上 下
7 / 92
第一章【友達以上の親友として】

第七節 ビアンカの特技

しおりを挟む
「お待たせっ!!」

 意気揚々とした楽しげな様子でビアンカが屋敷から飛び出してきた。

 ビアンカのその手には、棍術で使う木製の棍が握られていた。
 それはビアンカの身の丈以上はあるやや太めの棒だった。

 ハルが以前、彼女の扱う棍術の師匠であったゲンカクに聞いた話によると、この東の大陸より更に東――、海を渡った先にある小さな島国で伝わる武術で使われる物らしい。

 ビアンカは“護身用”――という名目で、この武術の一つである棍術を習っていた。

 棍術は長短万能の武術であり、かつ木の棒という一見武器として役立つのかと思える物を扱うのだが――、使用されている白蝋はくろうと呼ばれる柔軟性のある木の性質から、通常の木より強いを生む。
 それ故、地面に叩きつけてもそのが衝撃を逃がして折れることがないため、意外なほどの破壊力を持つのだった。

 棍術に関する知識は、過去にビアンカが棍術の訓練を受けているのを見ていて、ハルは何となくの知識として知っている。
 当初は、「なんでお嬢様の“護身用”なのに棍術なんだよ」――と、内心思ったくらいだ。


「おー……」

 ハルは寝転がったままだった上体を起こす。

 もう剣術の訓練と鍛錬試合で疲れているため、正直言うと面倒くさい。
 そんな雰囲気をハルはかもし出しているのだが――、ハルの様子を敢えて無視しているのか、本当に気が付いていないのか。ビアンカは「早く立ってよ!」とハルにせがむ。

「まあ、慌てんなって。棍、使うの久しぶりなんだろ。ちょっと身体慣らしから始めないと怪我すんぞ」

 立つのが面倒くさくて、ハルは正論と言えるような言葉でビアンカを諭す。

 ハルのその言葉にビアンカも「あっ、それもそうか……」――と、納得した様子を見せていた。

「そうしたら少し、身体慣らしますか……」

 ビアンカは手に持っていた棍の先端を、地面にコンッと立てた――。

 そこで姿勢を正し、棍を握る手とは反対の手を、静かにその棍に添えるようにして目を閉じ、「ふー……っ」と深い息を吐き出す。

 そんなビアンカの様子を座り込みつつ、ハルは静かに見守っていた。

 深い息を吐き出したビアンカは、フッと閉じた目を開き真剣な面持ちで、身体慣らしのための動きを始める。


 始めはゆっくりとした動きで、精神を研ぎ澄ませるような眼差しを見せ、手に持った棍を両手で握り、構えを取りながら宙を滑らせる。

 身体全体を使って右に左にと棍を取り回し、器用にそれを両手で回転させ――空を切る鋭い音をさせて棍を横に薙ぐ。

 時に頭上で回転させ、その勢いのまま地面を叩く。乾いた音が辺りに響く――。
 次に足を大きく踏み込み、中空に突きの動きを見せる。

 今度は身体の前方で幾度か棍を回転させ、ビアンカ自身が跳ね上がり、大きな音をまた辺りに響かせて再度地面を叩きつけた。そして――その場で身体を捻り、再度空を薙ぎ払う。

 棍を薙ぎ払う度に空を切る鋭い音が響き、ビアンカの一くくりにした長い髪もそれに合わせて勢いよくひるがえっていく。


 それは優雅で無駄のない動きで――、まるで踊っているようだとハルは思った。
 ハルが見惚みとれてしまうほど、ビアンカの棍の取り回しは見事な動きを見せていた。

 幼い頃より習っていたというその技術は、一国の将軍の娘――貴族の令嬢が戯れで行っていたものではなく、本物の武術だとハルは感じる。

 ただ――、あの勢いの木の棒を叩きつけられたらさぞ痛いだろう。いや、痛いでは済まないだろう。打ち所が悪ければ下手をしたら相手が死ねるだろうとさえ思った。

 ハルが考えていると、再びコンッと棍の先端を地面に付け、ビアンカは始めと同じように静かに息を吐き出した。

「うん。大丈夫だと思う」

「あの……、俺が大丈夫じゃないと思う……」

 今しがた考えていた思いからの言葉を、ハルは右手を挙手するような仕草をしつつ零す。
 これは相手にしたらいけないやつだ――と、本気でハルは思っていた。

「えー、大丈夫だってば。ほらほら、早く立って。勝負しよう!」

 ビアンカは座り込んで動こうとしないハルの手を取り、グイグイと引っ張って無理矢理立たせた。

「うええ……、勘弁してくれよ……」

 あんな動きの演武を見せられてしまっては敵う気がしないとハルは思う。

 だが、ビアンカは試合を行うことを諦めた様子をまるで見せず、地面に置かれたハルの木剣ぼっけんを手に取り、ハルに「はい」っと声をかけながら、ポイッと投げつけた。

 投げられた木剣ぼっけんを、ハルは器用にの部分を掴み取り受け取る。
 そして、仕方なさそうに大きな溜息をワザとらしく零す。

 言い出したら聞かないビアンカの性格をハルは良くわかっていた。

 ハルは大人しくビアンカに従って木剣ぼっけんを構える。

 そのハルの様子を目にして、ビアンカは満足げな表情を浮かべた。

「ホムラ師範代の鍛錬試合と同じ。地面に身体を先に倒した方の負け、ね」

「はいよ」

 いつものホムラが行う剣術の鍛錬の試合と同じルールをビアンカは示す。

 ビアンカは足を大きく開き、棍を両手で握り、棍術独特の構えを見せた。

 そのビアンカの眼差しは真剣で、今まで仕方なさげな様子だったハルも、釣られるように真剣な様子をその瞳に宿し始めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

おっす、わしロマ爺。ぴっちぴちの新米教皇~もう辞めさせとくれっ!?~

月白ヤトヒコ
ファンタジー
 教皇ロマンシス。歴代教皇の中でも八十九歳という最高齢で就任。  前任の教皇が急逝後、教皇選定の儀にて有力候補二名が不慮の死を遂げ、混乱に陥った教会で年功序列の精神に従い、選出された教皇。  元からの候補ではなく、支持者もおらず、穏健派であることと健康であることから選ばれた。故に、就任直後はぽっと出教皇や漁夫の利教皇と揶揄されることもあった。  しかし、教皇就任後に教会内でも声を上げることなく、密やかにその資格を有していた聖者や聖女を見抜き、要職へと抜擢。  教皇ロマンシスの時代は歴代の教皇のどの時代よりも数多くの聖者、聖女の聖人が在籍し、世の安寧に尽力したと言われ、豊作の時代とされている。  また、教皇ロマンシスの口癖は「わしよりも教皇の座に相応しいものがおる」と、非常に謙虚な人柄であった。口の悪い子供に「徘徊老人」などと言われても、「よいよい、元気な子じゃのぅ」と笑って済ませるなど、穏やかな好々爺であったとも言われている。 その実態は……「わしゃ、さっさと隠居して子供達と戯れたいんじゃ~っ!?」という、ロマ爺の日常。 短編『わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』を連載してみました。不定期更新。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...