異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第7章:新春、急展開

第28話:あっちでバタバタ、こっちでドタドタ

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 レイとフィルシーがダンジョンに向かうと、残ったメンバーは残り四〇人のエルフに社会体験をさせるという仕事に取りかかります。エリは家に残って魔道具作りをしたり、家に残るエルフたちの世話をします。
 サラ、シーヴ、ラケル、ケイト、シャロン、マルタ、マイ、ドロシーが何組かに分かれて行動することになりました。

「私は食材とかかな。マイ、ドロシー、来てくれる?」
「ん、わかった」
「大丈夫です」

 こちらは買い出しです。荷物はマジックバッグなどに入れればいいとしても、買い忘れがないか、一つずつ確認しなければなりません。それも当然で、五〇人が一か月近く滞在するわけです。その間の料理は交代でするとしても、食材は用意しなければなりません。
 そのエルフたちですが、ジンマでは普通に暮らしていました。一〇〇歳になっていないと子供扱いされますが、子供っぽさがそこかしこに現れるだけで、生活能力がゼロというわけではありません。ただ、料理が上手だとしても、食材がなければどうしようもありません。

「それなら、私は生活用品を中心に挨拶して回ります。ケイトもお願いします」
「わかりましたわ」

 こちらは、食器やタオルなどの生活用品を買い出しに出かけます。自分たちが使うものは持ってきたはずのエルフたちですが、それでもやはり、あれがないこれがないと、昨日の夜もバタバタしていました。余ってもいいので大量に購入することになりました。

「ラケルさん、マルタさん。私たちは家での作業を指導しましょう」
「染め物でいいです?」
「ミードの仕込みもありますよぉ」

 シャロンたちは、いわゆる内職をさせる組になりました。シャロンは手先が器用で、ラケルも染め物などは得意です。マルタは少々おっとりしているので、引率には向いていません。この組にいるのがいいでしょうね。
 一度に四〇人が出かけると大変ですので、午前と午後で半分ずつに分けることになりました。サラ・マイ組が一〇人、シーヴ・ケイト組が一〇人、シャロン・ラケル・マルタ組は家に残り、二〇人に染め物やミードの仕込みなど、敷地内でできることを指導します。

「わたしも午後は手伝うね~」

 エリは午前中はゴーレムたちと一緒に魔道具作り、午後は誰かと組んで街中に出ることになりました。

 ◆◆◆

「はいはい。よそ見しないで歩く。メリシア、ヘンドリカ、そっち行っちゃダメ」
「いなくなったら、三日間おやつ抜き」

 マイがボソッと口にすると、二人はすぐに戻ってきました。

「姉さん、実は先生が向いてた?」
「いやあ、どうかな。日本なら保護者から苦情が来たかもしれないね」

 実際におやつ抜きの刑やご飯抜きの刑にすることはありませんが、そう言わないとじっとしていないのが、クラストンに来ている五〇人のエルフたちです。
 彼女たちの中で、最年長がクリステルの五七歳、最年少がタバサとタビサの双子で二二歳。ドロシーとフィルシーの双子は、タバサとタビサと三つ年上てしかありませんが、一か月ほどクラストンで暮らした影響で、すいぶんと大人びてきました。それでも、レイたちからすると、急に子供のようになることがあり、まったく気が抜けません。

「ああ、サラちゃん、ケイトちゃん、お久しぶり。マイ、もうちょっと顔を見せなさい。今日は大勢でどうしたの?」
「ん、買い出し」

 おわかりのように、ここはクラストンの南門に近いところにある商店。マイの実家です。

「とりあえず、小麦と大豆を五袋ずつ。他には……」
「出汁の乾物です」
「あ、そうだった。乾燥きのこをそのザルに二山ほど」
「姉さん、塩と砂糖も。みんな、舐めたらダメ。買ってから」

