異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第3章:冬の終わり、山も谷もあってこその人生

第12話:火力不足(勘違い)

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 料理作りの翌日、三人は森へ魔物を狩りに来ています。

「あ、レベルが上がっていますね」
「ラインベアーが強かったからかもしれないけど早いなあ」
「私たちはあれから上がらないね」
「上級ジョブは根気が必要ですよ。そもそも一般ジョブから転職した先ですからね」

 この世界のレベルはゲームと同じで、レベルが高くなるほど次のレベルに上がるまでの期間が長くなります。
 一般ジョブはレベル五〇に達すると、そこからはなかなか上がらなくなります。上級ジョブはそこからスタートするのと同じくらい上がりにくいんです。
 上級ジョブでも一から二へは比較的簡単に上がりますが、二から三となるとなかなかですね。一から二になるのに経験値四〇必要だとすれば、二から三になるには二〇〇〇必要とか、それくらいです。

「だいぶ連携が取れるようになったね」
「たしかに連携は取れてきましたね」
「そうだな。でもな……」

 シーヴが上級ジョブのニンジャになり、誰がどう動くかを確認しながら戦っています。その甲斐あって、自分たちの戦い方の欠点が露呈してしまいました。

「手が足りないというか多すぎるというか、シーヴから見るとどうなる?」
「この三人で、ということならこれが限度でしょう」

 サラはゴブリンのように吹き飛ばしても収入的に問題ないような魔物なら【火球】や【火矢】などの魔法を使いますが、なかなかそのような魔物はいません。きれいに倒して売りますからね。だから基本は前衛ばかりです。
 レイには役に立つ攻撃魔法がありませんので、基本的にはグレイブを持って前衛です。誰かが怪我をしたときに一緒に下がって治療しますが、その怪我もそれほど多くはありません。
 シーヴは複合弓で魔物を狙いますので、本来は中衛か後衛として二人の後ろにいるはずです。ところが、これまでに遭遇した魔物はあまり強くなありませんので、矢を放ってからは剣を持って前衛として戦うことが多くなっています。剣では相手のできないヒュージキャタピラーやラインベアーなどの場合だけ後ろから攻撃します。
 レイには今の状況がどうしてもバランスが悪いと感じてしまうんです。実際にそれは間違いありません。ありませんが、それで悪いわけでもありません。バランスが悪いのが三人に合っているだけなんです。
 このパーティー——特にレイとサラ——は物理攻撃力が高すぎます。そして魔法による攻撃力がそれほど高くないため、魔物を倒すには最初からのが得策で、何も考えずにそうしてきただけです。それが一番楽ですし、一番魔物をきれいな状態のまま倒せます。結果として、一番儲かるのもそれなんですよ。

「パーティーとしての編成を考えるなら、前衛か後衛を一人増やしてもいいかもしれませんね」
「よっし、レイの女を増やそう。どんなタイプがいい? 小悪魔系? 妹系? お嬢様系?」
「いや、女性とは限らないだろ」
「でもこのメンバーなら女性にしないといけませんよ」
「え? 男じゃダメなのか?」

 パーティーメンバーは性格さえよければ性別はどちらでも問題ないとレイは思っていました。男女どちらもいるパーティーも見かけるからです。

「リーダーの男性が二人の女性と関係を持っているところにもう一人加わるとなると、どちらの性別でも微妙になることが多いんです」
「それなら女性でもダメじゃないのか?」

 現在の状況は、シーヴが微妙だと言った状況そのままです。シーヴやサラからすると、レイとイチャイチャするのに新人の視線が気になりますし、新人からすると、自分がその場にいれば邪魔しているように思えるでしょうね。

「はい。パーティー内の恋愛や結婚というのは解散の一番の理由です。恨みで殺人まで起きますからね。別のパーティーの異性と付き合うのもトラブルの原因になります」
「それなら……うちは最初から爆弾を抱えてたわけか」

 途中で恋愛関係に発展したのならともかく、最初から恋人が二人いるなら、男女どちらを入れても問題にしかならなさそうです。

「それなら新しいメンバーも恋人にすればいいじゃん」
「それはおかしい」

 問題が起きないようにするなら新しいメンバーを恋人にすればいいとサラは言います。たしかにそれなら問題にはなりません。というよりも、戦力を増やすならそうするしかないでしょうね。

「マイとエリがいたらよかったのにね」
「いないのに無茶を言うなよ」
「どなたですか?」

 サラが口にした名前はシーヴにとっては初めて聞く名前でした。

「マイは私の妹で、エリはレイの妹。もちろん日本での話ね」

 レイにはシンという二つ下の弟とエリカという五つ下の妹がいました。サラには三つ下に妹のマイ、七つ下に弟のカイトがいました。

「そもそもこっちにいないだろ」
「いや、あのお兄ちゃんっ子たちのことだから無理やりこっちで生まれ変わったりしてないかなって」
「エリはともかく、マイはないだろう。あれはわりと現実的だ」
「そう? 似たり寄ったりだったと思うけど」
「なかなか想像しづらい妹さんたちですね」

