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第二章 第一部
最後の一人?
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キヴィオ市の門を出てしばらく歩いたところで[隠密]を使って姿を消すと、[転移]でまた森の方へと進んでおいた。
「あの~、ケネスさん、ここはひょっとして……」
「はい、[転移]です」
「いえ、自然の中でなさるのがお好みなのかなと想像してしまいました」
「違います。キヴィオ市まで戻ったので、元の場所まで移動しただけです。では今から家に戻りますね」
異空間への出入り口を出すと、マノンさんの手を引いてくぐった。
「ここは?」
「異空間にある僕の家です。とりあえずみんなに紹介しますね」
マノンさんは移動の連続に、理解が追いついていないような顔をしていた。
リビングに戻るとみんなが揃っていた。やっぱりか。
「リゼッタ、マノンさんを連れてきたよ。裏で色々やってたみたいだね」
「色々と言うほどでもありません。キヴィオ市に必ず現れるということを伝えただけです。それに、どうしても嫌なら無理して連れてくる必要もないはずです。いざとなったら振り切って帰ることもできたのでは?」
ぐうの音も出ないとはこのこと。
「マスターは人がいいですから~」
「ケネス、マノンさんでとりあえず終わりです。これ以上は無理は言いません。さあケネス、家長としてどっしりと構えていてください」
どうしてマノンさんで最後かは分からないけど、これ以上無理に増やさないならそれでいいかな。十分多いけどね。
「ええっと、マノンです。ユーヴィ市の冒険者ギルドで受付をしていました。ケネスさんの妻として、これからよろしくお願いしますねぇ」
「カロリッタ殿やカローラ殿と雰囲気が似ているようじゃのう」
「やさしそう」
カロリッタはのんびりした口調のわりにはかなり押すけどね。カローラさんは優しい。マノンさんは終始おっとり。
「みなさん、種族もバラバラなんですね」
「人間、エルフ、犬人、ドワーフ、妖精、デュオ、竜、一通りいるかな」
「デュオ? 竜?」
「デュオは私です」
「竜はワシじゃ」
「え?」
「まあ、おいおい知ってもらいましょう。とりあえずマノンさんの部屋をどこにするか決めましょうか」
「ええ、ありがとうございます、って選べるほどあるのですねぇ」
「うっかりして無駄に広くしてしまったんですよね」
これは本当の話。最初はここまで広くするつもりはなかった。この家を作った時、初めて異空間を作った時だけど、頭の中に家のイメージをしたんだよね。このあたりにリビングがあって、ダイニングがここで、お風呂をここに、とか。
最後の方に、部屋は多い方がいいとか思ってしまって、それで部屋を増やしたら洗面所やトイレは多い方がいいとか、人が増えるならお風呂やリビングも広げておこうとか、そんなことを考えたらこの広さになってしまった。
なんとなくだけど、この家は三メートルが基準になっている気がする。個人の部屋は六メートル四方、トイレは三メートル四方、お風呂は六✕九メートル、洗濯室は九メートル四方、リビングは一二✕二四メートル、他の部屋は一二メートル四方。
壁もあるはずなんだけど、計算すると壁の厚みがない。微妙にどこかで空間が拡張されているのかもしれない。分からないことはそのままにしておく。
「一応ここにどこが誰の部屋かというのが書いてあるので、空いている部屋から選んでもらいますね」
「ええっと、そうですねぇ、ここでしょうか」
マノンさんが選んだのはカローラさんとマリアンの間。これで西と南が埋まった形になった。
家具は後で入れるとして、ますは家の中を案内する。まずは衣装室から。外から見たら普通の部屋なのに、中はもの凄く広い空間。目を見開いてびっくりしてるね。
「ここは?」
「ここは衣装室。主にエリーとマリアンが作ったものが飾ってある、というか置いてある感じですね。マノンさんの服もそのうち並びますよ」
部屋を出ようとしたら、エリーとマイカが試着室へとマノンさんを引きずっていった。いきなり採寸でもするんだろうか? すると五分も経たないうちに戻ってきた。
「旦那様、マノン様は逸材です」
「これは、ちょっと嫉妬しますね」
試着室から出てきたのは、あの有名な女性格闘家の服装をしたマノンさん。武闘家だったらしいから似合うね。似合うけど、あんなのあったかな?
