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第1章:目覚めと始まりの日々
第12話:優しさと厳しさ
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「次で最後になります。冒険者ギルドとは直接関係がない話ではありますが、お二人なら薬剤師ギルドにも登録された方がいいと思いますよ」
「何かあるんですか?」
「はい。場合によっては向こうの方が買い取り価格が高くなります」
シーヴがレイたちに教えてくれたのは、【解体】スキルを身に付けてからなら魔物を解体して二つのギルドで分けて売った方が高くなるということでした。
「最低でも二割は上がります。部位によっては倍近くになることもあります」
「わざわざ高く買い取るの?」
ギルドがわざわざ冒険者が解体した魔物を高値で買う理由はないと、レイもサラも思いました。ところが、シーヴの説明を聞くと、なるほどと思える部分がありました。
魔物をきれいに解体するには【解体】スキルを持つ職員や労働者、そして解体するための場所、さらにはそのための時間も必要になります。限られた人数で作業をする都合上、一日につき処理できる数は限られていますが、持ち込まれる時間が夕方から夜に集中してしまいます。それならその一部を【解体】を持つ冒険者に受け持ってもらおうというのが高く買い取っている理由でした。
「ですから、丸ごとが安いのではなく、きちんと解体してくれた方には追加料金を払うという形になっています」
「なるほど。きちんとですね」
「はい、きちんとです。やり方がまずいと値段が下がります」
自信がなければ丸ごと売った方がいいですよとシーヴは補足しました。
「特に薬になる魔物の内臓などは薬剤師ギルドの方が高く買い取ってくれます。ピッチフォークスネークの頭やホーンラビットの角も薬になりますので、薬剤師ギルドをオススメします。薬草に関してだけはどちらでも変わりません」
「ありがとうございます。それならしばらく様子見ですね」
いきなり魔物を解体するのは難しいでしょう。二人とも【解体】がないからです。これは動物や魔物を解体しているとそのうちに身に付くスキルで、これがあると解体の手際がよくなります。内臓に傷を付けにくいとか、皮を剥がすのが上手になるとか、食肉関係の仕事をするなら必須のスキルです。
「魔物を狩って魔石を取り出していれば、一週間から二週間で身に付きますよ」
解体していなければ身に付かないかというとそういうわけでもなく、魔石を取り出すために頭を割っているだけでも身に付くスキルだとシーヴは二人に説明しました。
「ところでさあ、私たちなら薬剤師ギルドにも登録したほうがいいってどういうこと?」
それはサラでも気になるでしょうね。他のパーティーはダメなのかと。
「お二人ならコツコツと仕事をしそうだと思ったからですよ。新規登録の方は説明を聞かずに冊子だけ受け取って、場合によっては冊子も受け取らずにすぐに仕事に向かいます。先ほど言った解体のことについても書かれていますが、読まない人がほとんどでしょうね」
シーヴは仕方ないと言わんばかりに肩をすぼめました。
「あとからは言わないんだ」
「冒険者ギルドは冒険者の活動を支えるためのギルドです。ただ、一から十まで面倒を見るわけではありません」
「優しいだけじゃないんだね」
「はい。みなさん成人した大人です。説明が必要かと聞かれて不要だと返事をしたのなら、冊子の内容を理解した上で仕事をしているとみなします。だからギルドであまりにも自分勝手な振る舞いをすると……おわかりですね?」
シーヴはニコッと笑顔を見せた。
「鎮圧されるんだね」
「そういうことです。お二人なら大丈夫だと信じています」
「まあ領主の息子が自分勝手なことはできないですね」
冒険者になりたくないのにさせられたのならともかく、レイは自分で望んで冒険者になったのです。自分で決めたからには、ルールには従うのが当然だと考えています。ルールそのものがおかしくない限りは。
