異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第1章:目覚めと始まりの日々

第6話:今後の身の振り方

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 部屋に戻ると、二人は水差しからグラスに水を注いで喉に流し込みます。

「ふうっ。それで再会してすぐなんだけどさ、レイはここを出るんだよね?」

 あらためて聞かれてみて、今後どうするかをはっきり伝えていなかったとレイは気づきました。正直なところ、どうすべきか迷っていたからです。ただ、家を出ることだけは決めていました。

「居場所がなくなるからなあ。ただ何をするかは……まだ決めてないんだよなあ」

 可愛いサイモンと離れるのはつらいですが、それでも出たくても出られなかった次兄のライナスよりはマシだろうとレイは考えています。もし自分にやりたいことがあって、それでもなかなか出してもらえなかったらどうするかを少し考えてみました。
 一つ、親と喧嘩してでも出る。二つ、諦めて大人しくする。三つ、兄に早く頑張れと発破をかけて精力剤でも渡す。おそらく自分がライナスの立場だとすれば、おそらく三つめを選ぶのではないかとレイは考えました。
 そして家を出るということは、もちろん実家をあてにしないということです。レイのこちらでの本名はレイモンド・ファレルです。ファレルは家名と呼ばれるもので、日本では名字に相当します。これまでは「ギルモア男爵モーガン・ファレルの三男レイモンド・ファレル」でしたが、今後は家を出るので単にレイモンド・ファレルと名乗るだけになります。
 デューラント王国では、実家を離れたにもかかわらず、いつまでも実家の名前を前面に出すと、それは自立できていない証拠だと思われます。そのあたりは卒業したら実家を出るのが普通だという、地球の欧米の考えに似ているかもしれません。
 それはそうと、どんな仕事をするかです。まず考えられる仕事は役人でしょう。貴族は知識階級です。当然のように読み書き計算ができますので、仕事の幅が広がります。ただし、日本のような大学新卒一括採用の制度はありませんので、空きができた場合だけ募集されます。それもコネが優先されるでしょう。
 もう一つが魔法です。生活にゆとりがある貴族は幼い頃から勉強をしてますので、魔力量が多くなります。するとその道で大成しやすくなります。ただし、魔法に関して最も権威のある魔法省で働こうと思えば、まず家柄が問われます。それからコネですね。
 家を出たら実家の名前は使わないと言いながらも、要所要所で使うのはもちろんOKです。問題なのは、実家の名前を傘に着て、常にゴリ押ししようとすることです。
 さて、どのような道に進むにせよ、王都へ行くのが一番だろうとレイは考えていました。

「一緒に冒険者にならない?」

 サラは質問というよりも確認のような口調でそう問いかけました。

「冒険者なあ」

 それを聞いてレイは少し考えます。日本人としての記憶が戻る前は、冒険者になるつもりはまったくなかったからです。
 冒険者にならないというのは、貴族の息子としてはごく普通のことです。貴族の家に生まれながら冒険者になるというのは、変わり者くらいでしょう。生活レベルが違いすぎて、普通の感覚をしていると、途中で脱落してしまうからです。
 幼いころから聞かされていた英雄譚に憧れて冒険者になったとします。親から独立のための準備金をもらうでしょう。そこまではいいんです。ところが、何も考えずに使っていると、あっという間にその金を使い切ってしまいます。
 貴族の家に生まれれば、幼いころから何不自由ない生活を送ってきたはずです。金勘定はできても、金銭感覚がないことが多いんですね。結局は生活に困って実家に泣きついて仕事を探してもらいます。このような流れが実に多くなっています。
 貴族の息子が就く仕事は、肉体労働ではなく頭脳労働が多いでしょう。役人が一番の人気がありますが、頭がよければ魔力が増えやすいので、魔法関係の仕事を探すこともあります。もちろん普通に仕事を探すのではなく、他の貴族の息子や娘の結婚相手というのが理想でしょうが。
 レイはこれまで冒険者になりたいと思ったことはありませんでしたが、日本人としての記憶が戻った今となっては、それもアリだろうと思えました。ただ、気になることが何点かあります。

