異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第2章:冬、活動開始と旅立ち

第2話:発想の転換(不発)

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「そろそろお昼にするか」
「そこの木の下でいいよね」

 彼らが薬草を探していた場所から少し離れたところに大きな木がありました。キノコの傘のように枝が伸びているので、下に入ると雪が吹き込みません。そこに防水シート代わりのオークの皮を敷くと、その上にクッションを置いて座ります。

「まずまずかな?」
「午前の成果としてはまずまずだな」

 すでにアーカーベリーの根は一〇本を超えています。ルーリーリーブズの花もすでに八つ、サニーフラワーの種も一山あります。
 その他にもマグマゴケやコオリダケなど、掲示板に貼ってあった薬の材料を確保していました。

「とりあえず昼食を出すか」

 スープとヤキソーバと温サラダ。すべて温かいままマジックバッグに入っています。二人はそれぞれ取り分けて食べ始める。

「あ~、あったかい」
「マジックバッグ様々だな」
「ホントにね。でもスープくらいは自分たちで用意したいね」
「屋敷にいる間に、一日か二日使ってまとめて作るか」
「賛成」

 温かいスープで体が暖まると、次はヤキソーバを口にします。

「受け取った時に分かってたけど、ウスターソースだけじゃ物足りないな」
「もう少しコクが欲しいね」

 焼きそばにウスターソースだけでは甘みが足りないので、醤油やオイスターソース、ケチャップなどを加えると深みが出ます。残念ながら、この三つはありません。

「醤油とオイスターソースは無理だけど、ケチャップは欲しいな」
「トマトピューレはあるのにね」

 いくら耐寒の数値が上がっても、細かな雪が降る中で座っていれば冷えてきます。ささっと昼食を終えると採集の続きを始めます。
 今日の仕事の目安は午後三時まで。ここに時計はありませんが、太陽の傾きである程度はわかります。夕方になるとさらに寒くなるので、それまでには戻っておきたいと考える二人でした。

 ◆◆◆

「やっぱり中は暖かいな」
「出たくなくなるのはわかるよね」

 冒険者ギルドに戻った二人は、手をこすり合わせながら掲示板の前に向かいます。寒さでつらいということはありませんが、それでも指先の感覚がなくなるのは仕方がありません。
 掲示板を見ると、まだアーカーベリーの通常依頼が貼り出されたままだでした。レイはそれを手に取って窓口に向かいます。

「シーヴさん、この依頼の受付をお願いします。それと何種類かの薬草です」

 レイは窓口のトレイにアーカーベリーの根、ルーリーリーブズの花、サニーフラワーの種、マグマゴケ、コオリダケを乗せました。

「はい。ではお二人とも、ステータスカードをお願いします」

 レイはそう言われてステータスカードを出そうとします。ところが、初めての依頼に少々浮ついていたのか、いつもは手のひらのすぐ上に現れるはずのステータスカードが、ポップアップトースターで焼いたパンのようにポンと浮き上がりました。

「あっと、すみません」
「いえいえ、大丈夫です」

 シーヴはトレイを持って後ろの部屋に向かいました。

「大丈夫かな?」
「大丈夫だろ」

 やや不安そうなサラにレイが言い返します。普段は堂々としているのに細かなことを気にするのは以前と変わらないと、レイは安心しました。

「採集だからって馬鹿にするつもりはないけど、書かれた通りにやったんだから問題あるはずがないだろう」
「だってこういうのって最初に失敗するのがテンプレじゃない?」
「そんなテンプレはないほうがいいんだよ」

 二人がどうでもいいことを話していると、シーヴがトレイに銀貨と銅貨を乗せて戻ってきました。

「お待たせしまたした。こちらが報酬になります。状態がいい薬草が多くて助かります」

 シーヴがトレイに並べたのは依頼書に書かれた金額そのままでした。常時依頼と通常依頼で、合計一三〇〇キールです。

「あと、お二人ともランクが上がりましたよ」

 そう言われて返却されたカードを見ると、ランクがHになっていました。

「意外と早いな」
「素材の状態がかなり良好です。一度に複数の依頼を完了させたことが評価に繋がったと思いますよ」

 シーヴはそう説明します。ランクアップにギルドは関わっていませんが、質のいい素材をたくさん持ち込むと上がりやすいということです。ただ、ランクが上がるとそれだけでは上がらなくなってきます。

「今日はとりあえず確認のつもりで受けたんですが、薬の材料は多くても大丈夫なんですか?」
「ええ、どれだけあっても問題ありません。必要としているところに卸しますので。この時期は常に不足気味なんです」
「それなら明日から増やせそうなら増やそうか」
「そうだね」
「お願いしますね」

 二人はシーヴに頭を下げるとギルドを出ました。

 今日は収入が一三〇〇キールです。昼食の支出が一〇〇キールなので、差引一二〇〇キールの利益になりました。
 宿屋に泊まれば、さらに二〇〇キールから四〇〇キールが必要で、さらに朝夕の食事代で二〇〇キールほど減るでしょう。それでもマイナスにはならなさそうです。

「真面目にやれば赤字にはならなさそうだな」

 今日集めた薬草を全部売ったわけではありません。たとえばアーカーベリーなら、根が一〇本で一つの依頼とカウントされるので一〇本だけ売りましたが、まだ六本残っています。
 足りなければ依頼一つとはカウントされませんが、売ること自体はできます。金額はそれなりに下がりますけどね。