「ロビーの壁には、このあたりでよく見かける魔物とその特徴が貼ってあります。それと、冒険者ギルドでの買い取り価格も同じようにロビーにありますので、一度目を通しておいてください。買取価格はたまに変更になります。説明は以上です。ここまでのことで確認したいことはありますか?」
レイとサラは顔を見合わせて頷きました。最初からたくさん聞いても覚えられないので、何かあれば次の機会に聞こうと。
「とりあえずは大丈夫かな?」
「そうだな。分からないことがあればまた聞きに……あ、そうだ。一つギルドにお願いがあるんですが」
「はい。私たちにできることでしたら」
「いや、そんなに大したことではないんです」
レイが頼んだのは簡単なことでした。今後は貴族の息子としてではなく一人の冒険者として活動したいので、この町で活動している間は、あまり大っぴらに領主の息子だということを広げないでほしい、ということでした。
ステータスカードの名前欄は隠せません。堂々とレイモンド・ファレルと書かれています。家名持ちは少ない上にそんな名前はこの町に一人しかいません。自分の身分を明かす相手は自分で選びたいと。
「わかりました。ではお二人がこの町にいる間は職員から冒険者には伝えないように言っておきます」
「お願いします。今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
二人は礼を言ってから部屋を出ました」
「猫耳……」
「まだそれを言ってるのか」
剣と魔法のファンタジーの世界で生まれ変わったとわかってから、サラはずっと獣人の耳を触りたいと思っていました。まさに今日、その機会が訪れたかと思いましたが、そう簡単にはいきません。
「病気が再発したか?」
「病気って何? もう中二病じゃないんだよね、使えるんだから、魔法が、今じゃ」
わざわざおかしな倒置法を使ってサラは胸を張りました。彼女が得たジョブはサムライ。最初から火属性魔法の【着火】と【火球】、水属性の【水球】、さらに【飛剣】【奉仕】【料理】【掃除】などのスキルが使えます。スキルの多くはこれまでメイドとして働いていた影響でしょう。
「とりあえず言われたことだけチェックしとくか。魔物の一覧はこれだな」
「名前だけは聞いたことがあるけど、見たことがないからね」
そこにはマリオンの周辺でよく見かける魔物の一覧が絵と並べて貼り出されていました。まずはファンタジーで定番のゴブリンやオークなど。ゴブリンはほとんどお金になりません。オークの皮は防水性があり、鞣して敷物として使われることがります。肉の食感は猪肉に近くなっています。
食用になるのは動物型や鳥型が中心です。額に鋭い角がある巨大なウサギの魔物ホーンラビット。鋭いクチバシを持つ巨大な鳥スピアーバード。太さがサラの腕よりも太い毒蛇ピッチフォークスネーク。
昆虫型の魔物も多くが食用になります。このあたりでよく見かけるのは、カブトムシの幼虫をそのまま巨大にしたヒュージキャタピラー。他にも、人よりもはるかに大きく、二本の鋭い刃を持つカマキリの魔物ブレードマンティスがいます。
動物型以外となると、キノコが魔物化したワイルドエリンギやジョギングマッシュルームがいます。
ワイルドエリンギは人間サイズになったエリンギに手足が生えたもので、ジョギングマッシュルームは一メートルほどの巨大なマッシュルームに足が生えています。どちらもスライスして乾燥させれば、旨味が凝縮していい出汁が出ます。そのまま軽く焼いても歯ごたえが楽しめるでしょう。
「サラは魔物についてはどれくらい聞いてる?」
「ざっと名前と特徴くらいだね」
二人はそれぞれメモをとっています。
「オークは思った以上に人っぽくないな」
「豚というか猪だね。でもなぜか棍棒を持ってるんだね」
ゴブリンやオークなど、最初から武器を持っている魔物もいます。理由は不明とされています。
「ゴブリンは素材としてはほとんど利用されないと」
「魔石だけだね。オークは食用になるけど」
二人で半分ずつではなく、それぞれがメモをとります。そのほうが、写し間違いに気づきやすいからです。
「ねえ、レイ」
「どうした?」
「ヒュージキャタピラーって大きいんだよね」
「これを見た感じじゃ、倒したドラム缶よりでかいな」
