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第7章:新春、急展開
第27話:近所付き合い
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さて、ボス部屋での戦闘の結果はご想像のとおり、瞬殺でした。ただ、そのあとの宝箱でキャーキャー、下へ向かう扉が開いたことでワーワー、地下六階から転移部屋経由で地上階に戻たところでギャーギャー、ダンジョンの外に出たところでキャイキャイ。レイたちはテンションが上がった一〇人をなんとか家まで連れ帰ることができました。
◆◆◆
「アンナ、リリー、よかったら夕食を食べてかないか? いいワインとブランデーを出すから」
「あ、いいわね」
「ちょっと気を抜きたいですね」
「それでは連絡をしてきます」
「あ、ありがとうね、シャロンちゃん」
「……いえ」
シャロンが出ていきました。レックスのところに、遅くなるという連絡をするためです。
出ていくシャロンを見ながら、アンナは不思議そうな顔をしました。
「私、なんか変なこと言った?」
「シャロンちゃんって呼んだからじゃないか?」
「ダメだった?」
「ダメじゃないと思うけど、俺よりも八つ年上だから」
「「ええっ⁉」」
普通は見えないでしょうね。ハーフリングの中では飛び抜けて背の高いシャロンですが、それでも一二〇センチほどです。よく見ると子供でないことがわかりますが、パッと見た目は小さな美少女にしか見えません。
「私たちよりも六つ上ということですね」
「ああ。シーヴよりも上だからな。あまり年齢の話をするもんじゃないと思うけど」
レイの周りは女性ばかりですからね。下手なことを口にすると大変です。
「そうそう、モンスとチャリムのカレーが美味しくて。最近レックスはあればっかりで。レイ君が教えたんだって?」
「教えたっていうのかな? もっと南には普通にあるらしいけど」
「サイラスさんとメルヴィナさんは、懐かしいって喜んでいましたね」
「あの二人はそっちなのか、って知り合い?」
「知り合いもなにも、誰かさんのおかげで隣同士ですからね。仲もよくなるというものです」
レイがローランドから受け取ってみんなに譲った家は、すべて一か所に固まっています。道のこちら側か向こう側というだけでした。
時間はサイラスとメルヴィナがレイから紹介状を受け取ったころに戻ります。
~~~
「ほほう。レイとはどのようなつながりがあるのだ?」
「理由はわかりませんが、たまたま彼らが初めてダンジョンに入った日に、中で一緒になりまして」
サイラスとメルヴィナはダンジョンで活動しています。数日間続けて潜り、出たら数日間休むということを繰り返しています。
去年のある日、二人が小休止で安全地帯に入ると、そこに初めてダンジョンに入ったというパーティーがいました。リーダーがあまり冒険者らしくない話し方をしていたのを覚えていました。サイラス自身、あまり冒険者らしくないと言われることが多く、だから自分に似た若者のことをよく覚えていたのです。
そして今回、久しぶりに会ったところでしばらく行動を共にし、別れ際に家を勧められました。その紹介状を冒険者ギルドで見せて、それから馬車で領主の屋敷に案内され、そして現在に至ります。
「レナード、二人を案内してくれ」
「かしこまりました。ではサイラス殿、メルヴィナ殿、現地に向かいましょう」
レックスたちのときにもこのやり取りがありました。さすがに領主のローランドとしても、個人が管理する物件にどこの誰かわからない人物が入るのは不安なものです。だから、紹介状という形にすることで、ローランド自身か、もしローランドがいなければレナードが面接をすることになっています。
◆◆◆
「ここ、向かい、その隣。三軒のどれかということになります」
「かなり大きくないですか?」
「レイ殿のお知り合いにヘタな物件を紹介するわけにもいきませんので」
あれからレナードは何度もレイの家へ出かけています。そのたびに内部が整っていき、派手ではないものの、実に落ち着いていい雰囲気になってきたのがわかりました。
一方で、サイラスとメルヴィナは、あまりよく知らなかったレイたちのことをレナードから聞きました。その話の中で、『行雲流水』が『パンダキラー』だということを二人は聞きました。
二人も何度かグレーターパンダを狩って稼ごうと思ったことがありましたが、どうやっても上手に狩れません。だからダンジョンで宝物探しをしているのです。貯金はかなりできましたが、それでも空き物件がなければ家は手に入りません。
