新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第四部

意外な売れ筋商品

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「ギリギリだったので助かりました」
「せっかくここまで来てもらって、広場で野宿も悪いですからね」
「節約のために野宿をされる方もいますが、多くの方は宿の方がいいとおっしゃいますから」

 領内で宿屋が増えている。これまでもそれぞれの町には少なくとも一軒は宿屋があったんだけど、最近はそれでは対応できなくなってしまった。そこで大工ギルドが宿屋の建て増しをすることになった。宿泊客が増えたのは、当たり前だけどユーヴィ男爵領の好景気が原因だ。

 この領地の経済状態はかなり上向いた。以前は特産と呼べるようなものは一つもなく、キヴィオ市の方から細々と物資が運ばれていただけだった。そこで今年になってど真ん中に街道を通した。これによって視界が確保され、さらに兵士を巡回させることで安全性をアピール。その上で特産と呼べるものを売り出した。

 美容液は女性を中心によく売れている。それほど高くないのがポイントだ。コンビニコスメくらいの感覚で気軽に買えるように、というのがマイカの考えだった。家庭で作れるレシピも公開しているから、自分で作る人もそれなりにいると思う。

 農産物としては、種なしのバナナとパイナップルはやはりよく売れている。そして加工品としてカカオから作ったチョコレートや、ココナッツから作ったココナッツミルク、ココナッツファインなどはお菓子や料理の材料にもなっている。コーラ、ジンジャーエール、ナタデココも高い人気を保っているようだ。パラの木から採った天然ゴムは、輪ゴムや平ゴム、馬車の車輪などに使われている。でも意外に地味なものがよく売れた。それが魔獣の肉だった。

 肉は一般的には家畜か野獣の肉を食べる。もちろん平民にとっては肉は高価だから、そもそも毎日食べられるとは限らない。王都周辺は大きな森が少なく、野獣はいるけど危険な魔獣が出ることは少ない。だから魔獣の肉は出回ることが少なく、しかもそれほど日持ちがしないのであまり口にされていなかった。

 魔獣の素材は、例えば皮や角や牙など、主に実用的な部位がこれまで取り引されていた。冒険者だって持って帰るまでに腐ってしまう肉よりは、より高値で売れる部位を持って帰りたいのは当然。だから肉は現地で捌いて食べるか急いで干し肉にするくらいしかなかった。そこに去年から今年にかけてリゼッタとカロリッタの二人が、大森林で狩った魔獣を直轄領周辺の町に順番に持ち込んだ。これが引き金になった。

 今年の前半まで、この国の真ん中あたりでかなりの魔獣の肉が流通した。皮や角や牙などに比べれば肉はそこまで高価とは言えない。いつもの肉よりもちょっと高価だけど物珍しさに買った人がいて、普段食べている肉との違いに驚いたという。熊は癖があるけど、猪は美味しいからね。でもさすがに全住民が十分に食べるほどの量はない。しかもいつ入荷するかも分からない。特にお金を持っている人で買えなかった人は、他の人の話を聞いて悔しがった。そのように話題になったところで入荷がぱったり止まった。年明けにリゼッタ、六月にカロリッタが妊娠したからだ。

 妊娠したとは言っても二人が大森林の魔獣に後れを取るようなことはない。それは僕も保証できるけど、さすがに飛び跳ねたりすると使用人たちが心配するからね。

 そうこうしているうちに直轄領にある町のギルドから「そろそろ魔獣を売りに来てくれませんか?」という催促が王都の公営商店に来るようになった。あの二人は僕の名前で売っていたから出どころはバレている。こちらとしては「魔獣を狩っていた領主夫人たちが妊娠中なので無理はさせられない。ユーヴィ市に来たら在庫はあるので売ることはできる」と伝えた。そうするとしばらくしてマジックバッグを持った商人たちがやって来たわけだ。僕が売りに行くこともできるけど、それも違う気がするんだよね。だから僕はユーヴィ市に卸しているだけ。

 やって来た商人たちは肉だけを買って帰るわけじゃない。もっとお金になるような商品はないかと思って町の中を見渡すと、そこにはチョコレートや砂糖も売られている。ただしユーヴィ市ではあくまで住民が日常的に買うくらいの量しか置いていない店が多いので、商売用としてまとめて買おうと思えば砂糖はナルヴァ町、チョコレートはヴァスタ町に行くしかない。そういうわけで商人が増えてきたあたりで宿屋を増やすことにした。既存の宿屋も全て改修済みだ。