大まかなサイズがわかるように、人が並べて描かれています。それを見るとヒュージキャタピラーは高さ一メートル、長さ三メートルくらいになるでしょう。
「私これだけはダメかもしれない」
「カブトムシの幼虫とか、平気だっただろ?」
「これってそのレベルを超えてるよね?」
「たしかにそうだな。俺も実際に目にしたらどうなるかわからないし」
レイには他の町に行った経験がありますが、領主とその息子の移動には、当然使用人や護衛が同行します。だからレイは魔物を自分の目で見た覚えがありませんし、魔物を殺した経験もありません。あくまで想像の範囲内でしかありません。ヒュージキャタピラーを見てどう思うかは、自分でもわかっていません。
一通りチェックしたレイに理解できたのは、頭の中でイメージした限りでは、魔物を相手にするのは大丈夫だということです。サラのように、ヒュージキャタピラーを想像して震えるようなことはありません。ただ、人間に近いゴブリンなどの魔物を殺せるかどうかはわかりません。
そこまで考えて、もし無理そうなら相手をしなければいいと割り切ることにしました。動物型や昆虫型の魔物ばかりを倒し、ゴブリンから逃げても何も悪くありません。冒険者でも得手不得手がありますからね。
◆◆◆
時間を少し戻しましょう。レイとサラが小部屋に入った直後のロビーです。
「おい、若いのがシーヴさんと一緒に部屋に入ったぞ」
建物内でカウンターの様子を伺っていた冒険者の一人がそんなことを口にしました。ひょろっと背の高いノーマンという男で、幼馴染のレックスと二人で『ペガサスの翼』というパーティーを組んでいます。
「またか。女の子もいたんだし、別に二人っきりじゃないからいいだろう」
レックスは呆れたようにノーマンの言葉に返しました。
「それはそうだが、同じ空気を吸えるのが羨ましい」
「……お前、ホントに頭は大丈夫か?」
「大丈夫に決まってるだろう」
どこがどう大丈夫なのか、レックスにはわかりません。でもこのノーマンのように、シーヴのファンだと公言する冒険者はそこそこいるんですよ。実際にシーヴが窓口にいると、若い男性冒険者たちは大人しく隣の窓口に並ぶのです。
ファンなら彼女のいる窓口に並ぶのが普通だと思いませんか? でもそうすると前に立っている冒険者の頭でシーヴの顔が見えなくなります。横に体をずらすと列が乱れます。ファンとして、おかしな姿をシーヴには見せられません。きちんと列に並びつつ彼女を眺めるにはどうすれはいいかと考え、一つ隣の窓口に並ぶようになったんですね。隣なら声も聞こえるからです。
シーヴの顔を見ながら受付の前に立つと、当然ながらよそ見をすることになります。窓口にいる職員からの評価はもちろん下がりますが、「下がったらどうなんだ? シーヴさんの姿を目に焼き付けるほうが価値がある」と考える筆頭がこのノーマンです。当然ながら職員たちの評価は一番下で、かつ要注意人物に指定されています。
若い女性職員が少ないので、ある程度は仕方ありません。それにシーヴのことはギルドも承知しています。彼女自身もアイドルのような扱いをされるのは本望ではありませんが、見てはいけないという決まりもありませんので、やめてほしいと言うこともできません。他の職員たちも仕方がないと割り切って、できる限り彼女をフォローするようにしています。
「それよりも、一緒にいた女の子もなかなか可愛くなかったか?」
「いや、俺はシーヴさん一筋だから」
「何度も断られたんだから、取り返しがつかなくなる前に諦めろよ」
「断られたって言うな。今はまだ俺の実力がシーヴさんの求めるところまで達してないだけだ。もう少し頑張ってランクを上げれば!」
ノーマンは大きな仕事を終わらせるたびに「シーヴさん、俺と結婚してください」とカウンターに張り付いてプロポーズしていますが、そのたびに職員や冒険者たちに取り囲まれています。
他にもプロポーズした冒険者はいますが、誰でも一度断られれば諦めるものです。ところがこのノーマンは何度断られても諦めません。だから要注意人物なんですよね。こっそりと後を追ったりしないだけ、まだマシなのかもしれません。
今日も一人で盛り上がるノーマンに、レックスは処置なしとばかりに肩を一つ叩いて酒場に向かいました。