二人は他のダンジョンに入ったこともあります。そして、ダンジョン都市というものは、どこでもよく似たものだということがわかっています。クラストンは宿屋は多いものの住宅が少ないのが欠点でしたが、それはどこでも似たり寄ったりです。
土地を広げられないとすると、上へ伸ばすしかありません。建物の高層化です。クラストンは四階か五階あたりが一番高くなりますが、大都市になると一〇階を超える場合があります。
建物が高くなればデメリットも発生します。階段での移動は大変で、下の階は日当たりも悪くなります。ごみごみとして治安が悪くなりがちです。そうすると、クラストンのように、おおむね三階から五階あたりで統一されているほうが、見栄えはよくなります。
このように、クラストンという町が気に入っている二人なので、できれば長くここで活動したいと思っていたところでした。そんなところにこんな旨い話があれば、飛び付いて当然ですね。旨すぎて怪しいくらいですけどね。
◆◆◆
「お隣さんか。もしかしたら、同じ?」
その日、たまたま外に出たアンナは、空いていた隣の家に馬車が停まるのを見ました。
「あ、レナードさん」
「アンナさんでしたね。ここに住んでみていかがですか?」
「すごく住みやすいですよ」
アンナたちもレイから紹介されてここに入ったとレナードはいいました。それを聞いて、メルヴィナはサイラスの顔を見ました。サイラスはうなずきます。
「横から一言だけ言わせていただきますと、アンナさんたちの家もこの家も、中は同じです」
「それなら、ここでいいかな」
「そうね。そうしましょ」
もともとが旅と冒険を続けてきた二人なので、荷物はマジックバッグに入っています。ただし、レイから受け取ったシルバーゴーレムの体がスペースを圧迫していて、そろそろどうにかしたいと思っていました。冒険者ギルドで売り払ってもいいのですが、なんとなくためらってしまったのです。
「もしよかったら、うちに来ませんか? もうちょっとしたらお茶の時間だし」
気安いアンナの話に引き込まれ、サイラスとメルヴィナの二人は家の中に入ることになりました。
初めてあった者同士が話をすると、どうしても共通の知人が話題になります。全員が知っているのがレイたちです。
「へえ、貴族の息子と言われたら納得できるなあ」
「あなたと同じね」
メルヴィナがサイラスに向かってそう言った。
「サイラスさんも貴族なの?」
「生まれはね。でも、ああいう生活に馴染めなかったというか。それで、メルヴィナには迷惑をかけるけど、一緒に冒険者になってもらって」
サイラスはそう言いながらメルヴィナを見ました。みんなの視線がメルヴィナに集まります。
「メルヴィナさんも貴族なのか?」
「私は町の一つを任されていた代官の娘よ。だからサイラスとは幼馴染み。場合によってはドレスを着てたのよ」
「ごめんごめん」
「冗談よ」
笑いながら頭を下げるサイラスに、メルヴィナも笑って手を振りました。
「うちは普通ね」
「そうですね。私もアンナも普通の町娘ですし」
「俺にいたっては村の農家の五男だからな」
レックスは耕す畑もなかったので、幼馴染みのノーマンに引っ張られるようにして冒険者になりました。
「そちらの二人も?」
メルヴィナはステイシーとレイラを見ると、二人は目を合わせました。
「私は王都生まれです。でも、何をするにも大変で、それで幼馴染みのステイシーに声をかけて冒険者になりました」
「はい。商売をすることも考えましたが、競争相手が多いので」
「そうよね、王都は人が多いからね。何をするにもお金がかかるし」
王都にいたこともあるメルヴィナが同意します。王都は他の町よりも何倍も何十倍も大きな町です。だから、商売を始めればそれなりに稼げます。しかし、町の規模が大きくなるほど生活費も高くなるので、ある程度は稼げないと足が出ます。
レックスとアンナとリリーにとっては、王都は遠い異国のような、まったく縁のない場所です。「ほほー」とか「へー」とか口にしながら、興味深く聞いていました。ちょうど会話が途切れたときでした。
「レックスさ~ん」
玄関から声が聞こえ、レックスは部屋を出ました。しばらくしてやってきたのは、モンスとチャリムの二人でした。
「お客さんがいるなら遠慮したのに」
「いいのよ。近所付き合いも大切だから。今日はレイ君案件で」
気を遣うチャリムに、アンナは「気にしない気にしない」と言います。
「レイさんっすか」
「この三家族、みんなレイ君にお世話になった人たち」
