異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第6章:夏から秋、悠々自適

第9話:アンド・エラー・アンド・サクセス

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「さて、どれだけ色落ちするかだな」

 昨日染めたチュニックを水洗いします。どれだけ色落ちするかです。水で色落ちしないとしても、他のものに色移りしてはいけませんので、その確認もしなければなりません。

「他のものとは一緒に洗えなさそうですね」
「すすぎにお酢を使えばマシになるとは思うけどね」
「毎日使うのももったいないですよ。うちだけなら問題はありませんけど」

 そんなことを言いながら、桶に入れた水でジャブジャブと洗います。洗い始めてしばらく、まったく水に色が出ません。

「色落ちしないな」

 桶の中の水は、出したときと同じように澄んでいます。

「落ちませんね」
「こっちもだよ。石けんでガシガシ洗ったのに」

 サラは色落ちしないのをおかしいと思って石けんで洗い始めました。それなのに色落ちしません。天然素材を天然の染料で染めれば色落ちしそうなものですが、水を加熱してお湯にしても変わりません。

「おかしな成分でも入ってたか?」

 レイは染料をシーヴに調べてもらいましたが、おかしなものは入っていません。

「染料にはおかしな点はありませんね。水がきれいすぎたということはありませんか?」

「いや、【水球】で出した水が純水や超純水だとしたら、他の成分をよく取り込むはずなんだ。だから色落ちがひどいはずだと思ったんだけどなあ」

 純水はミネラルなどの不純物をほとんど含んでいません。超純水は限りなくH2Oに近いものです。不純物が少ないということは、逆に不純物を取り込みやすい性質を持っています。それなのに色落ちがないということは、何かしら別の力が働いしているに違いありません。そうレイは考えましたが、原因がわかりません。

「でも色落ちしないんだからいいんじゃない?」
「しないとも限らないからもう少し様子を見てみるか」
「それじゃあ、下着とかルームウェアを染めるね」

 いきなり色落ちしても困るので、しばらく普段着として着ることになりました。ただし家の中だけ。さすがに外に着ていけば目立って仕方がないからです。

「でもこの三色だけじゃキツすぎるよなあ」
「目立つのは間違いありませんね。少々目に痛いですけど」
「白があればもう少しマシになりそう?」
「そうですね。白があればビビッドカラーだけじゃなくてパステルカラーが作れますね」

 目の前にあるのは強烈な青赤黄の三色。

「これから白を作れば、目に痛くない色になるんじゃない?」

 サラが取り出したのはミルクフルーツの実です。食べるのは実の先に着いたナッツ部分だけで、真っ白な実は食べられません。その実を潰すと白い液体が出ます。

「それじゃあ今日はこれだけ確認してから終わりにするか。でも、ちょっと少ないな」
「買ってきます」

 食べられる部分は先の殻の中にあるナッツ部分だけですが、店ではまるごと売られています。先だけを取って殻をむいて、とやるのは手間ですからね。
 ラケルが食料品店でミルクフルーツを山盛り買ってくると、実の部分を潰して漉し、白い染料を作りました。そこに赤い染料を混ぜてピンクを作るとシャツを一枚染めます。

「旦那様、領主様に献上すれば、喜んでいただけるのではありませんか?」
「そうだなあ、この家の恩もあるからな」
「それならさあ、私がデザインするから、シャロンが仕立てたらどう?」
「仕立てることはできますが、サイズが分かりませんので」
「あ、そっか」

 貴族は服を仕立てさせます。既製服を買うのは庶民だけです。

「それなら反物のまま渡したらどうだ?」
「そうだね。でも絹の反物は売ってないよね」
「綿でもよろしいのでは? よそ行きには無理だとしても、家着には使えるでしょう。使用人に渡すかもしれません」

