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第3章:冬の終わり、山も谷もあってこその人生
第20話:サラの考え(パワープレイ)
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「考えって、どんなのだ?」
「マジックバッグを追加しない?」
サラは言います。サラとラケルのマジックバッグ、そしてシーヴの【秘匿】の容量は一辺三メートルの立方体です。ラインベアーやカラムベアー、ヒュージキャタピラーなどは大きいので、いくつも入らないのです。
レイのマジックバッグは一辺八メートルあります。大型の魔物でもガンガンと入れることができます。そのサイズのマジックバッグをもう一つ購入したらどうかとサラは言いました。
実際のところ、これまで午後の早いうちに町に戻っているのは、あまり無理をしないという方針も関係していますが、レイのマジックバッグがいっぱいになりそうだからというのも理由です。
マジックバッグは高価なものですが、この四人なら一日あたり軽く数万キール稼げます。大きなマジックバッグがどれだけするかわかりませんが、半年もあれば回収できるだろうというのがサラの考えです。その考えそのものはけっして間違ってはいませんが、前提が少し違うんです。
「そもそも売ってないと思うぞ」
サラの考えを聞いて、レイは難しい顔をします。大きなマジックバッグはあまり出回らないのです。
「ないの?」
「このサイズは特注らしいからな。それにめちゃくちゃ高いぞ、たぶん」
「私たちの持っているサイズが一般的ですからね」
シーヴの言うように、商品として流通しているのは一辺三メートルのサイズがほとんどです。それでも金貨五〇枚から一〇〇枚ほどします。金額にすれば五〇〇万キールから一〇〇〇万キールになります。なかなか手が出せる金額ではありません。
貴族や大店は、仕事用として大きなマジックバッグを注文して作ってもらいます。だから売っているかどうかわからないというのがレイの意見です。
それに、大型のマジックバッグはさらに高価です。単純計算で、レイのマジックバッグはサラの一九倍近く入ります。値段の差はそこまではありませんが、それでも金貨三〇〇枚から五〇〇枚くらいはします。それを買えるのはごく一部です。普通の冒険者が手を出す値段ではありません。
「一度お店を覗くだけでも覗いてみませんか? あるかどうかだけ確認すればいいですし、値段の確認もできますし。レイの幸運値の高さなら、もしかしたら見つかるかもしれませんし」
「そうだな。確認だけはしてもいいかもな」
マジックバッグは魔道具店が扱っています。高価な商品ですのでそんなにたくさんは在庫はないでしょうが、一つや二つはあるはずです。
四人はギルドで魔道具屋の場所を聞くと、その足で向かうことにしました。
◆◆◆
「いらっしゃいませ」
店に入ると、店員が受付に立っていました。
「当店では入店料として、お一人あたり銀貨一枚を頂戴しております」
「入店料?」
「さようでございます。商品を購入していただければ、その代金の一部にさせていただきます」
「ああ、保証金みたいなものか」
要するに冷やかし防止ですね。高い商品を扱う店では、このように入店料を支払わなければならないことがあります。ただし、買い物をすれば入店料は代金の一部になりますので、損をすることはありません。
レイは三人に目配せしてから四人分で四〇〇〇キールを払いました。大型の魔物一頭分と考えれば、レイたちにとっては高くはありません。
「たしかにお預かりいたします。ところで、本日はどのような商品をお探しですか?」
「マジックバッグを見にきました。在庫はありますか?」
「もちろんございます。ではご案内いたします」
レイたちが案内されたのはガラスのケースの前。高級品ではこのように展示されています。このガラスには魔法がかけられていまして、ちょっとやそっとでは割れたりしません。無理やり壊そうとすれば、横にいる怖い顔をしたお兄さんに腕の一本や二本は折られるでしょう。
「これは……サラたちのと同じだな」
