新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第一章 第一部

森を出たエルフ、そして初めての人里

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 起きたら朝食、異空間を出て狩りと採取、異空間に戻り昼食、異空間を出て狩りと採取、異空間に戻り解体と夕食、入浴、そして就寝。二日目以降、ほぼこんな感じ。それだけだと飽きるから、合間に肉を燻製にしたりもする。

 さすがにこのローテーションに気が滅入ってきた異世界生活一〇日目、森の向こうに端っぽいのが見えてきた。あの向こうは木が見えない。いや~長かった。太陽が眩しい。

「んんっ、ヹ~~~~~っ」

 思い切り伸びをしたらリゼッタが肩から落ちそうになった。

《いきなり変な動きをしないでください》

 怒られた。



◆ ◆ ◆



 もう一度[地図]を確認。森を抜けたことは間違いない。この先にある集落は、規模的には村以上で町以下だろうか。まだ数日はかかるなあ。

 森を抜けたら草原が続いている。青空の下をしばらく歩いたけど、魔獣にはほとんど会わない。途中の小さな森の近くを通るとたまに飛び出して来る程度。テンプレのような盗賊も襲ってこない。平和な旅はいいなあ。朝のうちまでは頭やお尻を狙われてたのが嘘のようだ。

 地面に布を敷いて、その上で大の字になる。今日の昼食は外でピクニック。少し前から作り始めた燻製を使ったサンドイッチ。

《普通はここまでのんびりした旅はできませんよ。ここは街道の終点のさらに先といった感じなので、そもそも人がいません。人がいなければさすがに盗賊も現れません》
「いいの。いくらファンタジーの世界とはいっても、五分に一度は魔獣に襲われる遭遇率っておかしくない?」
《人里離れた森としては、あれでもまだマシな方です》

 あれよりひどい森があるのか。エルフなのに森が嫌いになりそう。



「ところで、人里に近付く前に聞くけど、エルフってこの国にもそれなりにいそう?」
《いることはいますが、森から出ないエルフがほとんどです。大まかな数字ですが、エルフの九五パーセントは一度も森から出ないと言われています。森から出た経験のある五パーセントのうち、五分の四以上はまた森に戻るそうです。二度以上出る者は一パーセントにも満たないと考えられています》
「ものすごい少数派ってことだよね。森を出る理由は何?」
《はい、森を離れる理由としては、外の世界に興味を持つ、交易の仕事をする、居づらくなる、などですね。なんにせよ極めて少数派であることは間違いありません》
「居づらいっていうのは?」
《簡単に言うと、自分の居場所を失ったと者たちです》
「思った?」
《はい、思春期特有の反抗期に近いようなのですが、自分は周りに馴染めないと思い込むそうです。周囲はそのようなことはまったく考えていませんし、そのような目は向けません。エルフは自分と他者と比べることを好みません。ですので自分が周りに馴染めないと思い込むのは、よほどの変わり者だけでしょう》
「『どいつもこいつも俺を除け者にしやがって』って感じ?」
《いえ、『食事は部屋に持って来てよ』と自分の部屋に上がっていく感じですね》
「ちょっとイメージと違う」
《ただし寿命が長いので、拗らせた反抗期も長くなっていつの間にか捻くれ、周りの視線に耐えきれずに森を離れるそうです》

 家出か。

「家出みたいなもの?」
《そうですね。そのような性格でも魔法は得意ですので、研究機関や教育機関に勤めたり、冒険者として活躍したり、そのような仕事に就く者が多いようですね》
「僕のイメージではエルフってそんな感じだね」
《人間の中にいればおのずと注目を浴び、優越感を感じます。おだてられて調子に乗り、『我々高貴なエルフは……』などと言い始める者も出てきます。エルフは高慢だとよく言われるのは、このようなが原因です。本来エルフは穏やかな性格です。ケネスは本来のエルフっぽいエルフですよ》
「痛いエルフ……」
《顔色が悪いですけど、大丈夫ですか?》

 知らない方がいいことって多いよねえ……自分だけでもエルフの評判を落とさないようにしよう。



 エルフという種族は、寿命は長いけど体の成長は人間とそれほど変わらないらしい。人間よりも少し遅いかなという程度だそうだ。そして精神的な成長はやや遅く、性格が落ち着くには一〇〇年ほどかかるらしい。森の中ではそれまでは半人前と考えられていると。

