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第4章:春、ダンジョン都市にて
第8話:モンスター・クライアント(依頼主は魔物)
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サラたちのところから戻ってきたレイは地面に皿を並べ、ジョッキを使ってそこに甕の中のミードを注いでいきます。
「安全だと分かっているからいいけど、これは怖いな」
しばらくすると、蜂が皿の周囲に群がり始め、レイは背筋がゾワゾワするような羽音に囲われていました。
レイが少し緊張しながら蜂を眺めていると、地面に降りた女王蜂が自分のほうを向いているのがわかりました。
「ん?」
彼女は目の前のジョッキに口を伸ばしてミードを口にすると、レイを見ながらジョッキをつつきました。
「これを飲めと?」
ぶん
レイはどちらかといえばエール派なので、ミードはそれほど飲みません。このミードはサラとシーヴとラケルが好んで飲んでいる銘柄です。
「それならもらおうか」
毒を入れられたわけでもないだろうと、レイは地面に座るとジョッキから一口飲みました。それからジョッキを地面に置きます。今度は女王蜂が飲みました。女王蜂がまたジョッキをつつくので、レイはまた一口飲みます。まさか魔物と酒を酌み交わすことになるとは、レイは想像していませんでした。
ぶ~~~~っ
何口か飲んだところで、女王蜂が大きく羽を震わせて手を上げました。すると働き蜂たちが一斉に皿から飲み始めます。羽を震わせていますので、とんでもない音が森の中に響き渡っています
交互に飲んでいる間、女王蜂はジェスチャーといくつかの単語を使ってレイに説明しました。
この森で暮らすモリハナバチたちは、その昔はこの近くで暮らしていた村人たちに蜂蜜を渡してミードを作ってもらっていました。ところが、時が過ぎてその村は無人になり、ミードを作ってくれる人がいなくなったのです。
モリハナバチたちは森に来た冒険者たちに蜂蜜を渡してみたものの、その意図が通じることはなく、ただ武器を持たなければ襲われないという話だけが広まります。レイもその話を聞いて来たわけですね。
また、モリハナバチたちは必ずしも金属が嫌いではないこともわかりました。どうして金属が嫌いなのかというと、冒険者が持つ金属といえば剣のことで、争いが嫌いなモリハナバチたちにとっては、できれば見たくないものなのです。
「それなら仲間たちがいるから連れてきてもいいか? 武器は出さないように言っておくから」
ぶぶっ
レイは三人を呼ぶために、また森の外へ戻ることになりました。
「女王蜂が一緒に飲みたいそうだ」
「……何が起きているんですか?」
シーヴが眉間にシワを寄せて言うのも無理はないでしょう。
自分たちが、女王蜂と、ミードを、飲む。
単語を組み合わせて文章を作る遊びがありますが、これは正しい文章とみなされるかどうか微妙です。
「歩きながら話そうか。ああ、武器だけ片付ければ大丈夫みたいだ。金属がダメというわけじゃないらしい」
四人とも武器と盾はしまい、鎧だけ身に着けて女王蜂がいる場所に向かいます。
「あれから女王蜂のところに案内されたんだけど、彼女は言葉がわかるし字も書けたんだ。地面に『ミード』って書いたから、飲みたいのかって聞いたらそうらしいから、取りに戻って」
レイは森に入ってからのことを説明します。案内されて奥に向かうと女王蜂がいたこと。絵やジェスチャーで、最後は文字でミードが欲しいと言われたこと。取りに戻ってまた森に入ってから一緒に飲んだこと。モリハナバチにはミードが必要なこと。作ってくれる人がいなくなったから、代わりに作ってほしいと頼まれたこと。などなど、普通に考えれば夢でも見ていたのかと言われそうです。
「ミードが必需品だったんですね」
