異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第2章:冬、活動開始と旅立ち

第20話:人に歴史あり

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 昼食後、サラにさらなる試練が訪れていました。

「ほい、これを持ってくれ」
「う、うええ……」

 レイがヒュージキャタピラーを解体しながら、ブロック状に切り出した肉をサラに渡します。数十キロはあるでしょう。

「料理するときには触るんだから、今さらじゃないか」
「この部分だけを見ればね。でもそこから切り出したでしょ?」

 とは、解体中のヒュージキャタピラーです。レイは次々と肉の塊を切り出し、それをサラに渡します。渡されたサラは受け取った肉の塊を順番にマジックバッグに入れていきます。

「よし、次はこれを」
「うっぷ……」

 予定どおり、レイはサラに頭の部分を渡しました。頭より少し後ろで切ってあり、しかも切断面が上になっていますのでそれほどグロテスクには見えませんが、上下をひっくり返せば潰れた頭が見えるでしょう。

「それも肉の塊だと思えばいい」
「ダメ。この裏を想像しちゃうからダメ」

 今日もサラは鳥肌を立てています。

「レイ、今日はそれくらいでどうですか?」
「そうだな。でもずいぶん頑張れるようになったな。もう一息だ」
「個人的にはもう十分だよ」

 サラはぐったりとしています。でも頑張りましたね。最初からすると大きな進歩です。

 ◆◆◆

 その後、午後のまだ早い時間に、一行はアシュトン子爵領の一番北の町コクランに到着しました。予定どおりですね。

「領境の町っていうのは似たようなもんだな」
「そうでしょうね。どうしても兵士や冒険者が多くなりますので、全体的にガヤガヤしています。魔物は多いですし、盗賊も出やすいですから」
「これまで盗賊って出なかったけど、このあたりは出るのかな?」
「ラックさんの情報では、オグデンより南ということでしたね」

 シーヴ自身、冒険者時代に盗賊退治に加わったことがあります。ギルド職員になってからも情報は入っていました。出やすいか出にくいかで考えれば、出にくい場所は大都市の近くに限られます。

「大都市の近くは兵士も多いですし、盗賊も無理はしません。それよりも行商人を狙って領境に潜むこともあります。どれだけ兵士が多くても、隠れる場所が多いですからね」

 盗賊が出るという情報が伝わるにはいくつかの理由があります。
 まず、生き残りがいた場合。一人でも町まで逃げ込めば兵士に伝わります。これは簡単ですね。
 次に、街道の途中で死体が発見され、その傷が刀傷や魔法による攻撃によるものだった場合。もちろん復讐や痴情のもつれなど、盗賊以外が原因の可能性もありますので確実ではありませんが、盗賊の可能性が高くなります。
 そして最後は、到着しない人や馬車がいるのに街道に何も残っていない場合です。これは判断が難しいですが、かなり確率が上がります。
 盗賊は仕事をしたあと、現場を片付けて襲撃の痕跡を消すことがあります。そのほうが警戒されにくいからです。だから目撃情報がなくても盗賊がいないとは限らないのが実際のところです。
 ここで三人は盗賊と言っていますが、その中には元冒険者もいます。〝C止まり〟で心が折れて飲んだくれるならまだマシで、悪事に手を染める場合もあります。そのような犯罪者が集まって盗賊団を結成すると、元がそこそこの腕がありますので、なかなか潰すのが大変なんです。

 ◆◆◆

「あー、やっぱり宿屋はいいね」
「ゆっくり寝られるのがいいな」

 サラはベッドの上で伸びています。わずか二晩でしたが野営で夜番をしました。夜中に魔物は現れませんでしたが、それでも気を張っているので精神的に疲れるのは間違いありません。

「でも、王都まで何回かあるよね?」
「俺たち二人だけなら走れば大丈夫だろ」
「あ、そうだね」

 領地と領地の間には、百数十キロほど何もない場所が広がっています。何もないというと語弊がありますね。山や丘、森、草原、川、沼、池など、自然はいくらでもありますが、町や村などは見られません。
 どんどん領地を広げていけば、いずれは隣の領地とぶつかります。そうならないように余裕を持たせているというのが理由の一つですが、もう一つの理由は、簡単に攻め込まれないようにというものです。かつては物騒な時代もありましたので。
 それで、領境の何もない場所ですが、レイとサラの二人だけなら走り抜けることができるでしょう。屋敷の離れの裏で野営の練習をしていたときに、二人はそんな話をしていました。そうです。二人だけなら無茶ができますが、そこに一人でも入ると融通が利かなくなるんです。だから今回は野営をしなければなりませんでした。

「まあ、オグデンに着いてからどうするかは決めてないけど、しばらくはオグデンで活動するよな?」
「うん。せっかくいろいろと教えてもらったからね。お世話になった分は返さないと」

 夜番の心得だけではなく、冒険者としてどう活動すべきかを二人はシーヴから教わっていました。

「私とレイなら問題ないようなことばかりだったけどね」
「でも、直接聞いてるか聞いてないかで全然違うからな」

 うっかりとやってしまいがちなのが、ギルドを通さない依頼を受けてしまうことです。
 たとえば、AさんからBさんに荷物を運ぶ依頼を受け、Bさんに荷物を渡して仕事は完了しました。受け取りのサインをもらって帰ります。その際に「これをAさんに渡しておいてください」とBさんから荷物を渡されそうになっても、これを受けてはいけません。きちんとした契約でないからです。
 AさんからBさんに渡す荷物には依頼料が支払われています。あとは帰るだけだとしても、物を運ぶのなら輸送費がかかりますので、ギルドを通して依頼として受けなければなりません。
 もしこれがお礼の手紙だとしても、手紙の配達を仕事にしている人もいますので、その人の仕事を奪ってしまうわけです。さらには、「〇〇さんはただで運んでくれた」などと言われれば、周囲から厳しい視線が向けられるでしょう。
 日本人だったレイからすると、細かいというか世知辛いというか、なんとなく違和感がありますが、労働には対価が必要で、対価が払えないなら仕事を頼んではいけないというのが原則としてあるんです。

