異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第2章:冬、活動開始と旅立ち

第22話:依頼完了と別れ

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 マリオンを出て七日目、サラに最大の試練が訪れています。ここしばらく、ずっと試練続きですね。もうおわかりでしょうが、自分でヒュージキャタピラーを解体することになったからです。

「もう動かないんだから安心しろ」
「う、うん……」

 解体用のナイフを手にしたサラが脂汗を流しています。レイとシーヴに乗せられて、なんだかんだで解体しようとしているところです。
 サラが無理だと言えば、レイは無理はさせないつもりでしたが、「どうせ必要になるんなら、今のうちにやっておいたほうが……」とサラが自分で言ったので、その勢いでさせることにしたんです。
 サラはわりと好き勝手にやっている性格に思えますが、レイに対してはやや甘えるところがあります。日本では長女でしたが、レイがいたので、どことなく妹気質になっていたのです。だからオグデンに到着してシーヴと別れれば、おそらくヒュージキャタピラーの解体を全部レイに任せてしまうだろうと自分でもわかっていました。やるとすれば今なんです。

「こ、これでどう?」

 レイが教えたとおりに、サラは一人でヒュージキャタピラーの解体を済ませました。

「いいじゃないか」
「はい。きちんとできていますね」
「よっし、私はできる女だから」

 サラは腰のところで拳を握りますが、ナイフを持ったままでは危ないですよ。

「鳥肌が立ってるけどな」
「鳥肌もできる女だから」

 皮から身を切り離すときには鳥肌が立っていましたが、顔色を悪くすることもリバースすることもなく、無事に解体を終えることができました。

「これで二人で二匹同時にできるなあ」
「一匹ずつでいいんじゃない?」
「でも数が多いだろ?」

 ブレードマンティスなどはせいぜい二、三匹くらいですが、ヒュージキャタピラーは多ければ一〇匹以上現れます。レイのマジックバッグの中にもそれなりの数が入っています。
 サラに解体を見せたあと、ついでに二、三匹ささっと解体していますが、一度にまとめて現れますので、解体が追いついていないんです。

「借家が借りられたら一番だなあ」
「宿屋では難しいですからね」
「庭を貸してくれることもあるんだよね?」
「ありますね。でも時間が限られていますし、他のパーティーが使っているかもしれません」

 宿屋によっては庭を貸してくれることもあります。多少の使用料を支払うこともあります。どうしても邪魔になりますからね。
 宿屋は客が部屋を出るとシーツなどを洗って、当然庭で干します。干している横で解体すれば、シーツが汚れたり臭いが付いたりするでしょう。だから洗濯物が干されていない時間帯に限られます。それに、庭を借りたいのが自分たちだけとは限りません。

「レイ、サラが解体ができるようになったのはいいとして、そろそろ倒すほうも教えたほうがいいのでは?」
「そうだなあ。次はそっちもやってみるか」
「え~、あれを自分で?」

 サラが〝囧〟のような顔をして言いますが、冷静に対処すればまったく問題ない魔物です。レイはメイスを使って、最初からすべて一撃で倒しています。
 サラの武器は日本刀とグレイブなので、ヒュージキャタピラーを相手にするには、少々パワー不足ですね。倒し方もいろいろとあるんですが、一番楽なのはレイがやっているように鈍器で頭を潰すことです。

「メイスを貸してやるから、一度やってみたらいい。避けながら振るだけだぞ」
「そうですよ。動きが直線的ですから、避けながら振れば間違いなく倒せます。剣では難しいですけどね」
「そう? それなら一回くらいやってみようかな」

 やはり年長者が保証してくるからか、サラはシーヴの言うことは比較的すんなりと受け入れられるようです。ところが残念なことに、その日はヒュージキャタピラーに遭遇することはありませんでした。
 夕方、太陽ソルの位置が少し低くなってきたころ、マリオンよりも三回りも四回りも大きいアシュトン子爵領の領都オグデンが、街道の先に見えてきました。

「大きいね」
「やっぱり全然違うな」
「北部で最大の町ですからね。王都より北でここより大きいとなると、ベイカー伯爵領の領都カムロードくらいでしょう。伯爵領になると領地の広さも人口も全然違いますよ」