「生きるための必需品じゃないらしいけど、嗜好品でもないらしい。儀式的なものらしいな」
話をしているうちに巣が近づいてきました。
「おお~」
「なかなか壮観ですね」
「酔ってるです」
一見すると殺虫剤を吹きかけられてパラパラと地面に落ちて苦しんでいるように見えなくもありません。地面の転がっている無数の蜂を踏まないように気をつけながら、四人は女王蜂のいるほうに進んでいきました。
ぶぶぶっ
女王蜂が羽を震わせて歓迎しています。触覚が上がって喜んでいるようにレイには思えました。
サラたちもミードの入ったジョッキを手にします。
「自己紹介もまだだったから、お互いに紹介といこうか。俺がレイ、こっちがサラ、そしてシーヴ、ラケルだ」
そう言いながらレイはペンとインク壺と紙と木の板を取り出して女王蜂に渡します。
ぶぶぶぶぶ
女王蜂はペンを受け取るとインクに浸し、それから紙に「ディオナ」と書きました。
「きれいな字だね」
「言葉がわかるのなら、他の冒険者たちにも説明できたんじゃないですか?」
ぶんぶん
シーヴの言葉にディオナは首を横に振ります。
『言葉がわかるということをわかってもらえない』
「あー、それもそうだよね」
ここに来るのは、金属を持たずに近づけば蜂蜜がもらえると聞いてやってくる冒険者ばかりです。モリハナバチは弱い魔物です。もちろん針を持っていますので、手を出せば刺されるでしょうが、巣の近くで戦いたくはありません。しかも、女王蜂のディオナが外に出ているのです。何かあっては困ります。
「それならご主人さまはどうして気がついたのです?」
ラケルにそう聞かれたレイは、あらためてあの瞬間を思い返します。あのときのディオナは、木の枝に止まって自分のほうをじっと見ていました。そのときの触覚の角度が下がり気味だったことの、今さらながら気づきました。
「たぶん何か頼みたそうな顔に見えたんだろうな。触覚の向きとか」
レイには蜂の表情はわかりませんが、雰囲気を察することができました。何か困っているようだと。現に、このように話をしている間にも、ディオナの触覚はクリクリと動いています。まるでラケルの耳のように。
モリハナバチはマルハナバチを巨大にしたような蜂です。普通の蜂なら表情は読めないでしょうが、ディオナのように二〇センチほどもありますので、レイはなんとなく感情らしいものを感じたのです。
『こっちに来て』
お互いの紹介と事情の説明が終わると、ディオナはその場でホバリングして手を後ろのほうへと向けました。
「レイ、お誘いだよ」
「違うだろ」
まさか魔物、しかも人型ですらなく巨大な蜂です。さすがのレイでも無理ですね。
もちろんそういうお誘いではありません。ディオナは単に奥へと四人を案内しようとしただけでした。
「まだ奥があったんだな」
「広いね」
「森が丸々一つなら、かなりの広さでしょう」
迷路のような森の中を進むと、その奥に小さな広場が見えました。そこには木の枝を組み合わせた山のようなものが見えました。
ぶぶぶ
「あの板をどけろと?」
ぶぶ
指示されたとおりにレイが木の板をどけると、それは扉の代わりをしているようでした。中は天井の高さが五メートルほどのドーム状になっているのがわかります。その中央には蜂蜜色のブロックが天井近くまで積まれていました。
「これは……蜂蜜の塊か?」
ぶぶぶ
レイは人の頭くらいの大きさがあるブロックを一つ手に取りました。表面は固まっていてベタベタしません。蜂蜜一〇〇パーセントで作られた飴のようにも見えます。
蜂の巣は先ほどの大木にあり、そこで蜂蜜ができると働き蜂たちがそれを固めてここへ運び込みます。
『ストックの半分をあげるから、残りでミードを作ってほしい』
ディオナはそう書くと、蜂蜜をつつきました。
「それなら定期的に持ってきたらいいか? それとも事情を町に伝えて、みんなに協力してもらうほうがいいか?」
