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第三章 第三部
うっかり
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「旦那様、お味はいかがですか?」
「……うんうん、いいと思うよ」
シルッカから新しくレパートリーに入れたイタリアンの味見を頼まれた。イタリアンのコツは塩とオリーブオイル。どちらも絶対にケチってはいけない。
例えばスパゲッティを茹でるなら、乾麺一〇〇グラムに対して水一リットル、塩一〇グラム。つまり塩は水の分量の一パーセント。塩が多すぎると思うかもしれないけど、スパゲッティにしっかりと塩味を付けるのがポイント。ソースで味を付けようとしても上手くいかないことが多いから。
オリーブオイルも同じ。足りないと風味がないからしっかり使う。でもなんでもかんでもエクストラバージンを使うと癖が強すぎる。炒める時には(ピュア・)オリーブオイルを使い、最後にエクストラバージンを調味料のようにサッと加える。ちなみにピュア・オリーブオイルという言い方は日本独自なので、ピュアと書かれずに、単にオリーブオイルと書かれているのがそれ。
「よしっ! これは自信作だったので大丈夫だと思っていましたが、安心しました」
「もうこのあたりのレパートリーは全然問題ないね」
「はい。ところで旦那様、いい感じで熟れてきた私を、そろそろいかがでしょうか?」
「そちらは遠慮しておくよ」
「リゼッタ様とフェナさんにも許可はいただいているのですが……」
リゼッタには勝手に増やさないように言っているから問題ない。でもフェナは隙あらば増やそうとするから油断ならない。アレイダの代わりにシルッカが来たけど、夜伽要員も兼ねられるなら給料アップと勝手に募集を出していたからね。その募集はもう出さないようにと言っているけど、契約上はシルッカは僕の相手をするということになっている。僕が許可すればね。
「料理人になったんだから、少なくとも料理で僕の腕を超えたら、かな?」
「それは不可能ということじゃないですか……」
「僕を唸らせるような料理が作れたらってことでもいいよ」
「聞きましたよ」
うっかりとそんなことを言ってしまったのがいけなかった。この時僕は少々浮かれていたんだろう。もう少ししたら子供が生まれる時期だったからだ。
◆ ◆ ◆
「それでは、第一回ご主人様の妻や愛人の座を目指す女性たちによる料理大会を行います。司会進行はカローラ、アシスタントはマイカさんでお送りします」
「わー、ぱちぱちぱち」
「何を適当なタイトルを付けて盛り上がってるの?」
ここは領主邸の庭にいつの間にか作られた、プレハブっぽい建物。カローラのタイトルコールにマイカとミシェルが合わせて拍手をする、というか拍手を口にする。僕は審査員席っぽいところに座らされた。ミシェルだけは僕の横にいて、家族や使用人たちは客席に座っている。
「それで、カローラ、料理大会って誰が参加するの?」
「妻枠はカリンちゃん、リーセちゃん、エルケの三人、愛人枠はリーサンネとティルザとシルッカの三人ですね」
いつの間にか枠が作られてた。カリンとリーセが妻枠?
「カリンとリーセが妻枠なのはどうして?」
「それはミシェルちゃんの友達ですから、みんな扱いは平等にしませんと」
「そう、二人もいっしよ!」
ミシェルは妻になるのが決定? まあどうなるにせよ、まだ一〇年ほどあるから、それまでに何とかできるよね。
「それで僕はみんなが作った料理の批評をすればいいわけ?」
「はい、それぞれ得意料理がありますので、それを出してもらいます」
「まさか、それで一番評価が高かった人をすぐに妻や愛人にするってことじゃないよね? それなら逃げるよ?」
「さすがにそれはありません。料理でどれだけご主人様を幸せにできるかということを示すだけですから、結果はあくまでご主人様の参考程度にしてください。そしてみんなの頑張りを評価してくれればと思います」
それならまあ……いいか。評価をどう上手く言葉で表現するかが難しいけど。
「それで、基準はどうするの?」
「そこはこれです」
そう言うとカローラは、孫悟空の頭に付けられている緊箍児のようなティアラのようなものをミシェルの頭に乗せた。あんまり大きくないみたいだね。
「ミシェルちゃん、これを食べてみてください」
「これ? チョコレート?」
「そうです。普通のチョコレートですよ」
「じゃあ食べる。……美味しい」
キンコーン!
