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第1章:目覚めと始まりの日々
第11話:わからないことは質問しましょう
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「ではもう一つの冊子のほうにいきますね。こちらは冒険者ギルドに関するものです」
まず、冒険者ギルドは国をまたぐ組織だということです。どの国のどの領地のどの支部で入っても違いはありません。所属ギルド欄に「マリオン支部」と表示されていますが、あくまで最初に手続きした場所が記入されるだけです。別の国に移動したからといって入り直す必要はありません。
次に、ギルドの規約を破ることは重罪になります。ステータスカードの賞罰欄に犯罪歴が書き込まれる都合上、どの国に逃げても同じことです。一度犯罪者になってしまえば、それを償って犯罪歴が消えるまでは常に犯罪者扱いになるのです。そうなるとギルドで依頼を受けることはできません。
「次は冒険者という存在についてです」
冒険者にはランクがあります。ランクは下から順にI、H、G、F、E、D、C、B、A、Sとなります。Iは駆け出し、HからFが初心者、EとDでそろそろ一人前、Cで中堅どころ、Bで上級者、Aで一流、Sで超一流となります。
ランクは依頼をこなすことで上げることができます。ランクの上がり方はどの国でもほぼ同じですので、別の国に行ってもほぼ同程度の待遇を受けることができます。
「ランクはギルドが決めているわけではありません。依頼をこなしていればいつの間にか上がります。下がることは滅多にないそうですが、何年も活動を全然していないと下がるという報告もあります」
仕事の依頼票は掲示板にランクごとに分けられて貼り出されています。レイとサラの冒険者レベルは一番下のIランクなので、IとHの依頼は受けることができます。自分の冒険者ランクの一つ上や一つ下の依頼も受けることができることになっているのです。
「あ、同じでなくても大丈夫なんですね」
「同じランクに限定すると少なくなりすぎますので、一つ上や一つ下でも問題ありません」
依頼の受け方は簡単です。掲示板に貼ってある依頼票を受付に持っていきます。終わったらまた受付で完了の手続きをするだけです。その段階で報酬が支払われます。たとえ余分な費用がかかったとしても、報酬の増額を要求することはできません」
その他に常時依頼という、常に募集しているものがあります。こちらは薬草や魔物の素材など幅が広く、駆け出しの間は無理をせずに常時依頼で仕事の件数を稼ぐほうがいいでしょう。常時依頼は受付を通す必要はないので、提出場所に集めた素材を持っていくだけです。
「元兵士など、最初から実力がある方はEランクあたりまでは簡単に上がります。ところが、『C止まり』という言葉があります。ランクをCからBに上げるのは大変ですので、B以上の冒険者はどこに行っても常にありがたがられます」
「ちなみにシーヴさんも冒険者をされてたんですか?」
「ええ。しばらく実戦からは遠ざかっていますが、ランクはCです。ここは全員が元冒険者ですね。たまに荒事も起きますし、騒ぎを鎮圧するには力が必要ですので」
「だそうだぞ、サラ」
「……うん」
「?」
シーヴはわかっていませんが、サラはずっとシーヴの猫耳を気にして、テーブルの下で手をワキワキと動かしていました。さすがに元Cランク冒険者に飛びかかって耳を触ることは難しいでしょう。
人間と比べると、獣人は目や耳が優れています。腕力も脚力もあります。レイたちの目の前にいるシーヴは穏やかな女性に見えますが、さらっと鎮圧という言葉を口にしました。いくら頑丈になったサラでも、いきなり手を伸ばしたら腕の一本くらいは簡単にへし折られるでしょう。
「依頼とランクについて何か質問はありますか?」
一通りの説明を終えたシーヴからそのような質問が出ました。メモをとっていたレイは二点確認したいことがありました。
「まず一つ。B以上はありがたがられるということですが、社会的な評価はどれくらいになりますか? 何かに当てはめるのは難しいかもしれませんが」
