異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第6章:夏から秋、悠々自適

第21話:報連相より、まず確認

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 宿屋に戻ったレックスたちは、レイから渡された封筒をテーブルに置いて眺めます。

「これを出さない理由はないな」
「ないわね。絶対に」

 レックスのつぶやきに、アンナが冷静に返しました。

「家を出たとき、まさかこんなことになるとは思わなかった」
「そうね。私もリリーも」
「ええ。ステイシーとレイラも同じでしょう」

 リリーに名前を呼ばれた二人もうなずきました。この二人はここ数日の状況の変化に理解が追いついていません。
 二人はダンジョンで手足を失う大怪我を負いました。レイなら薬を手に入れる伝手つてがあるかもしれないと言われ、背負われてレイの店を訪ねました。ところが、二人は手足の欠損を治してもらった上に、家を紹介してもらえることになったのです。日本なら特殊詐欺の可能性を考えますね。

 ◆◆◆

 翌日、『天使の微笑み』は冒険者ギルドに出かけました。

「すんません。マーシャさんですよね?」
「はい、私ですが」

 名前の確認をすると、レックスは懐から大切そうに封筒を取り出しました。これをレイから渡されたときに、「冒険者ギルドのマーシャさんに渡せば大丈夫」と言われています。

「レイからこれを預かりました。紹介状だと聞いています。お願いします」
「中を確認しても大丈夫ですか?」
「大丈夫だと思います」

 マーシャは封を開けると中を確認します。ふむふむとうなずくと、他の職員に声をかけてからカウンターの外に出ました。

「それでは、今から領主様のところへ向かいます」
「え? いきなり大丈夫ですか?」
「大丈夫でしょう。不在でしたら要件を伝えればいいだけですので」

 普通なら先触れの使者を出してから訪問することくらいはレックスでも知っています。ただし、今回は内容が内容なので、「いつでも訪問してもいい」となっています。マーシャは五人を馬車に乗せると、領主邸に向かって馬車を走らせました。

 ◆◆◆

 馬車が門に到着すると、衛兵たちが並んでいました。

「訪問の目的は?」
「冒険者ギルドのマーシャです。パンダキラー案件で来ました」
「お通りください」

 門が開けられ、マーシャは庭へと馬車を進めました。

「パンダキラーで通じるんだな」
「二つ名ってやつよね」

 レックスたちが話をしている間に、馬車は玄関に到着しました。マーシャは玄関で要件を伝えると、五人を中に案内します。

「マーシャさんって、ここによく来るの?」
「ええ、ギルド長の代行としてたまに」

 窓口にいる職員が領主の屋敷に来ることはありません。マーシャはすでに主査になっていて、ギルド長の代行としてここに来ることがあります。
 ギルドによって呼び方が違うこともありますが、クラストンの冒険者ギルドでは、下から主事・主任・主査・主幹の順です。主査と主幹は幹部になります。だから、本来は窓口ではなく奥にいるはずですが、本人の希望で窓口でも働いています。

「レナードさん、お久しぶりです。こちらをローランド様に。レイさんの同郷の人たちです」
「かしこまりました。こちらで少しお待ちください」

 客間に案内された六人がソファーに座ったところで、メイドがお茶を運んできました。マーシャ以外の五人はカチカチに固まっています。
 レイがギルモア男爵の三男だと知っているレックスたちですが、レイは基本的に話しやすい性格です。それに、住んでいる家も、元々が商店だったということで、少し大きめの家でしかありません。内装はシンプルで落ち着いていました。家にも本人にも貴族らしい派手さがまったくありません。
 しかし、一般的に領主は屋敷も自分も飾り立てます。領主があまりにも質素な暮らしをしていると、「うちの領地は貧乏なんだな」と領民が思ってしまうからです。贅沢が好きでもそうでなくても、ある程度は見た目を気にする必要があります。
 普通にしていればまったく縁がなさそうな部屋でレックスたちが緊張していると、足音が聞こえてドアが開きました。

