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第5章:初夏、新たなる出会い
第12話:両立しづらきもの、それは武具とオシャレ
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ケイトとシャロンを加えてダンジョンに入った翌日、レイたちは朝から武器屋に行くことにしました。
「あんまりお世話になることはなかったね」
「一通りはそろってるからな」
「私がたまに覗いていますよ。顔と名前は覚えてもらっています」
シーヴは投げナイフや矢の補充に来ていましたが、他のメンバーはほとんど武器屋に来る必要がありません。
雑談しながら歩いていると、「ヒューの装備屋」と書かれている看板が見えてきました。店先ではドワーフの男性が商品を並べています。
「らっさい!」
野太い声がレイの耳に届きました。
「おお、シーヴか。今日はみんなで何をお探しでえ?」
「今日はみんなの武器や防具を見せてもらおうと思いまして。珍しい剣はありますか?」
「珍しいやつならそのあたりにいくらでもあるぞ。好きに見てくれ」
そこにはサラが使っているような日本刀もありました。デューラント王国では珍しいですが、大陸の東のほうに行けばいくらでも手に入ります。その地域でごく一般的な武器という点では、デューラント王国におけるバスタードソードと扱いがよく似ています。
「へえ、けっこうあるんだなあ」
「数はな。ダンジョンからちょくちょく見つかるんだけどよ、特定のジョブの専用装備なんてそんなに売れねえんだよな。たまにまとめて王都のほうに売り出すんだ。こんなのとかな」
ヒューは棚から巨大な剣を取り出しました。
「うわっ。またレアな」
「そのグリップはどっかで見たことがあるな」
サラが驚いて声を上げた剣にレイは見覚えがありました。彼の記憶では、それは仏像が手にしていたものです。
「三鈷剣だね」
密教で使われる三鈷杵の先から真っ直ぐな両刃の剣が出ているものです。ただし、サイズが普通とは違っていました。
「こんなの振れるか?」
レイがグリップを握って鞘から抜きました。そして剣身の長さを確認してからサラに渡します。
「横に振るか斬り上げるか突くかしたらいけると思う。縦は地面を叩くよね」
剣身だけでサラの身長くらいはありますね。両手で持てるようにグリップが長くなっていますので、グリップまで入れると二メートル近くなります。
「俺が調べたところじゃ、サムライ、ハタモト、ブシなんて大陸の東のほうにしかないジョブの専用武器らしい。この町にゃそんなにいねえしよ」
「これ買うね」
サラは鞘に戻した三鈷剣を大切そうに抱きしめました。
「え? いいのか?」
「私サムライなんで」
「おーおーおー、そーかそーかそーか。それならサービスしとくぜ。東のなら他にもあるからよ、これとか。安くするからジャンジャン買ってってくれ」
「王都に持ってくんじゃないの?」
「いや、持ってくのも手間だし、売れるとは限らねえよ。こっちよりはマシってだけだ」
実際に王都まで行って売って帰ってくる手間と経費を考えれば、ここでできるだけ売ったほうがいいのは間違いありません。
「これもサムライが使える装備だ」
ヒューが取り出したのは大きな箱です。
「聖衣の箱?」
「中身は甲冑だ」
ヒューが箱を開けると、その中には派手な甲冑のセットが入っていました。黄色をベースに青、赤、緑、紫などが使われています。その色を見た瞬間、レイは中国っぽいなと思いました。
「聖衣じゃなかったか~」
サラは悔しがりますが、この甲冑もかなりキラキラしていますよ。横で見ていたレイには、このデザインに見覚えがありましたが、それが何かが出てきません。
「これってどこかで見たことあるよな?」
「たぶん四天王のだと思うよ」
「四天王? 『奴は四天王の中でも最弱』ってやつか?」
「レイとしては頑張ったと思うけど、そっちじゃなくて仏像のほう」
サラが「四天王」と言ったのでそっちのほうの話だろうとレイは思いましたが、どうやら違うようでした。
四天王とは仏教の神々で、帝釈天に仕える持国天・広目天・増長天・多聞天のことです。多聞天は毘沙門天とも呼ばれることもありますね。
「剣を持ったら持国天かな? どう?」
サラは派手な甲冑を着込むと右手に三鈷剣を手にしました。それから左手を腰に置いてポーズをとります。