「あの~、似合いますか?」
「よく似合いますよ」
「あ~、よかったです」
その格好のまま家の中を見て回るんだろうか。
とりあえず一階に下りる。応接室、リビング、キッチン、ダイニング、バックヤード、洗濯室、そしてお風呂。順番に見て回るだけだね。
家の中を一通り見て回ったから、次は家の周りを歩くことにした。
「あの建物は何ですか?」
「あれはリゼッタの温泉旅館です」
「温泉旅館……ああ~、一階の奥に通路があったところですねぇ」
「そうです。外から見るとああなっています。大きなお風呂に入ってゆっくりする施設ですね。そちらの方はまた後ほど見に行きますね」
「ええ、お願いします」
「このあたりは畑と田んぼと茶畑ですね。向こうが牧草地です」
「あれは、馬と……なんでしょう?」
「アンゴウカウサギというウサギですね。ちょっと特殊なウサギで、人の言葉が分かります。念話で話もできますよ」
「アンゴウカウサギ……」
《サラン、こちらは今度うちに住むことになったマノンさん。仲良くしてね》
《はっ、歓迎のメッセージを用意するであります》
「歓迎のメッセージを用意してくれるみたいですよ」
「まあ~」
セラとキラの時と同じように、三匹が『歓迎』『マノンさん』『ようこそ』と書いた紙を頭上に持ち上げていた。
「あの子たちは人の言葉は話せませんが、理解はしています。文字も書けます。牧草地にいることが多いので、話しかけてやってください」
「ええ、もちろん」
「知らないことばかりですねぇ」
「そもそも、かなり特殊なものが多いですねえ、ここには」
家はまだいいとして、ことあたりでは見かけない外見の温泉旅館。そしてまったく季節感のない畑と森。牧草地に沢山いる白いモコモコとしたアンゴウカウサギたち。
「これもミリヤちゃんのおかげですね」
「ミリヤさんですか?」
「ええ。彼女が賑やかにしてくれたおかげで、ケネスさんと接点ができましたから」
「まあそういう見方もできますね。ではそろそろ家の方に戻りましょうか」
久しぶりというほどでもない歓迎会をすることになっている。この前はカローラさんの時で、その際は告白酒のせいでとんでもないことになった。リゼッタに釘を刺したら、もう何もしませんと返ってきた。嘘は付かないだろう。
いつものように料理はエリーとマイカとカローラさんが作っている。最近は人数が増えたので、マリアンもキッチンに立つことが増えたらしい。もともと自炊をしていたからそれなりにはできるそうだ。
リゼッタは料理はそれほど得意ではなかったけど、練習は続けているし、ミシェルも包丁型魔道具で色々と作るようになってきた。セラとキラは……試しに作ってもらったら美味しかったけど、どちらかと言うと食べる方が得意だね。
「それでは家長のケネスから一言お願いします」
「いきなり? えー、今回マノンさんを新たに家族として迎え入れることになりました。これまで、いつの間にか人が増えてきましたが、一応ここで締め切りとします」
「まだ部屋に空きはありますよ~」
カロリッタが茶化してみんなが笑う。
「部屋が多いのは不可抗力! ではみんな、グラスを持って。では、マノンさん、ようこそ!」
「「「「ようこそ!」」」」
なんとなく定番となった立食形式。代わる代わるマノンさんと話をしている。マノンさんは人当たりがいいから、ミシェルもすぐに懐いたみたいだね。
僕も途中で料理の追加を作ったり、お酒の追加を出したりした。
「まあ~、こんなに楽しく食事をするのは、久しぶりで……久しぶりで……ありがとう……ございます……ケネスさん……ぐすっ……うわあああ……」
「マ、マノンさん」
マノンさんがいきなり泣き出して僕にしがみついた。リビングでソファに座らせてしばらく背中をさすっていると、なんとか落ち着いてきた。
「すびばせん、げねすさん。しばらぐこうじていてくだざい」
そう言うと、顔をぐしゃぐしゃにしたマノンさんは、もう一度しがみついてきた。
一〇分くらい経っただろうか、ようやく顔を上げてくれた。真っ赤な目のまま微笑んでいる。
「すみませんでした。なにかこう、気を張っていたのが緩んでしまったみたいで」
「それでいいんじゃないでしょうか。ここで気を張る必要はありませんよ」
「ありがとうございます。こうやって話をしながら食事をするなんて本当に久しぶりで、そう思ったら……」
「あの、ギルドのみなさんと一緒に行ったりとかはしないんですか?」
「ええ、一応これでも既婚ですから、未婚の女性と一緒に飲みに行くのは……」