 マイは前世の記憶があることを両親に伝えています。そして、かつての姉や、隣家の兄妹もこの町にいることを。それを聞いたとき、両親は驚いた顔をしましたが、信じないということはありませんでした。どう考えても普通の娘ではなかったからです。
 そして、マイの相手というのが、この町でそこそこ有名な『パンダキラー』と呼ばれるパーティーのリーダーで、貴族の息子で、冒険者ギルドのギルド長の甥でもあるレイです。レイはグレーターパンダの毛皮でできたコートを持って挨拶に来たことがあります。もちろん、大歓迎されましたよ。純白のコートですからね。

 ◆◆◆

「あら、シーヴさん、ケイトさん、また大勢引き連れて」
「こんにちは、スーザンさん」
「お久しぶりです」

 シーヴとケイトは、もはや馴染みとなったスーザンの店に来ています。

「はい、みなさん。ご挨拶を」
「「「こんにちは」」」
「はい、こんにちは」

 ケイトの合図で挨拶したエルフたちに、スーザンもはっきりとした挨拶を返しました。

「娘から聞いたんだけど、もっと人数が増えるの?」
「ええ、最初は二〇〇人と言われました。さすがにそれは無理だと伝えて、減らしてもらって五〇人ですけど、おそらく次回はもっと増えるかと」
「そっちのほうは大丈夫だとレイさんに伝えておいてもらえる?」
「はい、わかりました」

 ここではタオルや衣料品など、布物を補充していく一行。服などはある程度は持ってきていますが、やはり忘れ物をしたのが一人二人ではないので、まとめて買っておこうということになりました。服はあるものの、下着をすべて忘れたとか、スカートはあるのにシャツがないというパターンもあります。
 正直なところ、サラとマイとラケルとシャロンがいれば、衣料品店くらいは経営できるのですが、ある程度は街中にお金を落としたいと考えているレイなので、あちこちで分けて買い物をさせることになっています。

「それでは、また来ますわ」

 シーヴが前、ケイトが後ろ、その間にエルフたちを挟んで出ていきました。

「なんとも賑やかな子たちだねえ。マッシカ、ティルア……あと誰だっけ?」

 スーザンは一〇人から、かわるがわる名前を教えられました。しかし、ハイテンションで話すエルフたちの名前を全員分覚えることはできませんでした。客商売なので名前を覚えるのも仕事のうちですが、一瞬で覚えられるほど器用ではありません。

「レイさんに一覧にしてもらおうかしら」

 後日、スーザンはエルフたちの名前の一覧を作ってもらうことになります。役立つかどうかは別として。

 ◆◆◆

「はい、マッサージ機終わり~」

 エリは午前の仕事を終わらせました。コイン式マッサージ機です。これは町にある宿屋に納品されるものです。意外にも、宿屋一軒につき五台から一〇台ほど買ってくれることになりました。
 高価なのは間違いありませんが、使ってみると肩こりが楽になるのがわかります。それに、一台しかないと奪い合いになります。どうしても並ぶ列ができてしまうため、何台も並べて設置するという店が増えました。
 さらに、マッサージ屋という店ができることになりました。これはマッサージ機だけを置いている店で、好きなときに使って帰るという、非常に割り切った商売です。掃除と監視のために一人か二人は置くようですが、接客が必要ないため、場所があって初期投資ができるなら儲かると考えた人がいたのです。

「それで~、昼からわたしはどこに行けばいいの~?」
「エリは家具を頼むね。既製品が買えるならそれでもいいし、なければ注文でもいいし。そこはエリのセンスで」
「机だけあってもダメだったか~」
「あれがあるのは助かるけどね」

 サラが言うように、エルフたちは二月堂机のような低い机と座布団は持ってきました。多くのエルフは、タタミマットの上で生活するので、二月堂机のような机が便利なんです。
 ところが、物を収納するクローゼットや棚がまったく足りません。今は行李こうりに入れて積み重ねてあります。積むことができる行李ですが、あまり積むと崩れそうです。だから、棚を用意して、そこに並べていけばいいとエリは考えました。