「っ⁉」
ミシェルがチョコレートを口に入れた瞬間、いきなり緊箍児から音が出てミシェルがビクッとした。半泣きになったので頭を撫でてあげる。
キコキコキコキコキコ……‼
やかましいな。
「見たら分かる通り、それは幸せを感じると音が出るティアラです。魔道具になっているので誤魔化すことはできません。ですので、ご主人様が料理を食べて幸せを感じたら、それに応じた音が出ます。評価の基準にしてくれてもかまいません」
「いきなり頭の上で鳴るとビックリするんだけど」
「仕掛けが分かっていれば問題ないと思いますよ」
まあ、鳴ると分かっていればいいんだけど、タイミングがね。
「それでは今からみなさんは今から料理を作ってもらいます。制限時間は三〇分。できあがった料理は必要に応じてマジックバッグに入れて終了を待ってください。では始め!」
みんなが一斉に料理を始める。使える食材はこの仮の厨房にあるもの。ミルクや卵もある。
調理器具もみんな同じ。ミシェルが使っていた包丁っぽい魔道具も置いてある。何を作ってもいいそうだけど、制限時間があるから、そこまで手の込んだものは作れないだろうね。
実際にみんなが料理を終えたのは三〇分が経つ前だった。
「それでは時間です!」
いわゆる料理コンテスト的なものと違うのは、できあがった料理をそのままマジックバッグに入れれば、温かいものは温かいまま、冷たいものは冷たいままになっている。
「まずはカリンちゃんからどうぞ」
「茶わんむしです」
「また渋いのを作ったね。好きだけど」
たしかに上手に作ろうと思うと難しいけどね。すが入ったりするし。具材が多すぎても少なすぎてもダメだから、シンプルだけどバランスが必要だと思う。
「うん、見た目もいいね。なかなか綺麗に作ろうと思うと難しいからね。うん、ちゃんと出汁が効いていて美味しい」
コンッ……
……微妙な鳴り方だった。木の箱を叩いた感じ。
「次はリーセちゃんです」
「はい。だしまき玉子を作りました」
「こっちも渋い。好きだけどね。誰に教わったの?」
「マイカさんです」
「二人には私が教えました。先輩がいつも一人で居酒屋に行った時に注文していたものですね」
「なんで知ってるの?」
マイカと一緒に飲みに行ったことはないよ。だいたい一人だったからね。見られてた?
「それじゃ一切れ。出汁が染み出すくらいの柔らかさだね。なのにきちんと巻かれている。これも出汁が効いていて美味しい」
キンッ!
……ものすごい金属音。これも微妙だ。
「次は妻枠の最後、エルケです」
「はーい。新妻の愛情がたっぷり入ったポテトサラダでーす」
エルケの言葉を聞いた瞬間、カリンとリーセの二人が、そういうアピールの仕方があったのか、と言いたげな表情になった。
目の前にあるポテサラはタマネギとニンジンとベーコンを使ったスタンダードなもの。僕は料理の好き嫌いはないけど、果物が入ったものは微妙に避ける傾向にある。ポテサラならリンゴ、ミカン、パイナップルはできれば遠慮したい。個人的にはマヨネーズに果物は合わないと思う。
「うん、パランスがいい。これなら十分お店にも出せそうだね」
「マイカ様が説明しているのを盗み聞きしましたー」
「わざと聞かれるように言ったんですけどね」
パンッ!
……すっごく軽い音がした。軽く膨らませたビニール袋を叩いたような音?
「それでは愛人枠です。最初はリーサンネ。さあどうぞ」
「はい。つゆ焼きそばです」
「急にB級グルメ感がでたけど、これもマイカから?」
「いえ、カロリッタ様です」
「ああ……」
黒石のつゆ焼きそば。焼きそばに和風出汁やラーメンスープをかけたもの。わりと癖になる味ではある。出張から帰って自分で試したこともあるし。これは和風出汁だね。
地域色の強い食べ物は嫌いじゃない。旅行でどこに行ったか思い出そうとすると、食べ物が真っ先に出るからね。
「あー、こんな味だった。妙に暖まるんだよね。汁を全部飲むと体に悪そうだけど」
カーーーーーン……
……のど自慢で鐘一つ?