「目立つよね、目立つんだけど、そこがいい」
「川柳か?」
そこには小柄で可愛い持国天がいました。兜の下からポニーテールが飛び出しています。
「お似合いですわ」
「そう? じゃあこれで決まりなんだけど……やっぱり盾は持てないね」
サラが選んだ三鈷剣は、片手で振るには長すぎます。専用装備なので、サラが持つと効果は出ますが、それは振りやすさとは関係がないでしょう。
「そもそも盾なんて使ってないだろ?」
「あ、そっか」
サラの武器は日本刀かグレイブでした。ラケルのように腕を通して握るタイプの盾は邪魔で使えませんので、レイとは違って盾を買っていません。そのレイも、盾はほとんど使っていませんね。
「盾か? 両手が塞がってても盾を持ちたいならこんなのがあるぞ。こいつは普通の魔道具だが、魔力を通すと魔法の盾が現れるやつだ。ここのところにな」
ヒューが取り出したのは魔法の盾です。ブレスレットのような見た目ですが、魔力を注ぐとマークがある場所に半透明な丸い盾が現れるものです。
「物理攻撃も魔法攻撃も防ぐって話だ。少々値が張るが、そう簡単に壊れるもんじゃねえ」
サラが魔法の盾を試している横で、ケイトは防具を見ていました。レイから怪我の心配をされたからです。
「可愛い防具ってありませんの? 魔法職が使えるようなもので」
「魔法職で可愛い防具ってなると……こいつだな。白魔法でも黒魔法でも、とにかく魔法が使えりゃ防御力が上がるやつだ。売れ残りだけどな」
「……可愛いですわっ!」
ケイトが手渡されたのは、キラッキラのドレスのようなスケイルアーマーです。ドレス風でも鎧なのは間違いありませんので、服の上に重ねるようにして着ます。
胸にところだけ色が違っていてハートが浮かび上がっています。ケイトは全身を鏡に映して確認しています。着るミラーボールですね。
「こんなに可愛いのに、どうして売れ残りますの?」
「こんなのデザインだけで、防御力はオマケだからな」
素材は魔力を帯びた魔鋼という特殊金属で作られています。刃は通りませんし、魔法による攻撃のダメージを軽減してくれますが、金属製のドレスというだけですので打撃は通ります。
完全に後衛用の装備で、防御力はオマケ程度にもかかわらず、大銀貨一〇枚と高価なのです。駆け出し冒険者には高くて手が出ません。ベテランになると、この程度の防御力では不安が残りますので手を出しません。なんとも微妙な防具です。
「このまま着ていきますわ」
「鎧下に着るなら、もっと飾りの少ないドレスのほうがいいぞ。動きやすいからな」
ヒューのアドバイスを聞いて、ケイトは鎧下代わりのドレスを探し始めます。あくまでドレスにこだわるようです。
ケイトのドレス選びを見ていたサラは、シーヴに耳打ちしました。
「ねえ、ああいうハート形のエッチなエプロンってあったよね?」
「ありましたね。もっと短くて全体的に赤か白かピンクのものでしたね。作りますか?」
「それもいいけど、どうして今の今まで思い出せなかったかなあって」
サラは負けた気がしました。どうして記憶が戻ってから、自分の記憶にあるものを作らなかったのだろうかと。手先が器用で記憶力もいいサラです。思い出しさえすれば作ることができたでしょう。
「そうだ。今度、リボンをやろうかな」
「リボンですか?」
「『プレゼントは私よ』って、バレンタインとかにあったじゃん。したことないけど」
「……あとでみんなに相談しましょう」
サラとシーヴがずれた話をしている間にも、あまり使われない武器や道具がヒューの手によって並べられていました。
「フックですか」
「鉤縄だな」
シャロンが手にしたのは、時代劇などで忍者が壁を超えるために投げて引っかける鉤縄でした。
「ダンジョンで必要になると思いますか?」
「今のところそういうフロアはなかったな。今後もないとは限らないから、一つくらい買っておいてもいいな」
3Dブーツで床以外も歩けるようになりましたが、まだ全員分はありません。壁をよじ登る必要があるかどうかはわかりませんが、一つあれば助かることもあるかもしれません。
「トレイか?」
「いや、そいつはメイドの武器だ」
「防具ではなく?」
「いや、武器らしいぞ。トレイとしても使えるのは間違いないがな」
レイが銀色のトレイを手にすると、ヒューがそれを武器だと指摘しました。正式にはメイド系ジョブの専用装備で「魔法のメイドトレイ」という名前だとヒューは言います。
