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第4章:春、ダンジョン都市にて
第24話:キャッチコピー
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「で、どうだったの?」
「あれから次々と寝落ちして運ばれてたぞ」
レイがダーシーを運んだ部屋は医務室と呼ばれていましたが、要するに薬が置いてあるので治療ができる部屋というだけです。半分は物置として使われていて、置かれているベッドは一つだけでした。
最初に服用したダーシーが一番寝てしまうのが早かったので、そこにあったベッドに寝かせることができました。その他の人たちは、長椅子だの寝椅子だの、寝かせられる場所に寝かされていました。それすら無理だった人は、木箱を並べた上に毛布を敷いて、その上に寝かされていましたね。さすがに床の上に毛布では冷えますからね。
「最終的に一五人が飲んだらしいけど、普通に使えばほぼ丸一日ってことがわかった」
二四時間が経過したあたりで、続々と電池が切れたかのように寝てしまい、それから六時間ほど寝たあとで目を覚ましました。
「成分を使い切ったからなのか、それともタイマー的なものが働いているか。そのどちらかでしょうね」
「寝転がってるだけなら、三日でも四日でも眠気がなさそうだよね」
「何日も寝ないのもどこかイヤです」
「だな」
この四人は上級ジョブで、しかもかなりステータスが高めです。一晩くらい寝なくても問題ありませんが、朝になったら起きて、夜になったら寝るのがモットーです。
「それなら二〇倍のほうはどうなるのかな?」
「そっちも薬剤師ギルドが確認してくれるそうだ。作った分を置いてきた」
目を覚ました職員たちが、喜々として次はもう一つのほうを試すとレイに言っていました。
「私たちが六時間くらいなら、その倍くらいかな?」
「それはどうでしょうか。私たちでも六時間あったと考えることもできますからね」
「そっか。そうすると一二時間よりも長いってこともあるのか」
結局のところ、回復薬で回復する分と自然に回復する分が混ざっています。それにレイたちが頑張ったといっても、一秒も休まずに腰を動かし続けていたわけではありません。本気で比較しようと思えば、サラが言ったように、まったく体を動かさずにベッドで寝たまま過ごすしかないでしょう。
「おまたせしましたっ! 新作ですっ!」
ビビがテーブルに並べたのは、どれも香辛料が利いた料理ばかりです。レイはロニーにカレーとビリヤニとマサラチャイの作り方を教えました。それからロニーはスパイスの組み合わせに興味を持ち、レイたちには他の客には出さない料理を用意してくれます。もちろんリクエストがあれば提供するようにしていますが。
「いままでなかった匂いだねって、これルーローファンじゃん」
「スターアニスとホアジャオが見つかったから譲ってもらって、それで五香粉を作った。それでさっそくロニーさんにレシピを渡して作ってもらった」
五香粉は作れましたが、残念ながら醤油と味醂と味醂がありません。甘辛ソースをベースにして作ったテリヤキソースモドキでしかありませんが、それとトンカツソースを混ぜ合わせてそれっぽいものができたとレイは思っています。
「甘くて不思議な香りがします」
ラケルが鼻をスンスンさせています。
「こっちはラケルスペシャルですぅ」
「すごいです!」
ラケルスペシャルという名前の超特大ステーキが登場しました。小さめの座布団のようなサイズです。
レイが「ラケル用にこれを丸ごと焼いてくれませんか?」と頼んだものです。それはラインベアーの肉を座布団サイズにして牛乳に漬け込んだものです。柔らかくするためではなく、独特の臭みを取り除くためですね。
ラインベアーの肉は旨味が強いのですが、独特の臭みがあってかなり硬いのです。ラケルはその硬さが好きなので、レイとしてはできるだけ美味しく、しかも硬いまま出してほしいと頼んだのでした。
ただし、分厚い肉の中心まで火を通そうとすると焦げてしまいます。上手に焼くにはコツが必要です。最初から強火で焼いてはいけませんよ。
まずは予熱をしていないフライパンに肉を乗せ、両面を弱火でじっくりと焼きます。表を五分、ひっくり返して裏を五分。そうしたらフライパンから取り出してまな板の上に乗せ、肉を休ませるのです。こうすることで、余熱で中まで火が通ります。また、肉汁も外に出ません。