 シーヴはその二人を想像しようと思いましたが、うまくできませんでした。話を聞くと、レイの妹のエリはお兄ちゃんっ子で、サラの妹のマイは現実的。どうしても逆に思えてしまうからです。

「エリはレイの妹だけど私に似てて、お兄ちゃんと結婚するってずっと言ってたね」
「それならどうしてサラは本心を隠していたんですか?」
「そう言われればそうなんだけど……でもマイやエリが言ったからって私も言ったら、後出しみたいで嫌じゃない? 私からすると二人のストレートさが羨ましかったなあ」
「お前はそのあたり、ちょっと臆病だったからな」

 レイはそう言いますが、恋愛に関してはここにいる三人ともが似たり寄ったりで、臆病と言われても仕方ないでしょう。

「それならマミとマヤくらいにしとこうか」
「くらいしとこうかって、軽いな。お前はともかく、俺はそんなに親しくなかったぞ」

 サラが友達の名前を出します。もちろんレイも顔は知っています。

「その二人は友達ですか?」
「そうそう。高校入学のタイミングでうちの隣に引っ越してきた双子。うちの実家を真ん中にして、こっちがレイの家で、こっちが双子の家ね」
「サラと同じ高校だったから、俺はあまり親しくはなかったな。挨拶するくらいだった」
「なるほど」

 シーヴが右へ左へ目を動かしながら頭の中を整理しています。いきなり人の名前と関係を言われると混乱しますよね。

「マミとマヤという女性が双子で、サラの家の隣だったんですよね?」
「そうだよ」
「タマヤマという名字じゃなかったですか?」
「え? ひょっとして知り合い?」

 まさかの反応にサラが驚きます。

「実はレイの葬儀の際に会ったんです。それが縁で、中途採用でうちの会社に入りまして、よく働いてくれたという記憶があります」
「思わぬところで繋がりがあるな」
「私もビックリ」

 ◆◆◆

「まあ、前世のことを口にしても仕方ないし、それにこっちにいたとしても居場所がわからないとな」

 この世界にいる前提で話をするのが間違っているでしょう。仮にいたとしても、どこにいるかを知る手段はありません。いるかいないかわからない人を探す方法は一つしかありません。

「有名になるしかないよね。そのためにはメンバーを増やさないと難しいんだけど」

 話は堂々巡りになりつつありました。

「とりあえず男性はありえません。なので女性のみということになります。メンバーの関係を考えるなら、奴隷を購入するのもありですね」
「奴隷って借金奴隷だよな?」
「そうですね」

 知識として奴隷がいることはレイにもサラにもわかっていますが、奴隷を使っている知り合いがいないので実感がありません。

「奴隷なら主人に逆らいませんし、逃亡の恐れもありません。きちんと勤めあげれば解放されますので、それを励みに頑張ります。無理をさせられることもありますが、目標があるのでレベルアップが早いのも事実です。レイなら無茶をさせて潰すことはないでしょう」
「そうだな。それなら一度奴隷商に行ってみるか。見つかればラッキーという感じで」

 急いでメンバーを増やす必要はありませんが、いずれ三人だけではキツくなるかもしれません。それなら奴隷を買って、一時的にメンバーにするのもありです。
 もしその奴隷が優秀で、正式メンバーにしようと思えばそれでいいでしょう。契約満了後にパーティーから抜けたいと言えば、そのときにあらためて考えればいいだけです。

「それで、前衛と後衛とどっちがいい? 俺としてはどっちでもアリかなと思うけど」

 レイもサラもシーヴも前衛・中衛・後衛のどこにいても問題ありません。逆にそれが編成の難しさにつながっているんです。

「編成的には後衛が足りないのは足りないですけどね。でも壁役を入れておけば形としてさまになりますね」

 たとえばシーヴと戦士の奴隷が前衛、レイが回復役とバックアップとして中衛、サラが攻撃魔法担当として後衛ということもできます。あるいはシーヴとサラが前衛、レイが中衛、魔術師の奴隷が後衛というのもありえます。さらにはレイが前衛、シーヴと僧侶の奴隷が中衛、サラが後衛を務めることもできるでしょう。
 三人とも剣も弓矢も槍も使えますので、雑な言い方になりますが、新しく入る戦力次第でという状態なんです。

「前衛でも後衛でもどちらでも。そうすればサラが常に魔法のために下がることができますね」
「めちゃくちゃ魔法が上手な子がいれば後衛に入れて、そうでなければ前衛でいいんじゃない?」
「そうだな。その線でいくか」