どうやって丸いトレイで戦うのかとレイは手に取ってみました。専用装備なのでレイには使えませんが、トレイとして持つことは可能です。裏返しても何も見えません。これで攻撃するにも有効範囲は狭いですし、投げて使うとも思えません。当たれば痛いかもしれませんが、それだけでしょう。
「シャロン、使い方はわかるか?」
シャロンはトレイを受け取るとしげしげと見つめてから振り始めました。ブオンブオンといい音がします。
「普通に顔を引っぱたくようです。これで叩かれると「私は痴漢です」と頬に浮き上がるそうです。三日間ほど」
「場所によっては売れるだろうな」
恥ずかしくて家から出られないでしょう。薬や魔法でも消えないようです。さすが魔法武器ですね。
レイとシャロンが話をしていると、ラケルが寄ってきました。彼女も一通り武器を見ていたようです。今のハンマーと盾よりも彼女向きのものはないでしょうけどね。
「ご主人さまはいいのです?」
「俺のなあ……」
レイはこれまで装備を変えていません。力がありますので、バスタードソードとグレイブを使えばたいていの魔物を叩き切ることができます。
「お前さんは何を使ってるんだ?」
「グレイブかバスタードソードですね。ヒュージキャタピラー用に棘の付いたメイスもあります」
大きな魔物に対してはグレイブ、そうでないならバスタードソードが多いですね。ただ、魔物は大きなものが多いですので、グレイブがメインになっています、
「そう言うってことは、まだダンジョンには入ってねえのか?」
「いや、六階に入ったところで終わってます。明日あたりに六階から再開の予定です」
「それなら打撃武器もあったほうがいいぞ。途中には硬えのが出るからよ」
「そんなに硬いんですか?」
ヒューは冒険者ではありませんが、武器や防具を扱っているので情報はいくらでも入ってきます。一〇階のボスを超えると硬い魔物が多いとレイたちは教えてもらいました。
「シーヴはゴーレムと戦ったんだよね?」
「一度か二度だけですよ。私たちでは倒すのが大変だということがわかって、一二階までにしていたはずです。そこまでならゴーレムはほとんど出ませんからね」
「ああ、特に硬えのはそれより下だろうな。普通の魔物ならいくらでも斬れるけどよ、石とか鉄とかなら無理だから、こういう打撃力重視の武器が人気だな」
そう言いながらヒューは金属製のクラブを取り出しました。
「ここのところ、一五階のボスはゴーレムが多いらしい。弱点は頭にあるコアだ。こういう丈夫な武器で叩くか、高威力の魔法で吹き飛ばすか。それが無理なら諦めたほうがいいな」
「諦めたら死んでしまいますわ」
「ボスがゴーレムなら生きて戻れるらしい。だから装備を変えて再チャレンジするやつが多いぜ」
ギブアップすると命を助けてくれるボス部屋が存在します。ここのダンジョンの地下一五階がそれにあたります。
「まれにゴールドゴーレムもいて、一撃入れて欠片でも手に入れば大儲けだそうだ。それを狙って何度も挑戦するやつもいるらしいぞ」
ボス部屋に現れるゴーレムには木や石や鉄だけでなく、金や銀でできたゴーレムも現れます。倒せなくても腕一本でも壊して確保、そのまま降参してボス部屋から放り出されれば武器を失っても大儲けになるということです。
「そんな裏技みたいなやり方があるんだな」
「でも武器を無駄にされるのは武器屋としては嫌じゃないの?」
「いや、寸暇を惜しんで打った剣なら話は別だけどよ、こんなのゴーレムを倒すための道具だろ?」
ヒューは金属棒を右手に持って、左手にパンパンと叩きつけます。ヒューは自分で剣を打つこともありますが、ここにあるクラブは単に型に流し込んだだけで、思い入れがあるわけでもないと言います。
「ところで、これもクラブなんですか?」
「クラブかメイスの一種なんだろうな。ストーンゴーレムにも効くらしい」
レイが見つけたのは、長さ二メートルを超える金属バットのようなものです。グリップエンドがあるので滑らなさそうです。
「それじゃあ俺はこれを買っておきます。ケイトは今のでいいとして、サラはどうする? あの剣や鎧は買うとして、鈍器もいるか?」
「買っても使わないかもしれないんだよね。ラケルとケイがいるから」
サラの頭の中には、嬉々としてゴーレムをハンマーで粉砕するラケルと自称メイスで吹き飛ばすケイトの姿が浮かびました。同じことが想像できたレイは、この金属バットはいらなかったかなと、ちょっと思いました。
——————————
