怪奇現象対策班

いしるべーた

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新人

初仕事

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「ほらほら、ボケっとしてる暇なんかないよ~、もたもたしてないでこっちきて!」

 さとりさんに促されて慌てて後をついていく。配属早々仕事か......
 「怪奇現象対策班」についてもほぼ何もわかってないのに......

 さとりさんについていくと、先ほどまでいた応接間を出て、部屋の中央にある暖炉に案内された。
 人間界のことを学んだ時に、資料で見たような暖炉だ。
 レンガで造られた、しっかりとした暖炉で、横には薪が積まれている。
 この部屋の中でもひときわ存在感を放つ暖炉で、重厚感と迫力がある。
 
 暖炉に感心している僕を置いて、さとりさんは部屋にある暖炉に黙々と薪をくべていた。

「あの、何してるんですか?」

「人間界に行く準備!もしものために、簡単には現世に行けないようになってるんだよ。セキュリティーは大事だからね。もし私たち班員以外が、間違えて行っちゃったりしたら、大変でしょ?」

 確かに、すぐ通れるようにしてしまうと大きな問題になることは間違いない。
 勝手に現世に行かれたり、逆に現世から人や動物が迷い込んだりしてしまう。

「で、現世に行く手順だけど、カキ君も覚えるんだよ?人間界に行くにはここの暖炉に薪入れて火つけてその中に飛び込むの!」

「え!?飛び込む!?」

「普通は暖炉に飛び込むなんてしないし、思いつかないでしょ?だからあえてそうしないと人間界に行けないようになってるんだよ」

「な、なるほど......」

 確かに、理には適っている。
 火のついた暖炉に飛び込む阿呆なんていない。
 まして地獄の業火に焼かれたい者なんているはずがない。

 手際よく薪をくべ終えたさとりさんは、どこからか取り出したマッチを使って薪に火をつけた。
 火は一瞬で薪に行き渡り、ものの数秒でパチパチと音を立て始め、熱気を放出する。

「よし!じゃあ行こうか!」

 さとりさんに手を引かれ、有無を言わさず暖炉の中に連れていかれる。
 暖炉に入る直前までは熱さを感じていたものの、体が火に触れても何も感じない。
 暖炉の奥まで進むと突然、上に引っ張られるような感覚を感じ、足が地面から離れ、体の制御が効かなくなる。
 反射的に目を閉じ、体を振り回されること数秒、地に足がついた。
 恐る恐る目を開けると、そこは暖炉の中だった。

「ほら、着いたよ」

 さとりさんはそう言ってまた僕の手を引く。
 暖炉から出ると、企業のオフィスのような景色が広がっていた。
 ここが現世の事務所なのだろうか。
 一瞬まだ地獄にいるのアと思ったが、空気感が違う。
 地獄とは違い暑苦しくも、どんよりもしていない。
 綺麗な空気だ。

「さあ、ついたよ!人間界!ここは日本の京都っていうところだね。ほら、どう?空気澄んでるでしょ」

「はい。地獄のものとは比べ物にならないくらい気持ちいいです。」

「ここが、うちの班の事務所なんだけど......誰もいないね。みんな出払ってるのかな......せっかく新人君がきたのに。まあいいや、これから仕事場所に行くから、姿だけ変えといて!人間にツノなんか見せるわけにいかないからね」

 初仕事だからせいぜい事務仕事とかだろうと思ったが、外出するのか。
 さすがに、いきなり妖怪退治というのはないだろうし、周辺地域を案内してくれるとかだろうか。
 
 などと考えつつ、変装術を使用し、瞬時に外見を変える。
 鬼族、人間とはほとんど見た目が変わらないため、肌の色を変え、ツノを隠すだけでも人間らしく見える。

「さすが成績トップ!一瞬で変装終わっちゃった!それじゃあこれが着替えと持ってってもらう銃ね。スーツの着方は知ってるよね?」

 スーツの着方なんぞ簡単だ。
 と言うか、ここ地球の主要な生活や文化は一通り勉強している。
 地獄で死人の罪の裁定をするのに必要だからだ。
 その時代の背景や詳しい生活感などを知らねば、公正な審判はできない。
 だが、ここしばらくは浄玻璃の鏡や、アヌビスの天秤が導入され、ほぼその知識は必要なくなっている。
 僕が入りたかった管理職でもその分野の知識は必須ではない。
 それでも、僕が勉強するのは、たくさんの死人の審判に関わる以上、少しでも公正に罪を判断したいからだ。
 しかし、それはそうと今、銃って......まさか、新人に配属初日から怪奇現象の対処を?