「次はティルザです」
「はい、ソーキそばです」
「まさかの沖縄」
ソーキは豚の骨付き肉に味付けをしたもの。まあスペアリブのこと。沖縄そばにソーキが乗ったのがソーキそば。沖縄そばって島ごとに違う。豚はいないから、これは猪かな。
「やっぱりカロリッタから?」
「はい、カロリッタ様からです」
コーレーグスもどきをかけて食べる。ちゃんと油処理されたボソボソ麺になってる。これこれ。ツルツルした麺は沖縄そばっぽくない。この麺があってこそ。ああ、八重山諸島はよかったなあ。あの時にいた山羊は元気かな?
シャランッ……
……今度は鐘じゃなくて鈴かな?
「最後は本命、料理長のシルッカです」
「はい、この日のために練習しました。サンマーメンです」
「麺が立て続け?」
「ちょっと被ってしまってどうしようかと思いましたが」
「いやいや、好きだから問題ないけど」
地元のものだから。まだ勘違いされることがあるけど、サンマは入っていない。漢字の当て方は色々あるけど、生馬麺が多いかな。生は新鮮な、馬は上に乗せるという意味だったと思う。醤油ラーメンか塩ラーメンの上に、モヤシやキクラゲなどをサッと炒めてあんにしたものを乗せて食べる。ラー油をかけるのが定番かな。あんかけなので冬にはいい。夏に汗をかきながら食べるのもいいけど。
ほわーーーーーん……
……クラクション?
「はい、今回の料理は、先輩が居酒屋でよく注文していた三点、そして思い出の麺料理三点となりました。それでは先輩、総評をお願いします」
「ええ? 総評も? ええと……味に関しては、正直なところ甲乙付けがたいところがありました。どれも非常にレベルが高かったですが、場合によっては比較が難しいこともあるので、第二回があるとすれば、テーマを決めて料理の幅を狭める工夫が必要ではないかな、と思いました。以上です」
「はい、ありがとうございました。個々の料理の改善点などは、また先輩に直接聞いてみてください。それではこのあたりで終わります。次回をお楽しみに」
◆ ◆ ◆
「それで、カローラ。無難に終わらせたけど、なんでいきなり料理大会をしたの?」
「一応理由が二つありまして……」
一つめの理由は、町で料理教室を行っているけど、その結果発表の場として何かイベントができないかということだった。場合によっては飲食店が集まって料理を作れば店の宣伝にもなるし、投票などをすれば市民の中でも盛り上がるかもしれない、ということだった。
二つめの理由は、シルッカがリゼッタに訴えたからだそうだ。僕を唸らせるような料理が作れるなら愛人にすることを考えると、この前ポロッと言ったからね。それにはフェナも賛同し、シルッカが高く評価されればその時の話を持ち出し、誰が見ても分かるような形で彼女を僕の愛人にさせようと思ったらしい。
……危なかった。
「今回は読みが外れましたが、シルッカのことも少し考えてあげてください。彼女は真面目ですよ。旦那様の気を引こうと必死で」
「別に彼女が嫌いなわけじゃないからね。これ以上増やせないってだけだから。それよりも、あの音は何? ちゃんと鳴らなかったんだけど」
「ああ、あれは……失敗でした。あらかじめご主人様にテストしていただくべきでした」
あのティアラはステータスを参照して、その時の【幸福度】が上昇すれば、その変化に応じて音が変わるらしい。ミシェルがチョコレートを食べた時はちょっと嬉しくて鐘が一つ鳴り、僕が頭を撫でたら嬉しすぎて連続して鳴ったと。
「それじゃ、僕の時のあれは?」
サウンドエフェクトみたいになっていた。
「ご主人様のステータスがおかしくなっているのをうっかり失念していました。参照する数値が異常なためにエラーになってしまって、エラー音のサンプルとして入れておいた音がランダムで鳴ったようです」
「初めて自分のステータスに感謝したかもしれない」
「……うんうん、いいと思うよ」
シルッカから新しくレパートリーに入れたイタリアンの味見を頼まれた。イタリアンのコツは塩とオリーブオイル。どちらも絶対にケチってはいけない。
