異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第7章:新春、急展開

第10話:好物とアレルギー

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『双輪』と再会した翌日、レイたちはもう一度ダンジョンに入っていました。今日は一六階からの攻略ということになります。なりますが、サラが戸惑っています。

「なんで歩いてんの?」

 呆然とした表情でサラが言い放ちました。

「ヤモリやカエルがいるんだからエビがいてもいいんじゃないか? このあたりは水棲の魔物がいるって聞いただろ?」
「水棲の魔物がいるって聞いたら、海や川があるって想像するじゃん。それに、爬虫類と両生類と甲殻類はぜんぜん違うと思うよ」

 ダンジョンの中を大型のエビが闊歩しています。

「あれはダンジョンシュリンプですね」
「姉さん、エビも好きでしょ? よかったね」
「好きだけど、あれは美味しいの?」

 ある程度まで大きくなると大味になるものです。でも、ここはダンジョンですよ。ここまで倒した魔物の中で、ゴブリンとゴーレムを除けばほとんどが食用の魔物でした。

「美味しいらしいですよ。さすがに生では危険そうですね。【浄化】を使えば生でもいけなくはないと思いますけど」
「茹でても焼いても揚げてもいいと出ています。あまり出回らないみたいですが」

 さすがにこれくらいの階層になると、お宝を探すのがメインになります。わざわざ魔物を狩って持ち帰ることはしません。売っても数千キール程度なら、誰が苦労して持って帰るのかという話です。それでも物好きがマジックバッグなどを使って持ち帰るので、たまに販売されることがあります。値段は高いですが、好事家が買ってくれます。

「どう倒せばいいんだ? やっぱり殴るのか?」

 レイはトゲ付きのメイスを取り出しました。

「基本は頭を潰せばいいみたいですね」
「それならわたくしの出番でしょう」

 ケイトがやる気を見せていますね。

「ずっと以前のことですが、一度ダンジョンシュリンプのお肉を口にしたことがあります。あのプリプリ感、なかなか言葉では言い表せませんわ」
「たしかにプツッと切れる感じが他にはないね」

 カニともまた違いますね。エビのあの食感を出せるものは練り物かゆで卵の白身部分くらいでしょうか。

「ケイト奥様、頭からいい出汁が出るそうです」
「そういうことは先に言いなさい。サラ、任せます」
「はいはい」
「私も大人しくします」

 ケイトとラケルは武器が武器なので、バックアップに回ることになりました。
 ヒゲがムチのようにしなって床を叩きます。サラはそれをサイドステップでかわすと、頭と胴体の繋ぎ目に剣を叩き込みました。頭がゴトリと落ちます。

「動きは遅いね」
「そうだな。俺のグレイブでも通じそうだな」
「私もやる」
「私はぁ、後ろから支援しますねぇ」

 ダンジョンシュリンプはサラとレイ、マイの三人が主力として戦い、ケイトとラケルが万が一に備え、シーヴとシャロンが警戒にあたり、マルタが踊りで味方のステータスを上げます。

 ◆◆◆

「レイ、カニがいました。ダンジョンミトンクラブです」
「ミトンクラブってなんですかぁ?」
「ハサミに毛が生えてるのが見えるだろ? あれがミトンみたいに見えるからだそうだ」
「なるほどぉ」

