異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第2章:冬、活動開始と旅立ち

第19話:サラの奮闘(見ているだけ)

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 本日の夜番は予定どおり、サラとシーヴ、レイとサラ、レイの順に行うことにしました。

「それじゃ先に失礼」
「しっかり寝てくださいね」
「レイはいつでも寝られるのが特技だよね」
「まあな」

 枕が変わったから寝られないなどということはレイにはありません。

「何をするということもないですけどね。たまに焚き火のチェックをするくらいで。ただ、あまり大きな声では話せません」

 二人は毛布を肩からかけて焚き火のそばに座っています。小さな声でボソボソと会話をします。
 焚き火は全部で五つ用意されています。野営地を囲むように四つ、そして真ん中に一つ。この焚き火が消えないように、たまに薪を追加します。
 仮に火がたっぷり残っても、そのままマジックバッグに入れれば次の機会に使えます。とにかく燃やしたままにすることが大切です。

「でも、夜はやっぱり寒いね」
「そういうときはお酒ですね。ミードよりもワインがいいですよ」

 酔っ払ってはいけないので、キツめの酒をキュッと飲むのがコツです。

「それは夕食のときに飲んだから大丈夫。寒さに強くなったみたいだし。馬車はダメだけど」

 ◆◆◆

「レイ、お願いしますね」
「ああ、交代か」

 レイが立ち上がると、シーヴは自分の体にかけていた毛布の上にレイが使っていた毛布を重ねてマットの上で丸まりました。

「その毛布……まあいいか」

 レイはマジックバッグから別の毛布を出すと、マントのように巻き付けてから外に出ました。

「おはよ。眠気は?」
「まだ寝起きだから、ちょっと眠気があるけど……これだけ寒いと目も覚めるな」
「だね。はいはい、火に当たって。私は薪をくべてくるから」

 レイが焚き火のそばに座ると、サラは他の焚き火に薪を追加し始めます。

「ねえ、レイはここから起きっぱなしになるけど大丈夫?」
「前にも言ったけど、どうしても眠かったら馬車の中で仮眠をとるから大丈夫だ」



 それからさらに二時間ほどしてサラがテントに戻ると、レイは薪をくべるついでに、軽くストレッチを始めました。

(どうしても体が固まるなあ)

 寒いだけでなく、あまり動くこともできません。そうすると肘や膝、腰が固まってしまいます。

(とりあえず動くか)

 レイは【索敵】で周囲の警戒をしながら、大きく太ももを上げてゆっくりと歩きはじめました。歩きながら焚き火のチェックをして、再び野営地の真ん中に戻ります。それを繰り返します。
 音を立ててシーヴとサラを起こさないようにと気を遣っているうちに、いつの間にか【忍び足】が付いていました。

 ◆◆◆

「それじゃあシーヴさん、またオグデンで」
「はい。みなさんも気をつけてください」

 朝になるとラックたちはマリオンへ向かいました。二週間から三週間もすれば、彼らはまたオグデンに戻ることになるでしょう。一行を見送ったあと、レイたちは彼らとは逆に、南に向かって馬車を走らせ始めます。

「これまであまり他の冒険者と縁がなかったから新鮮だな」
「そうだね。マリオンじゃあんまり話をしなかったもんね」

 レイたちが時間を少しずらしていたことも関係していますが、ほとんど知り合いができませんでした。『天使の微笑み』という女性二人のパーティーと一緒に飲んだくらいでしょう。どことなく自分とサラに似ているからか、好感が持てて信用できる二人組というのがレイの感想です。

「シーヴ、一つ聞いていいか?」
「はい。なんですか?」
「まだ真っ暗なうちに移動してる馬車がいたんだけど、夜通し移動する人って多いのか?」

 レイは夜の間に気になったことをシーヴに聞くことにしました。

 ~~~

(ん?)

 周囲が真っ暗な中、遠くからこちらに向かっている馬車の音がレイの耳に聞こえました。ライルの方から走ってきているようです。

(馬車に灯りがあるのか。盗賊じゃないな。こんな時間に移動か?)

 レイはラックたちが野営しているあたりを見ましたが、特に慌てているような様子はありません。夜番の担当も立ち上がって見ているだけのようです。自分たちよりもキャリアのある冒険者たちが反応しないので大丈夫なのだろうと、レイは気にしないことにしました。もちろん何かあればすぐに動けるように準備をした上でですね。
 しばらくするとレイの視線の先を馬車が過ぎていきます。【索敵】で確認しながら見ていると、どうやら二頭立ての箱馬車が一台、荷馬車が一台、それに随伴する馬が少なくとも四頭はいました。その一段が過ぎ去ったあとには、ただの真っ暗な街道が見えるだけでした。