肉を休ませている間にフライパンを強火で熱します。肉が冷めないうちにフライパンに戻して、裏と表を一〇秒から二〇秒程度、焼き色を付けます。
ちなみにですが、この肉にはレイが【浄化】を使っていますので、もし火が通っていなくてもお腹を壊すことはありません。
さて、後年レイたちが有名になったとき、このラケルスペシャルが白鷺亭、ひいてはクラストンの名物料理になります。辺境の村から出てきて、巨大な盾でグレーターパンダを弾き飛ばして狩るという方法を編み出した「鉄壁ラケル」の好物だと。
この超巨大ステーキは主人を守る盾を現しているという、もっともらしい作り話も流れることになりますが、そういう設定はありませんよ。レイが単にラケルを労おうと思っただけです。昨日の夜は一人で最後まで相手をしてくれましたからね。
「体力回復薬の次は何を作るの?」
「そうだなあ。今のところ、下級の体力回復薬、毒消し、痛み止め、媚薬か」
レイは頭に浮かんだ薬を順番に口にします。薬作りの基本は、その薬を知っているか、または使ったことがあるかが重要になります。
使ったことがなくても、何度か作っているうちに作れるようになっていきます。ところが、【調合】を使ったときにレシピが頭に浮かんだ人が作ったものと浮かんでいない人が作ったものでは、実は効果が変わるのです。
レイが作れる薬のうち、体力回復薬は薬剤師ギルドに販売することになりました。レイは薬剤師ギルドの職員が自分たちで作ればいいと思うのですが、ギルド長のヘザーはいろいろと考えているようです。
毒消しと痛み止めも簡単な部類です。このあたりは体力回復薬が作れるのなら、セットで作れるようになる薬です。ところが、媚薬はなかなか難しい部類に入ります。それをレイが作れるのは、日本人時代に栄養ドリンクを飲んだ経験があるからです。
シーヴにも【調合】がありますので、実はレイとほとんど同じものが作れます。レイが作れなくてシーヴに作れるのは避妊薬ですね。こちらはレイに【避妊】があるので、作っても使わなさそうですが。
「ねえ、使いたいってわけじゃないんだけど、一〇〇倍の媚薬も作れるんだよね?」
「たぶんな」
体力回復薬を煮詰めて濃くしたら持続性のある回復薬ができました。それなら媚薬を濃くすればどうなるでしょうか。おそらく効き目が続くでしょう。
「効き目の強さが一〇倍、時間も一二時間ってくらいだと思う。でも、体力が続くかどうかだなあ。栄養成分も多少は入ってるけど、体力回復薬ほどじゃないからな」
媚薬の素材の一部は体力回復薬と共通です。薬の使い道が使い道ですので、体力もある程度は回復するようになっています。ただ、そこまでは効き目がありません。つまり、媚薬の効き目が切れるより先に体力がなくなるのではないかとレイは考えているようです。
「私が試します!」
ラケルがピンと手を伸ばしました。
「一番体力があるのが私です。お任せくださいです」
体力回復薬のときに飲まなかったからか、ラケルが任せろと言わんばかりに胸を張りました。
「えっと、作ると言ったわけじゃないんだけどな」
サラがたまたま口にしただけです。一〇〇倍で作ったらどうなるのかと。
「わからないままにしておくよりも、作ってわかったほうがいいのではないです?」
「そりゃなあ」
ラケルはレイの役に立ちたいと、自ら被験者になると言いました。結局はラケルの熱意に負け、レイは濃度一〇〇倍の超濃縮タイプの媚薬を作ることになったのです。
◆◆◆
その翌日、レイは部屋でゴリゴリと素材をすりつぶすことになりました。作っているのは一〇〇倍の濃さの媚薬です。【調合】を持っていて媚薬も作れるシーヴがそれを手伝っています。
彼女にも日本人としての記憶もあります。だから栄養ドリンクを口にしたことがありました。つまり、彼女にも媚薬が作れたのです。それでも女性ですからね。以前は媚薬を作れることを知られるのが恥ずかしくて口にしなかったシーヴですが、ここ数か月でかなりオープンになりました。今では街中でレイに抱きついてキスするのは珍しくもありません。
「効き目が強くなるということは、声もかなり出そうですよね?」
「出るだろうな、たぶん」
最初に普通の媚薬の一〇倍の効果が出て、それが一二時間ほど続くと予想できます。効き目が一〇倍となれば、声はどれだけ出るでしょうか?