 三人はこのような結論に達したわけですが、前衛に一人追加すればどうなるかは火を見るよりも明らかですよ。結局は全員でタコ殴りです。それが一番早いですからね。

 ◆◆◆

 三人が町に戻ったのは、まだ夕方と呼ぶには早い時間でした。

「まだ時間があるなあ。これから奴隷商に行かないか?」

 そう聞かれたサラは少し考えました。

「たぶんレイ一人のほうがいいと思うよ」
「そうか?」
「うん。先にご飯を作っておくから」
「それならそうするか」

 奴隷商はある程度の規模の町には必ずあるものです。ある意味では人材派遣会社ですからね。場所は借家を斡旋してくれた店で聞けば教えてくれるでしょう。
 レイは冒険者ギルドで魔物を売ってからサラとシーヴを家まで送ると、そこから一人で中心街へと向かいました。


 レイが立ち去るとシーヴは不思議そうな顔をしてサラを見ました。

「サラがレイを一人にするのは珍しいですね」

 ここまでレイが一人で行動することはほとんどありませんでした。三人一緒か、少なくともサラかシーヴのどちらかが一緒に行動しています。
 シーヴの記憶にあるのはたった一度、彼女がオグデンのギルドを辞めた直後です。シーヴが目配せすると、サラはレイにギルドを見ておいたほうがいいと言い、それでレイは一人で街中に出かけました。あのときくらいでしょう。もちろんサラにはサラで目的がありました。

「そろそろかなと思ってね」
「何がですか?」
「いいこと貯金がいっぱいになるのが」
「いいこと貯金?」

 世の中には様々な体質があります。
 たとえば自分は何もしていないのにトラブルのほうから寄ってくる、もしくは自分からトラブルに首を突っ込んでしまうトラブル体質。
 幸不幸のバランスが他の人と比べて明らかにおかしい不幸体質。
 他人と同じことをしていても、すぐに怪我をしてしまうスペ体質。
 すぐ他人に精神的に依存してしまう依存体質。
 体質ではありませんが、よくないことを招いて嫌われる疫病神。
 レイの場合は人助け体質と呼ぶべきか、本人には特別なことは起きませんが、困っている人を助けることがあります。定期的に警察から感謝状を贈られていて、サラはこれをと呼んでいました。満タンになると人を助けるんです。それを聞いてシーヴは納得します。

「たしかに困っている人を助けたという話が何回かありましたね。社内報で回ってきたことがあります」
「そう、まさにそれ。親とはぐれた子供を警察に連れていって、その子の親が到着するまで一緒に待ってあげたり、荷物が重くて困ってるお婆ちゃんを見て、その荷物を運んであげたり、特殊詐欺に引っかかりそうなお爺ちゃんに声をかけて諭して止めたりとかね。私といてそういうことになるのは多くはないんだけど、一人だとよくあるんだよね。中学までは学校が同じだったから、一年に何度も全校集会で表彰されてたんだよ」

 面倒事に巻き込まれたい人は誰もいないでしょうが、レイは目の前に困った人がいて放っておける性格ではありません。
 シーヴは社会人時代、レイが社外にいたときに妊婦のために救急車を呼んだことが三回、道で動けなくなった高齢者に救急車を呼んだことが二回あったことを覚えています。アメリカでは暴漢に襲われた人の手当をしたこともあったと聞きました。
 荷物が重くて困るなら、そこまで大量に買わなければいいんです。最初から膝や腰が痛いなら無理して歩いて出かけなければいいんです。妊婦なら無理せずに最初からタクシーを使えばいいんです。そう考えて無視するのは簡単ですが、それができないレイだということをサラもシーヴもわかっています。

「一人でいると起きやすいんですね」
「他人がいても起きるんだけど、一人のほうが起きやすいかな。だからさっきはね」
「なるほど」

 一人で奴隷商に行けばいいことが起きるのではないかとサラは考えたのです。

「それともう一つ、言うのを忘れてたんだけど、レイの魅力と幸運って最初からBだったんだよ」
「……なかなかそのレベルはないですね。人当たりがいい人でもEかFくらいでしょう。ロードだから魅力が上がるというわけでもないはずですけど」

 攻撃力や素早さなどと違って、魅力は上がりにくい能力です。魅力を高くしたいのなら高くなるジョブに就くしかないというのが一般的な考えです。

「だから女性を引っかけやすいんじゃないかと思ってるんだよね。実際にいきなりマリオンの酒場で一人堕としたし」
「ああ、サンディーですね」
「そんな名前だったかな? ボクっ娘の給仕さん」
「間違いありませんね」

 結果がどうなるかはわかりませんが、パーティーに加えるのは女性だけだと二人は決めています。奴隷商に売られる女性なら何か困った状況にあったのは間違いありません。それに加え、レイは魅力が高いので女性受けがいいのです。おそらく自分たちにピッタリな奴隷が見つかるでしょう。サラにはそんな確信がありました。
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