「そうですね。たとえば料理人に当てはめますと……」
これまでにこのような質問はなかったのか、シーヴは少し考えました。
「レイモンド様のお屋敷でしたら、間違いない料理長がいらっしゃるでしょう。その方をBランクとします」
「なるほど。まだ上にはいくらでもいると」
「はい、他の貴族様のお屋敷で雇われている料理人、あるいは王城で働いている料理人、上を見ればいくらでもいると思います。ただし、一定以上の評価を得ていて、今の職場を離れたとしても別の職場を見つけるのは難しくありません」
料理長ではなく、料理人の一人として雇われていればC、街中の料理屋で働いている、腕がいいと評判の料理人がD、どこにでもあるような酒場の料理人がEやF、料理人としての評価が固まっていない人がGやHと例えることができるでしょう。
「店でも始めようかと料理を始めたばかりの人がIランクですね。味付けは試行錯誤……するならまだましで、この程度でいいかと考えて適当な味付けのまま売ることもあります」
「当たり外れがひどいんだね」
「どの仕事でも最初は仕方ありませんね。冒険者に話を戻しますと、冒険譚に登場する主人公はSランクやさらに上です。SランクとAランクはまずギルドで仕事を受けることはありません。ギルドで見かける中で、『ああ、この人が引き受けてくれるなら大丈夫』と誰もが思ってくれるのがBランクです」
レイに理解できたのは、冒険者というのは英雄を目指すような仕事ではないということでした。実際には日雇い労働者を兼ねた狩人です。数をこなして信用されるようになると「またあの人に頼んでみようか」と思ってもらえるようになります。それが直接依頼です。そして突き抜けた才能と実力がある人だけがSランクという、物語の主人公のような活躍ができるのです。
「質問。〝C止まり〟っていうけど、Cあたりで止めておいたほうが気楽じゃない?」
サラは前世でのラノベの知識を元にしてそう考えました。ランクが上がれば上がるほど面倒な依頼が舞い込むだろうと思ったからです。よく〝強制依頼〟という言葉を聞きますね。それを防ぐための〝C止め〟という言葉もありました。
「そこはその人の考え方次第になりますね。多くの冒険者は上を目指しますよ。場合によっては領主様から声がかかって、取り立ててもらえることもありますからね。ただ、Cランクになるころにはそれなりに強くなりますので、あくせく働かなくても食べていけるくらいの収入があります。そのあたりで落ち着いてしまうことが多いんですよ。誰もが冒険譚の主人公になれるわけではないんです」
最初が誰もがIランクです。どうすればランクが上がるかについては、それぞれのギルドで、おそらくこうすればランクが上がるのだろうという推測ができているだけです。依頼をたくさん成功させたからといって、必ずしも上がるわけではありません。だから〝C止まり〟は「神に与えられた試練」だと言われるます。
この試練を乗り越えられれば輝かしい未来が待っているかもしれません。たとえ乗り越えられなくても、堅実に活動していればギルドから一定の評価を得られます。ところが、いつまで経ってもランクが上がらないと、そのうち酒場に入り浸るようになるのも事実です。
そのような説明を聞いて、部長になれずに副部長や次長で定年を迎えてしまうようなものかな、とレイは思いました。いえ、上が詰まっているから昇進できないのとは少し違いますよ。副部長や次長は、昇進できないからと昼間から社食で飲んだくれないでしょう。もしそうだとしたら、その会社のガバナンスに大問題がありますね。
「もう一つだけお願いします。パーティーを組むとランクはどうなりますか?」
「パーティーのランクはメンバーのランクの平均になります」
そう言いながらシーヴは紙にランクと数字を書きました。Iが一、Hが二、Gが三、Fが四、Eが五、Dが六、Cが七、Bが八、Aが九、Sが一〇です。
「メンバー全員分の数字を足して人数で割ります。端数は四捨五入です」
今はレイもサラもIランクなので平均しても一でしかありません。