メンバーの好みについて
地味な色が好き
レイ、シーヴ、ラケル、シャロン
派手な色が好き
サラ、ケイト
「あんまりお世話になることはなかったね」
「一通りはそろってるからな」
「私がたまに覗いていますよ。顔と名前は覚えてもらっています」
シーヴは投げナイフや矢の補充に来ていましたが、他のメンバーはほとんど武器屋に来る必要がありません。
雑談しながら歩いていると、「ヒューの装備屋」と書かれている看板が見えてきました。店先ではドワーフの男性が商品を並べています。
「らっさい!」
野太い声がレイの耳に届きました。
「おお、シーヴか。今日はみんなで何をお探しでえ?」
「今日はみんなの武器や防具を見せてもらおうと思いまして。珍しい剣はありますか?」
「珍しいやつならそのあたりにいくらでもあるぞ。好きに見てくれ」
そこにはサラが使っているような日本刀もありました。デューラント王国では珍しいですが、大陸の東のほうに行けばいくらでも手に入ります。その地域でごく一般的な武器という点では、デューラント王国におけるバスタードソードと扱いがよく似ています。
「へえ、けっこうあるんだなあ」
「数はな。ダンジョンからちょくちょく見つかるんだけどよ、特定のジョブの専用装備なんてそんなに売れねえんだよな。たまにまとめて王都のほうに売り出すんだ。こんなのとかな」
ヒューは棚から巨大な剣を取り出しました。
「うわっ。またレアな」
「そのグリップはどっかで見たことがあるな」
サラが驚いて声を上げた剣にレイは見覚えがありました。彼の記憶では、それは仏像が手にしていたものです。
「三鈷剣だね」
密教で使われる三鈷杵の先から真っ直ぐな両刃の剣が出ているものです。ただし、サイズが普通とは違っていました。
「こんなの振れるか?」
レイがグリップを握って鞘から抜きました。そして剣身の長さを確認してからサラに渡します。
「横に振るか斬り上げるか突くかしたらいけると思う。縦は地面を叩くよね」
剣身だけでサラの身長くらいはありますね。両手で持てるようにグリップが長くなっていますので、グリップまで入れると二メートル近くなります。
「俺が調べたところじゃ、サムライ、ハタモト、ブシなんて大陸の東のほうにしかないジョブの専用武器らしい。この町にゃそんなにいねえしよ」
「これ買うね」
サラは鞘に戻した三鈷剣を大切そうに抱きしめました。
「え? いいのか?」
「私サムライなんで」
「おーおーおー、そーかそーかそーか。それならサービスしとくぜ。東のなら他にもあるからよ、これとか。安くするからジャンジャン買ってってくれ」
「王都に持ってくんじゃないの?」
「いや、持ってくのも手間だし、売れるとは限らねえよ。こっちよりはマシってだけだ」
実際に王都まで行って売って帰ってくる手間と経費を考えれば、ここでできるだけ売ったほうがいいのは間違いありません。
「これもサムライが使える装備だ」
ヒューが取り出したのは大きな箱です。
「聖衣の箱?」
「中身は甲冑だ」
ヒューが箱を開けると、その中には派手な甲冑のセットが入っていました。黄色をベースに青、赤、緑、紫などが使われています。その色を見た瞬間、レイは中国っぽいなと思いました。
「聖衣じゃなかったか~」
サラは悔しがりますが、この甲冑もかなりキラキラしていますよ。横で見ていたレイには、このデザインに見覚えがありましたが、それが何かが出てきません。
「これってどこかで見たことあるよな?」
「たぶん四天王のだと思うよ」
「四天王? 『奴は四天王の中でも最弱』ってやつか?」
「レイとしては頑張ったと思うけど、そっちじゃなくて仏像のほう」
サラが「四天王」と言ったのでそっちのほうの話だろうとレイは思いましたが、どうやら違うようでした。
四天王とは仏教の神々で、帝釈天に仕える持国天・広目天・増長天・多聞天のことです。多聞天は毘沙門天とも呼ばれることもありますね。
「剣を持ったら持国天かな? どう?」
サラは派手な甲冑を着込むと右手に三鈷剣を手にしました。それから左手を腰に置いてポーズをとります。
「目立つよね、目立つんだけど、そこがいい」
「川柳か?」
そこには小柄で可愛い持国天がいました。兜の下からポニーテールが飛び出しています。
「お似合いですわ」
「そう? じゃあこれで決まりなんだけど……やっぱり盾は持てないね」
サラが選んだ三鈷剣は、片手で振るには長すぎます。専用装備なので、サラが持つと効果は出ますが、それは振りやすさとは関係がないでしょう。