この二人とは別の場所に、アンナとリリーという二人の女性がいました。こちらも幼馴染の二人で『天使の微笑み』というパーティーを組んでいます。二人だけなのは気楽だからですが、それでも恋人は欲しいと思ってしまうお年頃です。
「さっきの男の子、カッコよかったね」
「いかにも育ちがよさそうでしたね」
こちらもレイのことです。レイは市街地を自分の足で歩くことがほとんどありませんでしたので、顔はほとんど知られていません。それにレイが歩いてどこかに出かけていたとしても、冒険者の多くはその時間には町を出ていたでしょう。
「新規登録ってことは成人したばかりよね?」
「普通に考えたらそうでしょうでしょうが……もしかして狙うつもりとか?」
「……そういうわけじゃないけど」
アンナはあっさりと本心を当てられ、どう言い返そうかと考え込みました。
「それならノーマンはどうですか? まだ可能性があると思いますよ。それにフリーだとか。背も高いですし」
「あれはダ~~~メッ! シーヴさん命だから。そもそもノーマンの性格はリリーだって分かってるでしょ?」
この二組四人は冒険者としては同期になります。『ペガサスの翼』は軽戦士のノーマンと重戦士のレックスで、『天使の微笑み』は魔術師のアンナと僧侶のリリー。四人で組めばバランスのとれたパーティーになりそうですが、性格的に合わないのです。
「試しに言ってみただけですよ。それならレックスのほうはどうですか?」
「どちらか選べと言われたらレックスのほうよね。真面目そうだし。とりあえずノーマンはナシ。そもそもシーヴさんに迷惑がられてるのに気づかない時点でダメよね」
シーヴは身持ちが堅いと知られています。今まで何人もの冒険者が告白して断られているからです。男性から求婚されることを煩わしいと思ってこの田舎にやってきたとも噂されていました。そうでなければ一〇代でCランクになったのに、さっさと引退して故郷でもないこのマリオンに来る理由がないからです。条件がいい職場ならいくらでもあったはずです。
「とりあえず飲む?」
「賛成」
二人には『ペガサスの翼』を追うつもりはありませんでしたが、結果としてこの三組は同じ時間に酒場にいることになりました。
「何かあるんですか?」
「はい。場合によっては向こうの方が買い取り価格が高くなります」
シーヴがレイたちに教えてくれたのは、【解体】スキルを身に付けてからなら魔物を解体して二つのギルドで分けて売った方が高くなるということでした。
「最低でも二割は上がります。部位によっては倍近くになることもあります」
「わざわざ高く買い取るの?」
ギルドがわざわざ冒険者が解体した魔物を高値で買う理由はないと、レイもサラも思いました。ところが、シーヴの説明を聞くと、なるほどと思える部分がありました。
魔物をきれいに解体するには【解体】スキルを持つ職員や労働者、そして解体するための場所、さらにはそのための時間も必要になります。限られた人数で作業をする都合上、一日につき処理できる数は限られていますが、持ち込まれる時間が夕方から夜に集中してしまいます。それならその一部を【解体】を持つ冒険者に受け持ってもらおうというのが高く買い取っている理由でした。
「ですから、丸ごとが安いのではなく、きちんと解体してくれた方には追加料金を払うという形になっています」
「なるほど。きちんとですね」
「はい、きちんとです。やり方がまずいと値段が下がります」
自信がなければ丸ごと売った方がいいですよとシーヴは補足しました。
「特に薬になる魔物の内臓などは薬剤師ギルドの方が高く買い取ってくれます。ピッチフォークスネークの頭やホーンラビットの角も薬になりますので、薬剤師ギルドをオススメします。薬草に関してだけはどちらでも変わりません」
「ありがとうございます。それならしばらく様子見ですね」
いきなり魔物を解体するのは難しいでしょう。二人とも【解体】がないからです。これは動物や魔物を解体しているとそのうちに身に付くスキルで、これがあると解体の手際がよくなります。内臓に傷を付けにくいとか、皮を剥がすのが上手になるとか、食肉関係の仕事をするなら必須のスキルです。
