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第六章【昂奮】

第三十三節 赤茶色の髪の死神

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「ぎゃあっ!!!」

 ハルに背中を向けて逃げ出した男が、大きな悲鳴を上げて倒れ込んだ。

 ハルが男に向けて放った矢の一撃が、男の脹脛ふくらはぎを射抜いていたのだった。

 突然、脹脛ふくらはぎを射抜かれ、痛みでのたうち回る男の様を目にしつつ、ハルは草木の音をガサガサと鳴らしながら茂みから抜け出した。
 そうして、ハルは無言で――、静かに男の元へと歩み寄って行く。

「ひ……っ!!」

 一言の言葉も発せずに歩み寄ってくるハルを目にした男は、恐怖から顔を歪め、身体を大きく振るわせていた。

「――し、死神か……っ!? あんた……っ!!」

 静かに自分に向かって歩いてくるハルに向かって、男はおののいた震え声で問いかける。
 黒い外套がいとうを身にまとい、フードで顔を隠しているハルの風貌を目にした男には、ハルの姿が“死神”に見えたようであった。

 そんな男の言葉を耳にしたハルは、赤茶色の瞳を細める。

「――違いない……」

 ハルは、予想外に発せられた男の言葉に、嘲笑ちょうしょうの声を零していた。

 ――確かに俺は、人に不幸と死を呼び込む存在……死神、だな。

 ハルは心中で、身近な者たちを死に至らしめる呪いを宿す――、そんな自分自身の存在を卑下ひげしていた。

「――なあ、誘拐犯さんよ。あんたたちがさらってきたビアンカは無事か?」

 ハルは男の目の前に立ち、倒れ込んだ男を見下しながら言葉を発する。
 ハルの発した言葉の声音は、恐ろしく冷たい印象を聞く者に抱かせた。

「へ……?」

 ハルの言葉に、男は言葉の意味を理解できていない畏怖いふを含んだ表情を浮かべたまま、間抜けな声を漏らした。
 男の恐怖におののく表情は、ハルのことを死神だと思い込んでいる故に見せる表情だろうことをハルは察する。

「……もう一度言う。ビアンカは無事なのか?」

 恐怖に囚われ頭の回転が付いてきていないためか、ハルの問いに対して答えを返してこない男に、ハルは静かな怒気を含んだ声音で再度問いかける。

「……なに、を?」

 ハルは早々に答えない男にイラついた様子を見せ、その足で男の脹脛ふくらはぎの矢の刺さったままになっている部分を――、思い切り踏みつけた。

「ぎゃああっ!!!!」

 ハルの慈悲を感じさせない行動に、男は痛みから再び大きく悲鳴を上げる。

「あ、ああああ、あの娘なら無事だよっ!!」

 男が恐れと痛みで震える声で声を荒げた。

「ホ、ホムラさんが丁重に扱えってんで――、縛り付けてはいるけど、何もしちゃいねえ……っ!!」

 男は漸く、黒い外套がいとうに身にまとった人物――ハルが普通の人間で、ビアンカを奪還しに来たのだと思い至ったようで、力いっぱい矢の刺さった自身の足を踏みつけてくるハルに苦悶混じりに答えた。

 ハルは男の言葉を聞き、安堵に近い溜息を零す。

「――助けてくれ……っ!! 痛えよ……っ!!」

 容赦のない冷徹な行為を行うハルに対して、男が突然命乞いをしだした。

 男の言葉を聞いたハルは、二ッと口の端を上げるような冷たい笑みを浮かべる。

「――ああ、痛みも感じないようにしてやる。無駄に苦しませて悪かったな……」

 ハルは静かに呟き、腰の矢筒から一本の矢を取り出し――、それを弓につがえる。

「――――っ?!!」

 そのハルの行動に男は目前に迫った自身の死の恐怖におののき、目を大きく見開き言葉を発することができずにいた。

 ハルは矢をつがえた弓の弦を引き、解き放つ――。
 ハルが放った弓の一撃は男の眉間を打ち抜き、一瞬で男の息の根を止めていた。

 男の打ち抜かれた眉間からは血が溢れ出し、見る見るうちに辺りに地溜まりを作っていく。

「これでホムラ師範代を入れて――、残りは三人か……」

 ハルは手にしていた弓を背中に担ぎ直し、悪びれた様子など見せずに独り言ちた。


 ハルの立てた計画――、見張り役の男たち四人を一度に強襲しようとする作戦は、男たちを難なく殺めるという結果で成功を収めた。

 しかし、ハルに人を殺めることに対しての罪悪感がないわけではなかった。
 そのため、ハルは他の三人の男たちを相手にする際は、三人とも確実に急所を矢で射抜き――ほぼ即死の状態にしていたのだった。

 ハルは本来であれば、無駄に相手を苦しめて殺めることは好きではなかった。

 だが――ハルは、割り切っていた。

 ハルにとって、六百年以上に渡る永い年月を生き続ける内に、時には人を殺めなければならないことは多々あった。
 そして今――、ビアンカを助けることに重きを置いているハルには、“ビアンカを助けるために仕方のないこと”――として、心の底から割り切る想いを抱き、普段の明るく気さくな少年を演じる彼からは全く想像もつかないような冷徹さを見せていた。


「……とりあえず、死体は隠しておくか」

 辺りの惨状に目を向け、ハルは面倒くさげに溜息を吐き出す。

 万が一、他の誰か――、例えば、今ここにはいないだけかも知れないホムラに付き従う者たちに、この惨状を見られては厄介だという考えがハルの中にあった。
 それ故に四人の男の亡骸を、森の中の鬱蒼うっそうとした茂みの中に引きずり込むようにして隠していった。

 四人の男たちの亡骸を全て隠し終えると、ハルは手に付いた汚れと埃を叩き落とすようにして手を叩く。

(――とりあえず、ビアンカが無事だって聞けて一安心ではあるな……)

 ハルはビアンカが無事だと知り、心の中で一応の安心感を覚えていた。
 そうはいうものの、まだ油断は一切できないこともハルは充分承知している。

「待っていろよ、ビアンカ……」

 ハルは人の気配のなくなった坑道の入り口に目を向け、小さく呟く。

 そして慎重に辺りの気配に気を配りながら、ハルは坑道の入り口に向かって歩みを進めて行った。
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