 日本ではモクズガニとして知られていますね。モズクではありません。モクズです。

「レイ、カニだよカニ」
「カニだな。見たらわかるぞ」
「わかるなら、さっさと倒そうよ。絶対に美味しいって」

 レイは思わずサラを見ました。明らかに様子が違っていたからです。

「そんなにカニが好きだったか?」

 サラはカニが好きだと聞いたことがあるレイですが、どれくらい好きかは実は知りませんでした。

「カニは神の賜物だよ。人々に示された食べ物だよ。約束の地ではカニが待ち受けているんだよ」
「マナとかいろいろ混ざってるぞ」

 いろいろと混ざっていて、しかも間違っていますね。困ったレイにマイが話しかけます。

「カニは美味しいのに身が少ないって、姉さんいつも文句言ってた」
「身は少なくていいだろ。カニは出汁がすべてだと思うぞ」

 レイにとってカニ鍋は最後の雑炊がメインです。カニは出汁をとるために入っていると思っています。

「レイ、暴言は許さないよ」
「どこが暴言なんだ?」

 カニ好きのサラにとって、カニは身を食べるものです。だから、給料をもらうようになると日本海側まで出かけて食べていたのです。

「とりあえず倒すぞ」
「そうだった。倒さないと食べられない」

 サラはハサミをかいくぐると、口から剣で突き刺しました。すぐにダンジョンミトンクラブは動かなくなりました。

「あ、絞める前に泥抜きって必要?」
「いえ、不要のようです。水場にいるダンジョンミトンクラブは泥臭いこともあるそうです。ただ、脚の身は関係がないそうです」

 シャロンが泥抜きは不要と伝えると、サラはホッとした表情になりました。

 ◆◆◆

「ボス部屋か」

 二〇階のボス部屋に到着しました。

「でっか!」
「あれはダンジョンロブスターとダンジョンスパイダークラブです。ダンジョンで最大のエビとカニだそうですよ。でも、大きいせいで動きは遅いそうです」

 シーヴがみんなに情報を伝えています。

「もっさりしています」

 ラケルが巨大なエビとカニを眺めています。ダンジョンシュリンプとダンジョンミトンクラブですら、それほど素早く動けませんでした。それぞれがその何倍ものサイズです。重力には逆らえないということですね。おそらく加速がつけば速いでしょうが。

「サラ、ああいう重機ってあったよな?」
「えっと、アスタコかな? スペイン語でザリガニってやつ。アームが二本あって、つかんで切ったりできるやつね」
「ああ、そんな名前だった」
「あれ、小さいけど格好いいよねえ。乗りたかったなあ……」

 二人は腕を組んで観察していますが、向こうから近づいてくる気配はありません。

「どうやって倒せばいいんだ?」
「全力で叩くしかないと思いますけど……」

 どうやって頭を狙えばいいかということです。

「カニは脚を一本ずつ狙えばいいか」
「レイ兄、弓矢や魔法で狙うのは?」
「それでもいいか。片側を全部折れば倒れそうだな」

 サラとマイの魔法、そしてシーヴの複合弓なら狙えます。レイとケイトの【火球】や【火矢】は飛びません。
 どう倒すのが一番いいかと話し合っていると、サラがポンと手を叩きました。

「ケイ、それ借りていい?」
「それはかまいませんが、何をするんですの?」
「こうやってね」

 サラはケイトからを借りると、壁を走って天井へ向かいました。ダンジョンロブスターの真上まで来ると、小石を落として位置を確認します。

「いくよ!」

 そう言うとサラは天井で3Dブーツを脱ぎました。当然ですが、天井から足が離れて落下します。サラはブーツの端をつかんだままダンジョンロブスターに飛び降りたのでした。
 ブーツを履き直すと頭の位置を確認し、自称メイスを真下に向けました。

 ドゴンッッ‼ ドゴンッッ‼
 ドゴンッッ‼ ドゴンッッ‼
 ドゴンッッ‼ ドゴンッッ‼

 ものすごい音が部屋中に何度も響き渡ります。その音が二〇回を超えたころ、ダンジョンロブスターの体がゆっくりと傾いていきます。そして、ズズーンと大きな音を立てて横倒しになりました。

