新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第二章 第二部

二正面作戦、そして違和感

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 ルジェーナ男爵領の領都ルジェーナ市はカルキ男爵領のディキリ町からまっすぐ行けば三週間くらい。まあ他に寄る場所もないからまっすぐ行く。カルキ男爵領の領都カルキ市には寄らない。また北東に移動しなければらならいからね。

 ここからのルートは三週間ほどでルジェーナ市、二週間ほどでレンツィーニ市、三週間でヴァリガ市かな。寄れる町もあるけど、寄るかどうかはその時次第。

 王都ヴィリョンまで四か月少々かかった。王都で一〇日ほど滞在したり、ナルヴァ村やユーヴィ市に戻ったり、森を抜けるのに一か月以上かかって、ざっとここまで七か月弱。東へまっすぐ向かうとは言っても、マノンの実家に挨拶に行ったりするし、それなりに寄るところがあるからね。

 マノンはキヴィオ子爵領の北にあるレブ男爵領、そこのアイドゥ町の生まれ。レブ男爵領は東西を山に囲まれたやや狭い貴族領。その男爵領の北西部にあって、山と川がきれいな町らしい。キヴィオ市からは三週間ほどかかるそうだ。

 京都から名古屋へ向かいつつ、岡山から米子に向かうようなものだから、無理矢理だけど半々で進んでいこうか。



 マノンは夫に離婚届にサインさせた後、夫とその恋人(男)を町から蹴り出すと、役所に離婚届を出し、実家と夫の実家に事実関係と離縁を伝える手紙を送ったらしい。ギルド経由でその配達を頼んで、その足で僕を追いかけてきたとか。やはり元冒険者のフットワークは軽い。でも離婚届は用意してたんだね。

 マノンが結婚したのは三〇になってからで、現在は三二。普段は女性の年齢についてはあまり触れないようにしているけど、うちでは一番上になる。あ、マリアンは横に置いておくけど。

 ちなみに[不老]についてマノンに教えた時、飛び上がって喜んだ。さすがに僕も若返らせることはできなけど、マノンはそれで十分だと。いつの間にかうちの家族に感化されて、三〇代は一人だけだから、これは個性としては貴重だと言っていた。僕を『あなた』と呼び、元からの雰囲気も相まって、一人だけマダム感が漂っている。

 二八歳のカローラが対抗意識を燃やしているけど、どう頑張ってもにしかならない。マリアンから「個性など大して意味もなかろう」と言われて、「マリアンさんに言われても……」と凹んでいた。まあ個性については僕がああだこうだと言えるものでもないので本人たちに任せている。



◆ ◆ ◆



 キヴィオ市の少し東に来た。ここからずっと北に向かって二週間ほど行けばレブ市、そこからさらに一週間ほど進んだ先にあるアイドゥ町を目指す。

 このあたりはマノンが詳しいので、今日は二人で歩いている。このあたりは普通の街道だから魔獣や野獣はそれほど出てこないだろうと思ったら、これが意外に出るのだそうだ。

 レブ男爵領は東西を山に挟まれている。ちなみに西の山はキヴィオ市の北の山に続いている。山の麓は森になっているわけだから、数だけはそれなりに出るらしい。魔獣は少なめで野獣がほとんど。

 出てくるとは言っても西の大森林ほどではなく、多くの普通の森と同じように、猪や熊、あるいは狼などが出てくるくらい。パーティーを組んでいれば問題ないね。

 マノンの父親の名前はシェルト、母親の名前はモニクで、モニクさんは狐人。二人とも狩人で、町の近くの森で野獣や弱い魔獣を狩っている。フォンスという名前の弟がいて、毛皮などの素材はフォンスさんがまとめて売りに行くのだそうだ。

「マノンはどうして冒険者になったの?」
「特に理由があったわけではありません。なんとなく家から出たかったのでしょうか」

 特に表情を変えるわけでもなくマノンが言う。

「滝が綺麗で、景色の美しい町ではありますけど、それだけでしたねぇ。何度も帰りましたけど、ずっといたいという気にはなれませんでした」
「聞いている限りはいいところだと思うんだけどね」
「滝と池と川と、あるのはそれくらいです」
「観光資源、例えば名所とか名産品とかはあると思うんだけど、それを活かせるだけど知識や技術がないんだよね」
「知識や技術ですか?」
「ちょっと厳しいことを言うよ。まあ僕がこの世界で生まれたわけじゃないから言えるんだけど、まず一つめ、魔獣や盗賊が出るから仕方がないけど、町から町へ移動するための安全な手段がない。二つめ、観光資源の情報が一部の人にしか伝わっていないこと。つまり、速く遠くまで情報を伝える手段がない、もしくは情報がどこかで途切れてしまう。この二つがまず気になったこと」

