異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第8章:春、急カーブと思っていたらまさかのクランク

第11話:祝う者たち(二)

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 執事のニコロから手紙を受け取ったアンガスは、満足そうな笑みを浮かべました。

「くっくっく、やはり娘というものは、惚れた男しか目に入らなくなるものだな……」

 彼は一見すると役人にしか見えないような男ですが、そのじつは拳王というジョブを持ち、自らの肉体のみで戦う武闘派です。
 レイにはアンガスと会った経験が二度ありますが、とても「手数は少なく一撃必殺。魔物も生き物。苦しみを感じる前に殺すように」などと娘に教える人物だとは思いませんでした。それもそのはず、普段は自分を抑え、ここぞという際に闘気を放出する戦い方をしているからです。

「娘というと、ケイト様ですか?」
「そうだ。去年家を飛び出していったと思ったら、年内に男爵夫人になるそうだ。しかも、その連絡がモーガン殿から届いたときた」
「どなたがお相手ですか?」
「レイだ」

 アンガスからすると、ケイトは幼いころから思い立ったら一直線の娘でした。ただ、色恋沙汰に関してだけは興味がない娘だと思っていました。
 レイがこの屋敷にやってきたことは二回あります。ケイトはその二回目のときに一度だけレイと会っています。その直後だけは「レイ様と楽しくお話できました」と嬉しそうに報告されましたが、それっきりレイの名前を娘の口から聞いたことはありませんでした。
 正直なところ、ケイトの相手にはレイがちょうどいいと思っていたアンガスです。領地は隣同士、お互いに長男長女ではなく、どこかの町の代官にでもどうだろうか、場合によっては新しい町や村を作って任せるのもありではないか、そう思っていました。

「レイモンド様ですか。無事にお会いできたのですね。ところで、レイモンド様が男爵になられたのですか?」
「そのようだな。これは近いうちに話し合いが必要だろう」

 アンガスはニコロに手紙を渡しました。その文面をざっと見たニコロは、うなずいてから主人を見ました。

「それでは、アーサーとハリーをマリオンに戻すついでに、使用人を一緒に連れて行かせればいいですね」
「そうだな。おそらくそういうことになるだろう。人を集めておくとするか」

 モーガンからの手紙には、アーサーをマリオンに戻し、ハリーをレイに仕えさせたいと書かれていました。アンガスも同じことを考えました。
 ここよりも王都に近いとはいえ、主街道から遠く離れた場所に領地ができることになります。人手はいくらあってもいいでしょう。肉体労働者なら近くの町から集めればいいですが、信用できる使用人を探すのはわりと大変なのです。悪党が混じっていれば、何が起きるかわかったものではありません。だから、領主の屋敷で働く使用人は、身元がしっかりした者だけなのです。

 ◆◆◆

 ギルモア男爵領の南にあるアシュトン子爵領。その領都オグデンでは、子爵の耳に王都からの報告が届いたところでした。

「旦那様、くだんのレイモンド様が男爵になられたそうです」
「男爵?」
「はい。こちらを」

 家令のルーファスはクリフトンに手紙を差し出しました。

「……なるほど、ダンジョンができたか」

 ダンジョンができればその一帯が新しい領地となることは、貴族であれば誰でも知っています。ところが、ここ一〇〇年以上新しいダンジョンはできていません。つまり、話にしか聞いたことがありませんでした。

「しかし、ダンカン子爵も喜ぶべきか悲しむべきか。まあ、喜んでいるだろうが」

 報告書によると、領地の端に造り始めた新しい町にダンジョンができたと書かれています。つまり、経済的なダメージはまだ少ないのです。
 クラストンのすぐ南にダンジョンができていれば、その周辺が新しい貴族領になってしまいます。子爵領の領地が大きく減ることになります。ただでさえダンカン子爵領は領地が狭いため、おかしな場所にダンジョンができれば、経営が成り立たなくなります。そういう意味ではありがたいことでしょうね。近くにダンジョンがもう一つできるとなれば、さらに人が集まることになります。

「ギルモア男爵とは繋がりができたが、肝心のレイモンドとは会えていないのが痛いな」
「そこは焦っても仕方がないでしょう」

 アシュトン子爵領の歴史は、この国の中でもかなり古いほうです。この国ができた初期に作られた領地のうちの一つです。ここを拠点として、ここより北にあるいくつもの領地が作られました。ギルモア男爵領もテニエル男爵領もその中の一つです。
 その後、代々のアシュトン子爵は北部一帯のまとめ役となっています。ただし、まとめ役をするということは様々な苦労が付きまとうことと同義です。

「時が来るのを待つか」

 待った挙げ句に後継者がいなくなったクリフトンですが、焦ってもいいことがないことくらいはわかります。当面は待ちの姿勢を貫くことにしました。

 ◆◆◆

「ふうむ、急いでいたのはわかるが、挨拶に立ち寄るくらいの時間はあっただろうに」

 そしてここにもう一人、どうにかレイと縁を持ちたいと考えている貴族がいました。領地を素通りされたベイカー伯爵アレグザンダー・プレストンです。

「旦那様、ある意味では国内で初めてのことでしょう。すぐにでも戻りたいのはやむをえないはずです」
「まあな。しかし、新しいダンジョンか……」

 アレグザンダーは立派な口ひげを撫でながら手紙を読んでいます。そこにはダンカン子爵領に新しいダンジョンができ、法によって新しい貴族領ができたことが書かれています。そこの領主になったのがギルモア男爵の三男であることも。
 もちろんローランドもレイも、わざとアレグザンダーに挨拶しなかったわけではありません。領都で宿泊しなかっただけです。街道が走りやすかったため、先まで進んでしまったのです。そのため、門のところで領主に宛てた手紙を渡し、そのまま町を出ました。
 お忍びの場合は別として、貴族の当主が馬車で移動する場合、領主に挨拶をするのがマナーです。ただし、急ぎの場合は手紙で済ませても悪くはありません。誰にでも都合があるからです。

「私からも何か祝ってやるか。パーヴォ、何がいいと思う?」
「そうですな。どうやら町を作り始めてすぐのようですので、人手は多ければ多いほどいいでしょう」
「となると……労働者か」
「はい。いきなり送られても先方も困るでしょう。いつでも集められるようにギルドに声をかけておけばよろしいかと」
「今はそれくらいしかないか」

 領主不在の領地にいきなり押しかけて迷惑をかければ関係が悪化します。結局のところ、レイと恋人たちの実家を除けば、今は誰も動けないのでした。
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