「もしIが二人、Cが一人の場合、合計が九になります。平均すると三ですので、パーティーとしてはGランク扱いになります。受けられる依頼はHからFランクのものになりますね」
「パーティーでも同じなんですね」
「はい、ただ基本的には同じくらいの実力の人が集まるという前提になっていますので、ギルドとしては極端にランクが違う人同士が組むことを推奨していません」
平均値でランクを決める都合上、Sランク二人とIランク二人なら合計が二二。平均すると七・三なので、数字の上ではCランク相当になります。理屈の上ではDからBランク相当の依頼まで受けられますが、難しい依頼をたくさん成功させれば冒険者ランクが上がるわけではありません。ランクはギルドが決めているわけではないからです。
「楽をしているとみなされれば〝C止まり〟となってしまうことがあります。窓口で文句を口にする方もいらっしゃいますが、こちらで上げ下げできるものではありません」
「そういう人はどこにでもいるんですね」
「そうなんです。そういう場合に備えて、ある程度の腕っ節が求められます」
一瞬だけ目を細めたシーヴに、レイとサラは背筋を伸ばしました。
「ああ、話がずれましたけど、とりあえずパーティーを組まれるのならパーティー名を決めておいたほうがいいですよ。空欄でも悪いわけではありませんが、指名依頼がありますので」
「駆け出しに指名依頼はないでしょう」
マリオンにいつまでいるのかは決めていませんが、それほど長くいるつもりはありません。だからマリオンを離れるまでに指名依頼が入ることはないだろうとレイは考えています。
「でもさあ、弟思いのライナス様が出すかも」
「……ないとは言い切れないなあ」
小遣いを渡す感覚で指名依頼を入れるライナスを想像し、レイとサラは苦笑しました。
「レイが決めたらいいから、とりあえず付けない?」
「俺がか? シーヴさん、パーティー名にはどんな名前が多いですか?」
パーティー名を決めたほうがいいと言われても、そう簡単には思い付きません。レイはシーヴに助け船を求めることにしました。
「そうですね。私の知っている限りでは……強さを表すために、名前にドラゴンやワイバーン、グリフォン、ユニコーンなど、魔獣や聖獣の名前を付けることはよくありますね。他には『冷酷な黒薔薇』『美の神の申し子』など、自分たちの外見をアピールする名前もあります。珍しいところでは『流麗なる双剣』という前衛全員が双剣を使っているパーティーがいました。インパクトがある名前のほうが記憶には残りますよ。先ほどロビーで『天使の微笑み』と『ペガサスの翼』というパーティーをお見かけしました」
「……なるほど」
聞いてはみたものの、参考にしようがありません。どれもこれも中二病っぽく思えたからです。同じ中二病なら、まだサラに付けてもらったほうがマシかもしれないとレイは考えました。
「サラ、付けられそうか?」
「私が? それなら……サラとご主人様」
「却下」
「美男美女」
「自己紹介できないだろ」
自分たちは美男美女のレイとサラです。はい、自意識過剰ですね。石を投げられますよ。
「レイと乙女たち」
「ハーレムみたいなのはやめろ」
「ボーイミーツガール」
「それはジャンルだろ。普通のはないのか?」
「贅沢すぎだよ」
サラのほうがマシと思って聞いたものの、それはそれで失敗のようです。他にもいくつか挙がりましたが、どれも似たり寄ったりでした。
結局レイは、自分で頭をひねって出すことにしました。ただし、シーヴが挙げたような名前はレイにとっては恥ずかしいので、四文字熟語から選ぼうと考えました。
たとえば、疾風怒濤など、あまり勢いがいいものは自分たち向きではないと感じます。思いついたのは一期一会、一味同心、一念発起、磨励自彊、風林火山、行雲流水、初志貫徹、明鏡止水などです。
「それじゃ『行雲流水』で」
あまり物事に執着せずに、自然の成り行きに任せて行動する、という意味ですね。レイの基本姿勢でもあります。
「『悠々自適』じゃないんだ」
「それだとサボってるみたいじゃないか」
レイがパーティー名を『行雲流水』と決めるとステータスカードのパーティー欄にそう表示されました。
