新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第一章 第三部

直轄領へ

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 マリアンが居候となり、マイカとはになってしばらく経ち、ある意味では落ち着いた日常になったとも言える。グダグダ言ってはいたけど、結局は僕の覚悟次第なんだよね。

 俺TUEEEしたいわけじゃないし、ハーレムを作りたいわけでもない。そういうのはできれば全力で回避したいけど、カローラさんの庇護下に入ったおかげでそれは到底無理な話だと最近は思うようになった。でも回避できるなら回避するよ。諦めかけてはいるけどまだ投げ出してはいないから。



 今はラクヴィ伯爵領の一番東の町であるパイデ市を横目に通り過ぎ、もうそろそろ王家の直轄領。僕のお供は相変わらずリゼッタとカロリッタ。マイカは図書室の司書とミシェルの家庭教師をしつつエリーやマリアンの手伝いという、なんでも屋をしている。社会人時代は少し気が弱いところがあったけど、それもこの一八年で治ったのか、そういうところは見えない。むしろ強くなった気がする。

 フェリン王国は中央やや北寄りに直轄領があって、南北を公爵領、東西を伯爵領が守っている。子爵領と男爵領はその外側。侯爵は宮廷貴族だけにある爵位で領地は持たない。領地貴族として侯爵と同等の地位にあるのが辺境伯。辺境伯領は東から南東にかけての国境にある。

 マイカの情報によると、ラクヴィ伯爵領より西側にはあまり貴族領がないそうだ。あってもほとんどが男爵領。ラクヴィ伯爵領だって東に町が多いしね。

 そもそも国を守るために貴族がいるわけなので、北のヴェリキ王国、東のレトモ王国、南のクルディ王国から国を守るというのが本来の仕事。西は国境を接している国がないのでどちらかと言えば放ったらかしらしい。そりゃ当時のキヴィオが躍起になって領地を広げて住民を増やそうとしたのがよく分かる。中央を見返してやりたいよね。

 直轄領はかなり広いけど、貴族を全て敵に回して勝てるほどの力はない。だから王家と貴族は表面上は仲良くやっているようだ。

 王都のヴィリョンは当然この国で一番大きく、人口は一五万人を超えている。ヴィリョンを中心として八方向に、それぞれ五日ほどの距離に町があり、町と町とが輪のように街道で結ばれている。さらにその外側にもぐるっと一二の町があり、外側の輪を作っている。二重都市群と言われているらしい。

 初代国王がこの国を建国した時、自分を助けてくれた八人の仲間たちに、王都防衛のための砦を作って一つずつ任せることにした。その砦が発展して人口五〇〇〇人から一万人ほどの町になった。さらにその外側にこれら八つの町を守るために一二の町ができ、今のような二重構造になったのだと。元々は外敵から王都を守るための町だったけど、今ではそのような意味も薄れ、単に王都を中心とした大経済圏となっている。

 実際のところ、人口一〇万人を超える町は王都しかなく、王都と二重都市群だけで三〇万人、直轄領全体で五〇万人を超えている。まさにこの国の人と経済の中心地。二重都市群は物資の集積、保管、配送のための物流拠点となっている。



◆ ◆ ◆



 この街道のずっと先に見えてきたのが直轄領の一番西の端にあるトゥーリ市。ここからスーレ市、パルツィ市、そして王都ヴィリョンの順に通る予定。スーレ市は二重都市群の外側の輪っか、パルツィ市は内側の輪っかのそれぞれ一番西側、王都から見たら真西になる。トゥーリ市は輪っかの外側にある直轄領の入り口のような町。

 明日あたりにはトゥーリ市に入れるだろうか。そう言えば、マイカだけ仮証明書を書いてもらう必要があるのかな?