『あまり広げないでほしい』
「それなら俺たちだけで来ることにするか」
「それでいいと思いますよ。みんな静かに暮らしたいんでしょうし」
ぶっ
シーヴの言葉にディオナはうなずきました。
「それなら、完成したらすぐに持ってくる。来週くらいになると思う」
『そこは任せる』
話が終わると、レイたちはディオナと握手をして森の出口へ向かいます。酔ってフラフラと飛ぶモリハナバチたちに見送られながら。
「いや、いい経験だった」
「いっぱい蜂蜜をもらったしね」
「これだけあればミードもいっぱい作れるな。お菓子を作ってもいいかもしれない」
この世界では甘味は貴重です。砂糖の値段が高いですからね。他の甘味料もありますが、それでもけっして安くはありませんし、いつでもどこでも買えるわけではありません。
蜂蜜を溜め込んでいた期間がかなり長いらしく、先ほどの山が森の中にいくつもあるということでした。
この蜂蜜ですが、熱を加えると溶け、そうでなければずっと固体のままです。そして、どれだけ時間が経っても傷みません。
「どういう理屈なんだろうね?」
「魔物肉が腐りにくいのと同じじゃないか?」
はい。野生の獣や家畜の肉は地球と同じで、すぐに傷み始めます。ところが魔物肉は、解体して皿に乗せておけば数か月は持ちます。ただし、解体しなければ内臓から順に悪くなっていきます。
「そういや、そろそろ卵も欲しいな」
「たしかに減ってきましたね」
お菓子といえば小麦粉と砂糖と卵。卵は家畜のものか魔物のものが多いですが、たまにハーピーやラミアなどの卵生の種族が無精卵を売ることもあります。
「ご主人さま、パンダはもういいのです?」
「ああ。これから戻ってパンダを売りにいくぞ。そしたら買い出しだな」
「そうだった。今日はパンダだった」
「ディオナのほうがインパクトがありすぎましたね」
四人はクラストンの町にのんびりと歩いて戻るのでした。
◆◆◆
「レイさん、今日はどうでした?」
レイたちがギルドに入ると、カウンターの中にいたマーシャが話しかけました。
「とりあえず二〇でいいですか?」
レイがそう言った瞬間、カウンターの中の雰囲気がわずかに変わりました。
「それならまた向こうへお願いします」
「わかりました」
カウンターを出たマーシャと並んで四人は解体所のほうに向かいます。
「とりあえずということは、もっとあるということですよね?」
「はい、ありますが、森に行かない日もありますので、残りはそれに回そうかと」
レイはギルドに売る数を調整しようとしています。それはもったいぶっているからではなく、行かない日の分を溜めておこうとしているだけです。
たとえば週に五日、今日のように三〇頭ほど狩るとすれば、合計が一五〇頭前後になります。それを七日で割れば、一日あたり二〇頭少々になるわけです。
「なるほど。狩りに出かけない日の分ですか」
ギルド職員のマーシャからすると、レイのような考え方は珍しいでしょう。それはまとめて売って現金化したいからというよりも、マジックバッグの容量に限度があるからです。普通なら中身を売ってスペースをあけなければ邪魔なんです。
「今日は二〇頭だそうです」
解体所に入ったところでマーシャが伝えます。すると職員たちが手に手に解体用のナイフを手に立ち上がります。
「よし、さっそく出してくれ」
「チェックしなくていいの?」
「お前さんたちなら大丈夫だろ」
サラの問いかけに、ゴツい職員がニカっと笑って答えます。前回すべて問題なしでしたからね。マーシャもうなずいています。この間にレイがギルド長の血縁者だと知られるようになり、その安心感もあるようです。
職員たちは並べられたグレーターパンダをざっと確認すると、すぐに解体を始めました。
「ラケルのおかげですね」
「いくらでも頑張ります!
