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第3章:冬の終わり、山も谷もあってこその人生
第24話:ご主人さまは意地悪
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「ご主人さま、約束です」
「そうだったな。もちろん約束は守る」
レイはラケルを抱くために奴隷にしたわけではありません。上級ジョブに転職できたらそのご褒美として抱こう、レイはラケルにそう説明していました。まさか一か月も経たずに転職できるとは思わなかったからです。けっして低いハードルではなかったはずだとレイは思っていますが、そこはラケルの根性でしょう。
ロイヤルガードというジョブは盾使いやガーディアンとして鍛えていれば必ずなれるジョブではありません。そもそも「ロイヤルガード」という言葉は君主直属の護衛、つまり近衛兵を表します。それだけの格式と実力と、さらには忠誠心がなければなりません。自分の命を捨ててでも主人を守るという覚悟が必要なジョブなんです。
冒険者という独立心の強い職業では、忠誠心はなかなか上がらないでしょう。ところがラケルは、転職候補にガーディアンとロイヤルガードが同時に出ました。おそらく忠誠心は条件をクリアするほどに高かったのに、他の何かが足りなかったということになります。
転職候補にロイヤルガードがあるのはサラも同じです。彼女は幼いころからレイの専属メイドをしていた関係で忠誠心が高いのです。だから最初から転職候補にロイヤルガードがあります。もっとも、彼女はサムライになりたかったわけですので、転職する意味はまったくありませんが。
「それなら今日はラケルに譲りましょうか」
「そうだね」
順番としてはシーヴ、サラ、ラケルの順番ですが、場合によっては崩れます。三人しかいませんからね。
◆◆◆
「それでは、ラケルの上級ジョブへの転職を祝して、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
酒場で乾杯すると、しばらくして女将が料理を運んできました。
「その子が上級ジョブって、みんな強いのかい?」
「ええ、まあ」
「そこまで強いんなら、盗賊をなんとかしておくれよ」
女将は料理を並べながらそう口にしました。
「盗賊ですか?」
「ああ。北のアシュトン子爵領に大きなのがいるらしくてね、そっちから人があんまり来ないんだよ。南から来る商人も減り気味なんだよ。向こうは大変みたいだけど、こっちも商売あがったりでね」
酒場の収入は、常連客が落としていく食事代や飲み代だけではありません。旅人が落としていく部屋代は収入のかなりの部分を占めます。移動する商人が減れば、宿泊客が減って収入も減ります。
領境の向こう側に危険な盗賊団がいるとわかっていて、その手前にあるこの町まで来る商人は多くはありません。ダンカン男爵領やさらに南で商売できるならそちらへ行くでしょう。領境を渡るのは、渡る理由があるんです。
「俺たちはオスカーから来たんですが、少し前に兵士と冒険者が組んで盗賊団を壊滅させたそうですよ」
「ホントかい? それなら嬉しいねえ」
レイは嘘は言っていません。全部言っていないだけです。
レイたちが生け捕りにした盗賊から得た情報によると、まだ二〇人ほどいるということでした。あれから兵士と冒険者たちが対処してくれたでしょう。
実力のある盗賊がどれだけ根城に残っていたかまではレイにはわかりませんが、多くはないはずです。多少討ち漏らしたとしても、盗賊団を立て直してもう一度大きな勢力にすることは難しいでしょう。
「だからそのうち客足は戻りますよ」
レイは女将を安心させるように笑いながら答えます。すると近くのテーブルにいた男性三人組がレイたちのほうに椅子を寄せてきました。
「ホントに盗賊がいなくなったんですか?」
頭にターバンのように布を巻いた青年がレイに尋ねました。
「ええ。俺たちは衛兵たちと話をしただけですけどね。北へ向かうんですか?」
「そうです。僕たちはオグデンからベイカー伯爵領まで行っていて、これから戻るところなんです」
「どのタイミングで戻るかってのを相談してたんだ。いつまでもここにはいられねえし」
この三人はカミロ、イサーク、ナサリオという名前で、それぞれ馬車を持つ商人です。ここで北へ帰るタイミングを考えているところだと説明しました。最初にレイに話しかけた真面目そうな青年がカミロで、砕けた話し方がイサーク。ナサリオは無口なようで、うなずいてあいずちを打つだけです。
