異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第8章:春、急カーブと思っていたらまさかのクランク

第17話:ダンジョンと人格

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 レイは地図を持ち、ニコルを腰の革袋に入れてダンジョンに入りました。魔物が出ないことはみんなが確認していますが、念のために武器と防具を着用しています。これは家族も同じです。油断して命を落とすほど馬鹿らしいことはありませんからね。
 そう思って地上階の通路に入ったレイですが、少しするとニコルが急にジタバタし始めました。

「どうした?」

 ペカ、ペカペカ、ペカ、ペカペカ

「それじゃ分からないから字を書いてくれ」

 レイは青と赤に点滅するニコルを床に下ろすとペンを渡しました。

『一番上に来てほしいとダンジョンが言っています』
「話が通じるのか?」
『先ほどから聞こえるようになりました』
「ん? クラストンのダンジョンでは違ったのか?」
『前のダンジョンは、一度外に出たら声が聞こえなくなりました。今は入ったら聞こえました』
「そうか。それならとりあえず一番上に行くか」

 ニコルが嘘を言うとは思えません。ダンジョンで生まれたニコルだからこそ何かがわかるのかもしれないと思い、レイはその言葉を信じることにしました。
 そのまま地上階の通路を歩くと、見覚えのない扉があります。

「いつの間にか転移部屋ができてるな」

 これまでこのダンジョンには転移部屋はありませんでした。そもそもこのダンジョンには魔物はいませんし、罠もありません。規模が規模ですので、危険がなければ転移部屋は必要なありません。
 レイはそのまま歩いて地上一階に上がります。まったく音のない、ある意味では不思議な空間です。レイの足音だけが響いています。
 日常的には、たとえどれだけ静かな場所でも何かしらの音が聞こえます。外を歩いている人の声、風で揺れる窓の音。音がまったくないというのは、実は不自然な環境なのです。もちろんスキルを使えばそのような空間も作れますが。
 急ぎ気味に上に向かうレイの目に、安全地帯の扉が映りました。

「安全地帯もできたのか」

 中を覗いたレイの目に、やはりクラストンのダンジョンと同じく、何もない広間が見えました。危険がないと分かっていても安全地帯のほうが安心できるのは当然なので、あれば嬉しい設備でしょう。
 安全地帯を確認すると、レイは小走りに二階へ向かいます。それから三階、四階と順々に上がります。地図がある上に、広さはさほどでもありませんので、二時間もかからずに七階への階段が見えました。
 現在は地上階の上に七階、下に七階あることが確認されています。ここまで魔物も罠もありませんが、何があるかはわかりません。大丈夫だろうとは思いつつも、万が一のことを考えながらレイは階段を上がります。そして七階の床が見えた瞬間、目の前の光景に絶句しました。

「これは限度を知らないな」

 見渡す限り、通路に宝箱が並んでいました。まるで宝物庫のように。

「ダンジョンの年齢なんてわからないけど、まだ子供なのかもしれないな」
『マスターのことをパパと呼んでいます』
「パパァ?」

 レイにはどうしてパパと呼ばれたのか、その理由はわかりません。ただし、この加減を知らない歓待っぷりは、子供が親に喜んでもらおうと精一杯頑張っているように思えなくもありません。そうでなければ足を入れるスペースを残して宝箱がぎっしり並んでいるというのは普通では考えられないでしょう。
 今さら罠はないだろうと、レイは片っ端から宝箱を開け、中身をマジックバッグに入れていきます。それでもマジックバッグの容量には限度があります。
 さすがに全部は入らないなと思ったとき、一部の宝箱がマジックバッグになっているのがわかりました。中身を取り出しても消えなかったからです。
 マジックバッグ機能のある宝箱の中は、一辺三メートルほどの立方体です。マジックバッグとしては一番容量が小さいものですが、これだけ数があれば肉の塊や壺くらいはいくらでも入るでしょう。宝箱の中に詰められるだけ詰め、それをマジックバッグの中に入れていきます。
 ようやく宝箱がなくなったと思ったころ、またニコルに反応がありました。

『今度は地下七階に来てほしいそうです』
「まさか……」

 嫌な気がプンプンしますが、無視するわけにもいきません。レイは急いで階段を下りると、地下七階を目指しました。

 ◆◆◆

「それで、結局どうだったの?」

 サラが微妙な顔のレイに聞きますが、レイ自身も理解しきれていません。だから、レイは事実だけを話すことにしました。

「入ったところでニコルに反応があったから話を聞いたら、ダンジョンが俺のことをパパと呼んでるらしい」
「「「パパ⁉」」」

 みんなが驚きますが、レイはそのまま説明を続けます。
 地上七階は宝箱が床一面ぎっしりでした。一部はマジックバッグ化した宝箱だったので、それに中身を詰め替えて持ち帰ろうとしました。
 ようやく片付いたかと思ったら、今度は地下七階に来てほしいと言われたので行ってみると、やはりそちらも同じ状態でした。

「中身を確認しましたが、魔物肉が一番多くて、その次がお酒でしたね。エールにミード、それから各種ワインに各種ブランデーがありました。火酒も何種類か。他にも、その元となっているブドウ、リンゴ、ナシ、ミカン。さらには小麦、パスタ小麦、大麦、ライ麦。お塩や砂糖、卵にバター。植物油が数種類。調味料などが一通り」