「同じだね」
サラが自分の腰にあるマジックバッグを前に持ってきて見ています。ラケルも自分のものを見ています。
「すでにお持ちでしたか」
「実は、大きなマジックバッグが欲しいんですよ」
一辺三メートルではなく、自分の持っている八メートルサイズのマジックバッグがあれば見たいレイは言いました。もちろん目玉が飛び出るほど高いのはわかっていますが、相場がどれくらいか確認をしておきたかったのです。
「そのサイズですと新品はございませんが……中古なら一つございます。店主を呼んでまいりますので、少々お待ちください」
店員が店の奥に消えたと思うと、髪が白くなりかけた店主が奥から現れました。その手には少し使い込まれた感じのする、メッセンジャーバッグのような斜めがけのマジックバッグです。
「店主のマリッツでございます。大きなマジックバッグをお求めとか」
店主がレイにマジックバッグを手渡します。
「そちらの商品は、実は中古の故障品でございまして、格安になっております」
「故障品ですか?」
「はい。内部の時間が経過してしまうのです」
内部の時間が止まる、中身の重さを感じない、内部が拡張されている、という三つの機能があるものをマジックバッグと呼びます。レイが手にしているマジックバッグは、時間停止の機能だけが働いていないとマリッツは説明します。
「金貨三五枚で販売しております」
「三五枚か」
一瞬だけ嬉しそうな顔をしたレイですが、すぐに難しい顔になりました。嬉しい顔になったのは、マジックバッグとして安いのはもちろんですが、時間が進むからです。マジックバッグの中で煮込み料理を作ることができるかもしれないと考えたからです。普通のマジックバッグなら時間が止まってしまいますからね。
難しい顔になったのは、さらに故障する可能性があると思ったからです。
「レイ、私たちも出しますよ」
「そうそう。みんなの分を合わせたら十分あるよね」
「いや、値段のことはいいんだけど、仕事中に他の機能が故障したと考えたら怖くないか?」
時間が経過してしまうだけなので、重さを感じない点と空間が拡張されている点は変わりません。ただし、魔物を詰め込んた状態で空間拡張部分が故障したらどうなるでしょうか。中に入れてあった大型の魔物が小山を作ってしまうでしょう。
もしくは、重さを感じるようになってしまったら、動けなくなってしまいます。肩にかけたバッグがいきなり何十トンもの重さになれば、腰を痛めるだけでなく、鎖骨や背骨が折れる可能性もありますよ。
「そのような可能性もゼロではございません。そのためにその値段ということになっております」
「一か八かで買って、長く使えれば得をして、すぐに壊れれば損をすると」
「はい。一応当店が購入してから六年ほどになります。その間ですが、月に一日は中の確認をしております」
中古で、しかも機能の一つが壊れています。残り二つの機能が壊れないという保証はありません。だから新品の小型マジックバッグよりも安いのです。
そのような半分壊れた中古商品ですが、この店が購入してから六年経っても壊れていません。それをどう考えるかです。月に一回だけ調べているので壊れないのか、それとも最初から壊れないのか。
「でもさあ、金貨三五枚分稼ぐ間だけでも使えれば十分ってことだよね?」
「まあ、理屈の上ではな」
「それでも魔物肉は売却できるわけですから、無駄にはなりませんよ」
金貨三五枚分、三五〇万キールが稼げれば損はありません。自分たちにはプラスにはなりませんが、その間の活動の意味がなくなるわけではありません。魔物肉を冒険者ギルドに売るという役目は果たせます。
「この場で即決していただけるのでしたら、金貨三〇枚まで値下げいたしますが」
「買います」
レイは即決しました。それくらいの期間は壊れないだろうと思ったからです。いえ、正確には壊れてほしくない、でしょうか。
店は店で、なかなか売れない商品を置いておきたくなかったんですね。故障していないかどうかを調べるのも面倒ですので。あとはレイの魅力と幸運が高いことでしょう。