「頼りにしてるよ。あれは俺でも無理だからな」
総合力で考えればレイはラケルよりも上ですが、瞬間的な出力は【シールドバッシュ+】や【シールドチャージ+】のあるラケルのほうが明らかに上です。レイではグレーターパンダを弾き飛ばすことはできません。
結果的にレイたちは金貨二一枚と大銀貨一〇枚を受け取ると、買い物をしてから白鷺亭に戻りました。
「安全だと分かっているからいいけど、これは怖いな」
しばらくすると、蜂が皿の周囲に群がり始め、レイは背筋がゾワゾワするような羽音に囲われていました。
レイが少し緊張しながら蜂を眺めていると、地面に降りた女王蜂が自分のほうを向いているのがわかりました。
「ん?」
彼女は目の前のジョッキに口を伸ばしてミードを口にすると、レイを見ながらジョッキをつつきました。
「これを飲めと?」
ぶん
レイはどちらかといえばエール派なので、ミードはそれほど飲みません。このミードはサラとシーヴとラケルが好んで飲んでいる銘柄です。
「それならもらおうか」
毒を入れられたわけでもないだろうと、レイは地面に座るとジョッキから一口飲みました。それからジョッキを地面に置きます。今度は女王蜂が飲みました。女王蜂がまたジョッキをつつくので、レイはまた一口飲みます。まさか魔物と酒を酌み交わすことになるとは、レイは想像していませんでした。
ぶ~~~~っ
何口か飲んだところで、女王蜂が大きく羽を震わせて手を上げました。すると働き蜂たちが一斉に皿から飲み始めます。羽を震わせていますので、とんでもない音が森の中に響き渡っています
交互に飲んでいる間、女王蜂はジェスチャーといくつかの単語を使ってレイに説明しました。
この森で暮らすモリハナバチたちは、その昔はこの近くで暮らしていた村人たちに蜂蜜を渡してミードを作ってもらっていました。ところが、時が過ぎてその村は無人になり、ミードを作ってくれる人がいなくなったのです。
モリハナバチたちは森に来た冒険者たちに蜂蜜を渡してみたものの、その意図が通じることはなく、ただ武器を持たなければ襲われないという話だけが広まります。レイもその話を聞いて来たわけですね。
また、モリハナバチたちは必ずしも金属が嫌いではないこともわかりました。どうして金属が嫌いなのかというと、冒険者が持つ金属といえば剣のことで、争いが嫌いなモリハナバチたちにとっては、できれば見たくないものなのです。
「それなら仲間たちがいるから連れてきてもいいか? 武器は出さないように言っておくから」
ぶぶっ
レイは三人を呼ぶために、また森の外へ戻ることになりました。
「女王蜂が一緒に飲みたいそうだ」
「……何が起きているんですか?」
シーヴが眉間にシワを寄せて言うのも無理はないでしょう。
自分たちが、女王蜂と、ミードを、飲む。
単語を組み合わせて文章を作る遊びがありますが、これは正しい文章とみなされるかどうか微妙です。
「歩きながら話そうか。ああ、武器だけ片付ければ大丈夫みたいだ。金属がダメというわけじゃないらしい」
四人とも武器と盾はしまい、鎧だけ身に着けて女王蜂がいる場所に向かいます。
「あれから女王蜂のところに案内されたんだけど、彼女は言葉がわかるし字も書けたんだ。地面に『ミード』って書いたから、飲みたいのかって聞いたらそうらしいから、取りに戻って」
レイは森に入ってからのことを説明します。案内されて奥に向かうと女王蜂がいたこと。絵やジェスチャーで、最後は文字でミードが欲しいと言われたこと。取りに戻ってまた森に入ってから一緒に飲んだこと。モリハナバチにはミードが必要なこと。作ってくれる人がいなくなったから、代わりに作ってほしいと頼まれたこと。などなど、普通に考えれば夢でも見ていたのかと言われそうです。
「ミードが必需品だったんですね」
「生きるための必需品じゃないらしいけど、嗜好品でもないらしい。儀式的なものらしいな」
話をしているうちに巣が近づいてきました。
「おお~」
「なかなか壮観ですね」
「酔ってるです」