例えばスパゲッティを茹でるなら、乾麺一〇〇グラムに対して水一リットル、塩一〇グラム。つまり塩は水の分量の一パーセント。塩が多すぎると思うかもしれないけど、スパゲッティにしっかりと塩味を付けるのがポイント。ソースで味を付けようとしても上手くいかないことが多いから。
オリーブオイルも同じ。足りないと風味がないからしっかり使う。でもなんでもかんでもエクストラバージンを使うと癖が強すぎる。炒める時には(ピュア・)オリーブオイルを使い、最後にエクストラバージンを調味料のようにサッと加える。ちなみにピュア・オリーブオイルという言い方は日本独自なので、ピュアと書かれずに、単にオリーブオイルと書かれているのがそれ。
「よしっ! これは自信作だったので大丈夫だと思っていましたが、安心しました」
「もうこのあたりのレパートリーは全然問題ないね」
「はい。ところで旦那様、いい感じで熟れてきた私を、そろそろいかがでしょうか?」
「そちらは遠慮しておくよ」
「リゼッタ様とフェナさんにも許可はいただいているのですが……」
リゼッタには勝手に増やさないように言っているから問題ない。でもフェナは隙あらば増やそうとするから油断ならない。アレイダの代わりにシルッカが来たけど、夜伽要員も兼ねられるなら給料アップと勝手に募集を出していたからね。その募集はもう出さないようにと言っているけど、契約上はシルッカは僕の相手をするということになっている。僕が許可すればね。
「料理人になったんだから、少なくとも料理で僕の腕を超えたら、かな?」
「それは不可能ということじゃないですか……」
「僕を唸らせるような料理が作れたらってことでもいいよ」
「聞きましたよ」
うっかりとそんなことを言ってしまったのがいけなかった。この時僕は少々浮かれていたんだろう。もう少ししたら子供が生まれる時期だったからだ。
◆ ◆ ◆
「それでは、第一回ご主人様の妻や愛人の座を目指す女性たちによる料理大会を行います。司会進行はカローラ、アシスタントはマイカさんでお送りします」
「わー、ぱちぱちぱち」
「何を適当なタイトルを付けて盛り上がってるの?」
ここは領主邸の庭にいつの間にか作られた、プレハブっぽい建物。カローラのタイトルコールにマイカとミシェルが合わせて拍手をする、というか拍手を口にする。僕は審査員席っぽいところに座らされた。ミシェルだけは僕の横にいて、家族や使用人たちは客席に座っている。
「それで、カローラ、料理大会って誰が参加するの?」
「妻枠はカリンちゃん、リーセちゃん、エルケの三人、愛人枠はリーサンネとティルザとシルッカの三人ですね」
いつの間にか枠が作られてた。カリンとリーセが妻枠?
「カリンとリーセが妻枠なのはどうして?」
「それはミシェルちゃんの友達ですから、みんな扱いは平等にしませんと」
「そう、二人もいっしよ!」
ミシェルは妻になるのが決定? まあどうなるにせよ、まだ一〇年ほどあるから、それまでに何とかできるよね。
「それで僕はみんなが作った料理の批評をすればいいわけ?」
「はい、それぞれ得意料理がありますので、それを出してもらいます」
「まさか、それで一番評価が高かった人をすぐに妻や愛人にするってことじゃないよね? それなら逃げるよ?」
「さすがにそれはありません。料理でどれだけご主人様を幸せにできるかということを示すだけですから、結果はあくまでご主人様の参考程度にしてください。そしてみんなの頑張りを評価してくれればと思います」
それならまあ……いいか。評価をどう上手く言葉で表現するかが難しいけど。
「それで、基準はどうするの?」
「そこはこれです」
そう言うとカローラは、孫悟空の頭に付けられている緊箍児のようなティアラのようなものをミシェルの頭に乗せた。あんまり大きくないみたいだね。
「ミシェルちゃん、これを食べてみてください」
「これ? チョコレート?」
「そうです。普通のチョコレートですよ」
「じゃあ食べる。……美味しい」
キンコーン!
