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第6章:夏から秋、悠々自適
第16話:怪我の功名(文字どおり)
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「娘と言われてもなあ……」
家を出る前、レイはディオナに「娘に一度会ってほしい」と言われました。パンダの森からモリハナバチの森までは、それほど時間をかけずに行くことができます。ただ、娘と言われても、血の繋がりとかDNAとか、そのあたりは関係ありませんので、どうにも納得できないのです。
「でも、顔くらい見ておいたほうがいいんじゃない?」
「蜂の顔って区別つくか?」
「ディオナってわかりやすいよ」
「表情が豊かだけどな」
蜂なのに、妙に人間臭い顔をするんです。
「サイズで判別できませんです?」
「それを口にするとすねるから、本人には言うなよ」
魔物であっても女性。大きいと言うと機嫌を損ねるんです。
「それでは、わたくしたちは先に戻っておりますわ」
「旦那様、大丈夫だとは思いますが、お気をつけください」
「ああ、売却のほうだけ頼む」
レイは五人から離れ、一人でモリハナバチの森へ向かうことにしました。
◆◆◆
勝手知ったるモリハナバチの森です。レイは迷いもせず、かつてディオナがいたあたりに到着しました。そこには小さな机のようなものが置かれ、頭に冠を乗せた女王蜂が止まっていました。
レイが見たところ、この女王蜂はディオナよりも一回り小さいようです。それでも二〇センチと一八センチの違いという程度です。パッと見た目には区別できませんが、よく見れば冠の色が少し違っています。使われている花粉が違うのでしょう。
「ディオニージアか?」
『お父様、初めまして』
レイが声をかけると、母親譲りの非常に整った字で挨拶が書かれました。
『お父様、一緒にミードをどうぞ』
「いきなりだな。それに、女王蜂が増えるんじゃないか?」
ミードを酌み交わすことによって魔力の交換が行われ、それで女王蜂が生まれるとディオナは言いました。それが正しいなら、また女王蜂が増える可能性があります。
『そんなにすぐは無理です。お母様は長い間お相手が見つからなかったので』
「そういう理由があったのか」
よくよく考えてみたらディオナは魔物です。女王蜂として百何十年も森にいたのです。ミードそのものは儀式的なものですが、そこに含まれる相手の魔力が必要でした。
ディオナがクラストンの町に来た以上、レイがこの森に来る必要はありません。ただ、このように顔を合わせた都合上、今後もたまに顔を見せると約束して、レイは森をあとにしました。
◆◆◆
「ディオナはたまにはディオニージアには会いにいくのか?」
『一度手を離れれば、所詮は他人』
「シビアだな。そのわりには会ってほしいと言ったのはどうしてなんだ?」
『義理を果たすことは必要』
ディオニージアはディオナの娘ではありますが、あの森の新しい女王蜂です。お互いにテリトリーがある以上、余計な関わりは持ちません。ただ、誰の魔力をもらって生まれたのかは見せておきたかったということでした。
魔物の世界にも厳しい生存競争があるのだろうと、レイはそれ以上は触れないようにしました。
「薬は錠剤をメインに、一部はポーションでも販売する」
それほど店を開けることはないとはいえ、何もなしというわけでにはいきません。店を開くのであれば、内装はきちんとしたいと考えています。
商品はというと、通常の体力回復用ポーションと錠剤、通常の魔力回復用のポーションと錠剤などです。媚薬と豊胸薬はトラブルの原因になりそうなので検討中です。薬剤師ギルド御用達の持続性体力回復ポーションは通常価格よりもかなり安いので市販はしません。
「旦那様、魔石も販売してみてはいかがですか?」
「そうだなあ。うちではあまり使わないからな」
ここまで『行雲流水』のメンバーで魔石を使うのはラケルがほとんどで、たまにシーヴが使うくらいです。この二人は種族の関係で最大魔力量が多くないので、スキルを連発するとやや魔力不足気味になります。