 いくら貴族でも、常に絹の服ばかりではありません。それに、使用人に自分が着ている服をあげるというのはよくある習慣です。

「それなら、私が買ってくるよ」

 サラはスーザンの店に反物を買いに出かけました。

 ◆◆◆

「たしかに白いけどなあ……」

 レイは丸一日漂白剤に浸けたグレーターパンダの毛皮を見て、ケイトのコートと色を比べました。

「これでは純白とは呼べませんわ」
「他の毛皮も同じ感じか」

 ダーシーのレシピでもラケルのレシピでも、たしかに白っぽくはなりましたが、よく見ると薄いグレーです。ケイトのコートのような、輝く純白ではありません。サラは「#EEEEEEだね」とつぶやきました。

「ご主人さま、混ぜたらダメなのです?」
「混ぜる?」
「はい。私のとダーシーさんので素材が違ったようです。混ぜたらどうです?」
「混ぜるか……」

 違う素材が四種類あると考え、その中から三種類か四種類を使うとすると、パターンは合計五つになります。

「毛皮はあるし、やってみるか」

 また街中で材料を集めると、【調合】を持つ三人がゴリゴリと鞣し液を作ります。その横ではサラたちが綿の反物を染めています。青赤黃と白の四種類、さらに混ぜ合わせてもう少し目に優しい色をいくつか作りました。

 ◆◆◆

「真っ白ですわ!」

 さらに次の日の朝、なめし液から取り出された毛皮は、グレーターパンダだけでなく、どれもこれも純白になっていました。

「これはラケルのおかげだな」

 レイは漂白が終わった毛皮をチェックしながらラケルを褒めます。

「以前にやったとおりのことをしただけです。でもご主人さまのお役に立てて嬉しいです」

 ラケルはレイに頭を撫でられ、耳をくるくると回して喜んでいます。

「これは私でも綺麗だと思うよ」
「これはすごいですわ。わたくしのマントよりも白いですもの」

 ケイトは自分のコートと比べています。たしかにケイトのコートも輝いていますが、それともツヤが違います。これは漂白したばかりだからか、それとも漂白剤が違うからか、そこまではレイにはわかりませんが、とにかく白いのは間違いありません。驚きの白さです。

 ◆◆◆

「ダーシーさん。端切れで作ったものです。お礼です、どうぞ」

 レイがダイシーに渡したのは、ティペットのように胸元で簡単に留められるようにした短いマフラーです。

「どうぞって……これは……え? ひょっとしてあの毛皮ですか?」

 手のひらに乗せられたマフラーを見て、ダーシーが驚いています。

「はい」
「おいくらになるんですか?」
「ですからお礼です。さすがにそれでお金は受け取れませんよ。本当に端切れをつないだだけなんです」

 ダーシーが筒状になっているマフラーの端を裏返すと、たしかにツギハギだらけでした。表を見るとまったくわかりませんが、小さければ五センチ、大きくても一五センチ程度の毛皮が使われているのがわかります。ケイトがで頭を吹き飛ばすので、その頭の残骸から出る端切れが中心です。

「レイさん、未使用のまま三〇を過ぎた女は無価値だと思いますか?」
「いきなり売り込まないでくださいよ」
「いきなりでなく前から売り込んでいますよ!」

 ダーシーは前のめりになってレイに迫りますが、ここがギルド内だと思い出したのか、「こほん」と一つ咳払いをして一歩下がりました。ダーシーが落ち着いたところで、レイは何をどうしたのかを手短に報告します。

「なるほど。他にも必要だったんですね」
「そうです。ラケルの持っていたレシピと突き合わせてみました」

 さすがにレシピを公開することは控えましたが、他にも必要だったということだけは伝えました。

「ちなみに、他の魔物の毛皮も同じように真っ白になりました。冬になったら売ろうかなと考えています」
「いいですねえ。真っ白なコート」

 ダーシーはうっとりとした表情をします。

「そちらのお値段は?」
「もちろん、ごく一般的な価格です」
「予約をお願いします」
「いや、だからまだテスト中ですって」

 それから話し合いになり、レイが薬剤師ギルドを出たとき、彼の手元にはコートの注文書がありました。
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