「サラさんは自分のカードをレイモンド様のカードのパーティー欄に触れさせてください」
「こう?」
サラはレイのカードを見てから自分のカードを当てました。
「レイモンド様はサラさんをパーティーに入れる許可を頭の中で出してください」
「……あ、サラが入った」
「リーダーはメンバーを入れたり外したりすることができますが、一度外すとまたカードを触れさせないと入れませんので注意してください」
リーダーはパーティーへの参加を許可することができます。個々のメンバーは、いつでもパーティーから抜けることができます。強制的にメンバーを外すことができるのはリーダーだけです。ただし、通常依頼を受けている間はパーティーを抜けることはできません。
このような説明を聞きながら、レイはステータスカードの表示に違和感を感じていました。
「シーヴさん、パーティーっていくつも入れるんですか?」
レイがそう聞くと、シーヴは「おっ」とでも言いたげな顔をしました。
「どうしてそう思いました?」
「ここに不自然にスペースがありますよね?」
レイはステータスカードの所属パーティー欄の下を指しました。
「はい、正解です。最大で三つまで所属することができます。三つのパーティーのリーダーになることもできますし、単なるメンバーになることもできます」
それなりに高ランクなパーティーのメンバーが、新人たちに指導を頼まれる場合があります。その際にわざわざ元のパーティーを抜けなくても、自分をリーダーとしたパーティーを新しく組めるようになっています。
「そのように説明していますが、正直なところはわかりません。ただ、所属しているだけではまったく意味がないことはわかっています」
パーティーに入っただけで活動に参加せず、酒場で飲んでいるだけでは何もしていないのと同じなんです。
「真面目にコツコツだね」
「そうですね。それが一番です」
まず、冒険者ギルドは国をまたぐ組織だということです。どの国のどの領地のどの支部で入っても違いはありません。所属ギルド欄に「マリオン支部」と表示されていますが、あくまで最初に手続きした場所が記入されるだけです。別の国に移動したからといって入り直す必要はありません。
次に、ギルドの規約を破ることは重罪になります。ステータスカードの賞罰欄に犯罪歴が書き込まれる都合上、どの国に逃げても同じことです。一度犯罪者になってしまえば、それを償って犯罪歴が消えるまでは常に犯罪者扱いになるのです。そうなるとギルドで依頼を受けることはできません。
「次は冒険者という存在についてです」
冒険者にはランクがあります。ランクは下から順にI、H、G、F、E、D、C、B、A、Sとなります。Iは駆け出し、HからFが初心者、EとDでそろそろ一人前、Cで中堅どころ、Bで上級者、Aで一流、Sで超一流となります。
ランクは依頼をこなすことで上げることができます。ランクの上がり方はどの国でもほぼ同じですので、別の国に行ってもほぼ同程度の待遇を受けることができます。
「ランクはギルドが決めているわけではありません。依頼をこなしていればいつの間にか上がります。下がることは滅多にないそうですが、何年も活動を全然していないと下がるという報告もあります」
仕事の依頼票は掲示板にランクごとに分けられて貼り出されています。レイとサラの冒険者レベルは一番下のIランクなので、IとHの依頼は受けることができます。自分の冒険者ランクの一つ上や一つ下の依頼も受けることができることになっているのです。
「あ、同じでなくても大丈夫なんですね」
「同じランクに限定すると少なくなりすぎますので、一つ上や一つ下でも問題ありません」
依頼の受け方は簡単です。掲示板に貼ってある依頼票を受付に持っていきます。終わったらまた受付で完了の手続きをするだけです。その段階で報酬が支払われます。たとえ余分な費用がかかったとしても、報酬の増額を要求することはできません」
その他に常時依頼という、常に募集しているものがあります。こちらは薬草や魔物の素材など幅が広く、駆け出しの間は無理をせずに常時依頼で仕事の件数を稼ぐほうがいいでしょう。常時依頼は受付を通す必要はないので、提出場所に集めた素材を持っていくだけです。