「二人だけでか?」
「二人だけじゃ大変たと思うから、いずればパーティーメンバーを探そうとは思うけど……」
「いきなり上級ジョブになるとはなあ」
「ね~」

 ジョブにはレベルがあります。レベルに上限はありませんが、一般ジョブの場合は一年間で上げられるレベルは、かなり努力をして二〇から二五。少しずつ上がりにくくなりますので、三年間で五〇を超えることは多くありません。そして、五〇以降は急に上がりにくくなりますので、そのあたりで転職を考え始めます。三回新年を迎えないと転職できないというのは、実は理にかなっているんです。
 レイとサラが引っかかっているのが、二人は最初のジョブが上級ジョブだったということです。上級ジョブはレベルアップがかなり遅いんですよ。一年目は上がっても五か六くらいで、それ以上成長することは滅多にありません。レベルが上がらないと、固有魔法や固有スキルは覚えません。ただし、一般的な魔法やスキルは身に付けられます。
 上級ジョブから一般ジョブに転職すれば能力値のレベルがかなり下がりますので、転職するとすれば上級ジョブのどれかしかないでしょう。だから二人は転職できない、あるいは転職する意味がないと考えたほうがいいでしょう。

「とりあえずジョブについて調べる間にわかったんだけど、この世界のジョブっていろんなゲームやラノベやアニメで見たものが混じってるみたいなんだよね」
「どのあたりがだ?」

 サラが調べたところによると、ほとんど同じ内容なのに呼び方が違うジョブがたくさんあります。いくつか例を挙げると、黒魔法を使うジョブなら魔術師、魔法使い、魔女、ウィザード、ウォーロック、ウィッチ、マジシャン、メイジ、ソーサラー、ソーサレスなどがあります。一部で女性しかなれないジョブもありますが、覚えられる魔法にはほぼ違いがありません。
 白魔法なら僧侶、牧師、司祭、神官、プリースト、クレリック、プリーチャーもほぼ同じです。修道士、修道女、修道僧、モンク、ナン、比丘びく比丘尼びくには男女の違いのみです。
 一般ジョブの魔法少女と魔女っ子も中身は同じですが、この二つは女性限定な上に上級ジョブがありません。
 上級ジョブの賢者、セージ、マグス、メイガスもほぼ同じ内容です。

「よく調べたな、って魔法少女なんてあるのか?」
「あるみたいだよ。変身して戦うんだって」
「マジか⁉ それは見てみたいかも」
「いひっ。それじゃ冒険者になるのは決まりだね」
「——あ」

 レイはファンと呼べるほどではありませんでしたが、有名どころは知っています。その中には原作が少女マンガで、セーラー服を着た美少女戦士も含まれていました。大好きとまではいかないが、それなりに集中して見ていたのを覚えています。そのことをサラは知っていたのです。

「まあ冒険者ってのはありだな。役人をやると社会人時代を思い出すよなあ」
「そうだね。どうせなら地球じゃできないことのほうがいいよね」
「地球と同じ仕事なんてほとんどないだろうけどな」
「近いのはそこそこあるよ」