特にラケルは【身体強化】に合わせて【シールドバッシュ+】や【シールドチャージ+】を息をするかのように使うので、かなり減りが激しいのです。とはいえ、レイはラケルにスキルを使うなと言うつもりはありません。魔石はいくらでも手に入るからです。
魔石は冒険者ギルドでも手に入りますし、街中で売られていることもありますので、適正価格はチェック済みです。
「そういえば、レイ、薬は中級まで作れませんか? 私は作れるようになったんですけど」
「中級……中級……ああ、作れるな。体力も魔力も」
「中級の回復薬なら一つで二万キールはしますよ」
「……いくらでも作れる素材があるんだけど」
「一部は濃縮タイプにしてはどうですか?」
「そうだな……」
成分が二〇倍の濃縮タイプと一〇〇倍の超濃縮タイプ。飲んだ直後はそれぞれ三本分と一〇本分しか回復しませんが、そこからしばらく継続的に回復し続けるという、即効性と持続性を持たせた薬です。
ただし、純粋に二〇倍と一〇〇倍の値段を付けると、とんでもない金額になってしまいます。レイは薬剤師ギルドと提携することで、余った素材を安価で卸してもらうことを条件に、持続性のある下級体力回復薬をギルド向けに安価で販売しています。一本二〇〇キールの下級体力回復薬の二〇倍濃縮タイプが五〇〇キールです。実はそれでも利益が出ます。素材は自分たちで集められますし、薬の原価率は思った以上に低いからです。
「超濃縮タイプをポーションにしたいんだよなあ」
一〇〇倍の超濃縮タイプは錠剤しか作っていません。作っていない以前に作れません。
「瓶から出ないんだよね」
「ああ。飲みきるまでに何分もかかるからな」
蜂蜜よりも粘度が高くて、振ってもなかなか瓶から出てこない薬に需要があるとは思えません。だから、これまでは凝固剤に染み込ませて錠剤にしてきたのです。
「するっと出てほしいんだよね? それならコラーゲンでも添加したらどう?」
「潤いが欲しいわけじゃない……いや、ゼラチンと考えたらいけるかもしれないぞ」
実験しなければ結果はわかりません。一〇〇倍に濃縮しておいた小鍋から一回分を取り分け、そこに魔物の皮を煮込んで抽出したコラーゲンを混ぜてみました。
「あ、ゼリーっぽくなったな。でも、流れるのか」
見やすいようにガラス瓶に入れてみると、ゼリーのように見えるのに、傾けるとツツーっと瓶の口から出てきます。そして、瓶の中に残りません。
「不思議な物質になりましたね」
「さすがレイ様ですわ」
「サラの発想だろう」
「すごいでしょ。この当てずっぽう」
サラにはときどきこのようなことがあります。だから昔からレイは意表を突かれることがあるのです。
「それでできたのはいいんだけど……使い道がないな」
「ダンジョンに潜って必要な人に売るのはどうですか?」
「いや、それはつけ込んだみたいじゃないか?」
「それが商売の基本ではありますけどね」
今にも命を落としそうなメンバーがいるパーティーなら高くても買うだろうとはレイも思います。営利主義とはそういうものでしょうが、困った人に高値で売ることは、人として褒められたことではないだろうと考えてしまうのです。
一〇〇倍に濃縮してもそのまま飲める中級のポーションができたとはいえ、試しもせずに売ることはできません。まずはレイが経験することにしました。
結果としては下級と同じように、かなりの眠気がありました。ただし、回復量は調べられませんでした。かなり回復するだろうということはわかります。
そんなある日、ちょうどそれを試すのにいい機会が訪れることになりました。その結果として、新たな発見もあるのです。
◆◆◆
「レイさん、少しいいですか?」
「はい。何かありましたか?」
薬剤師ギルドに納品に行くと、いつものようにダーシーから声をかけられました。
「いつも納品してもらっている体力回復薬なんですが、不思議なことがあったんですよ」
「不思議なこと?」
「はい。先日仕事中に怪我をした同僚がいたんです」