 自分でもわりと無茶を言っているのは分かる。要するに、車やバイク、飛行機などの移動手段、それと電話やインターネットなどの伝達手段。

「移動は馬ではやはり無理ですか?」
「速度としては歩くよりもちょっと速いだけでしょ? 馬が都市間を全力で走り続けることができれば可能かもしれないけどね」
「無理でしょうねぇ」
「それにエリーとミシェルはキヴィオ市からパダ町の間の、あの森のところで魔獣に襲われたからね。まだまだ森が多い国だから、都市間の移動で命を落とすことがあるなら、安全が確保できなければ移動は控えるよね」
「すべての人が護衛を雇えるわけではないですものねぇ」
「護衛がいなくても移動できるのが理想だよ」
「本当に理想ですよ、それは」
「そうなんだけどね。でもキヴィオ市とアイドゥ町の間って二〇日くらいかかるでしょ? その距離だと、僕が元の世界で乗っていた乗り物なら、朝食後にキヴィオ市を出て、速ければ午後のお茶の時間くらいに、遅くてもお風呂の前にはアイドゥ町に着くんだよ」
「そんなに速いのですか?」
「障害物とかを考えず、単に距離だけならね」

 距離的には八〇〇キロくらいだと思う。時速六〇キロから一〇〇キロならそれくらいだね。

「そして何より問題なのは、贅沢さえしなければ食べていける、という考え。つまり贅沢しないんだよ、町の人たちが」
「贅沢をしないことが問題になるのですか?」
「誰でも欲というのはあるよね」
「はい」
「一番最初に訪れたナルヴァ村ですでに違和感は感じてたんだよね。あの村は麦がとにかくよく採れて、食べるにはまったく困らないらしい。でも辺境という立地の問題で、常にやっているお店がないんだよ」
「行商で事足りているのでしょうね」
「そうだね。ある程度は自給自足ができているという強みはあるけど、あの村に住んでいる人が言ってたんだ、『物が少ないことを除けばそれほど不満はない』って。そう思っていても店を作ろうという考えにならないのが不思議だったんだよ」



 食べ物には困らない、ミード蜂蜜酒はいつでも飲める、寝るところはある、たまに魔獣の暴走があるけど城壁があるから大丈夫。そりゃ村から出ないわけだ。

 贅沢品はないけど、キヴィオ市から商人がやって来て安値で売っていく。近くの森で採れるものなどを商人に買い取ってもらい、その代金で物を購入する。どうしても必要なものがあれば、商人に頼んでおいて次の時に持ってきてもらう。

 村の中ではほとんどが物々交換だからほぼ貨幣が使われていない。唯一使われているのがエーギルさんの酒場くらいじゃないかな? おそらく商人の一番の商売相手は間違いなくエーギルさんの酒場だろう。



「言われてみればそうですね。これまであまり考えませんでしたけど」
「多分それが普通なんだと思うよ。他の世界を知っているのが普通じゃないから。それと、ユーヴィ市でもキヴィオ市でも同じだったけど、食料品を除けば、町の中で欲しいなと思えるものは高級品ばかりだった。木の苗とかも売られていたけど、値段を考えれば庶民向けじゃなくて、それなりの家の庭に植えるものじゃないかな」
「そうですね。庶民向けは朝市の露店くらいでしょうか」
「ユーヴィ市にも庶民向けの店舗はあったけど、それでも数は少なかったからね。キヴィオ市で玉焼きの店主に甘い玉焼きのレシピを教えたんだけど、玉焼きに甘い芋や栗を入れるということさえしてなかった。そういうアイデアは普通ならすでに誰かが思いついているはずだと僕は思うんだけど。そのアイデアが実現されていなかったということは? はい、マノン君」
「そのような工夫をする余裕まではない、ということでしょうか、先生」
「おそらくそうだと思う。これまでこんな感じでやってきたんだから、これからもこんな感じでやっていこう、そういう気がするんだよ」
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