「待たせたな」
「いえ、いきなりお伺いして申し訳ありません」

 カチカチの五人に代わって、マーシャが立って答えました。五人も慌てて腰を浮かせます。

「まあ、座ってくれ。それで、レイと同郷だとか」
「ど、同郷というか、俺……いえ、私とこの二人は、ギルモア男爵領の西部の生まれで、レイは領主様の息子という繋がりだけです。冒険者として少しだけ付き合いがありますが」
「うむ。だが、こうやって紹介状が届くということは、みんなを買っているということだろう」

 ローランドはそう言いながらレナードのほうを見ました。

「レナード、東門のあたりはもう完成していたな?」
「はい。できあがっております。一番人が集めやすい場所ですので」

 町の拡張は一部ずつ行われています。まずは東門と城壁を外側に作り直すと、前からあった城壁を崩しました。それからその内側に新しい街区を作りました。各種ギルドやダンジョンがあるのも東側で、宿屋も多く、人手となる冒険者が集めやすかったからです。

「それなら、どれがいいかを選ばせてやってくれ」
「かしこまりました。それではレックス殿、家の確認に行きましょうか」

 ローランドが部屋を出ると、レナードとマーシャ、そして『天使の微笑み』の五人は庭へと移動しました。

「私はこのままギルドに戻ります。レナードさん、お願いします」
「マーシャ殿、あとはお任せを。ではみなさん、あちらの馬車にお乗りください」

 レナードの案内で馬車に乗り込むと、そのまま家のある場所へと向かうことになりました。

 ◆◆◆

「ほわー」

 レックスは馬車を降りると、ぽかんと口を開けました。

「おっきな家」
「本当ですね」

 アンナとリリーも三階建ての家を見て驚いています。ステイシーとレイラは、先ほどから一言も発していません。

「前庭はありませんが、建物の後ろに庭があります。場所と向きの問題だけで、内部に違いはありません。どれにしますか? ここの二軒と向こうの三軒です」

 レナードは道を挟んで立ち並ぶ家を指しました。

「個人的には端がいいかな」
「そうですね。ここにしましょう」

 レックスは何も言わず、アンナとリリーに任せました。彼にはこだわりはないからです。
 鍵を開けてもらって中に入ると、一行はキョロキョロと見回しました。完成して間もないので、新築の匂いが残っていました。

「レナードさん、この家は最初は何に使う予定だったんですか?」
「特に決めて作ったわけではありません。どのような用途にも使えるでしょうが、店舗兼住宅でしょうか」

 レイの家もそうですが、一階を店、二階を住居とすることはよくあります。白鷺亭くらい大きいと、一階を店と住居、二階から上を宿屋にすることもあります。

「冒険者ならダンジョンに近いほうがいいでしょう。他の町へ向かうには少し遠くなりますが、東門から町の外へ出るのは便利だと思います」

 クラストンは領都ですが、領地の中で一番東にあります。東門から外に出ても、その先には町はありません。ただし、外で魔物を狩るにはちょうどいいでしょう。ダンジョンも近く、この町で冒険者として暮らすには悪い場所ではありません。

「レナードさん、今さらですが、ここはおいくらいになるのですか?」

 リリーがそう聞いたのは当然でしょう。紹介してもらえると聞いていましたが、賃貸か分譲か、そのときの金額がいくらになるか聞いていません。今後はレイに教えてもらったグレーターパンダを狩ろうと考えています。支払えないとは考えていませんが、いくらなのかが気になりました。
 それを聞いたレナードは「ひょっとして」と小さくつぶやきました。

「いえ、お金は必要ありません」
「えっ?」
「やはり、レイ殿は勘違いされているようですね」

 ローランドは「優先的に入れるようにする」と言いましたが、それは「土地と家を無償で提供するから住む人を選んでほしい」という意味でした。
 町の中にある土地も家も、原則として領主の所有物です。一部は街中の斡旋屋に扱いを任せていますが、領主自身が管理をしている物件もあります。ここもその一つです。レイの家とは違って売ることはできませんが、住むにはお金はかかりません。

