異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第5章:初夏、新たなる出会い

第3話:お嬢様は乱雑

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「そういえば、レイ様たちは安いところにお泊りですの?」

 ケイトは歩きながらレイに聞きました。その表情がわりと深刻そうなのがレイには気になりました。

「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「それは……」

 ケイトはほぼ勢いだけで冒険者になったものの、生まれも育ちもお嬢様です。あまりにも安くて質の悪い宿屋は避けたいと思っています。だからここまでは高めの宿屋に泊まっていました。
 オグデンからクラストンまで、『草原の風』はケイト持ちで高い部屋に泊まれたので喜んでいましたが、普段は安い部屋ばかりだと言っていたのをケイトは覚えています。だからレイが、部屋は安ければ安いほどいいと考えてそのような宿屋を選んでいるのなら、どうするか考えなければならないということです。
 安宿が嫌なら自分だけ別の宿屋に泊まるのもひとつの方法ですが、置いていかれる可能性を考えると、あまりレイのそばを離れたくはありません。もちろんレイはそんなことはしませんが、ケイトがどう考えているかは、また別の話なのです。

「少し高めのところだから、そんなに心配しなくてもいいはずだ」
「そうだね。でも部屋割りはどうする? 二人ずつ三部屋か、二人部屋と四人部屋のどっちかでいい?」
「そうですね。レイともう一人で一部屋、残り四人で一部屋でもいいでしょう」
「どうしてその分け方ですの?」
「夜は一対一のほうがね」

 たまには複数人でということもありますが、やはり恋人と二人きりで過ごす時間も大切だろうと考えて、最近は大人しめになっています。体力回復薬や媚薬でとんでもないことになったりもしましたので。
 サラから話を聞いたケイトの顔が真っ赤にしました。

「ああ、あの、その……みなさんはすでにレイ様と、その……」
「毎晩誰かが一緒だよ。だからこれからは五日に一度だね」
「ご主人さまに抱かれるのがイヤなのです?」

 ためらい気味なケイトの表情を見て、回りくどいことが嫌いなラケルが、なんのひねりもなく聞きました。持てる全力でど真ん中に投げた直球ですね。これはバットを振るしかありません。

「嫌ではありませんわ。ただ……」

 そこまで口にしてケイトは固まってしまいますが、足はきちんと動いていますね。

「お嬢様は変なところで初心うぶですので。ところで、五日に一度では私も入ってしまっているのですが」

 シャロンが指で人数を数えます。どう考えてもレイを除けば自分が五人目になってしまうからです。

「ケイのメイドならレイのメイドも同じじゃない?」
「どうしてそうなるのですか?」

 目の前にいるサラというこの女性は主人と同類だろうか、一人でも大変なのに、とシャロンは思いました。サラは思い込みの点ではケイトの足元にも及びませんが、行動力という点ではケイトと同等以上でしょう。いきなり何を始めるのかわからない点でも。

「だってケイがレイの恋人になるんでしょ? 主人の恋人は主人と同じになるんじゃない?」
「その理屈ですと、お嬢様の下着はすべてレイ様のもの。それなら頭にかぶっても——」
「かまわないでしょう。レイ様がわたくしの下着を頭にかぶりたいとおっしゃるのであれば、喜んで差し上げますわ! 今夜、中身もどうぞご賞味ください!」

 シャロンの言葉にかぶせるようにしてケイトが言い切りました。でも、ここは大通りですよ。すれ違う人たちがジロジロと見ていますよ。
 シャロンは一瞬驚いた顔をしてから、「あの初心うぶなお嬢様がよくぞご立派に」とつぶやいてハンカチで目元をぬぐいました。

「わたくしだけではなく、ついでにシャロンも丸ごと差し上げます。ひん剥いて好きになさってください。遠慮はいりませんわ」
「お、お、お嬢様⁉ ちょっとお待ちください‼」

 感激の涙が焦りの汗になってしまいました。シャロンとしてはありえない例え話をしたつもりでしたが、主人によってありえる話になってしまったのです。挙句に自分に飛び火して少し焦げています。

「レイ、『YESロリータNOタッチ』できる?」
「いや、話を聞く限りじゃシャロンは子供じゃないだろう」

 そもそも転職したというならその時点で成人しているはずで、ケイトへの接し方を見ても自分よりは上だろうとレイは考えていました。

「はい、これでも二三です」
「一番上だね」
「……その言い方は、わりとグサッときますね」
「他に言い方ってある?」
「女盛りとか」

 その場に微妙な空気が漂いました。強いていうなら娘盛りでしょうが、これも似合いません。
 ところで、ここで話し合うべきは年齢のことではなく、彼女をどうするかということです。

「付いてくるとしても……シャロンはどんなジョブなんだ?」

 彼らは冒険者ですので、メイドを連れて出かけるのは難しいこともあります。そもそも冒険者はメイドを連れて歩きません。

「今はメイドです」
「仕事とジョブが同じなのか」
「シャロンはまさにわたくしのメイドになるために産まれてきたようなメイドなのですわ」
「別にメイドになりたかったわけではないのですが。しかもこのようなお嬢様の」