「どうだ? そろそろ下りるか?」
「そうだね。ゆっくり飲めばいいよね」

 夜というよりもまだ夕方ですが、レイとサラはシーヴに声をかけて酒場の方に向かいました。

 ◆◆◆

「ヨーシッ、心の洗濯ウッ!」

 宿屋の酒場でサラが宣言します。元々彼女はそれほど酒好きではありませんが、ヒュージキャタピラーの解体もありましたので、少々ヤケ気味です。

「明日もあるんだからほどほどにな」
「そのときは【解毒】をかけてね」

 二日酔いは【解毒】で治ることがわかっています。アセトアルデヒドが無害化されるからでしょう。

「お酒は抜けますけど、ほどほどにしたほうがいいですよ。ついつい脂っこいものを食べてしまいますからね」
「そこは大丈夫。まだまだ食欲が落ち着いてないから」

 さすがに最初のころほどではありませんが、まだまだ空腹感を強く感じる毎日です。

「いいですねえ」

 シーヴがサラを見ながらしみじみとつぶやきます。

「でもシーヴってすっごいスタイルいいじゃん」
「これでもトレーニングはしていますよ」
「そうなの? 獣人の人たちってみんなスタイルよくない?」

 サラの知り合いには獣人はいませんが、これまで街中ではそれなりの人数を見ています。その人たちを見て思ったわけですね。
 獣人は人間に比べれば寒さに強いので、わりと薄着なことが多いんです。レイたちは綿の入った厚めの鎧下を着て、その上に革鎧を着ています。それから一番上には防寒用のマントをまといます。
 一方でシーヴは、夜番のときはともかく、普段は革のジャケットを着ているだけです。ソフトレザーで作られたジャケットの胴体部分が補強されたもので、身軽なシーヴにはピッタリの装備です。

「たしかに【身体強化】などのスキルを使って動けば、普段よりもエネルギーを消費するのは間違いないですね。でも、獣人にだって痩せている人もいれば太っている人もいますよ」
「全然イメージできないけどね」
「人間も獣人も同じですよ。歳をとれば髪が薄くなったり白くなったりします。尻尾の毛も薄くなりますからね」

 それを聞いたサラは、太って髪が薄くなった獣人の男性を想像し、微妙な表情になりました。彼女の中では、獣人は人間よりも力強くて俊敏で、できればスタイリッシュであってほしいんです。
 実際に、この世界で生まれ育った人間の中にも、獣人に対してサラと同じようなイメージを持つ人はたくさんいます。それがなぜかというと……

「私もそうですが、成人したら一度は人間の町に出るという風習がある町や村が多いんです」
「なるほど。それなら若い世代が多いってことか」
「そういうことですね。もちろんそのまま定住する人も多いですよ。その子供なら人間の町で育ちます」

 獣人が中心となっている集落では、成人してジョブを得たら人間の町に行かせることがよくあります。「かわいい子には旅をさせよ」と送り出すこともあれば、もっと過激に「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」ような感じで追い出すこともあるんです。
 このようにして、一定期間を人間の町で暮らし、気が向けば故郷に戻ります。

「私もその一人です。なんだかんだで故郷には戻らず、マリオンで仕事を得て今に至ります。先のことはわかりませんけど」

 シーヴは特に表情を変えていません。懐かしむというほど昔の話ではないのでしょう。

「ふ~ん。ところでさ、シーヴの故郷ってどこなの?」
「サントン男爵領にあるクォルクォという小さな町です。ほとんどが獣人ですね。猫人族や獅子人族が中心です」
「サントン男爵領って、もっと南だよね?」
「アシュトン子爵領の南西というか、ダンカン男爵領の西というか、そのあたりにあります」

 彼女はサントン男爵領で活動を始め、アシュトン子爵領でパーティーを組みました。そのパーティーが解散するまでの数年間、ダンカン男爵領からギルモア男爵領の間で仕事をしていたんです。

「冒険者って、たまに実家に帰ったりするの?」
「それは人それぞれでしょうね。依頼を受けないと収入がない人が多いですから」

 レイたちにはマジックバッグがありますので、道中で魔物を狩ってもそのまま確保して町で売れます。ですが、マジックバッグも収納系のスキルもない場合、狩った魔物を持って移動するのは大変です。結局は魔石くらいしか収入源がありません。だから帰省するのも大変です。

「一時帰省ではなく、そろそろ故郷に戻ろうと考えている人は、少しずつ拠点を故郷の方に移動させるようですね」
「俺たちなら、王都で活動したあとにベイカー伯爵領に移り、次のシーズンにダンカン男爵領に、って感じか」
「はい。それなら環境は変わりますが、そこまで収入が減らないでしょう」

 王都からマリオンまでは一か月半ほどかかります。その間に収入が魔石だけでは完全に赤字になるでしょう。

 ◆◆◆

 途中からシーヴ先生による冒険者心得講座のようになりました。有益なのかそうでないのか、微妙な話も交えつつ、三人はゆっくりと落ち着いて食事をとりました。

「それじゃ、上でお風呂だね」
「いいですね~」

 部屋に戻ると樽風呂に入って疲れを癒しました。レイの【治療】には疲労回復の効果もありますが、それでも警戒を続けると精神的な疲れが溜まるものです。リラックスには風呂が一番ですね。
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