「それなんだけど、最近【遮音結界】と【沈黙】と【静寂】が付いた」
すべて音関係の魔法スキルですね。【遮音結界】はその空間へ音が入ることがなく、その空間から音が出ることもありません。でも、内部では音は聞こえます。【沈黙】は人に対して使うもので、しばらく声が出せなくなります。【静寂】はその空間の内部を無音にします。
「どれも一般魔法ですけど、そんなのを獲得するようなことをしましたか?」
どんなジョブの人でも覚えられるのが一般スキルと一般魔法です。それでも、何もしていなければ付きません。関係する行動をした結果として覚えられるんです。
「シーヴはけっこう声を出すからな。外にもれないように口を塞いでたからじゃないか?」
「んもうっ……♡」
イチャイチャしながらも、薬作りが進んでいきます。もちろんキスくらいです。そのままベッドに入ったりはしませんよ。それは夜にいくらでもできるからです。
◆◆◆
「なるほど。たしかに、これは泥ですね。泥水ではなく」
「な? 鍋をひっくり返しても簡単には落ちそうにないだろ? やらないけど」
シーヴは鍋の中の泥状の物質を見て驚いています。
「過剰摂取にならないでしょうか?」
「その可能性も……あるか。毒消しも作ろう」
体力回復薬では体調を崩す副作用はありませんでした。あの眠気が副作用と呼べなくはありませんが。
「毒消しも濃くしたほうがいいでしょうね」
「そうだな。そっちも作っておくか」
媚薬が濃いなら、毒消しも強くしないと効き目がないかもしれません。毒消しのほうも頑張って作っていきます。
一つ救いがあるとすれば、今回は大量には作らないということです。あくまでお試しですからね。
昼になる前には媚薬と毒消しの元となる泥状の物質ができあがりました。
◆◆◆
「また少し借りますね」
「どうぞどうぞ」
ロニーに断りを入れると、レイは鍋をコンロに乗せて火をつけます。しばらくすると成分が分離して澱が沈み、薬が上に集まってきます。レイはお玉ですくって確認します。
「この色は……液体化したブドウの皮ですね」
「もしくはナスの皮だな」
普通の媚薬は薄い紫色になるはずですが、濃すぎてナスの皮のような色になっています。一見すると黒ですが、よく見ると紫なんです。
「味見やはめたほうがいいですよね?」
「こんなところで始めるわけにはいかないな」
キッチンの反対側を見ると、仕込みをしているロニーと目が合いました。ロニーは二人の話が聞こえないので、曖昧な笑みを浮かべています。
「サラが言ったみたいに、スプーンですくって口にすればいいよな」
「残りは温かいままマジックバッグでいいんじゃないですか?」
「そうだな。加工前の状態で置いておくか」
無理して錠剤にする必要もありません。試しに二人が口にする分だけ別にして、残りは小さな鍋に入れたままマジックバッグ行きになりました。それでも、ミントと蜂蜜はさすがに加えてあります。甘さがなければキツいでしょうからね。
◆◆◆
「ホントに大丈夫?」
「体に悪いものは入ってないからな」
一〇〇倍濃縮の媚薬という、普通に考えたらまともではない薬を作ってしまったレイですが、さすがにラケルにだけ飲ませるつもりはありません。だから自分も飲むことにしました。
おかしくなりそうなら、サラとシーヴに毒消しを使ってもらうことになっています。過剰な催淫成分は毒とみなされますので、毒消しで消すことができるはずです。
「何かあったら頼む」
「任せて。でも無理はしないでね」
その夜、レイたちの借りている部屋では壮絶な戦いが繰り広げられることになりました。これが映画なら、『帝王のベルトは緩められた。それを受けるのは獣の裸姫。今、二人の影が一つになる。異世界エロティックバトル、ここに開幕』というキャッチコピーをサラが付けたでしょう。
「あれから次々と寝落ちして運ばれてたぞ」
レイがダーシーを運んだ部屋は医務室と呼ばれていましたが、要するに薬が置いてあるので治療ができる部屋というだけです。半分は物置として使われていて、置かれているベッドは一つだけでした。
