなかった。
(――残酷な“優しい嘘”になってしまおうとも。例え、“喰神の烙印”が見せる一時の幻であったとしても……)
――またビアンカと出会いたい……。
そうハルが切望した故の――、約束であった。
「ビアンカ……」
ハルは掠れる声でビアンカの名前を呼ぶ。
小さなハルの囁きを聞き逃すまいと――、ビアンカはハルに身体を寄せる。
「――――」
「……うん、私もだよ。ハル……」
――『愛しているよ……』
ハルが消え入りそうな言葉で紡いだ――、最期の言葉。
ハルからの言葉にビアンカは答え、握りしめたハルの手に頬を寄せる。
ビアンカからの返答に――、ハルは微笑んだ。
そうして――、ハルは吐息を零し、静かに瞳を伏せた。
その後、ハルが言葉を発することは――なかった。
「――ハル……っ!」
ビアンカは、ハルを看取り――、堪えていた涙を再び零し始める。
そして――、その場でハルの亡骸に縋るように、泣いた――。
涙が枯れるまで――。
声が枯れるまで――。
ビアンカは悲しみに打ちひしがれ――、声を大きく上げて泣き叫ぶことしかできなかった――。
そんなビアンカを目にして、ハルは――、見覚えのある光景だと、想いを巡らせていた。
(――ああ……、やっぱり。あの時の女性は……、ビアンカだったんだな……)
幼い頃に出会った、ハルの命の恩人でもある亜麻色の長い髪をした女性――。
その女性も、幼いハルとの別れ際に――、今のビアンカと同じように翡翠色の瞳から大粒の涙を零していた。
その光景を思い出し、そして今再び目にしたことで――、ハルの中にあった理由のない確信は、完全に確かなものへ変わっていた。
「泣かせて……、ごめんな……」
ハルは徐々に動かすこともままならなくなってきた身体を押し、自らの服の袖口でビアンカの頬を伝う涙を拭ってやる。
謝罪の言葉を口にするハルに、ビアンカはかぶりを振った。
「私こそ……、ハルを困らせたくて泣いたんじゃないよ。ごめんね……」
ビアンカは言うと、零れ落ちていく涙を手の甲で拭い去る。
そんな気丈な振る舞いをするビアンカに、ハルは優しげに笑みを見せた。
「本当だったら……、もっと色々と“喰神の烙印”の呪いのこと、教えてやりたいんだが……」
そこまで言うと、ハルは「はぁ……」っと苦しそうに吐息を漏らす。
もうハルは、話をすることも辛そうな様を見せる。
ハルの様子を目にして、ビアンカは――ハルに時間がないことを感じ取っていた。
そうして、悲しげな表情を浮かべ、再度泣きそうな思いを抱くが――、ハルに心配を掛けさせまいと、その感情を胸の内に押し留める。
「ごめんな、ビアンカ……。もう……、時間がないみたいだ……」
ハルは虚ろになってきた瞳を伏し目がちにし――、小さく呟く。
ハルの発した言葉を、ビアンカは眉根を下げ、黙って聞くことしかできなかった。
「――なあ、ビアンカ……」
「……なに、ハル……?」
ハルは伏していた瞳を、ビアンカに向ける。
「お前と一緒に過ごした日々は……、本当に、楽しかったよ」
ハルはウェーバー邸に――、ミハイルに連れられ、訪れてからの日々を思い返す。
ウェーバー邸でビアンカと共に過ごした五年間――、本当に色々なことがあった。
初めはリベリア公国の将軍――ミハイルから与えられた任務の一つとして、ミハイルの娘であるビアンカの“お目付け役兼護衛役兼友達”――などという、果たして自分で務められるのかと思う命令を言い渡され、ハルは困惑していた。
だけれど、『鉄砲玉娘』――と、父親であるミハイルに比喩されるほど、お転婆で突拍子もない行動を起こす天真爛漫な性格のビアンカに振り回されるように過ごした日々は――、ハルに旅の合間には感じることのできなかった充実した感情を植え付けていた。
また、ハルはウェーバー邸で過ごす内に、家族という集団の温かさや安息――、優しさを教えてもらっていた。
この与えられたものも――、ハルが旅をしている間には、決して手にすることができなかったものだった。
(――誰かを想い……、大切にしたいと思う気持ちも、きっとビアンカがいなかったら抱くことがなかった感情だろうな……)
ハルは朦朧とし始めている心の内で、思いを馳せる。
――『ハルに出会えたことで、今の私があると思っているの』
ビアンカがファーニの丘でハルに言った言葉――。
あの時、ビアンカの発した言葉は、自身にも同様のことだと――、ハルは思う。
(ビアンカがいたから……、今の俺があるんだ……)
これほどまでに、たった一人の人を一途に大切に想い、守り慈しみ――愛する感情。
それは――、ビアンカがいたからこそ、ハルが抱くことのできた感情であると、彼は考えていた。
「ビアンカ……、お前に――、出会うことができて良かった」
ビアンカを見つめ、ハルは本心からの言葉を零した。
「――私も思うよ。ハルに……、出会うことができて良かった……」
ビアンカは泣くまいと堪えた表情で答え、ハルの手を握りしめて微笑む。
そのビアンカの答えと微笑みに、ハルも微かに笑みを浮かべる。
「いつか――、また、出会うことができるよ……」
静かでいて優しい声音で――ハルはビアンカに対して、言葉を紡いだ。
ハルの言葉に、ビアンカは「うん……」――と、小さく頷いていた。
ハルの口にした言葉は――、全く確約のない約束ではあった。
“喰神の烙印”に魂を喰われた者は、その呪いの力に囚われ――、“喰神の烙印”の呪いを持つ宿主と共に、輪廻転生の輪から外れ、未来永劫を呪いの内で過ごすこととなる。
そのことをハルはわかってはいたものの――、そう約束の言葉をビアンカに残さずにはいられなかった。
(――残酷な“優しい嘘”になってしまおうとも。例え、“喰神の烙印”が見せる一時の幻であったとしても……)
――またビアンカと出会いたい……。
そうハルが切望した故の――、約束であった。
「ビアンカ……」
ハルは掠れる声でビアンカの名前を呼ぶ。
小さなハルの囁きを聞き逃すまいと――、ビアンカはハルに身体を寄せる。
「――――」
「……うん、私もだよ。ハル……」
――『愛しているよ……』
ハルが消え入りそうな言葉で紡いだ――、最期の言葉。
ハルからの言葉にビアンカは答え、握りしめたハルの手に頬を寄せる。
ビアンカからの返答に――、ハルは微笑んだ。
そうして――、ハルは吐息を零し、静かに瞳を伏せた。
その後、ハルが言葉を発することは――なかった。
「――ハル……っ!」
ビアンカは、ハルを看取り――、堪えていた涙を再び零し始める。
そして――、その場でハルの亡骸に縋るように、泣いた――。
涙が枯れるまで――。
声が枯れるまで――。
ビアンカは悲しみに打ちひしがれ――、声を大きく上げて泣き叫ぶことしかできなかった――。
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