 とりあえず渡されたスーツと銃を受け取り、着替える。
 別にさとりさんの前だろうが羞恥心などはない。
 というか、着替えるスペースがここ以外なさそうだ。
 壁に鏡もかかっているしちょうどいい。
 ネクタイもしっかり締め、ブレザーを羽織る。
 初めてにしては割と上手に着れたのではないだろうか。
 心なしかいつもより自分の姿がカッコよく見える。

「うん、サイズもぴったり!銃は、胸にホルダー付けてしまっといてね。それと、これからは、出勤する時はこの服で!て言うか、パンツの色、トラ柄じゃないんだね」

「なんですかトラ柄って」

「日本の子どもは、鬼はトラ柄のパンツ履いてるって教わるんだよ。だからカキ君もトラ柄なのかなって思って。カキ君のパンツ黒だったし、最近の鬼はシンプルなのが多いのかな」

「トラ柄に決められていたのは大昔の話ですよ。今ではそんな戒律なくなりましたし、多分、大昔に人間界に迷い込んだ鬼を見た人間が、今の時代まで語り継いだとかなんじゃないですか?」

「へぇ~、そうだったんだ。鬼も戒律とか色々大変だね~。てか、ほら、無駄話してないで準備終わったら行くよ!」

 そっちがいきなりパンツの話始めたんでしょうが、と思いながら、再び後をついていく。
 靴を履き、玄関から出て、車に乗せられる。
 これが車か。
 文献や絵で何度も見た車、こんなに座り心地のいい椅子や綺麗な窓が付いた鉄の塊が、人間界では縦横無尽に走り回っている。

 地獄での勉強は、僕に人間の大人とほぼ等しい知識量を持たせてくれた(あくまで教官がそれくらいと言っていたので真偽はわからない)が、あくまで知識量の話だ。
 実際に乗るのと乗らないのとでは天と地ほどの差がある。
 助手席からの景色は、なんとも形容し難いが、決して悪い者ではない。
 フロントガラスからは前の景色が綺麗に見え、この乗り物がこれから本当に動き、僕たちを連れて行ってくれるんだとわくわくする。

「しっかりシートベルトするんだよ?あと、自慢じゃないけど私、ゴールド免許だから!と言うか対向車とか前の車の人間の心読めるし、事故ることはないだろうから安心してね。それじゃあ、行こうか!初ドライブ!」

 初仕事の目的地まで数十分、僕たちはたわいもない話で盛り上がった。
 さとりさんが心を読むのは人間が専門で、それ以外だとすごく疲れることとか、逆に人間の心なら数キロ先まで読めたり、自身や身内などに敵意を持つ者だけをピックアップできて、位置も特定できたりと、ものすごく便利な能力だということとか。

 加えて、僕自身の話もした。
 書類上の経歴は知っているが、直に聞きたかったそうだ。
 人間界の中でも日本のことを勉強しようとした理由や、実際来てみての感想、非番の日は基本自由なので、何かしたいことはあるか、など、いろいろな質問をしてくれて、とても話しやすかった。

 話の舵はさとりさんがほとんど切ってくださった。
 車の運転はそれなりに難しいと聞くし、周囲の人の心を読みながら、僕の話し相手もする、こんな陽気な性格をしていながら、できるところはしっかりできる、すごい人なのだなと感心した。

 話の種も尽き始めた頃、車は山道に差し掛かり、急勾配の中、右へ左へ急カーブを繰り返す道に入った。

「もうすぐ着くよ~。ここの奥にある廃墟、若い人たちに結構人気の心霊スポットらしいんだけど、本当に出るらしくてね。カキ君の初任務はそこの調査と、もし危ない奴だったら退治しちゃって!私は車で待ってるから!」

 え、僕ひとり?
 驚きの目で運転席に座っている彼女を見るも、運転に集中しているのか、こちらには目もくれない。
 一緒に最初の仕事に行ってくれると言う話はなんだったのか。

「僕1人で行くんですか?」

「え?うん、そうだよ?ほら、見えてきた!車は建物の前に停めとくから、終わったら戻ってきてね。大丈夫だって、私も最初の任務は1人だったし!」

 さとりさんは車を廃墟の近くに停めると、「じゃあおやすみ!終わったら起こしてね!と言って、仮眠を始めた。
 どうやらマジで1人で行かされるらしい。

 僕は車に積んであった懐中電灯を借り、廃墟へと足を進める。
 緊張で足がすくむ。
 この世界の人々が好んで遊ぶ、「ゲーム」のボスに挑む時もこのような気持ちになるのだろうか。

 建物は日本で古くから見られるもので、木材がふんだんに使われているが、ところどころ虫に食われていたり、腐っている。
 この深い森の中、家と呼べるものはこの廃墟1つだ。
 周りには木々しかなく、だれがどう暮らしていたのかさえさっぱりだ。
 間取りはわからないが、高さから見ておそらく1階建てだろう。己を奮い立たせ、玄関の戸を開ける。
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