 壺の中身を調べていたシーヴが報告します。

「これまでダンジョンに与えたものやその材料が出たってことか?」

 レイはワインをかけたことがありますが、さすがにブランデーはかけていません。ただし、ブランデーはワインから作ります。ワインならかけたことがありました。

「これだけあればレストランができそうだね」
「たしかにこの量を考えたらしばらくは食材に困らないだろうな」

 中身はすべて食材でした。誰も与えた記憶のないものが出てきたのは、ダンジョンのほうで考えたのかもしれません。もしくは、誰かが勝手に与えたものかもしれません。

「しかし、そのままなら冒険者を入れられないよなあ。入ってもらってもいいけど食材しかないからなあ」

 ダンジョンがあると聞けば冒険者は集まってくるでしょうが、一攫千金を狙っている冒険者からすると、食材しか見つからないダンジョンは微妙です。

「食材集めイベントはできませんの?」
「イベントにするほど面白いものは出ないからな」

 品質は高いのですが、食材そのものはどこででも手に入るものです。酒飲みならブランデーが出れば嬉しいでしょうが、それよりもお金のほうが嬉しいでしょう。

「レイ兄、宝箱の中身や数を調節してくれるようにニコル経由で頼んでみたら?」
「そうだな。明日もう一度出かけてみるか。それで頼めたら頼んでみよう。ニコル、明日も頼む」

 ぺか

 レイはどうにかなりそうだと考えていました。レイ以外は、レイならなんとかするだろうという気がしていました。

 ◆◆◆

 翌朝、朝食が終わると、レイはニコルを連れてダンジョンに出かけました。

「ニコル、ダンジョンの声は聞こえるか?」
『はい。パパが来たとダンジョンが喜んでいます』
「そうか。それなら……俺と家族が直接声をかけて頼んだらいっぱい用意してほしい。そうでなければどれかをランダムに、バラバラの場所に少しだけ出してほしい。そう伝えてくれ」

 ぺか

 ニコルは一度光るとペンを動かしました。

『いっぱい出す場所はどこがいいかと言っています』
「場所か」

 いずれはこのダンジョンにも冒険者が入るでしょう。床一面の宝箱が冒険者たちに見つかるのは具合が悪いかもしれません。中身が食材だけなら問題ないでしょうが。

「もし可能なら、隠し部屋を用意して、そこを俺と家族しか入れないようにしてほしい」
『この先にマスターと家族だけが入れる場所を作るそうです』

 地上階の一角に隠し部屋が作られることになりました。

「魔物を出せるかどうか聞いてくれるか?」

 レイはこの際、気になることをまとめて聞いておくことにしました。

『食べた肉の分は確実に出せるそうです』
「そうか。まだ出さなくていいけど、いずれは頼むと言っておいてくれ」
『はい。魔物のことを勉強しておくそうです』
「あー、てことは食材も勉強して出してたのか」
『食べたものを分析して食材を探したそうです』
「探した……」

 レイにはダンジョンがどこから食材を探して手に入れたのかわかりませんが、これ以上聞いてはいけないような気がしました。
 確認が終わったレイとニコルは、宝箱を回収すると家へと戻りました。はい、ダンジョンがまたたくさん用意してくれていたんです。食材ばっかりですが、かなり上等なものも含まれていました。

 ◆◆◆

「それじゃあここまでの結果を発表する」

 レイはここしばらくの調査でわかったことをダンジョンに確認しました。その結果、おおよそ想像通りなことがわかりました。

・レイの配下にあるゴーレムたちは、ダンジョン内ではダンジョンと意思疎通ができる。ただし、意思疎通ができるのはこのダンジョンだけで、クラストンでは一度ダンジョンから出たらダンジョンの声は聞こえなくなった。
・レイと家族が与えたものやその材料は、頼んだその翌日に宝箱から現れる。宝箱の数はニコル経由で変更してもらえる。
・地上階に隠し部屋が作られる予定で、特にたくさん出してほしい場合はそこを利用することになる。
・一度でも宝箱から出たものはそれ以降もどこかに出る可能性がある。ただし、確実に出してほしければ、レイたちが与えなければならない。

「これで宝箱もほどほど、中身もほどほどにできそうだ。魔物もいずれは出してもらおう」
「レイさん、宝箱の中身と魔物のことが相談できるのなら、他も相談できる可能性があるということですね?」
「できるらしい。最初からいろいろとわかってれば楽だったんだけどなあ」
「ですが……まだ冒険者を呼べる段階ではありませんので、ちょうどいいのかもしれません」

 シェリルは腕組みをしながら、先ほどから情報を書き込んでいた紙を見た。

「そうだな。宿屋に酒場、商店、武器屋など、何もないからな」

 領地経営に関しては、妻の中で一番経済に詳しいシェリルと相談しながら進めてきましたが、何もなければ彼女ででもどうしようもないのです。

「それならしばらくは……兵站の代わりをしてもらいましょうか。ジンマにばっかり負担をかけるわけにはいきませんし」
「そうだな。運搬まではしてくれないけど、そこはニコルたちに頼めばいいか」

 ぺか

 ニコルはレイの家族と認識されているので、レイの支配下のゴーレムたちはすべて隠し部屋に入れることになっています。ゴーレムたちは交代で町の見回りに出かけていて、場合によっては重量物の運搬をしています。宝箱の一つや二つは簡単に運べます。
 ダンジョンについてわかったことは関係者以外には漏らさないということに決まりました。マーシャとダーシー、そしてドロシーとフィルシーもうなずきます。ただし、ダーシーが舌なめずりしたのをレイはうっかりと見てしまいました。
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