 ◆◆◆

 エリとシャロンとラケルは一〇人を連れて出かけます。目的地は木工店。家具だけでなく、いろいろな木製品を作っています。

「「「こんにちは!」」」
「お、おう、こんにちは」

 エルフたちの元気のいい挨拶に、木工店の店主が驚いて腰が引けました。

「木の棚はあります?」
「棚か。どういうのだ?」

 ラケルは行李こうりを一つ取り出しました。

「これをいくつも並べられる棚がいいです」
「それなら、これくらいか」

 店主が指したのは、高さ一八〇センチほどの、五段の棚でした。

「蓋がないから食器はホコリをかぶるかもしれないが、箱なら大丈夫だろう」
「エリ、どうです?」

 聞かれたエリは、棚を触って強度の確認をします。行李には衣類だけでなく、身の回りのものが何でも入っています。それをいくつも入れるとなると、それなりの重さになりますので、棚板が歪む可能性もあります。

「いいと思うよ~」
「それならあるだけ欲しいです」
「あるだけって……ちょっと待ってくれ」

 店主は奥に確認に行きました。

「これを入れて八つある」
「それなら八つともです。持って帰ります」

 ラケルはマジックバッグを見せながら言いました。

「それは助かるが……」
「……あれも買います」
「ごめんね~。ちょっと目を離したスキに~」
「止めきれませんでした」

 天井から吊り下げられている木のモビールを、エルフたちがつつき倒していました。

 ◆◆◆

 今日の夕食は、いつもよりも大人数になっています。アンナとリリーだけでなく、レックスとステイシーとレイラも来ていました。

「今日はどうだった?」
「食材のほうは、まあ大丈夫だったかな?」
「でも、食べ物は誘惑が多い」

 口に入れることはありませんでしたが、注意しなければ入れたでしょう。

「日用品もOKです」「
「スーザンさんから、今後は増えても大丈夫だと聞きましたわ」
「ああ、あれか。次はもっと増えるかもしれないからな」

 午前組は問題なかったようですが、エリが死んだような顔をしています。

「棚を買いに行ったんだけど~、あの子たちには誘惑が多すぎて~」
「たとえば?」
「天井からモビールがぶら下がってたんだけど~、棒でつつき始めてね~」

 くるくる回るから楽しかったんでしょう。傷がついたのを入れ、全部で六つ購入し、部屋の天井に取り付けました。

「事情を説明したら、お店の人は笑って許してくれましたです」
「まあ、代金を支払ったら大丈夫だろう。壊すつもりはなかったんだろうし」

 そのうちに飽きるはずなので、それまで壊れなければいいんじゃないでしょうか。

「レイ様のほうはどうだったんですの?」
「ダンジョンはまあ、昨日と同じかな」
「同じだったね。六階に入ったところまで」
「ええ。でも、一度経験すると、次が楽ですね。明日はもっと楽になると思います」

 ダンジョンのほうは昨日と変わらず、誰かがどこかに行きそうになると連れ戻し、最短距離でボス部屋を目指していました。天井に注意さえすれば怪我をするような魔物はいませんので、文字どおり社会体験です。
 話を聞いていたレックスが、「ほ~ん」と感心したような声を出しました。

「大変だな」
「そこはあれよ、あれ」
「将来の予習ですね」
「予習?」

 アンナとリリーの言葉に、レックスは首を傾げました。

「レックスさん、これですこれ」
「はい。みんなで育てようって話じゃないですか」

 ステイシーとレイラはお腹を撫でました。

「ああ、子供か。たしかに」

 シャロンがアンナとリリーに手伝いを頼んだとき、「エルフたちは子供みたいなものですので、将来の子育ての役に立ちますよ」と伝えていたのでした。やんちゃな子供になれば、今回の経験が活かせるでしょうね。
 レックスのところは、四人で協力して子育てをするということに決めています。先にステイシーとレイラが妊娠したので、アンナとリリーは時期をずらしてと考えているようです。レイのほうは、どうなるんでしょうね?
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