薬剤師ギルドの職員である、クレイがたまたま町の外に出かけていて魔物に襲われました。なんとか倒すことができましたが、その際に右手の小指を根本から失ってしまいました。
「それで万が一に備えて渡されていたレイさん謹製の回復薬を飲んだそうなんです。最初にもらった錠剤の方ですね。あれって一〇〇倍でしたっけ? そうしたらほんのわずかですが、欠損が治ったんです」
体力回復薬は傷薬とも呼ばれます。切り傷や刺し傷を治すのにも使われますが、あくまで傷を治すものであって、欠損までは治せないと一般的には受け取られています。
「それが濃縮タイプなので治ったのがわかりやすかったってことですね?」
「そうらしいです。だから帰ってきてからギルド長に説明してもう一つ飲んで、それでたしかに少しだけ治ったことが確認できました」
「その人と話すことはできますか?」
「大丈夫ですよ。呼んできますね」
レイがクレイの手を見せてもらうと、右手の小指が根元近くからなくなっていました。
「メチャクチャ痛かったんっすけど、あの薬のおかげで痛みがスッと消えましてね」
最初はガブッとやられて完全に根本からなくなっていたとクレイは指で示して説明します。
「これは新しく作った薬なんですけど、これでどれだけ治るか見せてもらってもいいですか?」
「飲んでいいんすか?」
「どうぞどうぞ」
クレイはポーションのコルクを抜くと喉に流し込みました。そして、瓶を持っている右手を下ろしたときには、すでに小指が生えていました。
「え? 治った⁉」
「治ったか」
「治りましたね」
三人で確認しますが、先ほどまでなかった小指が完全に生えています。クレイは手を開いたり閉じたりして動作を確認しています。
「思ったとおりに動きます。これは何の薬だったんすか?」
「中級の体力回復薬です。濃度は二〇倍です」
「二〇倍って……四〇万キール?」
「売り値ならそうなりますけどね」
クレイは金額を聞いて顔を青ざめさせました。
「これで指一本なら治ることがわかりました。クレイさん、ありがとうございます」
「いや、むしろこっちがお礼を言うべきっしょ⁉」
驚くクレイに対して、レイは落ち着いています。
「いえいえ、せっかく作ったんですけどね、効能がハッキリしないと譲るのも売るのもできないんですよね。怪我人を探して効果を確認して回るのも変でしょ?」
むやみやたらと配って歩くわけにもいきません。大怪我をした冒険者を探すのも気分的にしたくありません。なので、不意にこのような実験に付き合ってくれる人が見つかるのは助かるのです。
欠損が治るかの実験をするからと被験者を募集すれば集まるでしょうが、次から次へと押しかけられても困ります。だから偶然そのような人が見つかるのが、今のレイには一番なのです。
「これが古傷に効くのか効かないのか、効くとしてもどれくらい古い傷までなら効き目があるのか、そのあたりはまったくわかりません。欠損の場所や規模によって効き目が違うこともあるかもしれませんし」
下級の回復薬は簡単な傷は治ります。ところが、複数の傷がある場合、どこを治すかを選ぶことはできません。ポーションなら傷口にかければその部分を治せますが、内服薬として飲むと万遍なく効果があるので、それぞれの傷の治りは悪くなります。
「オレって薬剤師ギルドで働いてるのに、そんなことも知らなかったんすね」
「クレイさん、私もそうですが、意外にそこまで考えて作る人は少ないですよ」
ダーシーはクレイをフォローします。薬剤師ギルドは薬の材料を集め、それを必要としている人に行き渡らせるのが仕事です。ダーシーのように、自分自身が薬剤師のこともありますが、そうでない人のほうが多いのです。だから効能まで詳しく知らない人がいるのはおかしくないとダーシーは言います。
「レイさんが細かいのは普通じゃありませんしね」
「ですよね? 普通の薬剤師ってゴリゴリって作ってパッと売って終わりって感じだったっす」
「普通ってそんなもの?」