「そもそも盾なんて使ってないだろ?」
「あ、そっか」
サラの武器は日本刀かグレイブでした。ラケルのように腕を通して握るタイプの盾は邪魔で使えませんので、レイとは違って盾を買っていません。そのレイも、盾はほとんど使っていませんね。
「盾か? 両手が塞がってても盾を持ちたいならこんなのがあるぞ。こいつは普通の魔道具だが、魔力を通すと魔法の盾が現れるやつだ。ここのところにな」
ヒューが取り出したのは魔法の盾です。ブレスレットのような見た目ですが、魔力を注ぐとマークがある場所に半透明な丸い盾が現れるものです。
「物理攻撃も魔法攻撃も防ぐって話だ。少々値が張るが、そう簡単に壊れるもんじゃねえ」
サラが魔法の盾を試している横で、ケイトは防具を見ていました。レイから怪我の心配をされたからです。
「可愛い防具ってありませんの? 魔法職が使えるようなもので」
「魔法職で可愛い防具ってなると……こいつだな。白魔法でも黒魔法でも、とにかく魔法が使えりゃ防御力が上がるやつだ。売れ残りだけどな」
「……可愛いですわっ!」
ケイトが手渡されたのは、キラッキラのドレスのようなスケイルアーマーです。ドレス風でも鎧なのは間違いありませんので、服の上に重ねるようにして着ます。
胸にところだけ色が違っていてハートが浮かび上がっています。ケイトは全身を鏡に映して確認しています。着るミラーボールですね。
「こんなに可愛いのに、どうして売れ残りますの?」
「こんなのデザインだけで、防御力はオマケだからな」
素材は魔力を帯びた魔鋼という特殊金属で作られています。刃は通りませんし、魔法による攻撃のダメージを軽減してくれますが、金属製のドレスというだけですので打撃は通ります。
完全に後衛用の装備で、防御力はオマケ程度にもかかわらず、大銀貨一〇枚と高価なのです。駆け出し冒険者には高くて手が出ません。ベテランになると、この程度の防御力では不安が残りますので手を出しません。なんとも微妙な防具です。
「このまま着ていきますわ」
「鎧下に着るなら、もっと飾りの少ないドレスのほうがいいぞ。動きやすいからな」
ヒューのアドバイスを聞いて、ケイトは鎧下代わりのドレスを探し始めます。あくまでドレスにこだわるようです。
ケイトのドレス選びを見ていたサラは、シーヴに耳打ちしました。
「ねえ、ああいうハート形のエッチなエプロンってあったよね?」
「ありましたね。もっと短くて全体的に赤か白かピンクのものでしたね。作りますか?」
「それもいいけど、どうして今の今まで思い出せなかったかなあって」
サラは負けた気がしました。どうして記憶が戻ってから、自分の記憶にあるものを作らなかったのだろうかと。手先が器用で記憶力もいいサラです。思い出しさえすれば作ることができたでしょう。
「そうだ。今度、リボンをやろうかな」
「リボンですか?」
「『プレゼントは私よ』って、バレンタインとかにあったじゃん。したことないけど」
「……あとでみんなに相談しましょう」
サラとシーヴがずれた話をしている間にも、あまり使われない武器や道具がヒューの手によって並べられていました。
「フックですか」
「鉤縄だな」
シャロンが手にしたのは、時代劇などで忍者が壁を超えるために投げて引っかける鉤縄でした。
「ダンジョンで必要になると思いますか?」
「今のところそういうフロアはなかったな。今後もないとは限らないから、一つくらい買っておいてもいいな」
3Dブーツで床以外も歩けるようになりましたが、まだ全員分はありません。壁をよじ登る必要があるかどうかはわかりませんが、一つあれば助かることもあるかもしれません。
「トレイか?」
「いや、そいつはメイドの武器だ」
「防具ではなく?」
「いや、武器らしいぞ。トレイとしても使えるのは間違いないがな」
レイが銀色のトレイを手にすると、ヒューがそれを武器だと指摘しました。正式にはメイド系ジョブの専用装備で「魔法のメイドトレイ」という名前だとヒューは言います。
どうやって丸いトレイで戦うのかとレイは手に取ってみました。専用装備なのでレイには使えませんが、トレイとして持つことは可能です。裏返しても何も見えません。これで攻撃するにも有効範囲は狭いですし、投げて使うとも思えません。当たれば痛いかもしれませんが、それだけでしょう。
「シャロン、使い方はわかるか?」