「っ⁉」
ミシェルがチョコレートを口に入れた瞬間、いきなり緊箍児から音が出てミシェルがビクッとした。半泣きになったので頭を撫でてあげる。
キコキコキコキコキコ……‼
やかましいな。
「見たら分かる通り、それは幸せを感じると音が出るティアラです。魔道具になっているので誤魔化すことはできません。ですので、ご主人様が料理を食べて幸せを感じたら、それに応じた音が出ます。評価の基準にしてくれてもかまいません」
「いきなり頭の上で鳴るとビックリするんだけど」
「仕掛けが分かっていれば問題ないと思いますよ」
まあ、鳴ると分かっていればいいんだけど、タイミングがね。
「それでは今からみなさんは今から料理を作ってもらいます。制限時間は三〇分。できあがった料理は必要に応じてマジックバッグに入れて終了を待ってください。では始め!」
みんなが一斉に料理を始める。使える食材はこの仮の厨房にあるもの。ミルクや卵もある。
調理器具もみんな同じ。ミシェルが使っていた包丁っぽい魔道具も置いてある。何を作ってもいいそうだけど、制限時間があるから、そこまで手の込んだものは作れないだろうね。
実際にみんなが料理を終えたのは三〇分が経つ前だった。
「それでは時間です!」
いわゆる料理コンテスト的なものと違うのは、できあがった料理をそのままマジックバッグに入れれば、温かいものは温かいまま、冷たいものは冷たいままになっている。
「まずはカリンちゃんからどうぞ」
「茶わんむしです」
「また渋いのを作ったね。好きだけど」
たしかに上手に作ろうと思うと難しいけどね。すが入ったりするし。具材が多すぎても少なすぎてもダメだから、シンプルだけどバランスが必要だと思う。
「うん、見た目もいいね。なかなか綺麗に作ろうと思うと難しいからね。うん、ちゃんと出汁が効いていて美味しい」
コンッ……
……微妙な鳴り方だった。木の箱を叩いた感じ。
「次はリーセちゃんです」
「はい。だしまき玉子を作りました」
「こっちも渋い。好きだけどね。誰に教わったの?」
「マイカさんです」
「二人には私が教えました。先輩がいつも一人で居酒屋に行った時に注文していたものですね」
「なんで知ってるの?」
マイカと一緒に飲みに行ったことはないよ。だいたい一人だったからね。見られてた?
「それじゃ一切れ。出汁が染み出すくらいの柔らかさだね。なのにきちんと巻かれている。これも出汁が効いていて美味しい」
キンッ!
……ものすごい金属音。これも微妙だ。
「次は妻枠の最後、エルケです」
「はーい。新妻の愛情がたっぷり入ったポテトサラダでーす」
エルケの言葉を聞いた瞬間、カリンとリーセの二人が、そういうアピールの仕方があったのか、と言いたげな表情になった。
目の前にあるポテサラはタマネギとニンジンとベーコンを使ったスタンダードなもの。僕は料理の好き嫌いはないけど、果物が入ったものは微妙に避ける傾向にある。ポテサラならリンゴ、ミカン、パイナップルはできれば遠慮したい。個人的にはマヨネーズに果物は合わないと思う。
「うん、パランスがいい。これなら十分お店にも出せそうだね」
「マイカ様が説明しているのを盗み聞きしましたー」
「わざと聞かれるように言ったんですけどね」
パンッ!
……すっごく軽い音がした。軽く膨らませたビニール袋を叩いたような音?
「それでは愛人枠です。最初はリーサンネ。さあどうぞ」
「はい。つゆ焼きそばです」
「急にB級グルメ感がでたけど、これもマイカから?」
「いえ、カロリッタ様です」
「ああ……」
黒石のつゆ焼きそば。焼きそばに和風出汁やラーメンスープをかけたもの。わりと癖になる味ではある。出張から帰って自分で試したこともあるし。これは和風出汁だね。
地域色の強い食べ物は嫌いじゃない。旅行でどこに行ったか思い出そうとすると、食べ物が真っ先に出るからね。
「あー、こんな味だった。妙に暖まるんだよね。汁を全部飲むと体に悪そうだけど」
カーーーーーン……
……のど自慢で鐘一つ?