「サイラスさんとメルヴィナさんも冒険者だ」
レックスがモンスとチャリムに二人を紹介しました。
「僕はサイラスといいます」
「私はメルヴィナです」
「モンスといいます。こっちが妻のチャリムです」
「よろしくお願いします。それで、みなさんに差し入れです」
チャリムは持ってきた岡持ちをテーブルに置きました。この岡持ちはレイが作って二人に贈ったものです。当初二人は屋台をするつもりだったので、それなら中に入れて運べるようにと、レイはドライクに作ってもらったのでした。
この世界では出前は一般的ではありません。だから、料理を配達するという考えは一般的ではありませんでした。ドライクにとっても目から鱗だったので、売れるかどうかはわかりませんが、店頭に並べられています。
さて、テーブルに料理が並べられれば、当然ながらお腹が鳴るでしょう。お茶をしていたので、そのままみんなで食事ということになりました。
「相変わらず美味しいですね」
「みんなレイさんに教わったものです」
リリーはチャリムの作る料理が好きで、時間があれば食べに行っています。
モンスはレイが作ったカレーが気に入り、さらにサラのアドバイスでカレーパン屋をしようと考えていました。しかし、家を譲ってもらったので、その一階を使って飲食店を始めています。
「でも、こんな時間にいてもいいの?」
「うちは夜は開けないことにしたんすよ。酒場は大変だから」
「それもそうだね」
サイラスに答えたように、モンスは夜は店を開けないようにしました。それは親やレイたちにも相談して決めたことです。夜営業で酒を出すと、客は遅くまで居座ります。だから、朝から昼過ぎまで店を開け、酒は出さないことにしました。
「サラさんに教わったんすけど、酒を出すと回転が悪くなるから、食事なら食事だけに絞ったほうがいいって言われて、それが大当たりで」
カレーとエールで一時間も粘られるより、カレーだけで一五分で出てもらうほうがありがたいのです。屋台ならともかく、座って食事をする店で酒を出さない飲食店は多くはありません。最初はおかしな店だと思われていたカレー屋ですが、今ではリピーターを中心に、かなりのファンができています。
~~~
「は~い、ご飯の用意ができたよ~」
サラの声が響き渡り、ダイニングにみんなが集まりました。
「やっぱりお客さんがいると、いつも以上に緊張しますね」
「でも、シーヴもお店ができるくらいの腕になったと思うよ?」
「え? シーヴさんって、料理が上手だったんじゃないの?」
「みんなそう言うんですよね」
アンナの驚きに、シーヴは苦笑いをしながら返しました。
「私は料理や片付けなど、身の回りのことが本当に苦手だったんです」
「最初のころの料理は、ひどいときはひどかったです」
ラケルから鋭いツッコミが入りました。
「あのころは覚えたでだったんです」
ラケルがレイの奴隷になったときは借家暮らしでした。そこでシーヴはサラから料理を習っていましたが、たまに焦って頭が真っ白になり、焦がしたり落としたりしていました。
「わたくしは、もう一つ上手になれないのが悔しいですわ」
「ケイトさんもぉ、シーヴさんと似たような感じですねぇ」
「ん。細かく準備するわりに、焦ると適当になる」
「でも~、だいぶマシになったよ~」
「はい。パイが爆発しなくなっただけでも、かなりの成長です」
「わたくしは成長する女ですの」
レイたちが初めてパイが爆発すると聞いたとき、そんなことが本当にあるのかと思いましたが、実際にあったのです。この家でも。危うく膨らんだパイが爆発しそうになりましたが、サラがボウルを被せることで、飛び散るのを防いだのです。
「ケイトちゃん、得意不得意はあると思うよ」
「そうですね。アンナも千切りは苦手ですし」
「切ったつもりが切れていなかったりね」
情報交換をしつつ、食事が進みます。
「で、二人は明日も手伝ってくれるのか?」
「なかなかしんどいけどね」
「そうですね。危険は少ないかもしれませんが……」
レイの問いかけに、二人は少し渋りました。『天使の微笑み』が五人でダンジョンに入ることはしばらくないので、何をしようかと考えていたところです。
「ねえ、レイ。あと四日あるんだよね?」
「ああ。一日一〇人で、合計五日だ」
「それなら、あと四日やってくれたら、レックスさんが大喜びしそうなレシピを一〇個渡すってことでどう? 作り方も教えるよ」
サラがそう言った瞬間、二人の表情が変わりました。二人もやはり女性です。好きな男性に料理を美味しいと言ってもらいたいんです。
「しかたないわね。それで手を打とう」