支払いを済ませると、レイはマントを脱いでからマジックバッグに体を通し、バッグを後ろに回します。最初からあるマジックバッグを、腰の真後ろからやや左寄りに移動させました。それからまたマントを着直しました。
「これくらいなら動きの邪魔にはならないな」
「見た目もおかしくはないよ」
「私やサラが持ってもいいわけですしね」
「そうだな。そこはまた運用しながら考えるか」
レイたちは礼を言うと店をあとにしました。
◆◆◆
「はあっ!」
ラケルが気合いを入れてカラムベアーをひっくり返していきます。すかさずレイとサラがとどめを刺し、シーヴがマジックバッグに収納していきます。
一六頭のカラムベアーの群れを片付けて休憩しながら、シーヴはレイにカラムベアーを渡していきます。
「これが一番効率がいいな」
「そうですね」
ラケルとレイとサラは戦闘中には手が離せませんので、シーヴが走り回って魔物をマジックバッグに入れていきます。戦闘が終わったらレイのマジックバッグに魔物を移し替えます。
レイのマジックバッグがいっぱいになれば、そこからシーヴのほうがいっぱいになるまで狩っていく予定です。そのためにレイのマジックバッグの中身は、ほとんどがラケルとサラのほうに移し替えられています。
「あとどれくらい入りますか?」
「二割ってところだな」
「それならいっぱいになったらお昼にしましょうか」
「時間的にそれくらいだね。ラケルは大丈夫?」
「もちろん大丈夫です!」
一行はそれからもう一度森のほうに向かい、レイのマジックバッグがいっぱいになるまで狩りを続けました。
◆◆◆
昼食になりました。今日はサンドイッチですが、ラケル一人だけパンが違います。一人だけ除け者にしているわけではありません。
「本当に黒パンでいいのか?」
「はい。硬いほうが好きです。厚めでお願いします」
ラケルとしては、白パンの柔らかさが物足りないらしく、できれば歯ごたえのいい黒パンにしてほしいということでした。
これまでラケルは十分に盾役として働いています。今後も活躍してくれるでしょう。奴隷から解放するのは早すぎますので、せめて待遇の改善ができないかとレイは考えたのです。
生活の基本は衣食住です。何か要望はあるかとレイが聞いたところ、「食べ物は歯ごたえがあればあるほどいいです」と元気な答えが返ってきました。だからラケルのパンはカチカチの黒パンを厚めに切っています。
レイは黒パンを不味いとは思いませんが、白パンがあるなら白パンを食べます。硬いので、そのままでは食べにくいからです。
「それなら肉も厚めにするからな」
「ありがとうございます!」
レイは軽く温めた黒パンに溶かしたチーズと分厚いステーキを挟んでラケルに渡しました。レイ特製の歯ごたえ満点サンドイッチです。レイたちは普通に白パンに普通の厚さの肉ですよ。
全員にいきわたったところで、食事をしながら話し合いです。
「今の段階でどれくらいになるかだよね」
「俺の方だけで一六万から二〇万キールくらいだろうな」
レイのマジックバッグには大型の魔物ばかり四〇体ほど入っています。ほぼ満杯です。一体あたり四、五〇〇〇キールほどになりますので、それくらいの金額ですね。
「ギルド職員をしておいて言うのもなんですけど、魔物肉は高いのか安いのかわかりませんね」
「安いのです?」
ラケルがサンドイッチを頬張りながら聞きました。
「……そうですね。私のいたマリオンでは、ホーンラビットの首から下が四〇〇キールです。ヒュージキャタピラーが丸ごとで二〇〇〇キールです。ギルドの酒場でエールとミードが一五キールです。ラケルはどう思いますか?」
「ヒュージキャタピラーがかなり安く感じます」
「そうですよね。ホーンラビットが五匹とヒュージキャタピラーが同じですからね。でもヒュージキャタピラーはお肉しか使えません。ホーンラビットは内臓が薬になりますし、毛皮も売れるんです」
「なるほど」
シーヴは日本人の感覚でつい安いと言ってしまいました。この国では魔物肉はとにかく安いんです。だから生活が楽なんですよね。うっかり口にした言葉にラケルが反応してしまいましたので、話を切り替えたんです。でも、言っていることは間違いありませんよ。