 エルフに限らず長命な種族は子供ができにくいらしい。できないわけじゃないらしいけどね。一般的には寿命の長さと精神的な成長の遅さが関係していると考えられているけど、はっきりと分かっているわけではないらしい。

 エルフは怪我をしなければ一〇〇〇年以上生きることもあるらしいから、日本の歴史に重ねるなら「○○だれだれさんのお父さんって平将門の討伐軍に参加してたそうね」とか「○○だれだれさんのお祖父じいさんって卑弥呼を見たそうよ」とかになるのか。文字通り歴史に生き証人になるけど、森から出ないから周辺の歴史には興味はなさそうだね。



 森を出てからさらに数日、遠くに壁が見えてきた。[遠見]で見ると門があり、門番らしい人が座っている。こちらは草原と森しかないけどね。

「これから村に近付くけど、そろそろ人の姿になろうか」
《了解です》

 一緒に生活しているうちに、リゼッタはだいぶかどが取れてきた。山本五十六じゃないけど、言って聞かせて話し合って褒めてその気にさせたので、人の姿がそれほど嫌ではなくなってきたらしい。異空間へ戻るとすぐに人の姿になるし、ちょくちょく頭をこっちに突き出すので、頭を撫でるのが癖になった気がする。僕もリゼッタも。

 人の姿に戻ったリゼッタは、外套の下に革鎧、腰には短剣、左腕に円盾の軽戦士姿。斜めがけの魔法鞄は彼女が持つことになったので、荷物の一部はそちらにも入れておいた。ちなみに僕は盾以外は彼女とよく似た感じの格好。

「設定としては、仲良く旅をしている二人連れということでいいかな?」
「明らかに態度が悪くなければ、詮索されることもないと思いますよ」
「まあそうだね。普通に行こうか」
「はい」

 エルフの評判が少し気になるけど。



◆ ◆ ◆



 村には不釣り合いな、あの猪や熊が攻撃してもびくともしなさそうな壁が近付いてきた。これまた立派な門の側で椅子に座っているのは門番とか守衛とかそういう立場の人だろう。ちょっと険しい表情。でもあれはこっちを見て驚いているのかな。

「こんにちは」「こんにちは」
「おう。初めて見る顔だが、あんたらひょっとして向こうから来たのか?」
「ええ、森を抜けてきました。おかしいですか?」
「いや、おかしいって言うか、俺は初めて見たな。冒険者がこの村から向かって戻ってくることはたまにあるが。村の者はそこの小さな森へしか行かないしな」

 そう言って近くにある森を指差す。

「まあ向こうはずっと森しかないですしね」「はい」
「そうだな。でもエルフが森から来たんだから、別に変じゃねえか。そっちの嬢ちゃんも旅慣れてる感じだな。で、入るのか?」
「ええ、二人ですが、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ねえ。金は取ってねえ。面白いもんは何もねえけど、宿屋をやっている酒場くらいはあるぞ。村の入口側、東の方だ」

 そう言うと門番さんは村の奥の方を指差した。

「ありがとうございます」「ありがとうございます」
「そこに泊まるんなら、俺ももう少ししたら飲みに行くから、また会うかもな」
「はい、ではまた」

 門番さんに頭を下げて門を通った。



「見た目と違って感じのいい人でしたね」
「気のいい田舎のおっちゃんという感じかな。ちょっとゴツいけど。珍しいものを見たって顔だったね。西からは誰も来ないだろうし」
「そうですね。街道の一番端ですから。この立派な城壁も、あの森があるからでしょうね」

 村の真ん中には少し広めの道が東西に伸びている。これが村の中央通りなんだろうけど、あまり人は見かけない。この時間はみんな畑だね。たまに人を見かけて挨拶するとびっくりされる。やっぱり西から人は来ないらしい。どこにも繋がってないからね。店や宿屋は東門の方にしかないらしい。

 ええと、宿屋は……看板が下がっているあれか。

「勝手なイメージだけど、平屋の宿屋兼酒場って珍しくない?」
「開拓村ならまずは建てることが重要ですので、それなりに平屋もあります。いずれ建て替えられるものも多いですが。ただし防犯を考えると二階建て以上がいいですね。この村は人が住み始めてからそれほど経っていないのか、それともあまり人が来ないからそれでいいのか、微妙なところですね」
「なるほど。場所だけはあるから上に伸ばす必要はないのか」
「都市だと土地の取り合いですから」