 町そのものは増やそうと思えば増やせます。領地も端へ端へと町を増やしていけば広がっていきます。それでも、人口はそう簡単には増えません。
 モーガンはレイのアドバイスによって町と村を増やす政策を行っています。いかに大都市に人口を吸い上げられないかを考えれば、結局は住みやすい町作りということになります。そうなると農家の三男四男が働ける場所、あるいは耕せる土地を用意するのが一番です。
 日本と違うところは、町は暮らしやすくて田舎は不便などということがないことです。町は商工業に特化している場所で、野菜や乳製品など、食料品の多くは周辺の村に頼っています。村人にとって町が憧れの場所ということにはならないんです。
 領地によっても違いますが、町と村の人口比率は一対一から一対二くらいです。その町には娯楽が溢れているということもなく、ただ仕事が違うというだけです。

 ◆◆◆

「オグデンへようこそ。問題はなかったか?」
「ええ、大丈夫でした。途中で会った人たちから盗賊団がいるって話を聞きましたが、どうなってますか?」

 レイは城門にいた衛兵に尋ねてみました。

「去年まではこのあたりにも出たんだが、今年はもう少し南みたいだな。南部は大変だそうだ。南へ行くなら注意しろよ」
「そうですか。ありがとうございます」

 三人は門を通り抜けると、まずは宿屋に向かいました。今回は少し高めできれいな宿屋を選びます。ここまでの稼ぎ、そしてこれからの稼げそうな金額を考えると、少し高くてもいいということになったからです。負担になるようなら安い宿屋に移ればいいんです。

「ギルドに行かなくていいの?」
「今から行ってもすることがありませんので。明日の朝にしようと思います」

 シーヴはオグデンの冒険者ギルドに行くことは伝えていますが、何月何日に到着するなど、細かなことは手紙には書いていません。なんです。まあシーヴの場合は、別の理由ではっきりと出発日が決められなかっただけなんですが。

「泊まるところはあるのか?」
「ええ。職員用の宿舎があります。明日からはそこですね」
「それじゃあ今夜は打ち上げでもする?」
「そうだな」

 三人は一度部屋に入って着替えをすると、それからしばらくして酒場に下りました。三人で行動する最後の日です。少しくらい早くてもいいだろうと、まだ客が少ない時間から三人は飲み始めることにしました。

「それじゃレイ、乾杯の音頭を」

 エールとミード、それから料理が並べられると、サラがレイに振りました。酒場で飲むたびに音頭をとる必要があるのかとレイは思いますが、サラに「今日で最後だし」と言われてシーヴに拍手をされれば、せざるをえません。

「それでは……えー、無事にオグデンに到着できました。俺とサラは明日からはしばらくここで活動するので、まだまだシーヴのお世話になると思います。今後もよろしく。それでは乾杯」
「「乾杯」」

 乾杯の音頭なのか所信表明なのかわからない内容ですが、とりあえずこれで一区切りですね。

「町が変わってもすることは同じだよなあ」
「そうですね。町が大きい分だけ依頼の数も多いでしょう。でも狩りを中心にするならあまり違いはないでしょうね。この領地で暮らす人たちにとっては迷惑でしょうが、魔物肉の値段が上がっていますから、これまで以上に稼げるでしょう」

 王都には人も物も集まります。するとその周辺の領地も人が増えます。人が増えれば町を拡張します。また、町や村の数も増えます。
 人が増えすぎると食料が不足気味になります。食肉は魔物肉がほとんどですので、冒険者が町の外で狩ってきます。領民が増えると同時に冒険者が増え、集まる魔物肉が増えれば問題はありません。問題なのは、そのバランスが崩れたときです。
 現在のアシュトン子爵領は、南部を中心に活動する盗賊団の影響で魔物肉の値段が上がっています。本来なら狩りをする冒険者が護衛の仕事をするようになってしまい、魔物を狩る冒険者が減ったせいです。
 魔物というのは不思議な存在で、狩っても狩ってもいなくなりません。狩れば狩るほど在庫が増えますが、増えすぎると在庫がだぶついて値段が下がってしまいます。そこを冒険者ギルドがうまく調整するわけですが、現在は在庫不足が深刻で、値段を下げる余裕がありません。
 ギルドが買い入れる値段が上がっていますので、卸価格をそれほど下げることはできません。だから街中の肉屋も以前ほどは買うことができなくなり、そこで買っている飲食店も購入する量を減らします。要するに、悪いインフレです。
 現在の状況を改善するには、もちろん盗賊団をどうにかしなければなりません。ただ、レイとサラだけで盗賊団の相手をするのは無理でしょう。何人いるかわかりませんからね。二人にできることは、魔物肉をできる限り集めて売ることでしょう。