「そのときは大丈夫だったの?」
「もっと人数が多かったからな。盗賊が何十人いるかわからないなら、護衛も入れて一〇〇人を超えれば大丈夫だろうと。俺たちも剣は使えるからな」
この三人は幼馴染で、オグデンで仲間を募って馬車二〇台の商隊を編成しました。盗賊団が出るのなら大人数で押し通ればいいという考えですね。間違ってはいません。
南にある領都クラストンにはダンジョンがあります。魔物の素材など、物によっては余り気味になりますので物価が低いのです。安く仕入れて南のベイカー伯爵領やアシュトン子爵領で売るというのがよくある商売の方法です。
「もう少ししたら情報が伝わるでしょうから、それを待ってからでも問題ないと思いますよ」
「そうだなあ。そっちの姉さんの言うとおりかもな。もう一日二日待ってから北へ行ってみるわ」
そう言うと、三人は椅子を自分たちのテーブルに戻しました。
ひとしきり酒場で飲んでからレイたちは部屋に戻りました。それから樽風呂に入って体を温めると、ラケルはレイの前に裸のまま立ちました。
「ご主人さま、よろしくお願いします」
ラケルは頭を下げます。彼女はレイの奴隷になってから、彼にすべてを捧げることを夢に見てきました。レイからすると大げさに思えるのですが、ラケルの中ではしっかりと一本の筋が通っているのです。
レイは自分を奴隷商から救い出してくれました。そして雪辱の機会を与えてくれました。そのレイには、自分以外に恋人が二人います。複数の相手がいて、お金があって、心が広くて、おまけに自分よりも強いのです。彼女が生まれ育ったシャンペ村では男の中の男とされる人物像なのです。
シャンペ村だけでなく、この世界全体で多かれ少なかれそのような傾向があります。だからレイはモテようと思えばいくらでもモテることができるんです。そういう性格ではありませんが。
「でも尻尾の付け根は敏感なので、あまり触らないでほしいです」
「そうなのか。でもその頼みは聞けないかもしれない」
「ご主人さま?」
ラケルはレイの物言いにわずかな不安を感じました。それは尻尾を見るレイの目がいつもと少し違っていたからです。
尻尾ならシーヴにもありますが、彼女は獅子人族なので、その尻尾は細くて先が少し膨らんでいます。つまり、もふもふではないのです。
もふもふを堪能したければラケルに頼めばいつでも触らせてもらえたでしょう。ところが、尻尾は敏感だとシーヴに聞いています。尻尾を触ってその気にさせた挙句、何もしないというのはさすがにラケルが可哀想です。だけらレイは我慢していたのです。
「ラケル、世の中にはままならないことが多いんだ」
「はい、それはわかります」
「だから今日だけは俺を許してほしい」
◆◆◆
「ご主人さまは意地悪です」
翌朝、目が覚めたラケルは少しすねていました。
「そうだったか?」
「はい。尻尾の付け根は敏感だと言ったのに、いっぱい触られましたです」
ラケルはそう言いながらお尻に手をやります。
「悪い。やりすぎたかもしれない。でもラケルの尻尾は可愛いぞ」
レイはその手に自分の手を重ねます。
「そう言われるのは嬉しいのですが……」
「触られるのが嫌だったか?」
「嫌じゃなかったです♪」
そう言うとラケルはレイに抱きつきました。彼女はレイに触られたことが嫌だったわけではありません。恥ずかしかっただけなんです。今まで見せたことのない姿を見せてしまいましたからね。
普段のラケルはそれほど表情が豊かではありません。むしろ逆で、マリオンの屋敷にいたときのサラほどではありませんが、澄ました顔をしているほうが多いのです。尻尾で感情はわかりますけどね。
彼女が表情を変えるのは、レイに頭を撫でられたときや褒められたときです。主人を守ることが一番の仕事だと考えていますので、けっして口数は多くありませんし、いつもレイのそばで周囲の警戒をしています。
「そろそろ朝食に行こうか」
「はい。でもご主人さま、腕を組んでもいいです?」
「腕か? いいぞ」
ラケルはそれまでの反動からか、レイの左腕に絡まるようにして抱き付きました。レイはちょうどいい高さにある犬耳を反対の手で撫でています。そのまま一階へ向かうことにしました。
酒場ではサラとシーヴがすでに二人を待っていました。
「悪い、遅くなった」
「大丈夫大丈夫」
「ええ、五分も待っていませんから」
注文を済ませると、レイは気になったことをシーヴに尋ねました。
「シーヴ、変なことを聞いていいか?」
「はい、なんですか?」