「おっと」

 ロブスターの背中からサラがヒラリと飛び降ります。

「あまり無茶はするなよ」
「大丈夫。無理ならやらないから。もう一回やってくるね」

 サラはもう一度さっきと同じように壁を登ると、また天井からダンジョンスパイダークラブの背中に飛び降り、同じように戻ってきました。



「それでだ、こいつをどうやって持って帰るかだけど、解体するしかないな
「解体しましょう。そうでないとマジックバッグに入りませんからね」

 関節で折れるなら折る、切るしかないところは切る。そのようにして、どうにかマジックバッグや収納スキルに入るサイズにしました。

「今日は鍋だね」
「わかったわかった。カニ鍋だな」
「エビ鍋もですわ」
「わかった。エビ鍋もだな」

 カニ料理というと、カニすき、カニちり、カニしゃぶのような和食が浮かぶのに、エビ料理というと、エビフライ、エビチリ、トムヤムクン、ビスク、シュリンプカクテルが出てくるのはどうしてだろうと、レイは喜ぶ二人を見ながら考えていました。

 ◆◆◆

「カニ鍋♪ カニ鍋♪」
「エビ鍋♪ エビ鍋♪」

 膨大な量のカニとエビの身を前にして、サラとケイトがステップを踏んでいます。

「久しぶりに姉さんの小躍りを見た」
「そんなに好きだったのか?」
「姉さんのカニ好きはうちで一番だった」

 サラがカニ好きだと知っていたレイですが、小躍りするほど好きだとは知りませんでした。

「ケイトは好き嫌いってあったのか?」
「ほとんどなかったかと」

 ケイトはお嬢様育ちなので、食べやすいものを好む傾向があることをレイは知っています。好き嫌いについては聞いたことがありません。

「間違ってないけど、ちょっとカニ鍋とは違うよなあ」
「味は変わらないでしょう」

 鍋には唐揚げサイズのカニの身がごろごろと入っています。同じくエビ鍋はエビが山盛りです。

「ご主人さま、殻は食べられないのです?」
「殻? 食べられなくはないけど、食べたいのか?」
「はい!」

 ラケルは期待いっぱいの顔でレイの手にあるカニの殻を見ています。

「消化に悪そうだから、たくさん食べないほうがいいぞ。これくらいにしておけ。よく噛むようにな」

 レイは出汁用に切っておいた殻を何枚か渡しました。受け取ったラケルはガリガリバリバリとかじり始めます。

「消化できるのか?」
「ラケルなら大丈夫ではないでしょうか。お腹を壊したことはありませんし」

 シャロンはラケルが殻をかじるのを見ています。あまりにも美味しそうに食べているので、つい自分でも欠片を口に入れてみましたが、すぐに口から出しました。

 ◆◆◆

「カニ! カニ!」

 サラがカニを食べて叫んでいます。

「エビですわ! エビですわ!」
「こっちはこっちか」

 ケイトも負けじとエビの身を次から次へと口に運びます。

「美味しいですぅ」
「美味しい」

 マルタは初めてカニとエビを口にして、目が線になっています。マイはたまに「美味しい」とつぶやきつつ、黙々と食べています。

「これだけ大きいと食べ応えがありますね。味はカニとエビそのままですし。日本では考えられません」
「だろうなあ。クジラみたいなサイズだからな」

 シーヴはフォークとナイフで上品に切り分けて口に運んでいます。

「旦那様は好きなものはないのですか?」
「好き嫌いはないなあ。甘すぎるものはそんなに食べないけど」

 レイは甘すぎるものはそれほど得意ではありませんでした。アメリカにいた時期は、カラフルで甘すぎるお菓子に胸焼けしたものでした。あれは一口でいいとレイは思っています。

「そういえば、アレルギーってないよな?」
「ありませんね。体質が違うのでしょう。甲殻類アレルギーも花粉症もありませんし」
「花粉症がないのは素晴らしい」

 マイがサムズアップします。

「お前は大変そうだったなあ」
「そう。本当に大変。花粉なんて死ねばいい」
「花粉症ってなんです?」
「植物の花粉で目が痒くなったり鼻水やくしゃみが止まらなくなる症状だ」
「私はなかったんだけどね」
「俺は少しだけだった」
「なぜか姉さんだけなかった」
「えへん」

 幸いにも、杉と檜はあっても花粉症はありません。甲殻類アレルギーも存在しません。よかったですね。
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