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第7章:新春、急展開
閑話:すき焼き
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「これだな」
「これだね」
「これですね」
「これ」
「これだよね~」
元日本人組が鍋を前にして正座をしています。目の前には高級品の牛肉。そこに醤油、白砂糖、清酒。具材として豆腐、麩、ネギ、ハクサイ、シイタケ、エノキタケ。卵には【浄化】をかけ、生でも食中毒にならないようにしています。
「こんなエノキがあったのか?」
「光を当てないようにして作ったんだよ~。わたしが~」
「エリ、よくやった」
レイがエリの頭をぐりぐりと撫でます。エリはへらっと表情を崩しました。
日本でも同じですが、この世界でも野生のエノキタケは小さなシイタケのような形をしています。すき焼きに入れる白くて細いエノキタケは、モヤシのように光を当てないようにして作られるものなのです。
「一応ここに元日本人が三家族いるわけだけど、割り下は許せる派か?」
レイがそう聞くと、シーヴは首を横に振り、サラとマイは頷き、エリは横に振りました。
「レイのお父さんって、生まれは横浜だよね?」
「両親ともな。でも、父の実家は宇治の黄檗だ。萬福寺が近い。母の実家は松阪だから、母の前で肉についてはおかしなことは言えなかった」
「ああ、だからか。今さらだけど」
すき焼きには、大きく分けて割り下を使うか使わないか、二種類があります。サラの実家は割り下を使っていました。一方で、レイの実家は砂糖と醤油と日本酒を使っていました。どちらが正しいとか正しくないとか、そのような話ではありません。土地柄の問題、好みの問題です。ただし、場合によっては戦争になります。それほど食習慣の違いは根深いのです。
「すき焼きは鍋じゃない、好きな鍋料理を聞かれてすき焼きと答えるな、というのが父の言葉だ。けっこう作り方にうるさかった」
「うちの父も同じようなことを言っていました」
「シーヴのお父さんってどこ?」
「姫路です。母は福山です。私は東京生まれですけど」
「二人とも西なんだ。うちは土着だね。両親の実家は市内にあるし」
サラの両親は実家の近くに家を建てました。すぐ横にレイの両親が仕事の関係で引っ越してきました。あのあたりは、当時新しく作られた住宅地でした。それからも、住宅街が広がっていきます。建設会社が増え、サラが働いていたのもそのうちの一つです。
「でも、シーヴの言葉って訛ってないよね?」
「どうも、私には方言を使わせたくなかったらしくて、両親とも家の中では標準語のような言葉を使っていました。だから私は播州弁も備後弁も使えません」
レイたちは準備をしながら両親の出身地の話で盛り上がります。
「どういうことですの?」
「おそらく、同じ料理でも地域によって作り方が違うという話でしょう。お互いの生まれた地域の話をしているようです」
ケイトが訳がわからないという顔をし、シャロンがそれっぽく解説します。
「牛肉なんてぇ、一生食べる機会はないって思ってたんですよぉ」
「私もレイ兄と出会えなければ食べる機会はなかったと思う」
「高級品ですね」
牛や馬は乗り物として、馬車や荷車を引っ張る輓獣として使われます。元気なうちは働いてもらい、働けなくなったものだけを食べるのです。だから、若い牛や馬を食べることは最高の贅沢です。
とはいえ、牛肉が一番美味しいかというと、必ずしもそういうわけではありません。魔物肉には、牛肉や馬肉よりも柔らかくて美味しい肉がいくらでもあります。しかし、家畜を食べるというのは、日本人組以外にとってはかなり贅沢なことです。
「お肉が薄いです」
「食べ応えがなさそうです」
ドロシーとフィルシーの二人は、スライスされた牛肉を見て残念がっています。
「旦那様がそうしたということは、その薄さに意味があるのでしょう」
シャロンが二人を慰めます。実際のところ、シャロンも肉の薄さは気になっていました。贅沢な肉料理といえば、分厚いステーキです。ところが、目の前にある肉はペラペラです。高級品なので薄くして枚数を増やしているのだろうとシャロンは考えていましたが、実際に食べてみると、まったく意見が変わることになります。
◆◆◆
「旦那様、愚かなメイドをお許しください」
「いきなりどうしたんだ?」
食べ始めてしばらくすると、シャロンが床で土下座をしました。
「お肉が薄かったので、枚数を稼ぐために薄切りにしているものとばかり」
「ああ、たしかにそう思えなくもないよな」
肉といえばステーキ。ラケルスペシャルなど、座布団レベルのサイズです。生肉を薄くスライスするという調理方法は多くはありません。ハムやベーコンなら薄く切りますが。
すき焼きの牛肉は、サッと焼くのがセオリーです。いつまでも焼いていると硬くなります。牛肉は完全に中まで火を通さなくても大丈夫なので、赤みが少し残るくらいでいいでしょう。
「柔らかかったです」
「あれならいくらでも食べられそうです」
「食べすぎると胃もたれするぞ」