 村の中にはあちらこちらに家や畑があり、広さはかなりある。これは町なんじゃないの? でも[地図]によると村らしい。何が基準なんだろう。

 そんな話をしているうちに宿屋の前まで来た。どちらかというと酒場だな、これは。奥が宿屋になってるんだろう。ここに泊まるのは、商人とか冒険者とかくらいだろうね。村の人は泊まらないだろうし。



「らっしゃい」

 扉を開けると、恰幅のいいおじさんがカウンターの中から声をかけてきた。

「泊まりなんですが、二人いけますか?」
「ああ、いくらでも空いてるよ。一緒でいいか?」
「大丈夫です」

 横を見るとリゼッタが少し顔を赤くしていた。そうか、異空間の家では別々の部屋だったからね。同じ部屋に泊まるのも初めてか。あまり気にするようなら、リゼッタだけ異空間の方で寝てもらってもいいかな。

「大柄な門番の方にここを聞きまして。西の門から入ったんですが」
「あっちから来たのか? 門番はアニセトだな。ゴツいけど話しやすいやつだったろ?」
「ええ、そうです」
「あいつは見た目は怖いがいいヤツでな。で、二人で五フローリンだ。うちは素泊まりしかやってない。飯は別で注文してくれ」
「安い……ですよね?」
「まあな。宿屋は酒場のついででな。村に一つも宿屋がないと不便だから一応作っとくか、場所は貸すから細かいことは自分でやってくれ、掃除代くらいはもらっとくか、って感じだな。部屋にはシーツも毛布も置いてないから、廊下にあるのを適当に持ってってくれ。ちゃんと洗ってあるぞ」
「分かりました。食事はいつからいけますか?」
「俺がここにいる時はいつでも作るぞ。あまり遅いと酔っ払いばっかりになるから注意してくれ」
「分かりました。では少し部屋で休んだらまた来ます」
「おう」



 鍵を受け取って部屋へ向かう。通路の途中にある棚に毛布とシーツが入っていたので、それぞれ持って部屋に。

 部屋にはベッドが二つ。他には木箱が三つ。木箱? テーブルと椅子の代わりかな? こざっぱりというか、何もない。ベッドにはマットレスもなく、木の板がむき出し。二人で五フローリンという値段もそうだけど、開き直りがすごい。

 これはあれだ、ものすごく安い、部屋に何もないビジネスホテルでも同じだ。安いけど汚い、というのは許せないけど、安いから何もない、というのは不思議と許せる。なぜなんだろう。

 もう一枚毛布を持ってきて敷けばいいか……そういえば、マジックバッグにマットレスがあったな。二つ出しておこう。

「どうする? リゼッタは異空間でもいいけど?」
「いえ、初めてこの世界の村に来たわけですから、ここに泊まります。少し恥ずかしいですけど」
「まあこれもいい経験だね」
「はい」

 リゼッタの頭を撫でる。それからベッドを整えて大の字に。

「ヹ~~~~っ! 森の中は嫌いじゃないけど、ずっと続くとなあ」
「想像以上に多かったですね。どうにもならないような相手はいませんでしたが」
「リゼッタは肩に乗ってただけじゃない……どうにもならない相手って、例えばどんなの?」
「私はあくまで案内です……ええと、どうにもならない相手というのは、例えば古代竜でしょうか。普通の人であればどう足掻いても太刀打ちできません。もっとも人以上に知恵と知識があって意思疎通もできますし、いきなり襲いかかって来ることはまずありません。そもそも古代竜にとっての人とは、人間にとっての虫けらのようなものですので、邪魔でなければ無視されるだけです」
「スタート地点に古代竜って、どんなイジメ?」

 エルフになったからだと思うけど、森の中は足元が悪くても歩きやすかった。居心地も良かったし。でも魔獣が多すぎるのはちょっと……。

 それでも遭遇したのが人型じゃないのが救いかな。ゴブリンが「オレ、オマエ、タベル」とか言って襲いかかってきたとしても、いきなり首を切り落とすとか頭を叩き割るとか、ねえ。ゴブリンはしゃべるのかな?

「そういえば、先ほど会った人がお店があるって言っていましたが、それっぽいものは見当たりませんでした。商人が来てお店をするのでしょう」
「この宿屋もほとんどそういう人たち相手だろうね。酒場の方はともかく」
「宿屋は本当におまけのようで、文字通り無駄がありませんね」

 少し休んだら夕食に行こうか。リュックはウェストバッグに入れておこう。こういう無茶ができるのがすごいな。
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