ヒュージキャタピラーの内臓や皮には価値はありません。魔石と肉くらいのものです。一方で、ホーンラビットやブッシュマウスなどは、いろいろな部位が使えます。
それではラインベアーはどうかというと、肉は硬いのでかなり安めです。毛皮は丈夫ですので、敷物やマントやコートなどに使われます。内臓は薬に使われる部分もあります。ところが、解体がヒュージキャタピラーよりも面倒なので、本来の丸ごとの買取価格はヒュージキャタピラーよりも控えめなのです。今はそれを倍以上に上げているわけですね。
ここにいる元日本人三人は、一度はキールと円のレートを考えています。その結果として、考えても無駄だと判断しました。
マリオンでは、何トンもの食肉になるヒュージキャタピラーが一匹で二〇〇〇キールです。エールやミードは一杯で一〇キールから一五キールでした。ギルドの入会金はどこでも一〇〇〇キールです。三人とも、どれを基準にしようかと考えて諦めたんです。
◆◆◆
「パーシーさん、売りたい魔物が多いので、裏に直接持ち込んでもいいですか?」
レイは冒険者ギルドの窓口にいたパーシーにそう言いました。
「どれくらいありますか?」
「ええっと、ラインベアーが二八……」
「あ、無理ですね。向こうでお願いします」
レイが魔物と数を口にしかけると、すぐに止められました。こんなところで出すと邪魔で仕方がありません。
「いっぱい持ち込んでくださって助かります」
「それが仕事ですからね」
食肉が足りないので感謝されるのは理解できても、所詮は一パーティー分です。この町で活動している冒険者がどこまで減っているのかはわかりませんが、活動しているパーティーは一桁や二桁ではないでしょう。
「そう言っていただけると安心します。明日以降もできればお願いします。ドニンさん、大量の魔物が届きました」
パーシーが解体所に入って声をかけると、暇そうに座っていた職員たちが振り向きました。
「大量?」
「はい、大量だそうです。みなさん、ここで出していただけますか?」
「わかりました」
レイたちは、大物から順に出していきます。ラインベアーとカラムベアー、ヒュージキャタピラー、スパイラルディアー、タスクボアー。小物はホーンラビットやブッシュマウス、ハードアルマジロ、ワイルドエリンギなどで、こちらは小さなマジックバッグやシーヴの【秘匿】に詰めていました。
「いやー、これだけあると助かるぜ」
解体所にいる職員たちが両手を擦り合わせて解体の準備を始めます。
「でも、ここに持ち込まれる魔物全体で見たらそこまで多くはないですよね?」
レイの率直な疑問です。パーシーの言葉にも違和感を覚えましたが、他にも何十パーティーかはいるはずです。
「いやあ、ここんところは少ないからなあ。これだけで一日の何割かになるぞ。マジックバッグがなけりゃラインベアーなんてそう何頭も持ち帰れねえからな」
ラインベアーもカラムベアーも、後ろ脚で立てば三、四メートルになり、重さも二トンを超えます。ヒュージキャタピラーは体高が一メートルで長さが三メートル。こちらも重さは数トンあります。
「荷車の貸し出しもしてますよね?」
「今は無料で貸しているが、こんなのが四つも五つも乗った荷車を引けるかどうかどうかって話だな」
ドニンはヒュージキャタピラーを指します。
「マリオンではみんなで引いてましたけどね」
「みんながみんな腕力があるわけじゃねえ。そういうときは複数のパーティーが合同で狩りに出かけるな」
マリオンでは有料で荷車の貸し出しをしていました。複数のパーティーが荷車を引いて合同で狩りに出かけているのをレイたちは見ています。
この町でも荷車の貸し出しを無料にしたり、魔物の値段を上げたりして、少しでも持ち込まれる魔物を増やそうとしています。それでも重さが重さですので、持ち帰ることができるのは数頭でしょう。荷車が壊れる可能性もありますし、そもそも引っ張って帰るのが難しくなります。
「それじゃあ……三八万と四八〇〇キールか。なかなか一度にこれだけの金額はないな」
「でしょうね。俺たちも初めて受け取りました」
ドニンが驚いていますが、レイも驚いています。
「また頼むわ。いくらあってもいい」
「できる限り持ってきます」