 まず会社というものが存在しません。仕入れから販売まで一通り行う大店おおだなは商社と呼べるかもしれませんが、株券は存在しません。店のほとんどは個人商店、つまり自営です。店があるから店員もいますが、多くは家族経営か一族経営です。
 役人はいわゆる公務員に相当します。衛兵や兵士は警察官や消防士や軍人になるでしょう。教師や医者、薬剤師は存在します。飲食店関係も比較的似ているでしょう。
 劇団は日本と大きく変わりません。ただし、音響まで考えられた劇場は大都市にしかなく、通常はローマ劇場のような屋外にある半円型の劇場で、それもなければ町の広場をそのまま使うことがほとんどです。
 王都にある王立劇場には専属の劇団がありますが、ほとんどは自主運営の小劇団で、各地の町を回って広場や劇場を借りながら芝居をします。
 吟遊詩人や大道芸人なども元の世界に近いでしょう。街角で、あるいは広場で、場合によっては領主に呼ばれて屋敷で歌や芸を披露します。酒場に入って場所代を払い、そこで腕を披露しておひねりを受け取ることもあります。
 そして、レイとサラがなろうとしている冒険者というのは、魔王を倒して邪神を滅ぼす大英雄への第一歩……ではなく、単なる日雇い労働者のことです。魔物の素材を売却するのが収入の中心になりますので、狩人も兼ねていると言えるでしょう。
 冒険者は職業安定所に相当する冒険者ギルドでその日の仕事を探します。開拓などの大規模な公共事業は別として、長期の仕事は冒険者ギルドではほとんど紹介していません。そのような仕事は街中にある人材紹介所で探すしかありません。

「冒険者になって完全にここを出たらお風呂にも入れないんだよね」
「風呂か……」

 野営をしている間は風呂に入る余裕はないでしょう。宿屋にも風呂場はありますが、レイたちが入っていたような浴槽はまずありません。たいていは桶にお湯を入れ、それに浸したタオルで体を拭く場所が用意されているだけです。基本的には水のみで、お湯は別料金ということが多くなります。

「魔法でどうにかできないか?」
「魔法で?」

 サラは気づいていませんが、レイには【浄化】という魔法があります。これは穢れを払い、アンデッドを昇天させるための魔法ですが、汚れや雑菌を取り除くことも可能です。【ロード】のジョブを得たばかりなので効き目は弱いでしょうが、体の汚れを取り除くくらいならできるはずです。そして、単に汚れを落とすだけの【清浄】もあります。汗や皮脂だけならこれでも十分です。

「あ、ファンタジーの定番があったんだね」
「定番なのか?」

 レイはそこまで詳しくありません。

「そうだよ。お水を出したり汚れを取り除いたりする魔法って冒険者に一番感謝される魔法だからね」
「まあ生きるためには水は必要だよな。その水を火属性の魔法で温められないか?」
「あ~、できるかも。でもどうやって?」
「樽を使えばいいんじゃないか?」

 まずは樽に水を入れます。その水にサラが持っている【火球】の魔法を撃ち込みます。万が一に樽が壊れないように、底に大きな石やレンガでも並べて、そこに当てれば樽の底が抜けることはないはずだとレイは考えました。
 そこまで話をして、レイは公衆浴場を見たことががないことに気づきました。

「銭湯ってないよな?」
「ギルモア男爵領にはないよ」
「てことは、ある場所にはあるんだな」
「らしいね。どこにあるかまではわからないけど」

 体を清潔に保つというのは健康を維持する一つの方法です。それは理解されていますが、だからといって公衆浴場を作ろうという話にはなかなかならならないのが現実です。

「水汲みはいいとして、燃料か」
「ここは安いけど、大都市ならまた違うだろうね」

 王都などと大都市では、消費される薪の量が桁一つどころではなく二つは違うでしょう。そうなると価格も上がります。

「街中に銭湯はあってもいいと思うんだよな。それで一つ雇用が生まれるし」
「提言はしてもいいかもね」
「開拓の話は通ったからな」

 レイは領民を増やす方法をモーガンに提案をしたことがあります。それはちょうどサラが屋敷にやってきたころで、レイとサラは話し合って意見をまとめました。

 こうしてレイとサラは、この屋敷を離れて冒険者になる話をしつつ、自分たちが去ったあとでこの領地の役に立ちそうな政策をまとめることにしました。チート? いえ、違います。知識があって立ち位置が違うと見え方が変わるというだけです。
 残念ながら、レイはゲームやラノベに詳しくありません。チートならむしろサラのほうが得意でしょう。そのサラも、投げっぱなしで去ることには抵抗がありますので、常識の範囲内に抑えることにしました。よかったですね、ギルモア男爵領が蒸気機関発祥の地にならなくて。
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