「元兵士など、最初から実力がある方はEランクあたりまでは簡単に上がります。ところが、『C止まり』という言葉があります。ランクをCからBに上げるのは大変ですので、B以上の冒険者はどこに行っても常にありがたがられます」
「ちなみにシーヴさんも冒険者をされてたんですか?」
「ええ。しばらく実戦からは遠ざかっていますが、ランクはCです。ここは全員が元冒険者ですね。たまに荒事も起きますし、騒ぎを鎮圧するには力が必要ですので」
「だそうだぞ、サラ」
「……うん」
「?」
シーヴはわかっていませんが、サラはずっとシーヴの猫耳を気にして、テーブルの下で手をワキワキと動かしていました。さすがに元Cランク冒険者に飛びかかって耳を触ることは難しいでしょう。
人間と比べると、獣人は目や耳が優れています。腕力も脚力もあります。レイたちの目の前にいるシーヴは穏やかな女性に見えますが、さらっと鎮圧という言葉を口にしました。いくら頑丈になったサラでも、いきなり手を伸ばしたら腕の一本くらいは簡単にへし折られるでしょう。
「依頼とランクについて何か質問はありますか?」
一通りの説明を終えたシーヴからそのような質問が出ました。メモをとっていたレイは二点確認したいことがありました。
「まず一つ。B以上はありがたがられるということですが、社会的な評価はどれくらいになりますか? 何かに当てはめるのは難しいかもしれませんが」
「そうですね。たとえば料理人に当てはめますと……」
これまでにこのような質問はなかったのか、シーヴは少し考えました。
「レイモンド様のお屋敷でしたら、間違いない料理長がいらっしゃるでしょう。その方をBランクとします」
「なるほど。まだ上にはいくらでもいると」
「はい、他の貴族様のお屋敷で雇われている料理人、あるいは王城で働いている料理人、上を見ればいくらでもいると思います。ただし、一定以上の評価を得ていて、今の職場を離れたとしても別の職場を見つけるのは難しくありません」
料理長ではなく、料理人の一人として雇われていればC、街中の料理屋で働いている、腕がいいと評判の料理人がD、どこにでもあるような酒場の料理人がEやF、料理人としての評価が固まっていない人がGやHと例えることができるでしょう。
「店でも始めようかと料理を始めたばかりの人がIランクですね。味付けは試行錯誤……するならまだましで、この程度でいいかと考えて適当な味付けのまま売ることもあります」
「当たり外れがひどいんだね」
「どの仕事でも最初は仕方ありませんね。冒険者に話を戻しますと、冒険譚に登場する主人公はSランクやさらに上です。SランクとAランクはまずギルドで仕事を受けることはありません。ギルドで見かける中で、『ああ、この人が引き受けてくれるなら大丈夫』と誰もが思ってくれるのがBランクです」
レイに理解できたのは、冒険者というのは英雄を目指すような仕事ではないということでした。実際には日雇い労働者を兼ねた狩人です。数をこなして信用されるようになると「またあの人に頼んでみようか」と思ってもらえるようになります。それが直接依頼です。そして突き抜けた才能と実力がある人だけがSランクという、物語の主人公のような活躍ができるのです。
「質問。〝C止まり〟っていうけど、Cあたりで止めておいたほうが気楽じゃない?」
サラは前世でのラノベの知識を元にしてそう考えました。ランクが上がれば上がるほど面倒な依頼が舞い込むだろうと思ったからです。よく〝強制依頼〟という言葉を聞きますね。それを防ぐための〝C止め〟という言葉もありました。
「そこはその人の考え方次第になりますね。多くの冒険者は上を目指しますよ。場合によっては領主様から声がかかって、取り立ててもらえることもありますからね。ただ、Cランクになるころにはそれなりに強くなりますので、あくせく働かなくても食べていけるくらいの収入があります。そのあたりで落ち着いてしまうことが多いんですよ。誰もが冒険譚の主人公になれるわけではないんです」