「そうですよ。レシピのとおりに作れば間違いないんです。だから最後に濃度を調整するんじゃないですか。なんで普通に作らないんですか?」
なぜか責められるレイでした。
家を出る前、レイはディオナに「娘に一度会ってほしい」と言われました。パンダの森からモリハナバチの森までは、それほど時間をかけずに行くことができます。ただ、娘と言われても、血の繋がりとかDNAとか、そのあたりは関係ありませんので、どうにも納得できないのです。
「でも、顔くらい見ておいたほうがいいんじゃない?」
「蜂の顔って区別つくか?」
「ディオナってわかりやすいよ」
「表情が豊かだけどな」
蜂なのに、妙に人間臭い顔をするんです。
「サイズで判別できませんです?」
「それを口にするとすねるから、本人には言うなよ」
魔物であっても女性。大きいと言うと機嫌を損ねるんです。
「それでは、わたくしたちは先に戻っておりますわ」
「旦那様、大丈夫だとは思いますが、お気をつけください」
「ああ、売却のほうだけ頼む」
レイは五人から離れ、一人でモリハナバチの森へ向かうことにしました。
◆◆◆
勝手知ったるモリハナバチの森です。レイは迷いもせず、かつてディオナがいたあたりに到着しました。そこには小さな机のようなものが置かれ、頭に冠を乗せた女王蜂が止まっていました。
レイが見たところ、この女王蜂はディオナよりも一回り小さいようです。それでも二〇センチと一八センチの違いという程度です。パッと見た目には区別できませんが、よく見れば冠の色が少し違っています。使われている花粉が違うのでしょう。
「ディオニージアか?」
『お父様、初めまして』
レイが声をかけると、母親譲りの非常に整った字で挨拶が書かれました。
『お父様、一緒にミードをどうぞ』
「いきなりだな。それに、女王蜂が増えるんじゃないか?」
ミードを酌み交わすことによって魔力の交換が行われ、それで女王蜂が生まれるとディオナは言いました。それが正しいなら、また女王蜂が増える可能性があります。
『そんなにすぐは無理です。お母様は長い間お相手が見つからなかったので』
「そういう理由があったのか」
よくよく考えてみたらディオナは魔物です。女王蜂として百何十年も森にいたのです。ミードそのものは儀式的なものですが、そこに含まれる相手の魔力が必要でした。
ディオナがクラストンの町に来た以上、レイがこの森に来る必要はありません。ただ、このように顔を合わせた都合上、今後もたまに顔を見せると約束して、レイは森をあとにしました。
◆◆◆
「ディオナはたまにはディオニージアには会いにいくのか?」
『一度手を離れれば、所詮は他人』
「シビアだな。そのわりには会ってほしいと言ったのはどうしてなんだ?」
『義理を果たすことは必要』
ディオニージアはディオナの娘ではありますが、あの森の新しい女王蜂です。お互いにテリトリーがある以上、余計な関わりは持ちません。ただ、誰の魔力をもらって生まれたのかは見せておきたかったということでした。
魔物の世界にも厳しい生存競争があるのだろうと、レイはそれ以上は触れないようにしました。
「薬は錠剤をメインに、一部はポーションでも販売する」
それほど店を開けることはないとはいえ、何もなしというわけでにはいきません。店を開くのであれば、内装はきちんとしたいと考えています。
商品はというと、通常の体力回復用ポーションと錠剤、通常の魔力回復用のポーションと錠剤などです。媚薬と豊胸薬はトラブルの原因になりそうなので検討中です。薬剤師ギルド御用達の持続性体力回復ポーションは通常価格よりもかなり安いので市販はしません。
「旦那様、魔石も販売してみてはいかがですか?」
「そうだなあ。うちではあまり使わないからな」
ここまで『行雲流水』のメンバーで魔石を使うのはラケルがほとんどで、たまにシーヴが使うくらいです。この二人は種族の関係で最大魔力量が多くないので、スキルを連発するとやや魔力不足気味になります。