 素直なシャロンです。

 ◆◆◆

 レイたちはケイトとシャロンを連れて白鷺亭に戻ってきました。

「おかえりなさいませぇ」
「ただいま」

 マルタが一行を見て首を傾げました。

「二人増えましたかぁ?」
「それで部屋を変えてもらおうかと」

 部屋に空きがあるなら変えてもらうことにしました。

「それではぁ、二人部屋と四人部屋に変更ですねぇ。一つはそのままでぇ、四人部屋は向かいですぅ」

 レイは差額を払って部屋を変えてもらいました。部屋には荷物はないので、そのまま新しい部屋に入ることになりました。
 一行はとりあえず四人部屋のほうに入り、今後のことを話し合うことにします。

「わたくしもお仲間レイ様の恋人に加えていただきましたので、今後シャロンはレイ様のメイドとしてお使いください」
「ですからお嬢様、ポンと渡されても困ります」

 シャロンの眉毛は途中からずっとハの字になっています。

「シャロン、今後レイ様のことは旦那様と呼ぶように。そしてわたくしのことは今後はお嬢様ではなく奥様と呼びなさい。サラとシーヴにも奥様を付けて呼ぶように」
「かしこまりました、ケイト奥様。まったくこの方は……」

 シャロンは愚痴りながらレイに向かって頭を下げました。

「旦那様、今後はよろしくお願いいたします。おはようのキスからおやすみの夜伽まで、この身をいつでもお好きなようにお使いください」

 二人のやり取りを見たレイは、シャロンの代わり様に違和感を持ちました。

「シャロンは単なるメイドじゃないのか?」
「違います。わたくしの所有する借金奴隷ですわ」
「残念ですが、そのような扱いになっております」
「私と同じだったです♪」

 ラケルがシャロンの手を取ってブンブンと振ります。

「ラケルも奴隷だと先ほど言っていましたね」
「はい。この春に五〇万キールで買っていただきましたです。年内で解放されます。それまでにしっかり戦ってお返しします」
「五〇万キールを一年でですか……」

 庶民なら家族が四、五年は食っちゃ寝できる金額です。自分はそこまでの金額でなくてよかったとシャロンは安心しました。
 シャロンの場合は働いて借金を返済するという形ではなく、三年少々が過ぎれば解放されることになる契約です。もし五〇万キールの借金を背負えばどうなっていたでしょうか。
 メイドとして働いて五〇万キールを返済しようと思えば、普通のメイドなら一〇年近くかかるでしょう。ジョブがメイドで仕事はテキパキとできるなら給料は高くなるでしょうが、それでも一年で一〇万キールにはなりません。

「上級ジョブに転職できればこの年末まで、それが無理なら来年までって契約だったからな」
「それでも二年というのは短くありませんか?」
「それくらい稼げるのを前提に契約したからな。実際にはとっくにそれくらいは稼いでくれたし」

 レイはラケルの頭をポンポンと撫でます。ラケルは耳をくりくりと動かして嬉しそうに目を細めました。

「しかしハーフリングには初めて会ったな」
「マリオンのギルドで見かけたことはありませんでしたね」

 ギルモア男爵領は田舎なので、人間と獣人以外は極端に少なくなっています。ドワーフは鍛冶や酒造りの職人として町で暮らしていることもありますが、エルフは一人もいません。
 ハーフリングについては話には聞いたことがありましたが、会ったことはありません。パッと見ると人間の子供のようにも見えますが、表情を見れば違うとわかります。

「旦那様はハーフリングという種族について、どのようなことをご存じですか?」
「そうだな……背丈は一メートルに達しないくらいで耳が少し尖っている。あまり一つの場所に長く留まらず、旅をして暮らしている。手先が器用で身軽なので、吟遊詩人や大道芸人として食べていくことが多い。陽気な性格で、人をからかうこともある。俺が知ってるのはそんな感じだな」
「はい、そのような種族です。その私がどうしてメイドをする羽目になったのか」