最初が誰もがIランクです。どうすればランクが上がるかについては、それぞれのギルドで、おそらくこうすればランクが上がるのだろうという推測ができているだけです。依頼をたくさん成功させたからといって、必ずしも上がるわけではありません。だから〝C止まり〟は「神に与えられた試練」だと言われるます。
この試練を乗り越えられれば輝かしい未来が待っているかもしれません。たとえ乗り越えられなくても、堅実に活動していればギルドから一定の評価を得られます。ところが、いつまで経ってもランクが上がらないと、そのうち酒場に入り浸るようになるのも事実です。
そのような説明を聞いて、部長になれずに副部長や次長で定年を迎えてしまうようなものかな、とレイは思いました。いえ、上が詰まっているから昇進できないのとは少し違いますよ。副部長や次長は、昇進できないからと昼間から社食で飲んだくれないでしょう。もしそうだとしたら、その会社のガバナンスに大問題がありますね。
「もう一つだけお願いします。パーティーを組むとランクはどうなりますか?」
「パーティーのランクはメンバーのランクの平均になります」
そう言いながらシーヴは紙にランクと数字を書きました。Iが一、Hが二、Gが三、Fが四、Eが五、Dが六、Cが七、Bが八、Aが九、Sが一〇です。
「メンバー全員分の数字を足して人数で割ります。端数は四捨五入です」
今はレイもサラもIランクなので平均しても一でしかありません。
「もしIが二人、Cが一人の場合、合計が九になります。平均すると三ですので、パーティーとしてはGランク扱いになります。受けられる依頼はHからFランクのものになりますね」
「パーティーでも同じなんですね」
「はい、ただ基本的には同じくらいの実力の人が集まるという前提になっていますので、ギルドとしては極端にランクが違う人同士が組むことを推奨していません」
平均値でランクを決める都合上、Sランク二人とIランク二人なら合計が二二。平均すると七・三なので、数字の上ではCランク相当になります。理屈の上ではDからBランク相当の依頼まで受けられますが、難しい依頼をたくさん成功させれば冒険者ランクが上がるわけではありません。ランクはギルドが決めているわけではないからです。
「楽をしているとみなされれば〝C止まり〟となってしまうことがあります。窓口で文句を口にする方もいらっしゃいますが、こちらで上げ下げできるものではありません」
「そういう人はどこにでもいるんですね」
「そうなんです。そういう場合に備えて、ある程度の腕っ節が求められます」
一瞬だけ目を細めたシーヴに、レイとサラは背筋を伸ばしました。
「ああ、話がずれましたけど、とりあえずパーティーを組まれるのならパーティー名を決めておいたほうがいいですよ。空欄でも悪いわけではありませんが、指名依頼がありますので」
「駆け出しに指名依頼はないでしょう」
マリオンにいつまでいるのかは決めていませんが、それほど長くいるつもりはありません。だからマリオンを離れるまでに指名依頼が入ることはないだろうとレイは考えています。
「でもさあ、弟思いのライナス様が出すかも」
「……ないとは言い切れないなあ」
小遣いを渡す感覚で指名依頼を入れるライナスを想像し、レイとサラは苦笑しました。
「レイが決めたらいいから、とりあえず付けない?」
「俺がか? シーヴさん、パーティー名にはどんな名前が多いですか?」
パーティー名を決めたほうがいいと言われても、そう簡単には思い付きません。レイはシーヴに助け船を求めることにしました。
「そうですね。私の知っている限りでは……強さを表すために、名前にドラゴンやワイバーン、グリフォン、ユニコーンなど、魔獣や聖獣の名前を付けることはよくありますね。他には『冷酷な黒薔薇』『美の神の申し子』など、自分たちの外見をアピールする名前もあります。珍しいところでは『流麗なる双剣』という前衛全員が双剣を使っているパーティーがいました。インパクトがある名前のほうが記憶には残りますよ。先ほどロビーで『天使の微笑み』と『ペガサスの翼』というパーティーをお見かけしました」
「……なるほど」