「レイ殿が稼いでくれたおかげで、町の拡張に回す予算ができました。それと比べると、五軒の家賃を無償にするのは安いものです」
「そういうものですか」
「ええ。ですので、この家は好きなようにお使いください。これが権利書です。こちらの物件は第三者には売却できないようになっています。不要になりましたら連絡をください」

 ◆◆◆

「あ、そういうことだったんですか」
「はい。旦那様も言葉足らずだったようで。ただ、おかしな人が住むと困りますので、旦那様か私が一度顔を見るということにしています」

 レイは家を訪ねてきたレナードから、紹介状を渡された五軒はお金がかからないと聞き、それなら紹介しやすいと安心しました。

「それなら、もう一人渡したい人がいるんですけど、レナードさん、時間は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」

 そな返事を聞くと、レイはレナードを連れて家を出ました。



「いらっしゃいませぇ」
「こんにちは、マルタ。モンスさんはいる?」
「いますよぉ」

 マルタが後ろを向くと、モンスがやってきました。

「モンスさん、少し時間いいですか?」
「いいっすよ」

 レイとレナード、そしてモンスはカウンター席に座りました。

「モンスさん、チャリムさんと結婚したらここを出るんですか?」
「いい物件があればっすね。しばらくは屋台だろうから、安く住めればどこでもいいってとこかな。今の部屋をそのまま使うってのもありなんすけどね」

 その返事を聞いて、レイはレナードを見ました。レナードはモンスを見てうなずきました。

「実はですね。東にできた新しい街区に家があるので、そこに住みませんか?」
「え? 家を?」

 いきなり引っ越さないかと言われて、モンスはどう返事をしたらいいのかと戸惑いましたが、最終的には受け取ることにしました。空き家のままでは治安的に問題があります。それに、家というものは使っていないと傷んでいきます。
 ローランドは五つの優先枠を作ると言いました。ということは、レイが紹介しなければ、そこは空いたままになるでしょう。
 家というのは空き家にしておくと傷んでいきます。家はすべて石でできているわけではありません。床や天井、屋根、はり、窓などには木材も使われています。壁には漆喰も使われています。完成して一年や二年で悪くなることはありませんが、カビが生えることは十分に考えられます。

「レイさん、すみません。うちの息子のために」
「いえいえ。俺もそうでしたけど、家を出るとなると、住む場所を考えなければなりませんからね」

 ロニーが頭を下げますが、レイはまったく気にしていません。棚ぼたで受け取った家だからです。
 レイは最初からモンスのことも考えていました。ただ、冒険者としていくらでも稼げるレックスたちと違い、モンスは屋台を出すつもりだと言っていました。ある程度は稼げるようになってからでないと難しいだろうと思っていたのです。いくら結婚祝いでも、さすがに家を買って渡すのはおかしいだろうと。ところが、お金がかからないとなれば話は別です。
 モンスがレナードの案内で物件を見に行くと、今度はマルタがレイに近づいてきました。

「レイさぁん、私も一つお願いがあるんですぅ」
「抱いてとか、そういうのはナシだぞ」
「……いけずですねぇ」
「前からいけずだよ、俺は」
「それはそうですけどぉ」

 レイはマルタと仲よくしていますが、それはあくまで大家おおや店子たなことしてです。しかも、引っ越した今となっては赤の他人。そこまで割り切るわけではありませんが、納品と食事で店にいる以外は距離をとっていました。