一見すると殺虫剤を吹きかけられてパラパラと地面に落ちて苦しんでいるように見えなくもありません。地面の転がっている無数の蜂を踏まないように気をつけながら、四人は女王蜂のいるほうに進んでいきました。
ぶぶぶっ
女王蜂が羽を震わせて歓迎しています。触覚が上がって喜んでいるようにレイには思えました。
サラたちもミードの入ったジョッキを手にします。
「自己紹介もまだだったから、お互いに紹介といこうか。俺がレイ、こっちがサラ、そしてシーヴ、ラケルだ」
そう言いながらレイはペンとインク壺と紙と木の板を取り出して女王蜂に渡します。
ぶぶぶぶぶ
女王蜂はペンを受け取るとインクに浸し、それから紙に「ディオナ」と書きました。
「きれいな字だね」
「言葉がわかるのなら、他の冒険者たちにも説明できたんじゃないですか?」
ぶんぶん
シーヴの言葉にディオナは首を横に振ります。
『言葉がわかるということをわかってもらえない』
「あー、それもそうだよね」
ここに来るのは、金属を持たずに近づけば蜂蜜がもらえると聞いてやってくる冒険者ばかりです。モリハナバチは弱い魔物です。もちろん針を持っていますので、手を出せば刺されるでしょうが、巣の近くで戦いたくはありません。しかも、女王蜂のディオナが外に出ているのです。何かあっては困ります。
「それならご主人さまはどうして気がついたのです?」
ラケルにそう聞かれたレイは、あらためてあの瞬間を思い返します。あのときのディオナは、木の枝に止まって自分のほうをじっと見ていました。そのときの触覚の角度が下がり気味だったことの、今さらながら気づきました。
「たぶん何か頼みたそうな顔に見えたんだろうな。触覚の向きとか」
レイには蜂の表情はわかりませんが、雰囲気を察することができました。何か困っているようだと。現に、このように話をしている間にも、ディオナの触覚はクリクリと動いています。まるでラケルの耳のように。
モリハナバチはマルハナバチを巨大にしたような蜂です。普通の蜂なら表情は読めないでしょうが、ディオナのように二〇センチほどもありますので、レイはなんとなく感情らしいものを感じたのです。
『こっちに来て』
お互いの紹介と事情の説明が終わると、ディオナはその場でホバリングして手を後ろのほうへと向けました。
「レイ、お誘いだよ」
「違うだろ」
まさか魔物、しかも人型ですらなく巨大な蜂です。さすがのレイでも無理ですね。
もちろんそういうお誘いではありません。ディオナは単に奥へと四人を案内しようとしただけでした。
「まだ奥があったんだな」
「広いね」
「森が丸々一つなら、かなりの広さでしょう」
迷路のような森の中を進むと、その奥に小さな広場が見えました。そこには木の枝を組み合わせた山のようなものが見えました。
ぶぶぶ
「あの板をどけろと?」
ぶぶ
指示されたとおりにレイが木の板をどけると、それは扉の代わりをしているようでした。中は天井の高さが五メートルほどのドーム状になっているのがわかります。その中央には蜂蜜色のブロックが天井近くまで積まれていました。
「これは……蜂蜜の塊か?」
ぶぶぶ
レイは人の頭くらいの大きさがあるブロックを一つ手に取りました。表面は固まっていてベタベタしません。蜂蜜一〇〇パーセントで作られた飴のようにも見えます。
蜂の巣は先ほどの大木にあり、そこで蜂蜜ができると働き蜂たちがそれを固めてここへ運び込みます。
『ストックの半分をあげるから、残りでミードを作ってほしい』
ディオナはそう書くと、蜂蜜をつつきました。
「それなら定期的に持ってきたらいいか? それとも事情を町に伝えて、みんなに協力してもらうほうがいいか?」
『あまり広げないでほしい』
「それなら俺たちだけで来ることにするか」
「それでいいと思いますよ。みんな静かに暮らしたいんでしょうし」
ぶっ
シーヴの言葉にディオナはうなずきました。
「それなら、完成したらすぐに持ってくる。来週くらいになると思う」
『そこは任せる』