特にラケルは【身体強化】に合わせて【シールドバッシュ+】や【シールドチャージ+】を息をするかのように使うので、かなり減りが激しいのです。とはいえ、レイはラケルにスキルを使うなと言うつもりはありません。魔石はいくらでも手に入るからです。
魔石は冒険者ギルドでも手に入りますし、街中で売られていることもありますので、適正価格はチェック済みです。
「そういえば、レイ、薬は中級まで作れませんか? 私は作れるようになったんですけど」
「中級……中級……ああ、作れるな。体力も魔力も」
「中級の回復薬なら一つで二万キールはしますよ」
「……いくらでも作れる素材があるんだけど」
「一部は濃縮タイプにしてはどうですか?」
「そうだな……」
成分が二〇倍の濃縮タイプと一〇〇倍の超濃縮タイプ。飲んだ直後はそれぞれ三本分と一〇本分しか回復しませんが、そこからしばらく継続的に回復し続けるという、即効性と持続性を持たせた薬です。
ただし、純粋に二〇倍と一〇〇倍の値段を付けると、とんでもない金額になってしまいます。レイは薬剤師ギルドと提携することで、余った素材を安価で卸してもらうことを条件に、持続性のある下級体力回復薬をギルド向けに安価で販売しています。一本二〇〇キールの下級体力回復薬の二〇倍濃縮タイプが五〇〇キールです。実はそれでも利益が出ます。素材は自分たちで集められますし、薬の原価率は思った以上に低いからです。
「超濃縮タイプをポーションにしたいんだよなあ」
一〇〇倍の超濃縮タイプは錠剤しか作っていません。作っていない以前に作れません。
「瓶から出ないんだよね」
「ああ。飲みきるまでに何分もかかるからな」
蜂蜜よりも粘度が高くて、振ってもなかなか瓶から出てこない薬に需要があるとは思えません。だから、これまでは凝固剤に染み込ませて錠剤にしてきたのです。
「するっと出てほしいんだよね? それならコラーゲンでも添加したらどう?」
「潤いが欲しいわけじゃない……いや、ゼラチンと考えたらいけるかもしれないぞ」
実験しなければ結果はわかりません。一〇〇倍に濃縮しておいた小鍋から一回分を取り分け、そこに魔物の皮を煮込んで抽出したコラーゲンを混ぜてみました。
「あ、ゼリーっぽくなったな。でも、流れるのか」
見やすいようにガラス瓶に入れてみると、ゼリーのように見えるのに、傾けるとツツーっと瓶の口から出てきます。そして、瓶の中に残りません。
「不思議な物質になりましたね」
「さすがレイ様ですわ」
「サラの発想だろう」
「すごいでしょ。この当てずっぽう」
サラにはときどきこのようなことがあります。だから昔からレイは意表を突かれることがあるのです。
「それでできたのはいいんだけど……使い道がないな」
「ダンジョンに潜って必要な人に売るのはどうですか?」
「いや、それはつけ込んだみたいじゃないか?」
「それが商売の基本ではありますけどね」
今にも命を落としそうなメンバーがいるパーティーなら高くても買うだろうとはレイも思います。営利主義とはそういうものでしょうが、困った人に高値で売ることは、人として褒められたことではないだろうと考えてしまうのです。
一〇〇倍に濃縮してもそのまま飲める中級のポーションができたとはいえ、試しもせずに売ることはできません。まずはレイが経験することにしました。
結果としては下級と同じように、かなりの眠気がありました。ただし、回復量は調べられませんでした。かなり回復するだろうということはわかります。
そんなある日、ちょうどそれを試すのにいい機会が訪れることになりました。その結果として、新たな発見もあるのです。
◆◆◆
「レイさん、少しいいですか?」
「はい。何かありましたか?」
薬剤師ギルドに納品に行くと、いつものようにダーシーから声をかけられました。
「いつも納品してもらっている体力回復薬なんですが、不思議なことがあったんですよ」
「不思議なこと?」
「はい。先日仕事中に怪我をした同僚がいたんです」
薬剤師ギルドの職員である、クレイがたまたま町の外に出かけていて魔物に襲われました。なんとか倒すことができましたが、その際に右手の小指を根本から失ってしまいました。