「魔物を狩って魔石を取り出していれば、一週間から二週間で身に付きますよ」
解体していなければ身に付かないかというとそういうわけでもなく、魔石を取り出すために頭を割っているだけでも身に付くスキルだとシーヴは二人に説明しました。
「ところでさあ、私たちなら薬剤師ギルドにも登録したほうがいいってどういうこと?」
それはサラでも気になるでしょうね。他のパーティーはダメなのかと。
「お二人ならコツコツと仕事をしそうだと思ったからですよ。新規登録の方は説明を聞かずに冊子だけ受け取って、場合によっては冊子も受け取らずにすぐに仕事に向かいます。先ほど言った解体のことについても書かれていますが、読まない人がほとんどでしょうね」
シーヴは仕方ないと言わんばかりに肩をすぼめました。
「あとからは言わないんだ」
「冒険者ギルドは冒険者の活動を支えるためのギルドです。ただ、一から十まで面倒を見るわけではありません」
「優しいだけじゃないんだね」
「はい。みなさん成人した大人です。説明が必要かと聞かれて不要だと返事をしたのなら、冊子の内容を理解した上で仕事をしているとみなします。だからギルドであまりにも自分勝手な振る舞いをすると……おわかりですね?」
シーヴはニコッと笑顔を見せた。
「鎮圧されるんだね」
「そういうことです。お二人なら大丈夫だと信じています」
「まあ領主の息子が自分勝手なことはできないですね」
冒険者になりたくないのにさせられたのならともかく、レイは自分で望んで冒険者になったのです。自分で決めたからには、ルールには従うのが当然だと考えています。ルールそのものがおかしくない限りは。
「ロビーの壁には、このあたりでよく見かける魔物とその特徴が貼ってあります。それと、冒険者ギルドでの買い取り価格も同じようにロビーにありますので、一度目を通しておいてください。買取価格はたまに変更になります。説明は以上です。ここまでのことで確認したいことはありますか?」
レイとサラは顔を見合わせて頷きました。最初からたくさん聞いても覚えられないので、何かあれば次の機会に聞こうと。
「とりあえずは大丈夫かな?」
「そうだな。分からないことがあればまた聞きに……あ、そうだ。一つギルドにお願いがあるんですが」
「はい。私たちにできることでしたら」
「いや、そんなに大したことではないんです」
レイが頼んだのは簡単なことでした。今後は貴族の息子としてではなく一人の冒険者として活動したいので、この町で活動している間は、あまり大っぴらに領主の息子だということを広げないでほしい、ということでした。
ステータスカードの名前欄は隠せません。堂々とレイモンド・ファレルと書かれています。家名持ちは少ない上にそんな名前はこの町に一人しかいません。自分の身分を明かす相手は自分で選びたいと。
「わかりました。ではお二人がこの町にいる間は職員から冒険者には伝えないように言っておきます」
「お願いします。今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
二人は礼を言ってから部屋を出ました」
「猫耳……」
「まだそれを言ってるのか」
剣と魔法のファンタジーの世界で生まれ変わったとわかってから、サラはずっと獣人の耳を触りたいと思っていました。まさに今日、その機会が訪れたかと思いましたが、そう簡単にはいきません。
「病気が再発したか?」
「病気って何? もう中二病じゃないんだよね、使えるんだから、魔法が、今じゃ」
わざわざおかしな倒置法を使ってサラは胸を張りました。彼女が得たジョブはサムライ。最初から火属性魔法の【着火】と【火球】、水属性の【水球】、さらに【飛剣】【奉仕】【料理】【掃除】などのスキルが使えます。スキルの多くはこれまでメイドとして働いていた影響でしょう。
「とりあえず言われたことだけチェックしとくか。魔物の一覧はこれだな」
「名前だけは聞いたことがあるけど、見たことがないからね」
そこにはマリオンの周辺でよく見かける魔物の一覧が絵と並べて貼り出されていました。まずはファンタジーで定番のゴブリンやオークなど。ゴブリンはほとんどお金になりません。オークの皮は防水性があり、鞣して敷物として使われることがります。肉の食感は猪肉に近くなっています。