話が終わると、レイたちはディオナと握手をして森の出口へ向かいます。酔ってフラフラと飛ぶモリハナバチたちに見送られながら。
「いや、いい経験だった」
「いっぱい蜂蜜をもらったしね」
「これだけあればミードもいっぱい作れるな。お菓子を作ってもいいかもしれない」
この世界では甘味は貴重です。砂糖の値段が高いですからね。他の甘味料もありますが、それでもけっして安くはありませんし、いつでもどこでも買えるわけではありません。
蜂蜜を溜め込んでいた期間がかなり長いらしく、先ほどの山が森の中にいくつもあるということでした。
この蜂蜜ですが、熱を加えると溶け、そうでなければずっと固体のままです。そして、どれだけ時間が経っても傷みません。
「どういう理屈なんだろうね?」
「魔物肉が腐りにくいのと同じじゃないか?」
はい。野生の獣や家畜の肉は地球と同じで、すぐに傷み始めます。ところが魔物肉は、解体して皿に乗せておけば数か月は持ちます。ただし、解体しなければ内臓から順に悪くなっていきます。
「そういや、そろそろ卵も欲しいな」
「たしかに減ってきましたね」
お菓子といえば小麦粉と砂糖と卵。卵は家畜のものか魔物のものが多いですが、たまにハーピーやラミアなどの卵生の種族が無精卵を売ることもあります。
「ご主人さま、パンダはもういいのです?」
「ああ。これから戻ってパンダを売りにいくぞ。そしたら買い出しだな」
「そうだった。今日はパンダだった」
「ディオナのほうがインパクトがありすぎましたね」
四人はクラストンの町にのんびりと歩いて戻るのでした。
◆◆◆
「レイさん、今日はどうでした?」
レイたちがギルドに入ると、カウンターの中にいたマーシャが話しかけました。
「とりあえず二〇でいいですか?」
レイがそう言った瞬間、カウンターの中の雰囲気がわずかに変わりました。
「それならまた向こうへお願いします」
「わかりました」
カウンターを出たマーシャと並んで四人は解体所のほうに向かいます。
「とりあえずということは、もっとあるということですよね?」
「はい、ありますが、森に行かない日もありますので、残りはそれに回そうかと」
レイはギルドに売る数を調整しようとしています。それはもったいぶっているからではなく、行かない日の分を溜めておこうとしているだけです。
たとえば週に五日、今日のように三〇頭ほど狩るとすれば、合計が一五〇頭前後になります。それを七日で割れば、一日あたり二〇頭少々になるわけです。
「なるほど。狩りに出かけない日の分ですか」
ギルド職員のマーシャからすると、レイのような考え方は珍しいでしょう。それはまとめて売って現金化したいからというよりも、マジックバッグの容量に限度があるからです。普通なら中身を売ってスペースをあけなければ邪魔なんです。
「今日は二〇頭だそうです」
解体所に入ったところでマーシャが伝えます。すると職員たちが手に手に解体用のナイフを手に立ち上がります。
「よし、さっそく出してくれ」
「チェックしなくていいの?」
「お前さんたちなら大丈夫だろ」
サラの問いかけに、ゴツい職員がニカっと笑って答えます。前回すべて問題なしでしたからね。マーシャもうなずいています。この間にレイがギルド長の血縁者だと知られるようになり、その安心感もあるようです。
職員たちは並べられたグレーターパンダをざっと確認すると、すぐに解体を始めました。
「ラケルのおかげですね」
「いくらでも頑張ります!
「頼りにしてるよ。あれは俺でも無理だからな」
総合力で考えればレイはラケルよりも上ですが、瞬間的な出力は【シールドバッシュ+】や【シールドチャージ+】のあるラケルのほうが明らかに上です。レイではグレーターパンダを弾き飛ばすことはできません。
結果的にレイたちは金貨二一枚と大銀貨一〇枚を受け取ると、買い物をしてから白鷺亭に戻りました。
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