異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第7章:新春、急展開

第22話:調子に乗ると大変なことになるのは、どこでも同じ

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「お兄ちゃ~ん、作りすぎちゃった~」
「ああ、山積みだな」

 マッサージチェアの部品が、床に山積みになっています。一〇台分や二〇台分どころではないでしょう。もう一桁くらい多そうですね。

「素材に戻したらいいんじゃないか?」
「でもね~、せっかくみんなに作ってもらったからね~」

 エリは素材には戻したくないと言いました。ここにあるパーツは、ほとんどがエリスたちゴーレムのによって作られたものです。文字どおり、ゴーレムたちが手の先にパーツを作り出し、それを切り離したものです。ある意味では、身を切って作ったものですね。

「しかし、意外にゴーレムは融通が利くんだな。混ぜるのは無理なのにな」

 ぺか

 エリスのコアが光りました。はい、大雑把という言葉を口にするとゴーレムたちはいじけるでしょうが、ゴーレムが体にする素材は、意外に融通が利くんです。
 素材に関しては、レイが鍛冶屋などを回って売ってもらった鋼がほとんどです。それらをまとめて体にし、そこからパーツを切り離しています。
 レイはこれまで、巨大な金の塊や、サンドフロッグの吐いた砂、あるいはダンジョンを砕いた石塊、建築用の木材などを使っていました。今回、マッサージチェアのパーツを作るにあたって、鋼を用意することになりましたが、彼には鋼のストックはありません。だから、剣を打つための鋼の塊、ダンジョンで手に入れたまま使っていない武器など、鋼を集めて体にさせたのです。
 鋼といっても、含まれる炭素量はバラバラです。規格化されているわけではありません。だから、武器屋ごとに鋼の質が違うので、一緒にできるのかどうかと、レイは最初は疑いました。
 石と木を渡しても、どちらか一方しか体にはできません。同時に二つの素材で体を作ることはできません。これはゴーレムの仕様です。ただし、炭素量の違う鋼を混ぜて使うことならできるのです。だから、なんです。一応理由はあるのですが、そこまではレイたちにも、さらにはゴーレムたち自身にもわかりません。

「なんでタングステンが入ったんだろうね~?」
「ホントにな。どこから入ったんだろうな」

 ぺかぺか

 鋼は鉄に炭素を加えたものですが、エリスの体には、〇・八パーセントの炭素と四パーセントのクロム、そして一九パーセントのタングステンが含まれることがわかりました。ただし、その理由まではエリスたちにもわかりません。

「それなら~、そのまま作るけど~、販売先ってある~」
「まあ、魔道具屋に知り合いがいるぞ」
「そこに卸せるかな~?」
「聞いてこようか?」
「お願い~」

 レイは妹には弱いのです。
 さて、エリの魔道具造りを見ていたレイは、ふとあることに気づきました。

「なあ、エリ。これってスイッチを入れたら、魔力が切れるまでずっと動くんだよな?」
「そうだよ~」
「コイン式とかにできないのか?」
「え? あ~、そういうのもありなのか~」

 エリはポンと手を叩きました。レイが口にした、コインを入れるタイプは考えたことがなかったからです。

「コイン式なら使用料が取れるから、どこかに設置して使ってもらうやり方ができると思うぞ」
「そうだね~。そっちもやってみるよ~」

 まだ基盤までは作っていません。若干パーツの種類が増えますが、コイン式にしたほうが設置場所が増やせるでしょう。

「貴族とかが使う高級品と、一般向けのコイン式と、二種類あってもいいかもしれないな」
「それじゃ~、中身はほぼ同じで~、二種類作ってみるよ~」

 ◆◆◆

「レイさんでしたね」
「お久しぶりです」

 レイはいくつも魔道具を買っている魔道具屋に来ました。今さらですが、ハニック魔道具店という名前だと確認しました。商売相手ですからね。

「本日はどのような商品をお求めで?」
「実はですね、購入ではなく販売のほうで相談に」

 それを聞いた瞬間、店員が「少々お待ちください」と奥に下がりました。そして、店主らしい、白い髭をもつ初老の人物を連れて戻ってきました。

「店長のハニックです。商売と聞きまして」
「冒険者のレイです」

 二人は握手をしました。挨拶が終わると、レイは応接室に案内されました。

「先日、この町にエルフが来たと噂になりまして、レイ殿の名前も聞こえました」
「それなら話が早い。領主様が取引しているのとは種類の違う魔道具を作ってもらうことになりました。その販売先をさがしていまして」
「ぜひ当店を!」

 交渉も何もありませんね。実際にエルフを連れてきた人物がここにいます。冒険者としての評価は上々。間違いのない仕入れ先です。

「それで、どのような魔道具ですかな?」
「これがそうです」

 レイは木箱を取り出しました。そこから取り出したのは、三段階のリクライニング機能があり、背もたれのある大きめの一人用ソファ。そして、凹みのあるオットマンをその前に置きました。