「お願いしたいのはぁ、年が明けたら教会への送り迎えをお願いしたいんですぅ」
「年明けに教会って、誰かが聖別式を受けるとか? ビビはまだだろ?」

 レイがそう聞くと、マルタは自分を指しました。

「私ですよぉ」
「え?」
「私が成人するんですぅ。見えませんかぁ?」
「マジか⁉」
「マジですぅ」

 背は一六〇センチを超え、少したれ目でほんわかとした優しげな顔。そして、牛人族の特徴である立派な双丘。全身から漂うわずかな色気と母性。どこをどう見ても自分よりも年上にしか見えない年下に、レイは本気で驚きました。
 レイがマルタと話をするのは、基本的に朝と夕方の食事のときくらいでした。レイが料理の仕込みなどで厨房を借りることもありましたが、マルタには仕事があります。酒場の給仕、宿屋の受付に掃除に洗濯、場合によっては買い出しもあります。いくらレイと一緒にいたくても、仕事をサボることはありません。レイの背中に張り付いていたのは仕事の合間だけです。
 レイとしても、まさか女性に年齢を聞くわけにはいきません。ジョブを確認したこともありませんでした。マルタだけでなく、彼女の両親のロニーとスサン、兄のハンプスとモンスのジョブも知りません。おそらく料理関係だろうと思っていますが、まったく関係がないこともあります。
 冒険者のように、自分の力だけで生きていくのでなければ、ジョブは少々役に立つくらいです。戦士なら力が強くなりますので、荷運びや畑仕事で活躍するでしょう。極論すればその程度なのです。

「宿屋も酒場も閉めることができませんしぃ、父と兄も手が離せませんからぁ」
「俺でなくてもいいと思うんだけど?」

 レイがマルタと親しいのは間違いありませんが、元々は宿屋の娘と宿泊客というだけです。恋人や家族というわけではありません。単なる知り合い、せいぜい友人。だからレイは断ろうとしましたが、マルタは別の方向からレイを攻めようとします。

「レイさんはぁ、私が知らない誰かと二階に上がってもいいんですかぁ?」
「いきなり話が飛躍したな。どこからそんな話が?」
「聖別式を迎えて大人になるとぉ、そのまま宿屋に入ってとお客さんたちがぁ」
「酔っぱらいの話を真に受けるなよ」

 宿屋を兼ねた酒場は連れ込み宿にもなっていることが多く、「二階に上がる」とは男女が一緒に部屋に入ることも表します。ちなみに白鷺亭にはをする女給はいません。ここは家族経営です。

「聖別式が終わったらぁ、二階に行ってもいいですからぁ」
「いや、行かないって」
「手間賃としてぇ、手でもぉ、顔でもぉ、ここに好きに入れていいんですよぉ」

 マルタは服の胸元を広げます。

「入れない入れない」

 レイが困っていると、スサンがカウンターから出てきました。

「レイさん、末永く娘をよろしくお願いしますね」
「いや、よろしくって……」

 ここぞとスサンが娘を売り込みを始めました。

「この子は少々おっとりしていますけど、炊事洗濯掃除と、一通りのことは仕込んでいます。邪魔にはなりませんので、今日から可愛がってあげてください」

 そこに父親のロニーと兄のハンプスも加わってプッシュし始めました。

 ◆◆◆

 無理やりマルタをお持ち帰り事態にはなりませんでしたが、マルタは最終的にレイに送り迎えをしてもらう権利を獲得しました。

「レイは甘いからねえ」
「一度懐に入れると甘やかしますね」
「甘くないご主人さまはご主人さまじゃありませんです」
「突き放しきれないレイ様が好きですわ」
「旦那様がマルタさんを突き放せるとは思えません。突き放したとしたら、それは旦那様になりすました別人でしょう」
「あのなあ……」

 レイは自分がドライになりきれないことを知っています。だからこそ不必要に親しくならないように注意をしている部分もあります。自分では気づいていませんが、その気前のよさは、諸刃の剣です。人というのは、気前がよすぎる人を疑ってかかるものです。
 このように、レイの冒険者一年目は終わりに近づいていくのでした。

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 こんなところですが、第六章の最終話です。しばらくしたら第七章に入ります。
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