食用になるのは動物型や鳥型が中心です。額に鋭い角がある巨大なウサギの魔物ホーンラビット。鋭いクチバシを持つ巨大な鳥スピアーバード。太さがサラの腕よりも太い毒蛇ピッチフォークスネーク。
昆虫型の魔物も多くが食用になります。このあたりでよく見かけるのは、カブトムシの幼虫をそのまま巨大にしたヒュージキャタピラー。他にも、人よりもはるかに大きく、二本の鋭い刃を持つカマキリの魔物ブレードマンティスがいます。
動物型以外となると、キノコが魔物化したワイルドエリンギやジョギングマッシュルームがいます。
ワイルドエリンギは人間サイズになったエリンギに手足が生えたもので、ジョギングマッシュルームは一メートルほどの巨大なマッシュルームに足が生えています。どちらもスライスして乾燥させれば、旨味が凝縮していい出汁が出ます。そのまま軽く焼いても歯ごたえが楽しめるでしょう。
「サラは魔物についてはどれくらい聞いてる?」
「ざっと名前と特徴くらいだね」
二人はそれぞれメモをとっています。
「オークは思った以上に人っぽくないな」
「豚というか猪だね。でもなぜか棍棒を持ってるんだね」
ゴブリンやオークなど、最初から武器を持っている魔物もいます。理由は不明とされています。
「ゴブリンは素材としてはほとんど利用されないと」
「魔石だけだね。オークは食用になるけど」
二人で半分ずつではなく、それぞれがメモをとります。そのほうが、写し間違いに気づきやすいからです。
「ねえ、レイ」
「どうした?」
「ヒュージキャタピラーって大きいんだよね」
「これを見た感じじゃ、倒したドラム缶よりでかいな」
大まかなサイズがわかるように、人が並べて描かれています。それを見るとヒュージキャタピラーは高さ一メートル、長さ三メートルくらいになるでしょう。
「私これだけはダメかもしれない」
「カブトムシの幼虫とか、平気だっただろ?」
「これってそのレベルを超えてるよね?」
「たしかにそうだな。俺も実際に目にしたらどうなるかわからないし」
レイには他の町に行った経験がありますが、領主とその息子の移動には、当然使用人や護衛が同行します。だからレイは魔物を自分の目で見た覚えがありませんし、魔物を殺した経験もありません。あくまで想像の範囲内でしかありません。ヒュージキャタピラーを見てどう思うかは、自分でもわかっていません。
一通りチェックしたレイに理解できたのは、頭の中でイメージした限りでは、魔物を相手にするのは大丈夫だということです。サラのように、ヒュージキャタピラーを想像して震えるようなことはありません。ただ、人間に近いゴブリンなどの魔物を殺せるかどうかはわかりません。
そこまで考えて、もし無理そうなら相手をしなければいいと割り切ることにしました。動物型や昆虫型の魔物ばかりを倒し、ゴブリンから逃げても何も悪くありません。冒険者でも得手不得手がありますからね。
◆◆◆
時間を少し戻しましょう。レイとサラが小部屋に入った直後のロビーです。
「おい、若いのがシーヴさんと一緒に部屋に入ったぞ」
建物内でカウンターの様子を伺っていた冒険者の一人がそんなことを口にしました。ひょろっと背の高いノーマンという男で、幼馴染のレックスと二人で『ペガサスの翼』というパーティーを組んでいます。
「またか。女の子もいたんだし、別に二人っきりじゃないからいいだろう」
レックスは呆れたようにノーマンの言葉に返しました。
「それはそうだが、同じ空気を吸えるのが羨ましい」
「……お前、ホントに頭は大丈夫か?」
「大丈夫に決まってるだろう」
どこがどう大丈夫なのか、レックスにはわかりません。でもこのノーマンのように、シーヴのファンだと公言する冒険者はそこそこいるんですよ。実際にシーヴが窓口にいると、若い男性冒険者たちは大人しく隣の窓口に並ぶのです。
ファンなら彼女のいる窓口に並ぶのが普通だと思いませんか? でもそうすると前に立っている冒険者の頭でシーヴの顔が見えなくなります。横に体をずらすと列が乱れます。ファンとして、おかしな姿をシーヴには見せられません。きちんと列に並びつつ彼女を眺めるにはどうすれはいいかと考え、一つ隣の窓口に並ぶようになったんですね。隣なら声も聞こえるからです。