「そうですね。気疲れだけで済む仕事ですからね」
アンナとリリーの二人は、あと四日、レイたちの手伝いをすることになりました。
◆◆◆
「アンナ、リリー、よかったら夕食を食べてかないか? いいワインとブランデーを出すから」
「あ、いいわね」
「ちょっと気を抜きたいですね」
「それでは連絡をしてきます」
「あ、ありがとうね、シャロンちゃん」
「……いえ」
シャロンが出ていきました。レックスのところに、遅くなるという連絡をするためです。
出ていくシャロンを見ながら、アンナは不思議そうな顔をしました。
「私、なんか変なこと言った?」
「シャロンちゃんって呼んだからじゃないか?」
「ダメだった?」
「ダメじゃないと思うけど、俺よりも八つ年上だから」
「「ええっ⁉」」
普通は見えないでしょうね。ハーフリングの中では飛び抜けて背の高いシャロンですが、それでも一二〇センチほどです。よく見ると子供でないことがわかりますが、パッと見た目は小さな美少女にしか見えません。
「私たちよりも六つ上ということですね」
「ああ。シーヴよりも上だからな。あまり年齢の話をするもんじゃないと思うけど」
レイの周りは女性ばかりですからね。下手なことを口にすると大変です。
「そうそう、モンスとチャリムのカレーが美味しくて。最近レックスはあればっかりで。レイ君が教えたんだって?」
「教えたっていうのかな? もっと南には普通にあるらしいけど」
「サイラスさんとメルヴィナさんは、懐かしいって喜んでいましたね」
「あの二人はそっちなのか、って知り合い?」
「知り合いもなにも、誰かさんのおかげで隣同士ですからね。仲もよくなるというものです」
レイがローランドから受け取ってみんなに譲った家は、すべて一か所に固まっています。道のこちら側か向こう側というだけでした。
時間はサイラスとメルヴィナがレイから紹介状を受け取ったころに戻ります。
~~~
「ほほう。レイとはどのようなつながりがあるのだ?」
「理由はわかりませんが、たまたま彼らが初めてダンジョンに入った日に、中で一緒になりまして」
サイラスとメルヴィナはダンジョンで活動しています。数日間続けて潜り、出たら数日間休むということを繰り返しています。
去年のある日、二人が小休止で安全地帯に入ると、そこに初めてダンジョンに入ったというパーティーがいました。リーダーがあまり冒険者らしくない話し方をしていたのを覚えていました。サイラス自身、あまり冒険者らしくないと言われることが多く、だから自分に似た若者のことをよく覚えていたのです。
そして今回、久しぶりに会ったところでしばらく行動を共にし、別れ際に家を勧められました。その紹介状を冒険者ギルドで見せて、それから馬車で領主の屋敷に案内され、そして現在に至ります。
「レナード、二人を案内してくれ」
「かしこまりました。ではサイラス殿、メルヴィナ殿、現地に向かいましょう」
レックスたちのときにもこのやり取りがありました。さすがに領主のローランドとしても、個人が管理する物件にどこの誰かわからない人物が入るのは不安なものです。だから、紹介状という形にすることで、ローランド自身か、もしローランドがいなければレナードが面接をすることになっています。
◆◆◆
「ここ、向かい、その隣。三軒のどれかということになります」
「かなり大きくないですか?」
「レイ殿のお知り合いにヘタな物件を紹介するわけにもいきませんので」
あれからレナードは何度もレイの家へ出かけています。そのたびに内部が整っていき、派手ではないものの、実に落ち着いていい雰囲気になってきたのがわかりました。
一方で、サイラスとメルヴィナは、あまりよく知らなかったレイたちのことをレナードから聞きました。その話の中で、『行雲流水』が『パンダキラー』だということを二人は聞きました。
二人も何度かグレーターパンダを狩って稼ごうと思ったことがありましたが、どうやっても上手に狩れません。だからダンジョンで宝物探しをしているのです。貯金はかなりできましたが、それでも空き物件がなければ家は手に入りません。
二人は他のダンジョンに入ったこともあります。そして、ダンジョン都市というものは、どこでもよく似たものだということがわかっています。クラストンは宿屋は多いものの住宅が少ないのが欠点でしたが、それはどこでも似たり寄ったりです。
土地を広げられないとすると、上へ伸ばすしかありません。建物の高層化です。クラストンは四階か五階あたりが一番高くなりますが、大都市になると一〇階を超える場合があります。