「それならガンガンと狩ってガンガン売ったらいいね」
「そうですね。なかなか二人では難しいでしょうけど、マジックバッグの容量ギリギリまで狩れば、かなりの金額になりますし、ギルドとしても助かります」
「それなら決まりだな」

 自分たちのため、そして冒険者ギルドのため、レイとサラは毎日できる限りたくさんの魔物を狩ろうと決めました。

 ◆◆◆

「あ~~、このお風呂も今日で最後ですね~~」

 シーヴが目を細めて気の抜けた表情をしています。

「お風呂を借りにきたらいいんじゃない? ねえ、レイ?」

 サラが囲いの向こうにいるレイに声をかけます。

「ああ。減るもんじゃないしな」

 レイとサラは、この町にしばらく滞在するつもりです。この『一角獣の森亭』にはとりあえず三泊ほどする予定です。その後はいい借家が見つかれば、そこを借りようと考えています。

「それもどうかと思うんですよね、立場上」

 ギルド職員が知り合いの冒険者の部屋に風呂を借りにいくというのは、ルール的に問題があるわけではありません。ただ、何かがあったとき、利害関係があって便宜を図ったと思われると双方が困るでしょう。

「どうしても入りたくなったら使わせてもらいます」
「ああ、いつでも使えるように用意しておくから」
「ありがとうございます」

 シーヴは最後の樽風呂を満喫すると、自分の部屋へと戻っていきました。

 ◆◆◆

 翌朝、レイが目を覚ますと、ベッドから出たサラはが部屋の中でストレッチをしていました。

「大丈夫か?」
「う~っ、お風呂で温まっても、どうしても腰がね」
「しばらく馬車には乗らないだろうから、腰痛もなくなるだろ」

 ここまでは馬車の護衛という仕事をしていましたので、二人は馬車に乗るか、それとも近くを歩いていました。今日からはマリオンでしていたのと同じように、徒歩での仕事になります。つらい腰の痛みとはお別れでしょう。

「俺は下りるけど、どうする?」
「もうちょっとしてから行くよ。【治療】をかけてもらっていい?」
「いいぞ」
「ありがと」

 レイはサラに【治療】をかけると、一足先に酒場へと下りていきました。

「シーヴ、おはよう」
「レイ、おはようございます。サラは?」
「もう来ると思う。腰が痛いからストレッチをしてる」
「結局ずっと腰痛との戦いでしたね」
「次に馬車に乗る前には対策を立てないとな」

 そうやって話をしていると、そこにサラがやってきました。

「シーヴ、おは」
「おはようございます、サラ。腰はどうですか?」
「とりあえず落ち着いたから来たんだけど、どうしてもね」

 三人は朝食を終えると、冒険者ギルドへ向かうために宿屋を出ました。


「朝から人が多いなあ」
「住民も冒険者も多いでしょうね。冒険者は外へ出ている人が多そうですけど」
「マリオンにこれだけ人がいたら、何があったんだって思うよね」

 三人は歩きながら街中の雰囲気を確認しています。町の面積自体がマリオンの倍以上あります。きちんとした戸籍がありませんので、性格な数字は誰にもわかっていないでしょうが、住民も数倍はいるでしょう。
 話しながら歩いているうちに、冒険者ギルドの建物が見えてきました。

「ギルドも大きいな」
「やはり活動している冒険者の人数が違いますからね」

 オグデンの冒険者ギルドの建物は、マリオンのギルドよりもかなりしっかりとした造りになっていました。

「それでは中で完了の手続きを行います」

 シーヴは窓口に向かうと、そこにいた職員に事情を説明しました。レイとサラは職員にステータスカードを渡して手続きをします。これで護衛の仕事は終わりとなりました。

「シーヴ、ここまでありがとう」
「楽しかったよ」
「私もお二人がいて心強かったです」

 シーヴはそのままカウンターの中に入り、奥へと消えていきました。ギルド長に挨拶でもするのでしょう。


 レイとサラはシーヴと別れ、今日からオグデンを拠点にして活動を始めることになりました。それでも、これがシーヴとの今生の別れというわけではありません。
 シーヴはこの冒険者ギルドの職員になりました。ここに来ればシーヴがいます。冒険者ギルドの職員と冒険者という関係はマリオンにいたときと変わりません。ただ、この一週間がレイとサラにとっては楽しかっただけの話です。
 ここから二人は、完全に自分たちだけで生きていかなければなりません。頑張って活動しているところをシーヴに見てもらおう、二人はそう思っていました。

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 第二章の最終話です。次から第三章に入ります。
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