「たとえば犬人族って、もっと細かい種族に分かれてたりするのか?」
レイが気になったのは、ラケルの耳を触っていて思いついたことでした。ラケルの耳は髪の色と同じく茶色です。それでレイには柴犬や秋田犬っぽく思えます。つまり日本犬です。それならビーグルやレトリバーのような垂れ耳の犬人はいるのだろうかとレイは考えたのです。
同じく、かつて兎人族と会ったことがあります。ギルモア男爵領のお隣、テニエル男爵領で、とある町の代官の妻と娘にはウサギ耳がありました。
「議論にはなりますけど、ステータスカードには表示されませんから、調べようがないんですよね」
ステータスカードに表示できるのは、あくまで基本的な情報のみです。何から何まで表示されれば、おそらく自分でも見るのが嫌になりますよ。
「あ、そうだ、俺とシーヴやラケルとの間に子供ができたら、種族はどうなるんだ?」
「ステータスカード上の表示は人間の血を除いた上での血の濃さが優先されるようです。おそらくは私との間なら獅子人、ラケルとの間なら犬人になるでしょう」
「ん? 人間の血は関係ないのか?」
「はい。どうしてそうなるかは昔から議論になっているそうです」
シーヴが言ったように、ステータスカードでは人間を除いた血の濃さが種族として表示されます。ただし、血が薄くなりすぎると獣の特徴が消え、ステータスカード上の種族も人間になります。
シーヴとラケルの場合、耳と尻尾を隠せば人間との違いはほとんどありません。一方で、同じく獅子人族や犬人族でも、二足歩行の獅子や犬のような見た目をした人もいます。
「まあ……どんな見た目でも子供は子供だよな」
「だね。いろんな子供がいて楽しいじゃん」
「奴隷から解放されたら、ご主人さまの子供をバンバン産みます、バンバン♪」
「解放されてもすぐじゃないからな」
ラケルはお腹をバンバンと叩いて主張しますが、さすがに今のように旅を続けている間に子供は作れません。いつかどこかで旅をやめて腰を落ち着ければ、そのときは子供を作ろうとレイは考えています。
人間、獅子人、犬人。今のところ、この三種族の子供が生まれそうです。それがいつになるのかは、レイの努力の結果というか、流された結果ということになるのでしょうか。
——————————
第三章はここで終わりです。次の第四章から、レイたちはようやく腰を落ち着けて活動できるようになります。
「そうだったな。もちろん約束は守る」
レイはラケルを抱くために奴隷にしたわけではありません。上級ジョブに転職できたらそのご褒美として抱こう、レイはラケルにそう説明していました。まさか一か月も経たずに転職できるとは思わなかったからです。けっして低いハードルではなかったはずだとレイは思っていますが、そこはラケルの根性でしょう。
ロイヤルガードというジョブは盾使いやガーディアンとして鍛えていれば必ずなれるジョブではありません。そもそも「ロイヤルガード」という言葉は君主直属の護衛、つまり近衛兵を表します。それだけの格式と実力と、さらには忠誠心がなければなりません。自分の命を捨ててでも主人を守るという覚悟が必要なジョブなんです。
冒険者という独立心の強い職業では、忠誠心はなかなか上がらないでしょう。ところがラケルは、転職候補にガーディアンとロイヤルガードが同時に出ました。おそらく忠誠心は条件をクリアするほどに高かったのに、他の何かが足りなかったということになります。
転職候補にロイヤルガードがあるのはサラも同じです。彼女は幼いころからレイの専属メイドをしていた関係で忠誠心が高いのです。だから最初から転職候補にロイヤルガードがあります。もっとも、彼女はサムライになりたかったわけですので、転職する意味はまったくありませんが。
「それなら今日はラケルに譲りましょうか」
「そうだね」
順番としてはシーヴ、サラ、ラケルの順番ですが、場合によっては崩れます。三人しかいませんからね。
◆◆◆
「それでは、ラケルの上級ジョブへの転職を祝して、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
酒場で乾杯すると、しばらくして女将が料理を運んできました。
「その子が上級ジョブって、みんな強いのかい?」
「ええ、まあ」
「そこまで強いんなら、盗賊をなんとかしておくれよ」
女将は料理を並べながらそう口にしました。
「盗賊ですか?」
「ああ。北のアシュトン子爵領に大きなのがいるらしくてね、そっちから人があんまり来ないんだよ。南から来る商人も減り気味なんだよ。向こうは大変みたいだけど、こっちも商売あがったりでね」
