新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第四章 第三部

海へ

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「パパ、かなり微妙」
「大人になったらこの楽しみ方が分かるのかもしれません」
「地味で落ち着く風合いです」
「正直に言ってもいいよ」
「「「面白くない」」」
「だろうね」

 今はグラスボートで運河の中を移動している。

 日本でグラスボートと呼ばれていたのは、正式にはグラス・ボトム・ボート、つまりガラス底になっているボートのこと。ガラス底ボートやグラス底ボートって呼ばれることもある。

 でもせっかくだから全部ガラスにした。これぞ本当のグラスボート。ボートよりは潜水艦かな。潜りっぱなしだから。

 移動はあちこちに取り付けたスラスターで行う。一応水中でも無理をすれば時速四〇キロくらいは出るけど、運河の中でおかしな流れができそうだから、そこまでは速度を出さないように気をつけよう。

 万が一に備えて[強化]をかけてガッチガチにして、猪が突っ込んで来ても問題ないくらいに固めておく。これがもし壊されるなら、とんでもない力の持ち主がいるということで、むしろ見てみたい気もする。

 気密の関係で出入り口は作らず、異空間の家にある転移ドアから移動する。ドアを閉じたら小型転移ドアできちんと換気をする。

「運河の中だからね。これが海ならもっと面白いと思うけど。今度は海に潜りに行こうか」
「できれば早いうちがいい」
「そうだね。明日は無理だけど、今週中に行こうか」



◆ ◆ ◆



 そのようなことがあってから数日、休みを取って海へ出かけることにした。

「これは旦那様が遠足と呼ぶものですか?」
「形としてはそうなるかな?」

 遠くへ出かけることが遠足なら、これは遠足だね。歩いてはいないけど。ここにいるのは僕、ミシェル、カリン、リーセのちびっ子三人、他に妻に子供に使用人たち、さらにはアシルさんとフランシスさんも来ている。

 試運転はクルディ王国の運河で済ませた。いや、本来は運河の中を進むために作ったんだけど、それが大失敗だったから海に来ている。運河は陸地を一直線に掘っただけの川なので、そこで船に乗っても眺めがそれほど変わるわけじゃない。だから飽きてきた。主に僕が。

 そんな時にカリンが運河の中を進むのはどうかと言った。それでグラスボートという名前のガラスの潜水艦を作ったんだけど、これが失敗だった。眺めって大切だね。

 それなりに広い運河だからもしかしたら面白いかもしれないと思ったけど、結局は川底と岸壁と船の底しか見えなかった。魚はいたことはいたけど、風景が風景だからね。ちびっ子たちも微妙な顔をしたので、口直しにみんなで海にやって来た感じだ。

「パパ、あれがコンブ?」
「そう。ユーヴィ市で作っているのは養殖だけど、あれは天然だね」
「あなた、あれがあのタコですか?」
「そうだよ」
「あのように泳ぐのですねぇ。あ、スミが」

 マノンがタコを見つけたけど、その瞬間にスミを吐いて逃げられた。

「町の外にある水族館もいいですけど、海の底もいいですね」
「あれは生け簀のようなものだからね」

 マイカはインドア派だから日本時代も水族館にはそれほど行かなかった。でも「存在するけど行かない」のと「存在しないから行けない」のは全く違うということを記憶が戻ってから嫌というほど思い知ったそうだ。娯楽関係なんてみんなそうだね。

 例えば遊園地でも水族館でも映画館でも複合商業施設でも、行かない人は全然行かない。でも行かなくても話は聞くし、もしかしたら今後行くかもしれない。でもそれらの楽しいことが全部なくなって、しかもなくなったことに気づいてしまったらどうするか。

 最初からなければ全然問題ない。例えば一九世紀後半までは映画は存在しなかった。だからそれ以前の人たちが残念がったかというとそんなことはない。知らなかったわけだから。

 マイカはたくさんある娯楽の中から少女漫画というものを自分で選んでそれを趣味にした。もし少女漫画が存在しなければ、また別のものにのめり込んだ可能性はある。でも死んでこの世界で生まれ変わり、ある時に記憶が戻った。そして少女漫画どころが漫画そのもの、それ以前にほとんど娯楽がないことにショックを受けた。

 娯楽がないなら自分で生み出せばいい、と言えるほど自由な立場ではなかった。伯爵家の令嬢というのはどこへ行くにしても大事おおごとになるので、視察という名目で領内の色々な場所を巡っては情報を集めていた。数年すれば僕が来ると分かっていたから。

 ここにいるほとんどは初めて海の底を見る。この世界で生まれた人はそれが普通。でもマイカにとっては知っていたものが奪われ、そしてまた手元に戻った感覚なんだそうだ。マイカのためだけというわけではないけど、少しずつ娯楽を増やしたいと思っている。