最初に服用したダーシーが一番寝てしまうのが早かったので、そこにあったベッドに寝かせることができました。その他の人たちは、長椅子だの寝椅子だの、寝かせられる場所に寝かされていました。それすら無理だった人は、木箱を並べた上に毛布を敷いて、その上に寝かされていましたね。さすがに床の上に毛布では冷えますからね。
「最終的に一五人が飲んだらしいけど、普通に使えばほぼ丸一日ってことがわかった」
二四時間が経過したあたりで、続々と電池が切れたかのように寝てしまい、それから六時間ほど寝たあとで目を覚ましました。
「成分を使い切ったからなのか、それともタイマー的なものが働いているか。そのどちらかでしょうね」
「寝転がってるだけなら、三日でも四日でも眠気がなさそうだよね」
「何日も寝ないのもどこかイヤです」
「だな」
この四人は上級ジョブで、しかもかなりステータスが高めです。一晩くらい寝なくても問題ありませんが、朝になったら起きて、夜になったら寝るのがモットーです。
「それなら二〇倍のほうはどうなるのかな?」
「そっちも薬剤師ギルドが確認してくれるそうだ。作った分を置いてきた」
目を覚ました職員たちが、喜々として次はもう一つのほうを試すとレイに言っていました。
「私たちが六時間くらいなら、その倍くらいかな?」
「それはどうでしょうか。私たちでも六時間あったと考えることもできますからね」
「そっか。そうすると一二時間よりも長いってこともあるのか」
結局のところ、回復薬で回復する分と自然に回復する分が混ざっています。それにレイたちが頑張ったといっても、一秒も休まずに腰を動かし続けていたわけではありません。本気で比較しようと思えば、サラが言ったように、まったく体を動かさずにベッドで寝たまま過ごすしかないでしょう。
「おまたせしましたっ! 新作ですっ!」
ビビがテーブルに並べたのは、どれも香辛料が利いた料理ばかりです。レイはロニーにカレーとビリヤニとマサラチャイの作り方を教えました。それからロニーはスパイスの組み合わせに興味を持ち、レイたちには他の客には出さない料理を用意してくれます。もちろんリクエストがあれば提供するようにしていますが。
「いままでなかった匂いだねって、これルーローファンじゃん」
「スターアニスとホアジャオが見つかったから譲ってもらって、それで五香粉を作った。それでさっそくロニーさんにレシピを渡して作ってもらった」
五香粉は作れましたが、残念ながら醤油と味醂と味醂がありません。甘辛ソースをベースにして作ったテリヤキソースモドキでしかありませんが、それとトンカツソースを混ぜ合わせてそれっぽいものができたとレイは思っています。
「甘くて不思議な香りがします」
ラケルが鼻をスンスンさせています。
「こっちはラケルスペシャルですぅ」
「すごいです!」
ラケルスペシャルという名前の超特大ステーキが登場しました。小さめの座布団のようなサイズです。
レイが「ラケル用にこれを丸ごと焼いてくれませんか?」と頼んだものです。それはラインベアーの肉を座布団サイズにして牛乳に漬け込んだものです。柔らかくするためではなく、独特の臭みを取り除くためですね。
ラインベアーの肉は旨味が強いのですが、独特の臭みがあってかなり硬いのです。ラケルはその硬さが好きなので、レイとしてはできるだけ美味しく、しかも硬いまま出してほしいと頼んだのでした。
ただし、分厚い肉の中心まで火を通そうとすると焦げてしまいます。上手に焼くにはコツが必要です。最初から強火で焼いてはいけませんよ。
まずは予熱をしていないフライパンに肉を乗せ、両面を弱火でじっくりと焼きます。表を五分、ひっくり返して裏を五分。そうしたらフライパンから取り出してまな板の上に乗せ、肉を休ませるのです。こうすることで、余熱で中まで火が通ります。また、肉汁も外に出ません。
肉を休ませている間にフライパンを強火で熱します。肉が冷めないうちにフライパンに戻して、裏と表を一〇秒から二〇秒程度、焼き色を付けます。
ちなみにですが、この肉にはレイが【浄化】を使っていますので、もし火が通っていなくてもお腹を壊すことはありません。