レイたちは代金とステータスカードを受け取ると、パーシーと並んで解体所からロビーに戻り、そのまま冒険者ギルドを出ました。
「マジックバッグを追加しない?」
サラは言います。サラとラケルのマジックバッグ、そしてシーヴの【秘匿】の容量は一辺三メートルの立方体です。ラインベアーやカラムベアー、ヒュージキャタピラーなどは大きいので、いくつも入らないのです。
レイのマジックバッグは一辺八メートルあります。大型の魔物でもガンガンと入れることができます。そのサイズのマジックバッグをもう一つ購入したらどうかとサラは言いました。
実際のところ、これまで午後の早いうちに町に戻っているのは、あまり無理をしないという方針も関係していますが、レイのマジックバッグがいっぱいになりそうだからというのも理由です。
マジックバッグは高価なものですが、この四人なら一日あたり軽く数万キール稼げます。大きなマジックバッグがどれだけするかわかりませんが、半年もあれば回収できるだろうというのがサラの考えです。その考えそのものはけっして間違ってはいませんが、前提が少し違うんです。
「そもそも売ってないと思うぞ」
サラの考えを聞いて、レイは難しい顔をします。大きなマジックバッグはあまり出回らないのです。
「ないの?」
「このサイズは特注らしいからな。それにめちゃくちゃ高いぞ、たぶん」
「私たちの持っているサイズが一般的ですからね」
シーヴの言うように、商品として流通しているのは一辺三メートルのサイズがほとんどです。それでも金貨五〇枚から一〇〇枚ほどします。金額にすれば五〇〇万キールから一〇〇〇万キールになります。なかなか手が出せる金額ではありません。
貴族や大店は、仕事用として大きなマジックバッグを注文して作ってもらいます。だから売っているかどうかわからないというのがレイの意見です。
それに、大型のマジックバッグはさらに高価です。単純計算で、レイのマジックバッグはサラの一九倍近く入ります。値段の差はそこまではありませんが、それでも金貨三〇〇枚から五〇〇枚くらいはします。それを買えるのはごく一部です。普通の冒険者が手を出す値段ではありません。
「一度お店を覗くだけでも覗いてみませんか? あるかどうかだけ確認すればいいですし、値段の確認もできますし。レイの幸運値の高さなら、もしかしたら見つかるかもしれませんし」
「そうだな。確認だけはしてもいいかもな」
マジックバッグは魔道具店が扱っています。高価な商品ですのでそんなにたくさんは在庫はないでしょうが、一つや二つはあるはずです。
四人はギルドで魔道具屋の場所を聞くと、その足で向かうことにしました。
◆◆◆
「いらっしゃいませ」
店に入ると、店員が受付に立っていました。
「当店では入店料として、お一人あたり銀貨一枚を頂戴しております」
「入店料?」
「さようでございます。商品を購入していただければ、その代金の一部にさせていただきます」
「ああ、保証金みたいなものか」
要するに冷やかし防止ですね。高い商品を扱う店では、このように入店料を支払わなければならないことがあります。ただし、買い物をすれば入店料は代金の一部になりますので、損をすることはありません。
レイは三人に目配せしてから四人分で四〇〇〇キールを払いました。大型の魔物一頭分と考えれば、レイたちにとっては高くはありません。
「たしかにお預かりいたします。ところで、本日はどのような商品をお探しですか?」
「マジックバッグを見にきました。在庫はありますか?」
「もちろんございます。ではご案内いたします」
レイたちが案内されたのはガラスのケースの前。高級品ではこのように展示されています。このガラスには魔法がかけられていまして、ちょっとやそっとでは割れたりしません。無理やり壊そうとすれば、横にいる怖い顔をしたお兄さんに腕の一本や二本は折られるでしょう。
「これは……サラたちのと同じだな」
「同じだね」
サラが自分の腰にあるマジックバッグを前に持ってきて見ています。ラケルも自分のものを見ています。
「すでにお持ちでしたか」
「実は、大きなマジックバッグが欲しいんですよ」