「ま、まあそうですよね。すみません、変なことを聞きました」
「いえ、あれは私の意地でしたね。例え一人でいても、妻としては決して手を抜かないと。難癖付けられないようにだけは気を付けていましたから」
……あー、いい人じゃないか。こんないい人に馬鹿なことをした夫には一度ガツンと……ガツンと、マノンさんに蹴られたか。町から蹴り出したって言ってたよね。そっちはもういいか。
「それならここではマノンさんらしくいきましょう。もう無理はしなくていいですよ。ずっとここにいてください」
「……ありがとうございます……あなた」
本当は結婚した時にそう言いたかったんだろう。マノンさんをぎゅっと抱きしめた。
向こうからエリーとカロリッタが覗いている。エリーが親指を立てているのはまだいい。カロリッタが三本の指で作った下品なジェスチャーは無視することにした。
「お騒がせしました」
「マノン様、気にすることはありませんよ。ここにいるのは旦那様の妻だけですから」
「そうじゃそうじゃ。ここで好きなことをしとったら気も晴れるじゃろう」
「ありがとうございます。今後はケネスさんのために尽くしますねぇ」
「マリアンさんも、いつの間にか先輩の妻の気分になってませんか?」
「いや、毎度毎度否定するのも面倒でのう。もちろん外の者に対しては説明するがのう」
「ふふっ。まずは一歩前進ですね」
「どうしてもお前様とくっつけたいらしいのう」
みんなの話を聞いていると、それまで黙々と食べていたセラとキラがこちらを向いて何か言いたそうにしていた。
「どうかした?」
「順番はマノンさんに譲ります。私たちはその後で構わないです」
「大切にしてあげてほしい」
この二人は何も考えていないように見えることが多いけど、見た目以上に鋭いからね。いきなり正論で切り込んでくることがある。
「もちろん大切にするよ」
「ではこの場はみんなに任せてさっそく上へどうぞ。みんなで見送ります」
「フレー、フレー」
「そこで励ますのはやめて。マノンさんが真っ赤でしょ」
「いえ、嬉しすぎて……どう言い表したらいいのか分かりませんが、ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
「いや、こちらこそ」
─────────────────────
マノンの部屋を加えた部屋割りです。
「あの~、ケネスさん、ここはひょっとして……」
「はい、[転移]です」
「いえ、自然の中でなさるのがお好みなのかなと想像してしまいました」
「違います。キヴィオ市まで戻ったので、元の場所まで移動しただけです。では今から家に戻りますね」
異空間への出入り口を出すと、マノンさんの手を引いてくぐった。
「ここは?」
「異空間にある僕の家です。とりあえずみんなに紹介しますね」
マノンさんは移動の連続に、理解が追いついていないような顔をしていた。
リビングに戻るとみんなが揃っていた。やっぱりか。
「リゼッタ、マノンさんを連れてきたよ。裏で色々やってたみたいだね」
「色々と言うほどでもありません。キヴィオ市に必ず現れるということを伝えただけです。それに、どうしても嫌なら無理して連れてくる必要もないはずです。いざとなったら振り切って帰ることもできたのでは?」
ぐうの音も出ないとはこのこと。
「マスターは人がいいですから~」
「ケネス、マノンさんでとりあえず終わりです。これ以上は無理は言いません。さあケネス、家長としてどっしりと構えていてください」
どうしてマノンさんで最後かは分からないけど、これ以上無理に増やさないならそれでいいかな。十分多いけどね。
「ええっと、マノンです。ユーヴィ市の冒険者ギルドで受付をしていました。ケネスさんの妻として、これからよろしくお願いしますねぇ」
「カロリッタ殿やカローラ殿と雰囲気が似ているようじゃのう」
「やさしそう」
カロリッタはのんびりした口調のわりにはかなり押すけどね。カローラさんは優しい。マノンさんは終始おっとり。
「みなさん、種族もバラバラなんですね」
「人間、エルフ、犬人、ドワーフ、妖精、デュオ、竜、一通りいるかな」
「デュオ? 竜?」
「デュオは私です」
「竜はワシじゃ」
「え?」
「まあ、おいおい知ってもらいましょう。とりあえずマノンさんの部屋をどこにするか決めましょうか」
「ええ、ありがとうございます、って選べるほどあるのですねぇ」
「うっかりして無駄に広くしてしまったんですよね」