シーヴの顔を見ながら受付の前に立つと、当然ながらよそ見をすることになります。窓口にいる職員からの評価はもちろん下がりますが、「下がったらどうなんだ? シーヴさんの姿を目に焼き付けるほうが価値がある」と考える筆頭がこのノーマンです。当然ながら職員たちの評価は一番下で、かつ要注意人物に指定されています。
若い女性職員が少ないので、ある程度は仕方ありません。それにシーヴのことはギルドも承知しています。彼女自身もアイドルのような扱いをされるのは本望ではありませんが、見てはいけないという決まりもありませんので、やめてほしいと言うこともできません。他の職員たちも仕方がないと割り切って、できる限り彼女をフォローするようにしています。
「それよりも、一緒にいた女の子もなかなか可愛くなかったか?」
「いや、俺はシーヴさん一筋だから」
「何度も断られたんだから、取り返しがつかなくなる前に諦めろよ」
「断られたって言うな。今はまだ俺の実力がシーヴさんの求めるところまで達してないだけだ。もう少し頑張ってランクを上げれば!」
ノーマンは大きな仕事を終わらせるたびに「シーヴさん、俺と結婚してください」とカウンターに張り付いてプロポーズしていますが、そのたびに職員や冒険者たちに取り囲まれています。
他にもプロポーズした冒険者はいますが、誰でも一度断られれば諦めるものです。ところがこのノーマンは何度断られても諦めません。だから要注意人物なんですよね。こっそりと後を追ったりしないだけ、まだマシなのかもしれません。
今日も一人で盛り上がるノーマンに、レックスは処置なしとばかりに肩を一つ叩いて酒場に向かいました。
この二人とは別の場所に、アンナとリリーという二人の女性がいました。こちらも幼馴染の二人で『天使の微笑み』というパーティーを組んでいます。二人だけなのは気楽だからですが、それでも恋人は欲しいと思ってしまうお年頃です。
「さっきの男の子、カッコよかったね」
「いかにも育ちがよさそうでしたね」
こちらもレイのことです。レイは市街地を自分の足で歩くことがほとんどありませんでしたので、顔はほとんど知られていません。それにレイが歩いてどこかに出かけていたとしても、冒険者の多くはその時間には町を出ていたでしょう。
「新規登録ってことは成人したばかりよね?」
「普通に考えたらそうでしょうでしょうが……もしかして狙うつもりとか?」
「……そういうわけじゃないけど」
アンナはあっさりと本心を当てられ、どう言い返そうかと考え込みました。
「それならノーマンはどうですか? まだ可能性があると思いますよ。それにフリーだとか。背も高いですし」
「あれはダ~~~メッ! シーヴさん命だから。そもそもノーマンの性格はリリーだって分かってるでしょ?」
この二組四人は冒険者としては同期になります。『ペガサスの翼』は軽戦士のノーマンと重戦士のレックスで、『天使の微笑み』は魔術師のアンナと僧侶のリリー。四人で組めばバランスのとれたパーティーになりそうですが、性格的に合わないのです。
「試しに言ってみただけですよ。それならレックスのほうはどうですか?」
「どちらか選べと言われたらレックスのほうよね。真面目そうだし。とりあえずノーマンはナシ。そもそもシーヴさんに迷惑がられてるのに気づかない時点でダメよね」
シーヴは身持ちが堅いと知られています。今まで何人もの冒険者が告白して断られているからです。男性から求婚されることを煩わしいと思ってこの田舎にやってきたとも噂されていました。そうでなければ一〇代でCランクになったのに、さっさと引退して故郷でもないこのマリオンに来る理由がないからです。条件がいい職場ならいくらでもあったはずです。
「とりあえず飲む?」
「賛成」
二人には『ペガサスの翼』を追うつもりはありませんでしたが、結果としてこの三組は同じ時間に酒場にいることになりました。
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