 ~~~

「夜移動を選ぶ人たちもいますよ。どちらにもメリットとデメリットがありますね」

 商人でも冒険者でも、夜中に移動する場合があります。夜に移動する一番のメリットは、明るいうちに休めることです。明るい方が見張りがしやすいのは当然ですし、午前中に町に到着できます。その時間のほうが宿屋の部屋も空きが多く、夕方以降はどんどん埋まっていきます。
 夜中に移動するデメリットは、もちろん襲撃がわかりにくいことです。街道に魔物が現れるのは少ないとはいえ、可能性はゼロではありません。暗い中でいきなり魔物の大集団に襲われれば、あっという間に全滅になるかもしれません。

「どちらがより安全なのかはわかりませんし、そもそも一〇〇パーセント安全に移動できる方法はありません。好みの問題ですね」
「人数が多いほうがやっぱり安全?」
「そうですね。少ないよりは多いほうが安全でしょうね」

 朝食をとりながらシーヴが冒険のアドバイスをします。それを聞きながらレイは、ランチミーティングみたいだなと社会人時代を思い出しました。

 ◆◆◆

「レイ、よろしく」
「はいはい」

 今日もサラの天敵の姿が見えました。それと同時にサラは馬車の中に引っ込みます。レイが馬車を降りてサクッと倒して戻ってきます。

「新鮮な教材が手に入りましたね」
「捕れたてだな」

 もちろん今日の昼にサラが見ることになる解体の教材です。
 誰にでも得手不得手があるでしょう。弱点が一つもない完璧な人間なんて存在しません。とことん苦手なものがあるのも理解できます。でもサラは冒険者です。今後もヒュージキャタピラーに遭遇する機会はいくらでもあるでしょう。少しずつでも慣れていかないと、万が一にもそれで大怪我をしてしまってはどうしようもありません。

「どうしても無理になったら目を背けたらいいから」
「う、うん……」

 今日のサラはテンションが下がりっぱなしです。昼食もサラが好きなものを選びましたが、食後の解体のことを考えると気分は優れません。
 そして、サラにとって人生の一大転機が訪れるときになりました。

「よし、それじゃ始めるぞ」
「う……うん……」

 レイがマジックバッグからヒュージキャタピラーを取り出して解体用のマットに乗せます。それを見たサラがビクッと背筋を伸ばします。すでに肌が粟立っています。

「どうしても無理なら顔を背けていいからな」

 レイは強張った顔のサラにそう言いながら、巨大イモムシの頭にナイフを当てました。

「まずは頭があった側からナイフを入れる。こいつはやや小型で高さが八〇センチだから、六〇センチあたりから下に内臓がある。その手前まで全体的にナイフを入れておく」
「……うん」

 レイはイモムシの頭から尻まで、ナイフの刃を滑らせていきます。見た目は巨大なかまぼこに包丁を入れるような感じです。

「内臓は一か所にまとまっている。だいたい太さ五センチくらいのロープを想像すればいい。内臓を傷つけないように手前まで切って、こうやって開く」
「うっ」

 白い肉の奥に、内臓が見えました。サラが青い顔をして口を押さえます。

「そしたらゆっくり持って引き剥がす」
「……ずるっと出るんだね」
「ああ。そしたらお尻のほうまで持っていって、ここを踏みながら引き抜く。そしたら終わりだ」

 ロープくらいの太さの内臓を傷つけないように千切らないように注意して抜くだけです。ヒュージキャタピラーは解体が簡単な魔物の一つです。動物系に比べればずいぶんと楽でしょう。

「うぷっ……」
「ヤバかったらそこの茂みに行ったらいい」
「大丈夫。私はゲロインじゃないから」

 サラはそう答えますが、その顔色と口元を押さえる動作はゲロイン一歩手前です。ですが、幼馴染と一緒に転生してメイドをし、ジョブがサムライで日本刀を振り回し、中二病持ちで、たまにオッサン臭くてゲロインでは属性過多にもほどがあると思って、必死に耐えています。根性はありますからね。
 とりあえずサラは、ヒュージキャタピラーの解体を最後まで見ることができました。最後は限界を超えたのか、その顔にはアルカイックスマイルが浮かんでいました。

 ◆◆◆

「壁っていうのは建物を支えるためじゃなくて、乗り越えるためにあったんだね」
「何を言ってるんだ?」

 馬車の中でミードのジョッキを傾けながらつぶやいたサラに、レイがツッコミを入れました。
 たしかにツーバイフォー工法などは在来工法と違って柱をほとんど使わないので、壁で支えることになりますね。レイにはそのあたりがわかっていないようです。