さて、後年レイたちが有名になったとき、このラケルスペシャルが白鷺亭、ひいてはクラストンの名物料理になります。辺境の村から出てきて、巨大な盾でグレーターパンダを弾き飛ばして狩るという方法を編み出した「鉄壁ラケル」の好物だと。
この超巨大ステーキは主人を守る盾を現しているという、もっともらしい作り話も流れることになりますが、そういう設定はありませんよ。レイが単にラケルを労おうと思っただけです。昨日の夜は一人で最後まで相手をしてくれましたからね。
「体力回復薬の次は何を作るの?」
「そうだなあ。今のところ、下級の体力回復薬、毒消し、痛み止め、媚薬か」
レイは頭に浮かんだ薬を順番に口にします。薬作りの基本は、その薬を知っているか、または使ったことがあるかが重要になります。
使ったことがなくても、何度か作っているうちに作れるようになっていきます。ところが、【調合】を使ったときにレシピが頭に浮かんだ人が作ったものと浮かんでいない人が作ったものでは、実は効果が変わるのです。
レイが作れる薬のうち、体力回復薬は薬剤師ギルドに販売することになりました。レイは薬剤師ギルドの職員が自分たちで作ればいいと思うのですが、ギルド長のヘザーはいろいろと考えているようです。
毒消しと痛み止めも簡単な部類です。このあたりは体力回復薬が作れるのなら、セットで作れるようになる薬です。ところが、媚薬はなかなか難しい部類に入ります。それをレイが作れるのは、日本人時代に栄養ドリンクを飲んだ経験があるからです。
シーヴにも【調合】がありますので、実はレイとほとんど同じものが作れます。レイが作れなくてシーヴに作れるのは避妊薬ですね。こちらはレイに【避妊】があるので、作っても使わなさそうですが。
「ねえ、使いたいってわけじゃないんだけど、一〇〇倍の媚薬も作れるんだよね?」
「たぶんな」
体力回復薬を煮詰めて濃くしたら持続性のある回復薬ができました。それなら媚薬を濃くすればどうなるでしょうか。おそらく効き目が続くでしょう。
「効き目の強さが一〇倍、時間も一二時間ってくらいだと思う。でも、体力が続くかどうかだなあ。栄養成分も多少は入ってるけど、体力回復薬ほどじゃないからな」
媚薬の素材の一部は体力回復薬と共通です。薬の使い道が使い道ですので、体力もある程度は回復するようになっています。ただ、そこまでは効き目がありません。つまり、媚薬の効き目が切れるより先に体力がなくなるのではないかとレイは考えているようです。
「私が試します!」
ラケルがピンと手を伸ばしました。
「一番体力があるのが私です。お任せくださいです」
体力回復薬のときに飲まなかったからか、ラケルが任せろと言わんばかりに胸を張りました。
「えっと、作ると言ったわけじゃないんだけどな」
サラがたまたま口にしただけです。一〇〇倍で作ったらどうなるのかと。
「わからないままにしておくよりも、作ってわかったほうがいいのではないです?」
「そりゃなあ」
ラケルはレイの役に立ちたいと、自ら被験者になると言いました。結局はラケルの熱意に負け、レイは濃度一〇〇倍の超濃縮タイプの媚薬を作ることになったのです。
◆◆◆
その翌日、レイは部屋でゴリゴリと素材をすりつぶすことになりました。作っているのは一〇〇倍の濃さの媚薬です。【調合】を持っていて媚薬も作れるシーヴがそれを手伝っています。
彼女にも日本人としての記憶もあります。だから栄養ドリンクを口にしたことがありました。つまり、彼女にも媚薬が作れたのです。それでも女性ですからね。以前は媚薬を作れることを知られるのが恥ずかしくて口にしなかったシーヴですが、ここ数か月でかなりオープンになりました。今では街中でレイに抱きついてキスするのは珍しくもありません。
「効き目が強くなるということは、声もかなり出そうですよね?」
「出るだろうな、たぶん」
最初に普通の媚薬の一〇倍の効果が出て、それが一二時間ほど続くと予想できます。効き目が一〇倍となれば、声はどれだけ出るでしょうか?