これは本当の話。最初はここまで広くするつもりはなかった。この家を作った時、初めて異空間を作った時だけど、頭の中に家のイメージをしたんだよね。このあたりにリビングがあって、ダイニングがここで、お風呂をここに、とか。
最後の方に、部屋は多い方がいいとか思ってしまって、それで部屋を増やしたら洗面所やトイレは多い方がいいとか、人が増えるならお風呂やリビングも広げておこうとか、そんなことを考えたらこの広さになってしまった。
なんとなくだけど、この家は三メートルが基準になっている気がする。個人の部屋は六メートル四方、トイレは三メートル四方、お風呂は六✕九メートル、洗濯室は九メートル四方、リビングは一二✕二四メートル、他の部屋は一二メートル四方。
壁もあるはずなんだけど、計算すると壁の厚みがない。微妙にどこかで空間が拡張されているのかもしれない。分からないことはそのままにしておく。
「一応ここにどこが誰の部屋かというのが書いてあるので、空いている部屋から選んでもらいますね」
「ええっと、そうですねぇ、ここでしょうか」
マノンさんが選んだのはカローラさんとマリアンの間。これで西と南が埋まった形になった。
家具は後で入れるとして、ますは家の中を案内する。まずは衣装室から。外から見たら普通の部屋なのに、中はもの凄く広い空間。目を見開いてびっくりしてるね。
「ここは?」
「ここは衣装室。主にエリーとマリアンが作ったものが飾ってある、というか置いてある感じですね。マノンさんの服もそのうち並びますよ」
部屋を出ようとしたら、エリーとマイカが試着室へとマノンさんを引きずっていった。いきなり採寸でもするんだろうか? すると五分も経たないうちに戻ってきた。
「旦那様、マノン様は逸材です」
「これは、ちょっと嫉妬しますね」
試着室から出てきたのは、あの有名な女性格闘家の服装をしたマノンさん。武闘家だったらしいから似合うね。似合うけど、あんなのあったかな?
「あの~、似合いますか?」
「よく似合いますよ」
「あ~、よかったです」
その格好のまま家の中を見て回るんだろうか。
とりあえず一階に下りる。応接室、リビング、キッチン、ダイニング、バックヤード、洗濯室、そしてお風呂。順番に見て回るだけだね。
家の中を一通り見て回ったから、次は家の周りを歩くことにした。
「あの建物は何ですか?」
「あれはリゼッタの温泉旅館です」
「温泉旅館……ああ~、一階の奥に通路があったところですねぇ」
「そうです。外から見るとああなっています。大きなお風呂に入ってゆっくりする施設ですね。そちらの方はまた後ほど見に行きますね」
「ええ、お願いします」
「このあたりは畑と田んぼと茶畑ですね。向こうが牧草地です」
「あれは、馬と……なんでしょう?」
「アンゴウカウサギというウサギですね。ちょっと特殊なウサギで、人の言葉が分かります。念話で話もできますよ」
「アンゴウカウサギ……」
《サラン、こちらは今度うちに住むことになったマノンさん。仲良くしてね》
《はっ、歓迎のメッセージを用意するであります》
「歓迎のメッセージを用意してくれるみたいですよ」
「まあ~」
セラとキラの時と同じように、三匹が『歓迎』『マノンさん』『ようこそ』と書いた紙を頭上に持ち上げていた。
「あの子たちは人の言葉は話せませんが、理解はしています。文字も書けます。牧草地にいることが多いので、話しかけてやってください」
「ええ、もちろん」
「知らないことばかりですねぇ」
「そもそも、かなり特殊なものが多いですねえ、ここには」
家はまだいいとして、ことあたりでは見かけない外見の温泉旅館。そしてまったく季節感のない畑と森。牧草地に沢山いる白いモコモコとしたアンゴウカウサギたち。
「これもミリヤちゃんのおかげですね」
「ミリヤさんですか?」
「ええ。彼女が賑やかにしてくれたおかげで、ケネスさんと接点ができましたから」
「まあそういう見方もできますね。ではそろそろ家の方に戻りましょうか」
久しぶりというほどでもない歓迎会をすることになっている。この前はカローラさんの時で、その際は告白酒のせいでとんでもないことになった。リゼッタに釘を刺したら、もう何もしませんと返ってきた。嘘は付かないだろう。
いつものように料理はエリーとマイカとカローラさんが作っている。最近は人数が増えたので、マリアンもキッチンに立つことが増えたらしい。もともと自炊をしていたからそれなりにはできるそうだ。