◆ ◆ ◆



「はーい、旦那様、食事の用意ができました。温かいうちに私と一緒にお召し上がりください」

 そう言って元気に入ってきたのはシルッカ。今日の昼食はサンドイッチとホットドッグらしい。

「昼食だけでいいよ」
「いけずー」

 最近では屋台でサンドイッチとホットドッグが普通に売られるようになった。それと一緒にコーラも販売されている。これを推進したのはもちろんアシルさん。アシルさん用に丸いパンを使ったハンバーガーも用意されている。

「やっぱりバーガーにはコークだねー」
「そのハンバーガーは牛肉じゃないけど、バーガーでいいんですか?」
「そこは仕方ないかな。牛肉はないからねー」

 アメリカ人のアシルさんにとっては、ハンバーガーは牛挽肉を使ったものだけど、残念ながら牛肉は流通していない。牛はいるけど牛肉じゃなくて牛乳のために飼育しているから、潰して食べることは今のところはない。その代わりとして、魔獣の猪、熊、鳥、蛇が多い。たまに虎や獅子もある。

 アメリカ人のアシルさんには悪いけど、日本人の僕にはハンバーガーにそこまでこだわりはない。だってフィッシュバーガーとかチキンバーガーとかあったから。あれはアメリカ人的にはフィッシュ・サンドイッチ、チキン・サンドイッチになる。

 そうは言っても牛肉は売っていないし、ここはアメリカじゃないから、パンの間に具を挟んだり乗せたりしたものをサンドイッチ、細長いパンに切れ目を入れてソーセージを挟んだものをホットドッグと呼んでいる。

 最近では角型食パンやフランスパンも作られているので、サンドイッチにはそれらが使われている。フランスパンを使ったバインミーっぽいもの、食パンを使ったBLTサンドやカツサンドを見かける。

「カツサンドは私が推したんよー。あのソースがあるなら作らんとねー」
「とんかつソースはなかなか他ではないですからね」

 元日本人のフランシスさんにはとんかつソースが刺さったようだ。

 ウスターソース、中濃ソース、そして特濃ソースがある。それぞれ風味を変えて数種類ずつ出して、色々使えるようにしている。

 町中を見ると玉焼き屋の隣にサンドイッチ屋、その隣にクレープ屋があったりする。そのクレープ屋はクレープだけじゃなくてお好み焼きや焼きそばを焼いたりしている。まあ鉄板は同じだから焼くことはできるけど、かなりカオス。

「お前様が来てから変わったのう」
「マリアンは変わったね。外へ出るようになったし」
「そうよのう。何と言ったらいいのか分からぬが、強き者に導かれると人は変わるものじゃな。ワシは人ではないが」
「急にどうしたの?」
「いやまあ、ワシも腹が大きくなってきて色々と考えることも多くなったが、以前ならこんなところまで来ようとは思わんかった」
「でも普通はそうじゃない? 大森林の西まで来ようと普通は思わないからね。マリアンなら来ようと思えば来られたけど」

 マリアンはシムーナ市の北にある山の上でずっと寝て暮らしていた。たまに起きては町に出かけて人と会い、色々な刺激を吸収していた。そこで出会ったのが生まれ変わる前のマリー。

 カローラも保証しているけど、おそらくこの地上最強で、僕の知っている限り勝てそうなのは、僕とカローラとカロリッタくらい。リゼッタはいい勝負だけどどうかなというところ。ヴァウラさんの実力は分からないけど、戦闘向きではないような気がする。

「うむ。来ようと思えば来られた。じゃが来ようと思わんかった。来ようと思わせてくれたお前様には感謝しかない」
「僕はこういう性格だからね。色々なところに行って、色々な人と会って、そして色々な経験をする。人生ってそういうものだと思っているから、まあ色々と落ち着いたらおそらくまた出かけると思う」
「その時はワシも連れていってくれるか? 他の大陸にも行ってみようかと最近思うようになった」

 みんな変わったと思うけど、マリアンはかなり変わったかな。そのあたりはマイカとエリーの影響も大きいけど。

「いいね。何かしたいこととかある?」
「うむ。これまではドレスを作って満足しておったが、それを着てみんなでお茶会というのもいいものじゃと思うようになった。お茶会と言えばお菓子。つまりワシはお前様が作るお菓子を世界中に広めたい」
「色々と作ってきたからね」

 甘いものに目がないと言うほどではないけど、ミシェルも喜ぶし、甘いもののレパートリーは増えている。一部はレシピを公開しているので、町中でも売られるようになった。

「特にあの、アーモンドをスライスした、何とかという名前の……」
「フロランタン?」
「そう、それじゃ。あれはまさに至高。ワシはお前様に付いていきながら、行く先々でフロランタンを広めたい」
「まあほどほどにね」

 何となく、しばらくは家でお菓子ばかり作るような気がするね。
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