シャロンはトレイを受け取るとしげしげと見つめてから振り始めました。ブオンブオンといい音がします。
「普通に顔を引っぱたくようです。これで叩かれると「私は痴漢です」と頬に浮き上がるそうです。三日間ほど」
「場所によっては売れるだろうな」
恥ずかしくて家から出られないでしょう。薬や魔法でも消えないようです。さすが魔法武器ですね。
レイとシャロンが話をしていると、ラケルが寄ってきました。彼女も一通り武器を見ていたようです。今のハンマーと盾よりも彼女向きのものはないでしょうけどね。
「ご主人さまはいいのです?」
「俺のなあ……」
レイはこれまで装備を変えていません。力がありますので、バスタードソードとグレイブを使えばたいていの魔物を叩き切ることができます。
「お前さんは何を使ってるんだ?」
「グレイブかバスタードソードですね。ヒュージキャタピラー用に棘の付いたメイスもあります」
大きな魔物に対してはグレイブ、そうでないならバスタードソードが多いですね。ただ、魔物は大きなものが多いですので、グレイブがメインになっています、
「そう言うってことは、まだダンジョンには入ってねえのか?」
「いや、六階に入ったところで終わってます。明日あたりに六階から再開の予定です」
「それなら打撃武器もあったほうがいいぞ。途中には硬えのが出るからよ」
「そんなに硬いんですか?」
ヒューは冒険者ではありませんが、武器や防具を扱っているので情報はいくらでも入ってきます。一〇階のボスを超えると硬い魔物が多いとレイたちは教えてもらいました。
「シーヴはゴーレムと戦ったんだよね?」
「一度か二度だけですよ。私たちでは倒すのが大変だということがわかって、一二階までにしていたはずです。そこまでならゴーレムはほとんど出ませんからね」
「ああ、特に硬えのはそれより下だろうな。普通の魔物ならいくらでも斬れるけどよ、石とか鉄とかなら無理だから、こういう打撃力重視の武器が人気だな」
そう言いながらヒューは金属製のクラブを取り出しました。
「ここのところ、一五階のボスはゴーレムが多いらしい。弱点は頭にあるコアだ。こういう丈夫な武器で叩くか、高威力の魔法で吹き飛ばすか。それが無理なら諦めたほうがいいな」
「諦めたら死んでしまいますわ」
「ボスがゴーレムなら生きて戻れるらしい。だから装備を変えて再チャレンジするやつが多いぜ」
ギブアップすると命を助けてくれるボス部屋が存在します。ここのダンジョンの地下一五階がそれにあたります。
「まれにゴールドゴーレムもいて、一撃入れて欠片でも手に入れば大儲けだそうだ。それを狙って何度も挑戦するやつもいるらしいぞ」
ボス部屋に現れるゴーレムには木や石や鉄だけでなく、金や銀でできたゴーレムも現れます。倒せなくても腕一本でも壊して確保、そのまま降参してボス部屋から放り出されれば武器を失っても大儲けになるということです。
「そんな裏技みたいなやり方があるんだな」
「でも武器を無駄にされるのは武器屋としては嫌じゃないの?」
「いや、寸暇を惜しんで打った剣なら話は別だけどよ、こんなのゴーレムを倒すための道具だろ?」
ヒューは金属棒を右手に持って、左手にパンパンと叩きつけます。ヒューは自分で剣を打つこともありますが、ここにあるクラブは単に型に流し込んだだけで、思い入れがあるわけでもないと言います。
「ところで、これもクラブなんですか?」
「クラブかメイスの一種なんだろうな。ストーンゴーレムにも効くらしい」
レイが見つけたのは、長さ二メートルを超える金属バットのようなものです。グリップエンドがあるので滑らなさそうです。
「それじゃあ俺はこれを買っておきます。ケイトは今のでいいとして、サラはどうする? あの剣や鎧は買うとして、鈍器もいるか?」
「買っても使わないかもしれないんだよね。ラケルとケイがいるから」
サラの頭の中には、嬉々としてゴーレムをハンマーで粉砕するラケルと自称メイスで吹き飛ばすケイトの姿が浮かびました。同じことが想像できたレイは、この金属バットはいらなかったかなと、ちょっと思いました。
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メンバーの好みについて
地味な色が好き
レイ、シーヴ、ラケル、シャロン
派手な色が好き
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