建物が高くなればデメリットも発生します。階段での移動は大変で、下の階は日当たりも悪くなります。ごみごみとして治安が悪くなりがちです。そうすると、クラストンのように、おおむね三階から五階あたりで統一されているほうが、見栄えはよくなります。
このように、クラストンという町が気に入っている二人なので、できれば長くここで活動したいと思っていたところでした。そんなところにこんな旨い話があれば、飛び付いて当然ですね。旨すぎて怪しいくらいですけどね。
◆◆◆
「お隣さんか。もしかしたら、同じ?」
その日、たまたま外に出たアンナは、空いていた隣の家に馬車が停まるのを見ました。
「あ、レナードさん」
「アンナさんでしたね。ここに住んでみていかがですか?」
「すごく住みやすいですよ」
アンナたちもレイから紹介されてここに入ったとレナードはいいました。それを聞いて、メルヴィナはサイラスの顔を見ました。サイラスはうなずきます。
「横から一言だけ言わせていただきますと、アンナさんたちの家もこの家も、中は同じです」
「それなら、ここでいいかな」
「そうね。そうしましょ」
もともとが旅と冒険を続けてきた二人なので、荷物はマジックバッグに入っています。ただし、レイから受け取ったシルバーゴーレムの体がスペースを圧迫していて、そろそろどうにかしたいと思っていました。冒険者ギルドで売り払ってもいいのですが、なんとなくためらってしまったのです。
「もしよかったら、うちに来ませんか? もうちょっとしたらお茶の時間だし」
気安いアンナの話に引き込まれ、サイラスとメルヴィナの二人は家の中に入ることになりました。
初めてあった者同士が話をすると、どうしても共通の知人が話題になります。全員が知っているのがレイたちです。
「へえ、貴族の息子と言われたら納得できるなあ」
「あなたと同じね」
メルヴィナがサイラスに向かってそう言った。
「サイラスさんも貴族なの?」
「生まれはね。でも、ああいう生活に馴染めなかったというか。それで、メルヴィナには迷惑をかけるけど、一緒に冒険者になってもらって」
サイラスはそう言いながらメルヴィナを見ました。みんなの視線がメルヴィナに集まります。
「メルヴィナさんも貴族なのか?」
「私は町の一つを任されていた代官の娘よ。だからサイラスとは幼馴染み。場合によってはドレスを着てたのよ」
「ごめんごめん」
「冗談よ」
笑いながら頭を下げるサイラスに、メルヴィナも笑って手を振りました。
「うちは普通ね」
「そうですね。私もアンナも普通の町娘ですし」
「俺にいたっては村の農家の五男だからな」
レックスは耕す畑もなかったので、幼馴染みのノーマンに引っ張られるようにして冒険者になりました。
「そちらの二人も?」
メルヴィナはステイシーとレイラを見ると、二人は目を合わせました。
「私は王都生まれです。でも、何をするにも大変で、それで幼馴染みのステイシーに声をかけて冒険者になりました」
「はい。商売をすることも考えましたが、競争相手が多いので」
「そうよね、王都は人が多いからね。何をするにもお金がかかるし」
王都にいたこともあるメルヴィナが同意します。王都は他の町よりも何倍も何十倍も大きな町です。だから、商売を始めればそれなりに稼げます。しかし、町の規模が大きくなるほど生活費も高くなるので、ある程度は稼げないと足が出ます。
レックスとアンナとリリーにとっては、王都は遠い異国のような、まったく縁のない場所です。「ほほー」とか「へー」とか口にしながら、興味深く聞いていました。ちょうど会話が途切れたときでした。
「レックスさ~ん」
玄関から声が聞こえ、レックスは部屋を出ました。しばらくしてやってきたのは、モンスとチャリムの二人でした。
「お客さんがいるなら遠慮したのに」
「いいのよ。近所付き合いも大切だから。今日はレイ君案件で」
気を遣うチャリムに、アンナは「気にしない気にしない」と言います。
「レイさんっすか」
「この三家族、みんなレイ君にお世話になった人たち」
「サイラスさんとメルヴィナさんも冒険者だ」
レックスがモンスとチャリムに二人を紹介しました。
「僕はサイラスといいます」
「私はメルヴィナです」
「モンスといいます。こっちが妻のチャリムです」
「よろしくお願いします。それで、みなさんに差し入れです」
チャリムは持ってきた岡持ちをテーブルに置きました。この岡持ちはレイが作って二人に贈ったものです。当初二人は屋台をするつもりだったので、それなら中に入れて運べるようにと、レイはドライクに作ってもらったのでした。