聞いてはみたものの、参考にしようがありません。どれもこれも中二病っぽく思えたからです。同じ中二病なら、まだサラに付けてもらったほうがマシかもしれないとレイは考えました。
「サラ、付けられそうか?」
「私が? それなら……サラとご主人様」
「却下」
「美男美女」
「自己紹介できないだろ」
自分たちは美男美女のレイとサラです。はい、自意識過剰ですね。石を投げられますよ。
「レイと乙女たち」
「ハーレムみたいなのはやめろ」
「ボーイミーツガール」
「それはジャンルだろ。普通のはないのか?」
「贅沢すぎだよ」
サラのほうがマシと思って聞いたものの、それはそれで失敗のようです。他にもいくつか挙がりましたが、どれも似たり寄ったりでした。
結局レイは、自分で頭をひねって出すことにしました。ただし、シーヴが挙げたような名前はレイにとっては恥ずかしいので、四文字熟語から選ぼうと考えました。
たとえば、疾風怒濤など、あまり勢いがいいものは自分たち向きではないと感じます。思いついたのは一期一会、一味同心、一念発起、磨励自彊、風林火山、行雲流水、初志貫徹、明鏡止水などです。
「それじゃ『行雲流水』で」
あまり物事に執着せずに、自然の成り行きに任せて行動する、という意味ですね。レイの基本姿勢でもあります。
「『悠々自適』じゃないんだ」
「それだとサボってるみたいじゃないか」
レイがパーティー名を『行雲流水』と決めるとステータスカードのパーティー欄にそう表示されました。
「サラさんは自分のカードをレイモンド様のカードのパーティー欄に触れさせてください」
「こう?」
サラはレイのカードを見てから自分のカードを当てました。
「レイモンド様はサラさんをパーティーに入れる許可を頭の中で出してください」
「……あ、サラが入った」
「リーダーはメンバーを入れたり外したりすることができますが、一度外すとまたカードを触れさせないと入れませんので注意してください」
リーダーはパーティーへの参加を許可することができます。個々のメンバーは、いつでもパーティーから抜けることができます。強制的にメンバーを外すことができるのはリーダーだけです。ただし、通常依頼を受けている間はパーティーを抜けることはできません。
このような説明を聞きながら、レイはステータスカードの表示に違和感を感じていました。
「シーヴさん、パーティーっていくつも入れるんですか?」
レイがそう聞くと、シーヴは「おっ」とでも言いたげな顔をしました。
「どうしてそう思いました?」
「ここに不自然にスペースがありますよね?」
レイはステータスカードの所属パーティー欄の下を指しました。
「はい、正解です。最大で三つまで所属することができます。三つのパーティーのリーダーになることもできますし、単なるメンバーになることもできます」
それなりに高ランクなパーティーのメンバーが、新人たちに指導を頼まれる場合があります。その際にわざわざ元のパーティーを抜けなくても、自分をリーダーとしたパーティーを新しく組めるようになっています。
「そのように説明していますが、正直なところはわかりません。ただ、所属しているだけではまったく意味がないことはわかっています」
パーティーに入っただけで活動に参加せず、酒場で飲んでいるだけでは何もしていないのと同じなんです。
「真面目にコツコツだね」
「そうですね。それが一番です」
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右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
辺境の村の少年たちが世界を救うまでの長いお話
川上とむ
ファンタジー
戦争孤児として辺境の村で育ったルナとウォルスはある日、謎のペンダントを見つける。その数日後、村は謎の組織に襲撃されてしまう。 彼らは村を訪れていた商人に助けられるも、その正体とは……?
浮遊大陸を舞台に繰り広げられる、王道ファンタジー!
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