酒場の収入は、常連客が落としていく食事代や飲み代だけではありません。旅人が落としていく部屋代は収入のかなりの部分を占めます。移動する商人が減れば、宿泊客が減って収入も減ります。
領境の向こう側に危険な盗賊団がいるとわかっていて、その手前にあるこの町まで来る商人は多くはありません。ダンカン男爵領やさらに南で商売できるならそちらへ行くでしょう。領境を渡るのは、渡る理由があるんです。
「俺たちはオスカーから来たんですが、少し前に兵士と冒険者が組んで盗賊団を壊滅させたそうですよ」
「ホントかい? それなら嬉しいねえ」
レイは嘘は言っていません。全部言っていないだけです。
レイたちが生け捕りにした盗賊から得た情報によると、まだ二〇人ほどいるということでした。あれから兵士と冒険者たちが対処してくれたでしょう。
実力のある盗賊がどれだけ根城に残っていたかまではレイにはわかりませんが、多くはないはずです。多少討ち漏らしたとしても、盗賊団を立て直してもう一度大きな勢力にすることは難しいでしょう。
「だからそのうち客足は戻りますよ」
レイは女将を安心させるように笑いながら答えます。すると近くのテーブルにいた男性三人組がレイたちのほうに椅子を寄せてきました。
「ホントに盗賊がいなくなったんですか?」
頭にターバンのように布を巻いた青年がレイに尋ねました。
「ええ。俺たちは衛兵たちと話をしただけですけどね。北へ向かうんですか?」
「そうです。僕たちはオグデンからベイカー伯爵領まで行っていて、これから戻るところなんです」
「どのタイミングで戻るかってのを相談してたんだ。いつまでもここにはいられねえし」
この三人はカミロ、イサーク、ナサリオという名前で、それぞれ馬車を持つ商人です。ここで北へ帰るタイミングを考えているところだと説明しました。最初にレイに話しかけた真面目そうな青年がカミロで、砕けた話し方がイサーク。ナサリオは無口なようで、うなずいてあいずちを打つだけです。
「そのときは大丈夫だったの?」
「もっと人数が多かったからな。盗賊が何十人いるかわからないなら、護衛も入れて一〇〇人を超えれば大丈夫だろうと。俺たちも剣は使えるからな」
この三人は幼馴染で、オグデンで仲間を募って馬車二〇台の商隊を編成しました。盗賊団が出るのなら大人数で押し通ればいいという考えですね。間違ってはいません。
南にある領都クラストンにはダンジョンがあります。魔物の素材など、物によっては余り気味になりますので物価が低いのです。安く仕入れて南のベイカー伯爵領やアシュトン子爵領で売るというのがよくある商売の方法です。
「もう少ししたら情報が伝わるでしょうから、それを待ってからでも問題ないと思いますよ」
「そうだなあ。そっちの姉さんの言うとおりかもな。もう一日二日待ってから北へ行ってみるわ」
そう言うと、三人は椅子を自分たちのテーブルに戻しました。
ひとしきり酒場で飲んでからレイたちは部屋に戻りました。それから樽風呂に入って体を温めると、ラケルはレイの前に裸のまま立ちました。
「ご主人さま、よろしくお願いします」
ラケルは頭を下げます。彼女はレイの奴隷になってから、彼にすべてを捧げることを夢に見てきました。レイからすると大げさに思えるのですが、ラケルの中ではしっかりと一本の筋が通っているのです。
レイは自分を奴隷商から救い出してくれました。そして雪辱の機会を与えてくれました。そのレイには、自分以外に恋人が二人います。複数の相手がいて、お金があって、心が広くて、おまけに自分よりも強いのです。彼女が生まれ育ったシャンペ村では男の中の男とされる人物像なのです。
シャンペ村だけでなく、この世界全体で多かれ少なかれそのような傾向があります。だからレイはモテようと思えばいくらでもモテることができるんです。そういう性格ではありませんが。
「でも尻尾の付け根は敏感なので、あまり触らないでほしいです」
「そうなのか。でもその頼みは聞けないかもしれない」
「ご主人さま?」
ラケルはレイの物言いにわずかな不安を感じました。それは尻尾を見るレイの目がいつもと少し違っていたからです。
尻尾ならシーヴにもありますが、彼女は獅子人族なので、その尻尾は細くて先が少し膨らんでいます。つまり、もふもふではないのです。
もふもふを堪能したければラケルに頼めばいつでも触らせてもらえたでしょう。ところが、尻尾は敏感だとシーヴに聞いています。尻尾を触ってその気にさせた挙句、何もしないというのはさすがにラケルが可哀想です。だけらレイは我慢していたのです。