「ハニックさん、まずは試してみてください」
「座ればよろしいので?」
「はい。こちらは靴を脱いで、凹みに足をはめるようにして乗せてください」

 ハニックは言われたとおりにソファに座り、足を乗せました。

「それでは、今から動かします。力を抜いてください」
「わかりま——オホッ、これは!」

 動き始めたソファに、ハニックは思わず声を上げました。日本のマッサージチェアのように、空気圧を使ってはいませんので、どうしてもゴリゴリガチャガチャと機械音がしますが、そこはエリの設計図がいいのか、エリスたちのパーツが正確だからか、うるさくはありません。

「おうおうおう、おほほほほ……」

 ハニックは目を閉じてマッサージを堪能し始めました。

 ◆◆◆

 五分が過ぎ、マッサージチェアが止まりました。

「揉みすぎると痛くなるので、五分で止まるようにしています」
「ですなあ。これはたしかに効きます」

 ハニックは腰をぐるぐると回します。

「それで、これともう一台、合計二台を差し上げます」
「いや、これは高いでしょう」

 驚くハニックに、レイは説明します。これは客寄せ用だと。

「積極的に試してもらってください。多少高くても、良さがわかれば買い手が現れるでしょう」

 レイが考えたのは、店頭に置いて試してもらう、あのパターンです。いくら商品がよくても、触れない試せないでは、なかなか買ってもらえません。

「しかし、試して良さがわかっても、高価では……」
「そこで、これがあるんです」

 レイは背中の部分にある箱を指しました。

「先ほど、ここに銅貨を入れました。自分が使うのではなく、誰かに使わせることもできます」
「なるほど。ということは……人が集まる場所ですね?」
「はい。肉体労働者が集まる場所でもいいでしょう。銅貨一枚をどう考えるかですが、これで疲れが取れると思えば」
「なるほどなるほど」

 レイは労働者たちから搾取しようとしているわけではありません。魔道具は高価です。それなら、購入型ではなく使用型にすればいいと思ったのです。

「初期投資はそれなりになるでしょうが、人気になれば回収できるでしょう」
「その考えは素晴らしいですな。なかなか思いつかないでしょう」
「これは高価なモデルですが、値段を抑えたものも作れます。連絡していただければ、要望に応じて作れますよ」

 機械部分は同じですが、革の部分を別素材にすれば、値段が下げられます。逆に、さらに豪華な見た目にすることもできます。たとえば、グレーターパンダの毛皮を使うなど。

 ◆◆◆

「で、今度はダンジョンの石材か」
「ダンジョンの石って~、大きさと重さが変えられるし~、温度変化もわりと急なんだよね~」

 サラいわく、アンブタニウムが使われているダンジョンの石材ですが、ゴーレムの体に使うと、少量の石を大きく重くすることが可能です。ダンジョン自体が不思議な存在なので、そこで使われている石も普通ではないでしょう。
 ただし、物には限度があることもわかりました。一度ゴーレムの体にしてからしばらく経つと、普通の石に戻ったのです。
 ただし、一度も使っていない石ならいつでも大きくできるわけなので、レイたちはその石を今日は集めに出かけることになりました。

「今日のところは、俺、ラケル、ケイト、シーヴ、マイ、あとは……」
「「はいはいっ!」」
「それじゃあ、ドロシーとフィルシーもな」

 ここまでしばらく、二人は染め物をしたり、買い物に出かけたり、エリの手伝いをしたりと、街中にいました。それはそれで楽しい経験ばかりですが、どうせなら噂に聞いたダンジョンにも入りたいと二人は思っていたのです。

「レイ、気をつけてくださいね」
「ありがとう。怪我はしないようにするよ」

 シーヴたちに見送られて、レイたちは家を出ます。そのまま歩いてダンジョンに向かいます。当然ですが、その途中には町の人や冒険者たちがあるいているわけです。

「はい、挨拶だよ」

 レイがドロシーとフィルシーに声をかけました。

「「こんにちは!」」
「え? ああ、こんにちは」

 向こうから来た冒険者たちが、驚いた顔をしてレイたちとすれ違いました。知り合いを見つけたら声をかけるのが礼儀ですが、そうでないなら声をかけることは多くはありません。でも、レイは二人に挨拶させました。これはシーヴが命名した「エルフのイメージアップ計画第一弾 —元気に挨拶編—」のせいです。
 同じようなことを考えていたサラのメモには「神秘の扉」「未知の世界」「闇の中」などのフレーズがあったため、レイは即座に却下しました。
 この二人とエリの行動によって、エルフが今後この町で生活しやすいかどうかが変わってくるでしょう。「他種族を見下す」「感じが悪い」などのマイナスイメージをなくすためには、それなりの努力も必要なのです。この二人の場合、それを苦労とは思わないでしょうが。

「「こんにちは!」」

 街中でエルフたちに挨拶される。それが当たり前になるのはもう少し先のことです。
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