一辺三メートルではなく、自分の持っている八メートルサイズのマジックバッグがあれば見たいレイは言いました。もちろん目玉が飛び出るほど高いのはわかっていますが、相場がどれくらいか確認をしておきたかったのです。
「そのサイズですと新品はございませんが……中古なら一つございます。店主を呼んでまいりますので、少々お待ちください」
店員が店の奥に消えたと思うと、髪が白くなりかけた店主が奥から現れました。その手には少し使い込まれた感じのする、メッセンジャーバッグのような斜めがけのマジックバッグです。
「店主のマリッツでございます。大きなマジックバッグをお求めとか」
店主がレイにマジックバッグを手渡します。
「そちらの商品は、実は中古の故障品でございまして、格安になっております」
「故障品ですか?」
「はい。内部の時間が経過してしまうのです」
内部の時間が止まる、中身の重さを感じない、内部が拡張されている、という三つの機能があるものをマジックバッグと呼びます。レイが手にしているマジックバッグは、時間停止の機能だけが働いていないとマリッツは説明します。
「金貨三五枚で販売しております」
「三五枚か」
一瞬だけ嬉しそうな顔をしたレイですが、すぐに難しい顔になりました。嬉しい顔になったのは、マジックバッグとして安いのはもちろんですが、時間が進むからです。マジックバッグの中で煮込み料理を作ることができるかもしれないと考えたからです。普通のマジックバッグなら時間が止まってしまいますからね。
難しい顔になったのは、さらに故障する可能性があると思ったからです。
「レイ、私たちも出しますよ」
「そうそう。みんなの分を合わせたら十分あるよね」
「いや、値段のことはいいんだけど、仕事中に他の機能が故障したと考えたら怖くないか?」
時間が経過してしまうだけなので、重さを感じない点と空間が拡張されている点は変わりません。ただし、魔物を詰め込んた状態で空間拡張部分が故障したらどうなるでしょうか。中に入れてあった大型の魔物が小山を作ってしまうでしょう。
もしくは、重さを感じるようになってしまったら、動けなくなってしまいます。肩にかけたバッグがいきなり何十トンもの重さになれば、腰を痛めるだけでなく、鎖骨や背骨が折れる可能性もありますよ。
「そのような可能性もゼロではございません。そのためにその値段ということになっております」
「一か八かで買って、長く使えれば得をして、すぐに壊れれば損をすると」
「はい。一応当店が購入してから六年ほどになります。その間ですが、月に一日は中の確認をしております」
中古で、しかも機能の一つが壊れています。残り二つの機能が壊れないという保証はありません。だから新品の小型マジックバッグよりも安いのです。
そのような半分壊れた中古商品ですが、この店が購入してから六年経っても壊れていません。それをどう考えるかです。月に一回だけ調べているので壊れないのか、それとも最初から壊れないのか。
「でもさあ、金貨三五枚分稼ぐ間だけでも使えれば十分ってことだよね?」
「まあ、理屈の上ではな」
「それでも魔物肉は売却できるわけですから、無駄にはなりませんよ」
金貨三五枚分、三五〇万キールが稼げれば損はありません。自分たちにはプラスにはなりませんが、その間の活動の意味がなくなるわけではありません。魔物肉を冒険者ギルドに売るという役目は果たせます。
「この場で即決していただけるのでしたら、金貨三〇枚まで値下げいたしますが」
「買います」
レイは即決しました。それくらいの期間は壊れないだろうと思ったからです。いえ、正確には壊れてほしくない、でしょうか。
店は店で、なかなか売れない商品を置いておきたくなかったんですね。故障していないかどうかを調べるのも面倒ですので。あとはレイの魅力と幸運が高いことでしょう。
支払いを済ませると、レイはマントを脱いでからマジックバッグに体を通し、バッグを後ろに回します。最初からあるマジックバッグを、腰の真後ろからやや左寄りに移動させました。それからまたマントを着直しました。
「これくらいなら動きの邪魔にはならないな」
「見た目もおかしくはないよ」
「私やサラが持ってもいいわけですしね」