「急いで出てきたけど、マイカは何か身分証は持ってる?」
「はい、レオニートさんからの手紙に同封されてました。一応貴族としての身分証も持ってきましたけど、見せる場所を選びますから」
「でもさすがに領外までは手を伸ばしてはこないよね」
「はい、さすがに父にも限界があるでしょう。レオニートさんは本名と偽名の二つを用意してくれてました。時間がなかったので、母にお礼の手紙を頼んでおきました。自分で書けたらよかったんですけど」
「どこまで見越してたのか分からないけど、敵に回したくない人だね。あっそうだ、聞くのを忘れてたけど、エリアスさんが王都に戻る時に追いつかれることはないの? たまたま戻ってただけでしょ? 近付かれた気配はないけど」
「大丈夫だと思いますよ。しばらく父と兄には躾をすると母が言ってましたから。執事のルスランは父と兄が若い頃に教育係をしていたそうで、もう一度躾をやり直す必要があると張り切ってました。私も忘れてましたけど、先輩に肉体回復薬ヒールポーションのお礼を伝えておいてほしいとルスランが言ってましたよ」
「あっ、お礼ね」
「はい、母からもです。あれだけあれば相当しっかりと躾ができると二人とも笑ってましたね。父と兄にはです」
「文字通り命が懸かったいい薬だね」

 ルスランさんは大丈夫かなと心配したけど、問題なさそうだね。

「マリアンは人の町に出入りしていたんだから身分証は持ってるんだよね」
「うむ、商人ギルドのを持っておる」
「まだそれ使えるの?」
「これまで特に問題はなかったのう。あんなもの、そもそも形だけじゃろ。なくても入る方法はいくらでもあるしの」
「それを言ってしまえば終わりだけどね」

 極端な話、僕だけが入ってどこかでみんなを外に出せばそれで済む話なんだけど、悪いことをするわけじゃないんだから、建前はできれば無視したくないんだよ。

 冷房二八度はほとんど意味がないとしても、最終的にそこを目指すことは悪いことではないと思うんだよね。最初から無理と決めつけて冷房をガンガンに効かせるよりは、二五度か二六度くらいで様子を見ながら二七度の可能性を試すくらいはしてもいいんじゃないかなあ。

「とりあえず明日にはトゥーリ市に入る予定だから、みんなもそのつもりでね」



◆ ◆ ◆



「王都まではそれほど大きな都市はありませんけど、少しずつカラフルになりますね」

 そう教えてくれたのは伯爵家令嬢として何度もここを通ったことがあるマイカ。箱入り娘だったけど、貴族の娘として社交のために王都へ行くのはある意味では仕事。父のエリアスさんもさすがに連れて行かないということはできなかったらしいとで、毎年は無理だったけど、この町にも寄ったことがあるらしい。

 トゥーリ市は王家直轄領の中では一番西にある市。人口はそこまで多いわけではなく、五〇〇〇人程度。貴族領の領都であるキヴィオ市の二万人、ラクヴィ市の五万人と比べればずいぶん少なく感じる。ちなみにユーヴィ市は一五〇〇人。ルボルさんが人も物もないってぼやいてたのがよく分かる。戸籍管理をしているわけじゃないから、かなり誤差は出そうだけどね。

 直轄領の中は市の数は多いけど、一つ一つはそこまで規模が大きくない。そりゃ王都周辺の二〇の市が全部五万人とかなら経済が崩壊するだろう。物資が絶対に足りないだろうし。

 トゥーリ市は規模的にはそこまで大きくないけど、雰囲気は王都に近付いてきたからかカラフルになっている。建物の壁の色とか、人の着ている服の色とか。ユーヴィ市などは良く言えば落ち着いている、悪く言えば地味。ここでは服も綿と麻だけじゃなくて絹も見かけるね。

 そう言いながら歩いている僕たちの服はエリーとマリアンが仕立てたもの。素材はユーヴィ市とキヴィオ市で買った物に加えてカローラさんから送られてきた物も使われている。いつの間にか染色をするための小屋が解体小屋の近くに作られていて、衣装室に織り機が並んでいた。そのうち蚕とかを飼いそうな気がする。

 このあたりは全てカローラさん事案なので、完成した織物は王族や貴族が土下座して欲しがる品質になるとか、そういうこともありそう。まあうちには貴族の娘もいるけどね。とりあえず外套を着てるから悪目立ちはしないだろうけど。



 城門で教えてもらった宿屋にチェックインした。このあたりまで来れば物価も上がってくる。居間と四人用の寝室が二つある部屋で、一泊が一〇〇〇フローリン。キヴィオ市の金鶏亭が五泊で二〇〇〇フローリンだったので、広さも人数も違うけど二倍半になった。