最初は肉の薄さに残念がっていたドロシーとフィルシーでしたが、すぐに大満足の顔ですき焼きをつつき始めました。
「これだね」
「これですね」
「これ」
「これだよね~」
元日本人組が鍋を前にして正座をしています。目の前には高級品の牛肉。そこに醤油、白砂糖、清酒。具材として豆腐、麩、ネギ、ハクサイ、シイタケ、エノキタケ。卵には【浄化】をかけ、生でも食中毒にならないようにしています。
「こんなエノキがあったのか?」
「光を当てないようにして作ったんだよ~。わたしが~」
「エリ、よくやった」
レイがエリの頭をぐりぐりと撫でます。エリはへらっと表情を崩しました。
日本でも同じですが、この世界でも野生のエノキタケは小さなシイタケのような形をしています。すき焼きに入れる白くて細いエノキタケは、モヤシのように光を当てないようにして作られるものなのです。
「一応ここに元日本人が三家族いるわけだけど、割り下は許せる派か?」
レイがそう聞くと、シーヴは首を横に振り、サラとマイは頷き、エリは横に振りました。
「レイのお父さんって、生まれは横浜だよね?」
「両親ともな。でも、父の実家は宇治の黄檗だ。萬福寺が近い。母の実家は松阪だから、母の前で肉についてはおかしなことは言えなかった」
「ああ、だからか。今さらだけど」
すき焼きには、大きく分けて割り下を使うか使わないか、二種類があります。サラの実家は割り下を使っていました。一方で、レイの実家は砂糖と醤油と日本酒を使っていました。どちらが正しいとか正しくないとか、そのような話ではありません。土地柄の問題、好みの問題です。ただし、場合によっては戦争になります。それほど食習慣の違いは根深いのです。
「すき焼きは鍋じゃない、好きな鍋料理を聞かれてすき焼きと答えるな、というのが父の言葉だ。けっこう作り方にうるさかった」
「うちの父も同じようなことを言っていました」
「シーヴのお父さんってどこ?」
「姫路です。母は福山です。私は東京生まれですけど」
「二人とも西なんだ。うちは土着だね。両親の実家は市内にあるし」
サラの両親は実家の近くに家を建てました。すぐ横にレイの両親が仕事の関係で引っ越してきました。あのあたりは、当時新しく作られた住宅地でした。それからも、住宅街が広がっていきます。建設会社が増え、サラが働いていたのもそのうちの一つです。
「でも、シーヴの言葉って訛ってないよね?」
「どうも、私には方言を使わせたくなかったらしくて、両親とも家の中では標準語のような言葉を使っていました。だから私は播州弁も備後弁も使えません」
レイたちは準備をしながら両親の出身地の話で盛り上がります。
「どういうことですの?」
「おそらく、同じ料理でも地域によって作り方が違うという話でしょう。お互いの生まれた地域の話をしているようです」
ケイトが訳がわからないという顔をし、シャロンがそれっぽく解説します。
「牛肉なんてぇ、一生食べる機会はないって思ってたんですよぉ」
「私もレイ兄と出会えなければ食べる機会はなかったと思う」
「高級品ですね」
牛や馬は乗り物として、馬車や荷車を引っ張る輓獣として使われます。元気なうちは働いてもらい、働けなくなったものだけを食べるのです。だから、若い牛や馬を食べることは最高の贅沢です。
とはいえ、牛肉が一番美味しいかというと、必ずしもそういうわけではありません。魔物肉には、牛肉や馬肉よりも柔らかくて美味しい肉がいくらでもあります。しかし、家畜を食べるというのは、日本人組以外にとってはかなり贅沢なことです。
「お肉が薄いです」
「食べ応えがなさそうです」
ドロシーとフィルシーの二人は、スライスされた牛肉を見て残念がっています。
「旦那様がそうしたということは、その薄さに意味があるのでしょう」
シャロンが二人を慰めます。実際のところ、シャロンも肉の薄さは気になっていました。贅沢な肉料理といえば、分厚いステーキです。ところが、目の前にある肉はペラペラです。高級品なので薄くして枚数を増やしているのだろうとシャロンは考えていましたが、実際に食べてみると、まったく意見が変わることになります。
◆◆◆
「旦那様、愚かなメイドをお許しください」
「いきなりどうしたんだ?」
食べ始めてしばらくすると、シャロンが床で土下座をしました。
「お肉が薄かったので、枚数を稼ぐために薄切りにしているものとばかり」
「ああ、たしかにそう思えなくもないよな」
肉といえばステーキ。ラケルスペシャルなど、座布団レベルのサイズです。生肉を薄くスライスするという調理方法は多くはありません。ハムやベーコンなら薄く切りますが。
すき焼きの牛肉は、サッと焼くのがセオリーです。いつまでも焼いていると硬くなります。牛肉は完全に中まで火を通さなくても大丈夫なので、赤みが少し残るくらいでいいでしょう。
「柔らかかったです」
「あれならいくらでも食べられそうです」
「食べすぎると胃もたれするぞ」
最初は肉の薄さに残念がっていたドロシーとフィルシーでしたが、すぐに大満足の顔ですき焼きをつつき始めました。
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