「それなんだけど、最近【遮音結界】と【沈黙】と【静寂】が付いた」
すべて音関係の魔法スキルですね。【遮音結界】はその空間へ音が入ることがなく、その空間から音が出ることもありません。でも、内部では音は聞こえます。【沈黙】は人に対して使うもので、しばらく声が出せなくなります。【静寂】はその空間の内部を無音にします。
「どれも一般魔法ですけど、そんなのを獲得するようなことをしましたか?」
どんなジョブの人でも覚えられるのが一般スキルと一般魔法です。それでも、何もしていなければ付きません。関係する行動をした結果として覚えられるんです。
「シーヴはけっこう声を出すからな。外にもれないように口を塞いでたからじゃないか?」
「んもうっ……♡」
イチャイチャしながらも、薬作りが進んでいきます。もちろんキスくらいです。そのままベッドに入ったりはしませんよ。それは夜にいくらでもできるからです。
◆◆◆
「なるほど。たしかに、これは泥ですね。泥水ではなく」
「な? 鍋をひっくり返しても簡単には落ちそうにないだろ? やらないけど」
シーヴは鍋の中の泥状の物質を見て驚いています。
「過剰摂取にならないでしょうか?」
「その可能性も……あるか。毒消しも作ろう」
体力回復薬では体調を崩す副作用はありませんでした。あの眠気が副作用と呼べなくはありませんが。
「毒消しも濃くしたほうがいいでしょうね」
「そうだな。そっちも作っておくか」
媚薬が濃いなら、毒消しも強くしないと効き目がないかもしれません。毒消しのほうも頑張って作っていきます。
一つ救いがあるとすれば、今回は大量には作らないということです。あくまでお試しですからね。
昼になる前には媚薬と毒消しの元となる泥状の物質ができあがりました。
◆◆◆
「また少し借りますね」
「どうぞどうぞ」
ロニーに断りを入れると、レイは鍋をコンロに乗せて火をつけます。しばらくすると成分が分離して澱が沈み、薬が上に集まってきます。レイはお玉ですくって確認します。
「この色は……液体化したブドウの皮ですね」
「もしくはナスの皮だな」
普通の媚薬は薄い紫色になるはずですが、濃すぎてナスの皮のような色になっています。一見すると黒ですが、よく見ると紫なんです。
「味見やはめたほうがいいですよね?」
「こんなところで始めるわけにはいかないな」
キッチンの反対側を見ると、仕込みをしているロニーと目が合いました。ロニーは二人の話が聞こえないので、曖昧な笑みを浮かべています。
「サラが言ったみたいに、スプーンですくって口にすればいいよな」
「残りは温かいままマジックバッグでいいんじゃないですか?」
「そうだな。加工前の状態で置いておくか」
無理して錠剤にする必要もありません。試しに二人が口にする分だけ別にして、残りは小さな鍋に入れたままマジックバッグ行きになりました。それでも、ミントと蜂蜜はさすがに加えてあります。甘さがなければキツいでしょうからね。
◆◆◆
「ホントに大丈夫?」
「体に悪いものは入ってないからな」
一〇〇倍濃縮の媚薬という、普通に考えたらまともではない薬を作ってしまったレイですが、さすがにラケルにだけ飲ませるつもりはありません。だから自分も飲むことにしました。
おかしくなりそうなら、サラとシーヴに毒消しを使ってもらうことになっています。過剰な催淫成分は毒とみなされますので、毒消しで消すことができるはずです。
「何かあったら頼む」
「任せて。でも無理はしないでね」
その夜、レイたちの借りている部屋では壮絶な戦いが繰り広げられることになりました。これが映画なら、『帝王のベルトは緩められた。それを受けるのは獣の裸姫。今、二人の影が一つになる。異世界エロティックバトル、ここに開幕』というキャッチコピーをサラが付けたでしょう。
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