 シャロンは遠い目をしました。

「調子に乗ってお父様の大切な皿を割ったからですわ」
「急に芸をしろなどとおっしゃるから……」

 ハーフリングは旅をする種族です。基本的に定住を好まず、町から町へと旅をしながら人生を送ります。そんなシャロンがメイドをするようになったのは、借金を作って奴隷になってしまったからです。

 ~~~

 旅をするにはお金が必要です。身軽なシャロンは、歌を歌ったり軽業をしたり、大道芸人や吟遊詩人のようなことをして生計を立てていました。
 彼女はある日、たまたまダグラス市内にある広場の一つで軽業を見せていましたが、そこをケイトにのが彼女の運の尽きでした。

「マ~~~ベラス! あなた、素晴らしいですわっ!」

 冬の寒空の下、広場で大道芸をしていたシャロンに、馬車で通りかかったケイトが惜しみない拍手を送ります。

「それでしたらこの箱の中に金貨をジャラッとお願いします」
「金貨は無理ですが、銀貨なら何枚でも用意しましょう。お父様にも見ていただきたいので、ぜひうちのお屋敷においでなさい」
「え?」
「遠慮はいりませんわ」
「ちょ、ちょっと……」

 他人をおちょくるのが得意なハーフリングですが、シャロンは意外と押しに弱かったのです。

 ◆◆◆

「お父様、こちらがハーフリングの大道芸人のシャロンです。素晴らしい技を持っていますのよ」

 いきなり知らない娘を引っ張って部屋に入ってきたケイトを見て、また無茶を言ったなとアンガスは思いました。そうはいっても、彼も大道芸は嫌いではありません。それにハーフリングは歌も上手だと知っています。

「それは楽しみだな」

 ハーフリングの大道芸は王都で見たことがありますが、このような地方ではなかなか見かける機会がありません。だからアンガスがそう口にしたことは不思議でもなんでもありません。ところが、場所とタイミングが悪すぎました。

「はい、シャロン。何か芸を、さあ」
「え? いきなりですか?」

 シャロンの目の前にある机の上には一枚の皿が置いてありました。彼女は腰からぶら下げていた細い棒を手に取ると、その皿を棒の先でくるくると回し始めます。それを見て驚いたアンガスが声を上げました。

「お、おい、それは購入したばかりの骨董品だぞ」
「え?」

 骨董品という言葉が耳に入ると、シャロンは体をこわばらせました。その瞬間、棒の先から皿が離れます。彼女の目にはその光景がスローモーションのように映っていました。

 パリーン

「「「……」」」

 場が凍りました。しばらくして意識を取り戻した三人は今後どうするかを話し合いました。
 アンガスからすると、娘のケイトが無茶を言って連れてきたのがわかりますので、シャロンを責めづらいのですが、気にしなくていいと言えるほど安くはありません。驚くほど貴重な骨董品ではありませんが、それでも金貨三枚ほどになります。そして、骨董品というのはいつ手に入るかわからないものなのです。
 ケイトからすると、その皿が骨董だとは知りませんでしたし、シャロンがいきなり目の前の皿で皿回しをするとも思いませんでした。
 シャロンからすると、何か芸をしろと言われたのでそこにあった皿を回したら、それがまさかの骨董品でした。一見すると何の変哲もない焼き物の皿に見えたのです。それを回し始めたところ、アンガスの叫び声で驚いて落としてしまったのです。

「お父様、シャロンをここで働かせるというのはどうでしょうか?」

 ハウスメイドとして働けば、五年から六年ほどで返済できます。その前提でケイトは父親に話を振りました。もちろんシャロンの意向は確認していません。

「でも彼女はハーフリングだろう。定住は好まないはずだ」
「では払い終わるまで、わたくしの奴隷ということにするのはどうでしょう。奴隷なら逆らいませんし逃げませんわ」
「ど、奴隷ですか⁉」

 ケイトのとんでもない提案にシャロンは目を剥きました。

「三年と二か月、切りのいい新年で解放しましょう。それまで三食昼寝付きを保障しますわ。仕事ぶりによってはおやつも出しましょう」
「よろしくお願いします、お嬢様、旦那様」

 そして奴隷商に赴いて奴隷としての主従契約を済ませると、シャロンは仕事ぶりを上げるために、それまでの風来坊というジョブからメイドに転職したのでした。

 ~~~

「しっかり手懐けられてるじゃないか」
「そうとも言います」

 レイが見る限り、どっちもどっちという感じです。話を聞かないお嬢様と、好き勝手やっているように見えて意外と律儀なメイド。凸凹コンビでしょう。

「シャロンは人並み以上に仕事ができますわ。一応今年までということにしていますの」
「それなのに最後の年にこんなことになるとは……」

 シャロンは誰がどう見てもガックリという風に肩を落としました。それは彼女にとっては演技ではなく自然な振る舞いです。

「ずっと屋敷にいて大丈夫だったのか?」

 ハーフリングといえば旅をして暮らすという種族だとレイは聞いています。いくら奴隷として契約で縛られていても、ずっと屋敷にいることは問題ないのかと。

「私はどちらかといえばのんびりした性格ですので」
「どの口がそんなことを言いますの?」
「この口です。は愛する殿方と子供を作るために使う場所ですので」
「下の……お口……」

 シャロンの反撃にケイトは再び赤くなりました。

「お嬢様、手入れはきちんとなさっていますか?」
「抜かりはありませんわ」

 そう言いながら、さらに顔を赤くするケイトです。

「ケイト奥様はもう少し男女の営みについて学んだほうがよろしいでしょう」
「よし、それじゃ今日はケイに譲っちゃおう。しっかり抱かれて女になるといいよ」

 シャロンの言葉にサラが乗っかります。

「そんなノリで言われましても……」
「そんなこと言いながら、毎晩レイ様のことを思って自分を慰めてらしたのはどなたでしたか? 『ああっ、レイ様っ。いけませんわっ、そんなところに指などっ! 汚いですわっ! でも気持ちいいですの~』などと。そんなところとは具体的にどこなのですか?」
「知りません。そのようなはしたないことなんてしませんわ!」
「ホントにしないのです?」
「あ、いえ、たまには……」

 嘘がつけないケイトでした。
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