 商人が泊まるような宿屋はあるかと門衛に聞いたんだけど、思った以上に高級な宿屋を紹介してくれたらしい。お金があると思われたんだろうか。

 でも裕福な人間なら歩いて旅はしないよね。女性が多い上に子連れで歩いて旅をしているから強いと思われたんだろうか。その方がありそう。



「ひろーい」
「さすがにこれ以上高いところに泊まるのはもったいないから、これが上限だね」
「お前様、金ならワシのところにある宝石やら壺やらを適当に売ればいくらでも作れるじゃろ。他に使い道もないしのう。家賃と思うていくらでも使っとくれ」
「それは最終手段にさせてもらうよ」

 マリアンはうちで居候をしてるけど、家賃を受け取らない代わりにエリーの手伝いをしてもらってる。手伝いと言っても服関係がほとんどで、さすがに炊事洗濯までしてもらうつもりはない。そちらはマイカが「花嫁修業です」と頑張っている。

 その花嫁修業という言葉に刺激されたのか、リゼッタとカロリッタもこれまで以上に家事をするようになったのはいいけど、「もっと家事を頑張ります」って、いや、裸エプロンは家事とは関係ないと思うよ。



 さて、宿屋で部屋を確保したら、一度外に出てマーケティング・リサーチ。漢字にすると市場調査。ただの買い物だけど。

 女性陣はやはり布物やアクセサリーが気になるらしい。変な言い方になるけど、服の質はおそらくうちの服の方が高い。でも派手すぎて着れない服が多いから、町中で着る無難な服は町で買った方がいい。流行も分かるしね。

「もう少し色味が強い方が好みなんじゃが」
「マリアン様は綺麗な黒髪ですから、淡い色もお似合いだと思いますよ」
「そうですよ、私なんて髪が真っ白だから、淡い色のドレスや着物が映えないんですよね。遠目にぼやけるそうです」
「綺麗な髪じゃと思うが、それはそれで難儀じゃのう」

 もちろん、この町にだって派手な格好をしてる人はいる。でもそういう人は地位が高いかお金を持っているかのどちらか。そんな格好を真似する必要はないから、細かな装飾は付いているけど一見無難な服を僕たちは着ている。マリアンは除いて。

「この組紐は私の着物の帯留めと似ていますね」
「おお、リゼッタ殿の帯留めに使う組紐のう。あれはなかなかに華やかじゃのう」
「あれは故郷でよく見た図案を使いました。素材はカローラ様からいただいたものです。色合いはリゼッタ様に合うようにしましたが」

 最近リゼッタは家で着物が多くなってきた。これがまたよく似合うんだ。小柄な若女将。

 マイカもほとんどがメイド服か着物。カロリッタは着物はたまに着るくらいで、エリーはほとんど着物と割烹着。そんな状態になったのも、みんなが『あ~れ~』をやりたがったからなんだよね。

 あれは実際にはネタとか宴会芸だと思うんだけど、くるくる回るのがどうも楽しかったらしい。回されるのも楽しいけど、回されている人を見るのはもっと楽しいとか。

 そしてわざわざそれ用の長い帯や美しく脱げる着物を作ったり、布団に倒れる時のポーズを研究したりしていた。何度も付き合わされたけど、あれはあれでいいものだった。和室を用意させられた甲斐があったよ。マイカが来てからは回数が増えた気がする。

 そんなことを考えている間にも、女性陣は大きめの商店に入って次から次へと商品を選んでいる。主に美容関係の商品を扱う店だね。店主と目が合った。気の毒なものを見る目でうんうんと頷いている。お金の面では問題ないよ。どちらかと言うと時間かな?

「必要なものがあれば並べていってね」
「旦那様、店には必要なものしか置かないものですよ。つまりここにある全てが必要不可欠なものです」
「そうですよ~。美の追求に不要なものはありません~」
「さすがは奥様方、よくご存知で。当店には女性に不要なものなど何一つございません。全て女性の美にとっての必需品でございます。当店は品揃えに関しましてはこの町で一番だと自負しておりますが、店頭には並べていないものも多数ございます。もしお目当てのものが見つからないようであれば倉庫を探してまいります。いくらでもお申し付けください」
「煽らないでくれる?」

 この店でまとめ買いをして満足したのか、女性陣はその後は宿屋へ戻った。まあ普段はお金がかからない生活をしているから資金面では問題ないけど、王都までまだ町はあるんだからね。

「え? 準備運動? 何の?」
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