「それで万が一に備えて渡されていたレイさん謹製の回復薬を飲んだそうなんです。最初にもらった錠剤の方ですね。あれって一〇〇倍でしたっけ? そうしたらほんのわずかですが、欠損が治ったんです」
体力回復薬は傷薬とも呼ばれます。切り傷や刺し傷を治すのにも使われますが、あくまで傷を治すものであって、欠損までは治せないと一般的には受け取られています。
「それが濃縮タイプなので治ったのがわかりやすかったってことですね?」
「そうらしいです。だから帰ってきてからギルド長に説明してもう一つ飲んで、それでたしかに少しだけ治ったことが確認できました」
「その人と話すことはできますか?」
「大丈夫ですよ。呼んできますね」
レイがクレイの手を見せてもらうと、右手の小指が根元近くからなくなっていました。
「メチャクチャ痛かったんっすけど、あの薬のおかげで痛みがスッと消えましてね」
最初はガブッとやられて完全に根本からなくなっていたとクレイは指で示して説明します。
「これは新しく作った薬なんですけど、これでどれだけ治るか見せてもらってもいいですか?」
「飲んでいいんすか?」
「どうぞどうぞ」
クレイはポーションのコルクを抜くと喉に流し込みました。そして、瓶を持っている右手を下ろしたときには、すでに小指が生えていました。
「え? 治った⁉」
「治ったか」
「治りましたね」
三人で確認しますが、先ほどまでなかった小指が完全に生えています。クレイは手を開いたり閉じたりして動作を確認しています。
「思ったとおりに動きます。これは何の薬だったんすか?」
「中級の体力回復薬です。濃度は二〇倍です」
「二〇倍って……四〇万キール?」
「売り値ならそうなりますけどね」
クレイは金額を聞いて顔を青ざめさせました。
「これで指一本なら治ることがわかりました。クレイさん、ありがとうございます」
「いや、むしろこっちがお礼を言うべきっしょ⁉」
驚くクレイに対して、レイは落ち着いています。
「いえいえ、せっかく作ったんですけどね、効能がハッキリしないと譲るのも売るのもできないんですよね。怪我人を探して効果を確認して回るのも変でしょ?」
むやみやたらと配って歩くわけにもいきません。大怪我をした冒険者を探すのも気分的にしたくありません。なので、不意にこのような実験に付き合ってくれる人が見つかるのは助かるのです。
欠損が治るかの実験をするからと被験者を募集すれば集まるでしょうが、次から次へと押しかけられても困ります。だから偶然そのような人が見つかるのが、今のレイには一番なのです。
「これが古傷に効くのか効かないのか、効くとしてもどれくらい古い傷までなら効き目があるのか、そのあたりはまったくわかりません。欠損の場所や規模によって効き目が違うこともあるかもしれませんし」
下級の回復薬は簡単な傷は治ります。ところが、複数の傷がある場合、どこを治すかを選ぶことはできません。ポーションなら傷口にかければその部分を治せますが、内服薬として飲むと万遍なく効果があるので、それぞれの傷の治りは悪くなります。
「オレって薬剤師ギルドで働いてるのに、そんなことも知らなかったんすね」
「クレイさん、私もそうですが、意外にそこまで考えて作る人は少ないですよ」
ダーシーはクレイをフォローします。薬剤師ギルドは薬の材料を集め、それを必要としている人に行き渡らせるのが仕事です。ダーシーのように、自分自身が薬剤師のこともありますが、そうでない人のほうが多いのです。だから効能まで詳しく知らない人がいるのはおかしくないとダーシーは言います。
「レイさんが細かいのは普通じゃありませんしね」
「ですよね? 普通の薬剤師ってゴリゴリって作ってパッと売って終わりって感じだったっす」
「普通ってそんなもの?」
「そうですよ。レシピのとおりに作れば間違いないんです。だから最後に濃度を調整するんじゃないですか。なんで普通に作らないんですか?」
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