「そうだな。そこはまた運用しながら考えるか」
レイたちは礼を言うと店をあとにしました。
◆◆◆
「はあっ!」
ラケルが気合いを入れてカラムベアーをひっくり返していきます。すかさずレイとサラがとどめを刺し、シーヴがマジックバッグに収納していきます。
一六頭のカラムベアーの群れを片付けて休憩しながら、シーヴはレイにカラムベアーを渡していきます。
「これが一番効率がいいな」
「そうですね」
ラケルとレイとサラは戦闘中には手が離せませんので、シーヴが走り回って魔物をマジックバッグに入れていきます。戦闘が終わったらレイのマジックバッグに魔物を移し替えます。
レイのマジックバッグがいっぱいになれば、そこからシーヴのほうがいっぱいになるまで狩っていく予定です。そのためにレイのマジックバッグの中身は、ほとんどがラケルとサラのほうに移し替えられています。
「あとどれくらい入りますか?」
「二割ってところだな」
「それならいっぱいになったらお昼にしましょうか」
「時間的にそれくらいだね。ラケルは大丈夫?」
「もちろん大丈夫です!」
一行はそれからもう一度森のほうに向かい、レイのマジックバッグがいっぱいになるまで狩りを続けました。
◆◆◆
昼食になりました。今日はサンドイッチですが、ラケル一人だけパンが違います。一人だけ除け者にしているわけではありません。
「本当に黒パンでいいのか?」
「はい。硬いほうが好きです。厚めでお願いします」
ラケルとしては、白パンの柔らかさが物足りないらしく、できれば歯ごたえのいい黒パンにしてほしいということでした。
これまでラケルは十分に盾役として働いています。今後も活躍してくれるでしょう。奴隷から解放するのは早すぎますので、せめて待遇の改善ができないかとレイは考えたのです。
生活の基本は衣食住です。何か要望はあるかとレイが聞いたところ、「食べ物は歯ごたえがあればあるほどいいです」と元気な答えが返ってきました。だからラケルのパンはカチカチの黒パンを厚めに切っています。
レイは黒パンを不味いとは思いませんが、白パンがあるなら白パンを食べます。硬いので、そのままでは食べにくいからです。
「それなら肉も厚めにするからな」
「ありがとうございます!」
レイは軽く温めた黒パンに溶かしたチーズと分厚いステーキを挟んでラケルに渡しました。レイ特製の歯ごたえ満点サンドイッチです。レイたちは普通に白パンに普通の厚さの肉ですよ。
全員にいきわたったところで、食事をしながら話し合いです。
「今の段階でどれくらいになるかだよね」
「俺の方だけで一六万から二〇万キールくらいだろうな」
レイのマジックバッグには大型の魔物ばかり四〇体ほど入っています。ほぼ満杯です。一体あたり四、五〇〇〇キールほどになりますので、それくらいの金額ですね。
「ギルド職員をしておいて言うのもなんですけど、魔物肉は高いのか安いのかわかりませんね」
「安いのです?」
ラケルがサンドイッチを頬張りながら聞きました。
「……そうですね。私のいたマリオンでは、ホーンラビットの首から下が四〇〇キールです。ヒュージキャタピラーが丸ごとで二〇〇〇キールです。ギルドの酒場でエールとミードが一五キールです。ラケルはどう思いますか?」
「ヒュージキャタピラーがかなり安く感じます」
「そうですよね。ホーンラビットが五匹とヒュージキャタピラーが同じですからね。でもヒュージキャタピラーはお肉しか使えません。ホーンラビットは内臓が薬になりますし、毛皮も売れるんです」
「なるほど」
シーヴは日本人の感覚でつい安いと言ってしまいました。この国では魔物肉はとにかく安いんです。だから生活が楽なんですよね。うっかり口にした言葉にラケルが反応してしまいましたので、話を切り替えたんです。でも、言っていることは間違いありませんよ。
ヒュージキャタピラーの内臓や皮には価値はありません。魔石と肉くらいのものです。一方で、ホーンラビットやブッシュマウスなどは、いろいろな部位が使えます。