この世界では出前は一般的ではありません。だから、料理を配達するという考えは一般的ではありませんでした。ドライクにとっても目から鱗だったので、売れるかどうかはわかりませんが、店頭に並べられています。
さて、テーブルに料理が並べられれば、当然ながらお腹が鳴るでしょう。お茶をしていたので、そのままみんなで食事ということになりました。
「相変わらず美味しいですね」
「みんなレイさんに教わったものです」
リリーはチャリムの作る料理が好きで、時間があれば食べに行っています。
モンスはレイが作ったカレーが気に入り、さらにサラのアドバイスでカレーパン屋をしようと考えていました。しかし、家を譲ってもらったので、その一階を使って飲食店を始めています。
「でも、こんな時間にいてもいいの?」
「うちは夜は開けないことにしたんすよ。酒場は大変だから」
「それもそうだね」
サイラスに答えたように、モンスは夜は店を開けないようにしました。それは親やレイたちにも相談して決めたことです。夜営業で酒を出すと、客は遅くまで居座ります。だから、朝から昼過ぎまで店を開け、酒は出さないことにしました。
「サラさんに教わったんすけど、酒を出すと回転が悪くなるから、食事なら食事だけに絞ったほうがいいって言われて、それが大当たりで」
カレーとエールで一時間も粘られるより、カレーだけで一五分で出てもらうほうがありがたいのです。屋台ならともかく、座って食事をする店で酒を出さない飲食店は多くはありません。最初はおかしな店だと思われていたカレー屋ですが、今ではリピーターを中心に、かなりのファンができています。
~~~
「は~い、ご飯の用意ができたよ~」
サラの声が響き渡り、ダイニングにみんなが集まりました。
「やっぱりお客さんがいると、いつも以上に緊張しますね」
「でも、シーヴもお店ができるくらいの腕になったと思うよ?」
「え? シーヴさんって、料理が上手だったんじゃないの?」
「みんなそう言うんですよね」
アンナの驚きに、シーヴは苦笑いをしながら返しました。
「私は料理や片付けなど、身の回りのことが本当に苦手だったんです」
「最初のころの料理は、ひどいときはひどかったです」
ラケルから鋭いツッコミが入りました。
「あのころは覚えたでだったんです」
ラケルがレイの奴隷になったときは借家暮らしでした。そこでシーヴはサラから料理を習っていましたが、たまに焦って頭が真っ白になり、焦がしたり落としたりしていました。
「わたくしは、もう一つ上手になれないのが悔しいですわ」
「ケイトさんもぉ、シーヴさんと似たような感じですねぇ」
「ん。細かく準備するわりに、焦ると適当になる」
「でも~、だいぶマシになったよ~」
「はい。パイが爆発しなくなっただけでも、かなりの成長です」
「わたくしは成長する女ですの」
レイたちが初めてパイが爆発すると聞いたとき、そんなことが本当にあるのかと思いましたが、実際にあったのです。この家でも。危うく膨らんだパイが爆発しそうになりましたが、サラがボウルを被せることで、飛び散るのを防いだのです。
「ケイトちゃん、得意不得意はあると思うよ」
「そうですね。アンナも千切りは苦手ですし」
「切ったつもりが切れていなかったりね」
情報交換をしつつ、食事が進みます。
「で、二人は明日も手伝ってくれるのか?」
「なかなかしんどいけどね」
「そうですね。危険は少ないかもしれませんが……」
レイの問いかけに、二人は少し渋りました。『天使の微笑み』が五人でダンジョンに入ることはしばらくないので、何をしようかと考えていたところです。
「ねえ、レイ。あと四日あるんだよね?」
「ああ。一日一〇人で、合計五日だ」
「それなら、あと四日やってくれたら、レックスさんが大喜びしそうなレシピを一〇個渡すってことでどう? 作り方も教えるよ」
サラがそう言った瞬間、二人の表情が変わりました。二人もやはり女性です。好きな男性に料理を美味しいと言ってもらいたいんです。
「しかたないわね。それで手を打とう」
「そうですね。気疲れだけで済む仕事ですからね」
アンナとリリーの二人は、あと四日、レイたちの手伝いをすることになりました。
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途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
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