「次はティルザです」
「はい、ソーキそばです」
「まさかの沖縄」
ソーキは豚の骨付き肉に味付けをしたもの。まあスペアリブのこと。沖縄そばにソーキが乗ったのがソーキそば。沖縄そばって島ごとに違う。豚はいないから、これは猪かな。
「やっぱりカロリッタから?」
「はい、カロリッタ様からです」
コーレーグスもどきをかけて食べる。ちゃんと油処理されたボソボソ麺になってる。これこれ。ツルツルした麺は沖縄そばっぽくない。この麺があってこそ。ああ、八重山諸島はよかったなあ。あの時にいた山羊は元気かな?
シャランッ……
……今度は鐘じゃなくて鈴かな?
「最後は本命、料理長のシルッカです」
「はい、この日のために練習しました。サンマーメンです」
「麺が立て続け?」
「ちょっと被ってしまってどうしようかと思いましたが」
「いやいや、好きだから問題ないけど」
地元のものだから。まだ勘違いされることがあるけど、サンマは入っていない。漢字の当て方は色々あるけど、生馬麺が多いかな。生は新鮮な、馬は上に乗せるという意味だったと思う。醤油ラーメンか塩ラーメンの上に、モヤシやキクラゲなどをサッと炒めてあんにしたものを乗せて食べる。ラー油をかけるのが定番かな。あんかけなので冬にはいい。夏に汗をかきながら食べるのもいいけど。
ほわーーーーーん……
……クラクション?
「はい、今回の料理は、先輩が居酒屋でよく注文していた三点、そして思い出の麺料理三点となりました。それでは先輩、総評をお願いします」
「ええ? 総評も? ええと……味に関しては、正直なところ甲乙付けがたいところがありました。どれも非常にレベルが高かったですが、場合によっては比較が難しいこともあるので、第二回があるとすれば、テーマを決めて料理の幅を狭める工夫が必要ではないかな、と思いました。以上です」
「はい、ありがとうございました。個々の料理の改善点などは、また先輩に直接聞いてみてください。それではこのあたりで終わります。次回をお楽しみに」
◆ ◆ ◆
「それで、カローラ。無難に終わらせたけど、なんでいきなり料理大会をしたの?」
「一応理由が二つありまして……」
一つめの理由は、町で料理教室を行っているけど、その結果発表の場として何かイベントができないかということだった。場合によっては飲食店が集まって料理を作れば店の宣伝にもなるし、投票などをすれば市民の中でも盛り上がるかもしれない、ということだった。
二つめの理由は、シルッカがリゼッタに訴えたからだそうだ。僕を唸らせるような料理が作れるなら愛人にすることを考えると、この前ポロッと言ったからね。それにはフェナも賛同し、シルッカが高く評価されればその時の話を持ち出し、誰が見ても分かるような形で彼女を僕の愛人にさせようと思ったらしい。
……危なかった。
「今回は読みが外れましたが、シルッカのことも少し考えてあげてください。彼女は真面目ですよ。旦那様の気を引こうと必死で」
「別に彼女が嫌いなわけじゃないからね。これ以上増やせないってだけだから。それよりも、あの音は何? ちゃんと鳴らなかったんだけど」
「ああ、あれは……失敗でした。あらかじめご主人様にテストしていただくべきでした」
あのティアラはステータスを参照して、その時の【幸福度】が上昇すれば、その変化に応じて音が変わるらしい。ミシェルがチョコレートを食べた時はちょっと嬉しくて鐘が一つ鳴り、僕が頭を撫でたら嬉しすぎて連続して鳴ったと。
「それじゃ、僕の時のあれは?」
サウンドエフェクトみたいになっていた。
「ご主人様のステータスがおかしくなっているのをうっかり失念していました。参照する数値が異常なためにエラーになってしまって、エラー音のサンプルとして入れておいた音がランダムで鳴ったようです」
「初めて自分のステータスに感謝したかもしれない」
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