「薬草が取り合いにならなければね」
「だな。もう何日かは採集をメインにして、それから魔物狩りのほうに移行するか」
「お肉と骨からいいスープが作れそうだし」
「豚骨も鶏ガラもないからなあ」

 豚は高級な食肉用に飼育されていますが、数が少ないので豚骨は入手しにくいでしょう。鶏は卵を産まなくなったものしか食べないので、鶏ガラも手に入れるのも難しいですね。
 こなような手に入りにくい食材の代わりに、魔物の肉や骨からとった出汁がよく使われます。今日レイたちが口にしたスープもそうです。
 魔物はレイたちの知っている動物よりも二倍も三倍も大きく、骨もかなり太いので、かなりいい出汁が出ます。魔物を狩るようになったらそれでスープを作ろうと二人は考えました。

 ◆◆◆

「レイ様、おかえりなさい。どうでしたか?」
「最初としてはまずまずですね」

 守衛たちから声をかけられたレイは帰宅を告げると庭を素通りし、屋敷の裏手に回りました。サラは屋敷にいるときの真面目モードでレイの後ろから付いていきます。

「こんなところで何かするの?」
「ちょっと確認をな」

 守衛たちから見えない場所まで来ると、レイはステータスカードを出しました。

「ステータスカードだけど、これって手のひらから出るよな」
「うん」
「さっき窓口で勢いよく出ただろ?」
「飛び跳ねたね」
「試しにこうしてみたらどうなるかな……っと!」

 レイは前に向かって手のひらを向け、少し気合いを入れました。すると手のひらからステータスカードがポーンと飛び出し、三メートルほど飛んで地面に落ちました。拾って確認しましたが傷はありません。

「派手に落ちたけど傷一つないな」
「絶対に傷が付かないらしいね」
「絶対にか……」

 レイが力を入れて曲げようとしても曲がりません。

「サイズも変えられるんだよな」
「老眼でも困らないらしいよ」

 レイは小さいカードを思い浮かべると親指の爪くらいのサイズのステータスカードが現れました。端をつまんで引っ張ると元のサイズに戻すこともできました。
 何も意識せずにステータスカードを出そうとすると、縦一五センチ、横一〇センチほどの板状になりますが、出したカードのサイズを変えたり、違うサイズで出すこともできます。それはよく知られたことです。
 そもそも、人間を基準にすれば、フェアリーの身長はおよそ二割から三割、巨人は種族によって二倍から五倍ほどあります。ステータスカードのサイズが同じなら、そのような種族では扱うどころか、読むことすら難しくなるでしょう。
 カードのサイズが変えられることは知られているが、あえて自分から変えようと考える人はほとんどいません。それはステータスカードは五歳ごろに受ける福音式で与えられるため、神聖なものと考えられているからです。
 新成人は司教や司祭が「偉大なる神々は我々にステータスカードを与えたもうた」などと最初に大げさに言うので、神から与えられたものをに扱ってはいけないと受け取る人が多いのです。
 一方のレイは、神のいるこの世界で生まれ育ちましたが、日本で暮らしていたころの知識もあります。だからステータスカードを適当に扱うつもりはありませんが、必要があれば便利な道具として活用しようと考えていました。
 レイはステータスカードをつまむとしました。

「サラ、俺に向かって石を投げてくれ」
「え、なんで?」
「ステータスカードで防げるかどうかを確認したい」

 レイはステータスカードを大盾くらいのサイズにすると体の前で構えました。サラが軽く石を投げると、コツンと音がしては跳ね返ります。
 次は強めに投げると、カツンという音がしてにサラの足元まで飛びました。

「なんていうか、わりと派手に跳ね返ってない?」
「勢いが減ってない感じがするな」

 もちろん重力は無視できませんが、ほぼそのままの勢いで跳ね返ったように見えました。反発係数は一に近いでしょう。

「斬新な使い方だね」
「いざとなったら防具の代わりになりそうだ。よし、魔法も撃ってくれるか?」
「大丈夫?」
「弱いのを頼む」

 さすがに正面から受けるのはどうかと思い、レイは盾を斜めに構えます。サラが【水球】をそこにぶつけると、そのままの勢いで空に向かって水の球が飛んでいきました。そのまま空中で勢いをなくして、パシャパシャと地面に降ってきます。

「魔法も弾き返すか」
「最強の盾だね」
「使い勝手が問題だな。別の場所から出せればいいんだけどな」

 レイはステータスカードの使い道を一つ思いつきましたが、手からしか出せないという部分がネックになっています。

「どゆこと?」
「枠だけの盾を作って……」

 レイが想像したのは、ポリカーボネートでできている防護盾です。機動隊や警備会社が持っていることがありますね。透明なので視認性が高い盾です。ライオットシールドとも呼ばれています。
 レイは枠と持ち手だけがある盾を作り、そこにはめ込むようにステータスカードを出せば、絶対に壊れない盾ができるのではないかとレイは考えました。しかも壊れないだけでなく、衝撃をすべて殺してくれるという優れものの盾です。
 残念ながら、ステータスカードは手のひらから肩までの間のどこかからしか出せません。離れた場所を指定するのは無理のようです。

「そんなにうまい話はないってことだね」
「そうだな」

 二人は玄関に回ると、そのまま部屋へと戻っていきました。
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