 数としてはこれまで宿屋が一つしかなかった町にもう一つ、せいぜい二つくらい追加する程度。宿屋ばっかり増やしても共倒れになる可能性もあるから。すでに料理と金勘定ができる人が集まって宿屋を始めている。宿屋は食事ができる酒場を兼ねることがほとんどだから、料理ができる人がいないと困る。掃除も洗濯も必要だから、雇用にも一役買っている形だね。

 その商人がナルヴァ町に行ってからヴァスタ町に行こうと思えば、その途中でシラマエ町、トイラ町、パダ町にも寄ることになる。シラマエ町とトイラ町ではバナナとパイナップル、パダ町ではココナッツの加工品を売っているので、途中で商品を買い足そうと思った商人が買ってくれることも多く、それなりに売れているそうだ。

 それでどうしてこんなことを考えているかというと——

「やはりケネス殿が焼いた時の肉は何かが違うと思っていたが、そもそも素材が違ったのか」
「しっかりとした肉のうまみが感じられるほど厚いのに柔らかくて、あらためて食べてみるとまったく違いますね」

 そう、レオンツィオ殿下とロシータさんの離宮に来ている。別に肉を焼くために来たわけじゃなくて、美容液などを届けに来て……まあ料理長の視線を受けて肉を焼くことになった。

 今回は普通に肉を焼いただけなんだけど、その肉は大森林の魔獣を使っている。以前中庭でバーベキューをした時と同じなんだけど、あの時の肉の柔らかさを不思議に思っていたらしい。家畜と肉とは少し違うからね。もちろん家畜の肉でもパイナップルの汁に浸しておくと酵素の働きでグッと柔らかくなるから。

 魔力があるからかもしれないけど、魔獣の肉は旨みが強い。猪はそれがよく分かる。少しだけ癖があるけど、しっかりと脂が乗っていて綺麗なサシが入っている。熊は癖が強くて臭みがあるけど、きちんと処理すると弾力が出て旨みが強くなる。僕はこの二つをハンバーグに使っている。熊肉のステーキは噛みごたえのある料理が好きなセラとキラには好評だ。鳥はあまり食べるところがないけど、全体がササミに近い感じになっている。モモ肉もあまり脂肪がない。蛇はあまり癖がないから唐揚げに使っている。

 それで、大森林の魔獣の肉はあまり王都では出回らないので、美容液などと一緒に運んでくることになった。これまでは美容液一式に精力剤が少々、それとうちの特産品だったところに、次からは魔獣の肉が加わる。

「しかし、たまには代金を支払ってもいいと思うのだが」
「いえ、アンナさんたちからもいただいていませんから。要するに宣伝していただく代金の代わりに無料で提供しているだけです。それに王都にお店を用意していただきましたので、そこで試食などもできるようになりました。王都や直轄領の町から商人がやってきていますので、領内にはきちんとお金が落ちていますよ」
「それならいいが」

 これは本当。いつものことなんだけど、お二人が貴族のパーティーでうちの特産品を褒めてくれるので、その度に商人が買い付けに来てくれることになる。

 そもそもいきなりこの離宮を訪れるだけじゃないからね。王都の前にラクヴィ市に寄ってマイカの実家に美容液などを渡し、それから王都に来て公営商店に顔を出して売れ行きやお客さんの反応を確認して、それから離宮に来ている。



「様子はどうですか?」
「はい、バナナとパイナップル、砂糖、チョコレートは順調です。そしてコーラとナタデココは絶好調です」
「燻製の方も売れていますか?」
「ロックボアが売れています。ハウルベアはドワーフを中心に一定の人気があります。単なる塩漬けではなくて香辛料が利いているのが好評な理由のようです」

 一般的な保存食としては塩漬けが多かったけど、しっかり味を付けて燻製にすることでグッと旨味が増す。しかも塩漬け肉から値段が上がるかというとそれほど上がらない。

 でもこの公営商店はあくまでアンテナショップだから、大量に販売することはないし、値段も安くはない。それよりも試食ができるようにして、うちの特産品を知ってもらうことが重要。ここで安価で大量に売るよりも、一人でも多くの商人にうちに買い付けに来てもらいたい。そのために馬の首に取り付けて疲労を軽減する魔道具も扱っている。

「ところで領主様、売れ残りはどうしますか? 持って帰りますか? むしろ持ち帰っていただきたいのですが」
「売れ残りって……そもそもそれほど減っていないと思いますけど」
「いえ、ここに一人売れ残りが。ぜひ領主様に召し上がっていただければと思うのですが」
「そこは頑張っていい人を見つけなさい」
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