リゼッタは料理はそれほど得意ではなかったけど、練習は続けているし、ミシェルも包丁型魔道具で色々と作るようになってきた。セラとキラは……試しに作ってもらったら美味しかったけど、どちらかと言うと食べる方が得意だね。
「それでは家長のケネスから一言お願いします」
「いきなり? えー、今回マノンさんを新たに家族として迎え入れることになりました。これまで、いつの間にか人が増えてきましたが、一応ここで締め切りとします」
「まだ部屋に空きはありますよ~」
カロリッタが茶化してみんなが笑う。
「部屋が多いのは不可抗力! ではみんな、グラスを持って。では、マノンさん、ようこそ!」
「「「「ようこそ!」」」」
なんとなく定番となった立食形式。代わる代わるマノンさんと話をしている。マノンさんは人当たりがいいから、ミシェルもすぐに懐いたみたいだね。
僕も途中で料理の追加を作ったり、お酒の追加を出したりした。
「まあ~、こんなに楽しく食事をするのは、久しぶりで……久しぶりで……ありがとう……ございます……ケネスさん……ぐすっ……うわあああ……」
「マ、マノンさん」
マノンさんがいきなり泣き出して僕にしがみついた。リビングでソファに座らせてしばらく背中をさすっていると、なんとか落ち着いてきた。
「すびばせん、げねすさん。しばらぐこうじていてくだざい」
そう言うと、顔をぐしゃぐしゃにしたマノンさんは、もう一度しがみついてきた。
一〇分くらい経っただろうか、ようやく顔を上げてくれた。真っ赤な目のまま微笑んでいる。
「すみませんでした。なにかこう、気を張っていたのが緩んでしまったみたいで」
「それでいいんじゃないでしょうか。ここで気を張る必要はありませんよ」
「ありがとうございます。こうやって話をしながら食事をするなんて本当に久しぶりで、そう思ったら……」
「あの、ギルドのみなさんと一緒に行ったりとかはしないんですか?」
「ええ、一応これでも既婚ですから、未婚の女性と一緒に飲みに行くのは……」
「ま、まあそうですよね。すみません、変なことを聞きました」
「いえ、あれは私の意地でしたね。例え一人でいても、妻としては決して手を抜かないと。難癖付けられないようにだけは気を付けていましたから」
……あー、いい人じゃないか。こんないい人に馬鹿なことをした夫には一度ガツンと……ガツンと、マノンさんに蹴られたか。町から蹴り出したって言ってたよね。そっちはもういいか。
「それならここではマノンさんらしくいきましょう。もう無理はしなくていいですよ。ずっとここにいてください」
「……ありがとうございます……あなた」
本当は結婚した時にそう言いたかったんだろう。マノンさんをぎゅっと抱きしめた。
向こうからエリーとカロリッタが覗いている。エリーが親指を立てているのはまだいい。カロリッタが三本の指で作った下品なジェスチャーは無視することにした。
「お騒がせしました」
「マノン様、気にすることはありませんよ。ここにいるのは旦那様の妻だけですから」
「そうじゃそうじゃ。ここで好きなことをしとったら気も晴れるじゃろう」
「ありがとうございます。今後はケネスさんのために尽くしますねぇ」
「マリアンさんも、いつの間にか先輩の妻の気分になってませんか?」
「いや、毎度毎度否定するのも面倒でのう。もちろん外の者に対しては説明するがのう」
「ふふっ。まずは一歩前進ですね」
「どうしてもお前様とくっつけたいらしいのう」
みんなの話を聞いていると、それまで黙々と食べていたセラとキラがこちらを向いて何か言いたそうにしていた。
「どうかした?」
「順番はマノンさんに譲ります。私たちはその後で構わないです」
「大切にしてあげてほしい」
この二人は何も考えていないように見えることが多いけど、見た目以上に鋭いからね。いきなり正論で切り込んでくることがある。
「もちろん大切にするよ」
「ではこの場はみんなに任せてさっそく上へどうぞ。みんなで見送ります」
「フレー、フレー」
「そこで励ますのはやめて。マノンさんが真っ赤でしょ」
「いえ、嬉しすぎて……どう言い表したらいいのか分かりませんが、ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
「いや、こちらこそ」
─────────────────────
マノンの部屋を加えた部屋割りです。
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