それではラインベアーはどうかというと、肉は硬いのでかなり安めです。毛皮は丈夫ですので、敷物やマントやコートなどに使われます。内臓は薬に使われる部分もあります。ところが、解体がヒュージキャタピラーよりも面倒なので、本来の丸ごとの買取価格はヒュージキャタピラーよりも控えめなのです。今はそれを倍以上に上げているわけですね。
ここにいる元日本人三人は、一度はキールと円のレートを考えています。その結果として、考えても無駄だと判断しました。
マリオンでは、何トンもの食肉になるヒュージキャタピラーが一匹で二〇〇〇キールです。エールやミードは一杯で一〇キールから一五キールでした。ギルドの入会金はどこでも一〇〇〇キールです。三人とも、どれを基準にしようかと考えて諦めたんです。
◆◆◆
「パーシーさん、売りたい魔物が多いので、裏に直接持ち込んでもいいですか?」
レイは冒険者ギルドの窓口にいたパーシーにそう言いました。
「どれくらいありますか?」
「ええっと、ラインベアーが二八……」
「あ、無理ですね。向こうでお願いします」
レイが魔物と数を口にしかけると、すぐに止められました。こんなところで出すと邪魔で仕方がありません。
「いっぱい持ち込んでくださって助かります」
「それが仕事ですからね」
食肉が足りないので感謝されるのは理解できても、所詮は一パーティー分です。この町で活動している冒険者がどこまで減っているのかはわかりませんが、活動しているパーティーは一桁や二桁ではないでしょう。
「そう言っていただけると安心します。明日以降もできればお願いします。ドニンさん、大量の魔物が届きました」
パーシーが解体所に入って声をかけると、暇そうに座っていた職員たちが振り向きました。
「大量?」
「はい、大量だそうです。みなさん、ここで出していただけますか?」
「わかりました」
レイたちは、大物から順に出していきます。ラインベアーとカラムベアー、ヒュージキャタピラー、スパイラルディアー、タスクボアー。小物はホーンラビットやブッシュマウス、ハードアルマジロ、ワイルドエリンギなどで、こちらは小さなマジックバッグやシーヴの【秘匿】に詰めていました。
「いやー、これだけあると助かるぜ」
解体所にいる職員たちが両手を擦り合わせて解体の準備を始めます。
「でも、ここに持ち込まれる魔物全体で見たらそこまで多くはないですよね?」
レイの率直な疑問です。パーシーの言葉にも違和感を覚えましたが、他にも何十パーティーかはいるはずです。
「いやあ、ここんところは少ないからなあ。これだけで一日の何割かになるぞ。マジックバッグがなけりゃラインベアーなんてそう何頭も持ち帰れねえからな」
ラインベアーもカラムベアーも、後ろ脚で立てば三、四メートルになり、重さも二トンを超えます。ヒュージキャタピラーは体高が一メートルで長さが三メートル。こちらも重さは数トンあります。
「荷車の貸し出しもしてますよね?」
「今は無料で貸しているが、こんなのが四つも五つも乗った荷車を引けるかどうかどうかって話だな」
ドニンはヒュージキャタピラーを指します。
「マリオンではみんなで引いてましたけどね」
「みんながみんな腕力があるわけじゃねえ。そういうときは複数のパーティーが合同で狩りに出かけるな」
マリオンでは有料で荷車の貸し出しをしていました。複数のパーティーが荷車を引いて合同で狩りに出かけているのをレイたちは見ています。
この町でも荷車の貸し出しを無料にしたり、魔物の値段を上げたりして、少しでも持ち込まれる魔物を増やそうとしています。それでも重さが重さですので、持ち帰ることができるのは数頭でしょう。荷車が壊れる可能性もありますし、そもそも引っ張って帰るのが難しくなります。
「それじゃあ……三八万と四八〇〇キールか。なかなか一度にこれだけの金額はないな」
「でしょうね。俺たちも初めて受け取りました」
ドニンが驚いていますが、レイも驚いています。
「また頼むわ。いくらあってもいい」
「できる限り持ってきます」
レイたちは代金とステータスカードを受け取ると、パーシーと並んで解体所からロビーに戻り、そのまま冒険者ギルドを出ました。
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