「いや、だって、あれだけダメだったヒュージキャタピラーの解体を見ることができたんだよ。私すごくない? もっと褒めるべきだよ?」
「たしかに頑張ったな。全身に鳥肌が立ってたけど。次は自分で解体だぞ」
「おおう、それはまだムリっぽい」

 想像したのか、サラは首をすくめました。

「シーヴ、こういうのって慣れるしかないの?」
「でしょうねえ。私は子供のころから狩りをしていたせいで、嫌でも慣れさせられましたね」

 聖別式を受ける前でも、いくらでも仕事はできます。ジョブによる恩恵がないだけです。

「私が教えられた方法は、『これは美味しい食材だから大丈夫と思って解体する』という無理やりな方法ですね」

 とりあえず、サラが目の前でヒュージキャタピラーの解体を見ることができたのは大きな前進です。レイとシーヴはサラのために、段階を追ってサラを鍛える計画を立てています。
 まずは、目の前で解体を見せることです。これは無事に終わりました。無事かどうかはわかりませんが、とにかく最後まで見ることができました。

「自分に言い聞かせるんだな?」
「はい。どんな魔物でも食材になります。あ、ゴブリンは無理ですけど。そう考えれば牛でも馬でもホーンラビットでもスピアーバードでもヒュージキャタピラーでも同じです。すべてお肉です」
「そりゃ私でも最後は度胸だってわかってはいるんだよね」

 解体を見ることができましたので、次は解体中に切り離した部位を手にすることです。カットした肉、潰れた頭、抜き出した内蔵、そして最後に波打つ皮です。
 ヒュージキャタピラーの切り身はサラも触ったことがあります。だから大丈夫なはずです。
 次に頭ですが、こちらは頭から少し後ろ側でカットした上で、断面を上にして渡せば、それほど気持ち悪くは見えないでしょう。
 問題は内臓と皮です。そこは慣れになりますね。

「明日も昼食後には解体するから、そこでもう一度な」
「……レイってスパルタだよね」
「そうか? ただ見せてるだけだろ?」

 レイの行動原則はわりと単純です。

 やってみせ言って聞かせてさせてみせ
  ほめてやらねば人は動かじ
 話し合い耳を傾け承認し
  任せてやらねば人は育たず
 やっている姿を感謝で見守って
  信頼せねば人は実らず

 社会人時代も基本は変わりません。まずは仕事のやり方を見せて教えます。褒めて伸ばします。もう任せても大丈夫だと思えば完全に任せます。それで部下が失敗したら任せた自分の責任です。部下の力量を把握していなかったからです。上司は部下を育て、場合によっては尻拭いをして頭を下げるために存在すると割り切っていました。

 ◆◆◆

「今日は誰もいないな」
「明日は早めに到着できるように少し急ぎましたので、場所的に中途半端かもしれません」

 レイとサラの二人は本格的な野営をしたことがありませんでした。二人は疲れがたまるだろうと思ったシーヴは、明日は早めにコクランに到着できるように、今日は少し急ぎ目に進んだのです。昨日の移動距離を一とすると、今日は一・二から一・三くらい進みました。明日は午後のまだ早い時間に到着できる予定です。

 野営の二日目は、夜がレイとサラ、未明がレイ、明け方がシーヴになりました。シーヴはさっそくテントの中で寝ることにしましたので、レイとサラはワインで体を温めてから毛布を体に巻いて外に立ちます。

「明日は町に到着かあ」
「野営は思った以上に気疲れするよな」
「そうだね」

 あまり大きな声で話すことはできません。話しながらも周囲を警戒する必要があります。何も起きないとは思いながらも、何かがあれば対処しなければなりません。

「何もないといいなと思って待機しておくのって、新人が落ち着いた六月くらいの気分だな」
「あー、そんな感じかも。そろそろ慣れて大丈夫だよねって。でもとんでもないことをしでかす部下もいたからね」
「ああ、いたなあ。どれだけ頭を下げて回ったか」

 それほど回数は多くありませんが、レイにも頭を下げて回った経験がありました。逆に下げられてことも。

「うちと取り引きのある会社の人だけど、テンパった部下が机の中に書類を隠して逃げて辞めたらしくて、それで社内も社外も頭を下げて回ったらしい。あれは大変そうだった。思わず慰労で飲みに誘ったなあ」
「うわあ。そう考えたら私の方はまだマシかな。マンションの基礎をやってるときに、穴にユンボを落としかけたりとかね」

 二人は気を抜きすぎない程度に小声で話をしつつ、たまに周囲を歩いて確認しました。

 ◆◆◆

「それじゃよろしく」
「ああ。しっかり寝ろよ」

 サラが寝る時間になりました。ここからしばらくはレイ一人で夜番です。レイは自分の耳と目、そして【索敵】を頼りに、満天の星空の下で夜番を続けました。
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