「ラケル、世の中にはままならないことが多いんだ」
「はい、それはわかります」
「だから今日だけは俺を許してほしい」
◆◆◆
「ご主人さまは意地悪です」
翌朝、目が覚めたラケルは少しすねていました。
「そうだったか?」
「はい。尻尾の付け根は敏感だと言ったのに、いっぱい触られましたです」
ラケルはそう言いながらお尻に手をやります。
「悪い。やりすぎたかもしれない。でもラケルの尻尾は可愛いぞ」
レイはその手に自分の手を重ねます。
「そう言われるのは嬉しいのですが……」
「触られるのが嫌だったか?」
「嫌じゃなかったです♪」
そう言うとラケルはレイに抱きつきました。彼女はレイに触られたことが嫌だったわけではありません。恥ずかしかっただけなんです。今まで見せたことのない姿を見せてしまいましたからね。
普段のラケルはそれほど表情が豊かではありません。むしろ逆で、マリオンの屋敷にいたときのサラほどではありませんが、澄ました顔をしているほうが多いのです。尻尾で感情はわかりますけどね。
彼女が表情を変えるのは、レイに頭を撫でられたときや褒められたときです。主人を守ることが一番の仕事だと考えていますので、けっして口数は多くありませんし、いつもレイのそばで周囲の警戒をしています。
「そろそろ朝食に行こうか」
「はい。でもご主人さま、腕を組んでもいいです?」
「腕か? いいぞ」
ラケルはそれまでの反動からか、レイの左腕に絡まるようにして抱き付きました。レイはちょうどいい高さにある犬耳を反対の手で撫でています。そのまま一階へ向かうことにしました。
酒場ではサラとシーヴがすでに二人を待っていました。
「悪い、遅くなった」
「大丈夫大丈夫」
「ええ、五分も待っていませんから」
注文を済ませると、レイは気になったことをシーヴに尋ねました。
「シーヴ、変なことを聞いていいか?」
「はい、なんですか?」
「たとえば犬人族って、もっと細かい種族に分かれてたりするのか?」
レイが気になったのは、ラケルの耳を触っていて思いついたことでした。ラケルの耳は髪の色と同じく茶色です。それでレイには柴犬や秋田犬っぽく思えます。つまり日本犬です。それならビーグルやレトリバーのような垂れ耳の犬人はいるのだろうかとレイは考えたのです。
同じく、かつて兎人族と会ったことがあります。ギルモア男爵領のお隣、テニエル男爵領で、とある町の代官の妻と娘にはウサギ耳がありました。
「議論にはなりますけど、ステータスカードには表示されませんから、調べようがないんですよね」
ステータスカードに表示できるのは、あくまで基本的な情報のみです。何から何まで表示されれば、おそらく自分でも見るのが嫌になりますよ。
「あ、そうだ、俺とシーヴやラケルとの間に子供ができたら、種族はどうなるんだ?」
「ステータスカード上の表示は人間の血を除いた上での血の濃さが優先されるようです。おそらくは私との間なら獅子人、ラケルとの間なら犬人になるでしょう」
「ん? 人間の血は関係ないのか?」
「はい。どうしてそうなるかは昔から議論になっているそうです」
シーヴが言ったように、ステータスカードでは人間を除いた血の濃さが種族として表示されます。ただし、血が薄くなりすぎると獣の特徴が消え、ステータスカード上の種族も人間になります。
シーヴとラケルの場合、耳と尻尾を隠せば人間との違いはほとんどありません。一方で、同じく獅子人族や犬人族でも、二足歩行の獅子や犬のような見た目をした人もいます。
「まあ……どんな見た目でも子供は子供だよな」
「だね。いろんな子供がいて楽しいじゃん」
「奴隷から解放されたら、ご主人さまの子供をバンバン産みます、バンバン♪」
「解放されてもすぐじゃないからな」
ラケルはお腹をバンバンと叩いて主張しますが、さすがに今のように旅を続けている間に子供は作れません。いつかどこかで旅をやめて腰を落ち着ければ、そのときは子供を作ろうとレイは考えています。
人間、獅子人、犬人。今のところ、この三種族の子供が生まれそうです。それがいつになるのかは、レイの努力の結果というか、流された結果ということになるのでしょうか。
——————————
第三章はここで終わりです。次の第四章から、レイたちはようやく腰を落ち着けて活動できるようになります。
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