異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第6章:夏から秋、悠々自適

第4話:職人としての性(さが)

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 クラストンは新しい町です。つまり、この国の中でも比較的新しい技術が使われています。
 たとえば、先に下水を通す準備をしてから盛り土をして、全体的に土地のかさ上げをしています。さらに、冬の寒さを和らげるために、建物の基礎は高めになっています。

 ◆◆◆

「いい品を見つけてまいりますわ」

 ケイトはシャロンとラケルを連れて食器類の買い出しに出かけました。一方で、レイとサラとシーヴの三人は、建物を詳しく調べに、また家に来ています。ローランドも言ったように、多少は手を入れたほうがいい部分があるからです。
 今のところ、建物の中はがらんどうです。逆に、床や壁などを直したければ、今しかありません。ということで、サラは気になるあたりをチェックしています。

「まずは水回りだね」

 持ち家なので好きに手を入れてもかまいません。レイは上物うわものだけでなく土地の権利も譲られていますので、建物が気に入らなければ取り壊して建て直しても問題ありません。もちろん彼にはそんな無駄なことをするつもりはありませんが。

「お風呂場はお屋敷のよりも、一回り小さいくらいかな」
「あそこまで大きくするのは無理だと思うけど、できる限り大きくしたいな。ゆっくり手足を伸ばして入りたい」
「考えてみるよ」

 たとえ樽風呂でも、ゆっくりと入れば体が温まりますが、レイはゆっくり手足を伸ばして入っていた屋敷の風呂が懐かしかったのです。
 この建物には浴槽はありませんが、おそらく風呂場を兼ねていたとおぼしき洗い場があります。広さは三〇平方メートルほど。ここなら排水もできますので、浴槽を置くのにちょうどいいでしょう。ところが、それにも問題がありました。

「排水口がここしかないかあ。床の工事も必要だね。床に傾斜はあるよね?」
「……あるな」

 レイはサンドフロッグの砂を床に置いて転がるのを確認しました。

「ここは私がやるよ。全体的に排水口のほうに流れてるけど、もうちょっと変えたいし。浴槽は排水口の位置と底の形状にさえ注意すれば大丈夫だから。レイは柔肌に傷ができないようにする方法を考えといて」
「サラは左官が得意なんですか?」

 やる気を見せ始めたサラを見て、シーヴが不思議そうな顔をしました。

「専門は土木工学だったけど、あちこちに手を出してたからね。測量士の資格は持ってたよ」

 土木工学の範囲はかなり広いです。サラは地盤と測量を中心に勉強していましたが、関連分野の建築にも手を出しています。就職先は中堅ゼネコンの下請け企業でした。
 この世界に生まれ変わって記憶が戻ってからは、庭の手入れをしたり、浴槽を修繕したりと、前世の記憶がそれなりに役立っていました。

「地元の大学を出て地元で就職するってことになったけど、選択肢が少なくて。ちょうど住宅地が広がってた時期でもあるし、現場にも出てたなあ。現場主任なんて名前だけで、実際にはなんでもさせられてたよね。だから重機も一通り動かせるよ」

 いずれガン〇ムに乗る日が来るのでは、と思いながらサラはレバーを操作していたのでした。

「レイ、セメントと砂利を買っといてもらえる?」
「材料は街中で買えばいいな」

 レイはさらに言われたとおりにメモをしていきます。

「結局ね、お風呂場はどうやっても水が染み込むんだよ。どうやって湿気を逃がすかってことが傷まないか、カビないかってことにつながるんだけど」

 それからレイを見ました。

「でも、オークの棍棒があればカビないでしょ?」
「そうらしいな」
「それをお風呂場に立てかけておけばいいはずだから」

 天然の防カビ剤ですね。そのような使い方をするとは、レイは想像していませんでした。

「浴槽自体はコンクリでいいよね?」
「そのあたりは任せた」
「任された」

 レイは土木関係は門外漢ですが、レンガとモルタルを使って、庭の花壇を整備した経験ならありました。ただし、本格的に測量してとなると、何をどうすればいいかはわかりません。そこはサラに丸投げです。

「それならここは任せてもいいか?」
「うん。あとは任せて。あ、でもニコルたちは貸してほしい」
「よし、ニコル。みんなでサラの作業に協力してくれ」

 ペカ

「何かあるといけないので、私も残りますね」

 レイは建築資材などを扱っている店の場所を聞いて出かけました。

 ◆◆◆

 店頭に人好きのしそうな職人がいるのを見て話しかけた。

「すみません。セメントと砂利はここで頼んで手に入りますか?」
「セメントも砂利もあるけど、自分でできるのか?」
「できるのがいますけど、道具も材料もないんですよ。建物の修繕をするので、少し多めに欲しいんです。その調達を頼まれましてね」
「それならこのあたりだな。運搬は?」
「マジックバッグがあります」
「なら大丈夫だな」

 そう言うと職人はセメントが入った袋をいくつか、それと砂利を運んできました。

「コンクリートの配合は、セメントと砂と砂利が、普通なら一:三:六、硬くしてえなら一:二:四になるようにすれば問題ねえ。全体量は砂利の量を超えねえから、まず作る量を砂利で考えろ」
「なるほど。伝えておきます」

 砂利の隙間に砂が入り込むので、全体量は砂利の量が目安になります。
 レイはセメントと左官用のコテをいくつか、それとコンクリートを練るトロ舟などを調達してから家に戻りました。

 ◆◆◆

 帰ると、サラは図面を描いていました。もちろんCADなどはありませんので、紙と鉛筆と定規です。

「排水溝は浴槽の横じゃなくて端に通すよ」
「銭湯みたいな感じか?」
「そうだね。ぐるっと端を通して排水口につなげる感じで」

 使える素材は限られています。それに、構造を変えることはできません。メンテナンスも自分たちでしなければなりません。だからできる限り単純にするのです。
 浴槽は奥の壁際に作ります。排水溝は残り三方の壁際を通し、一か所しかない排水口につなげます。

「シャワーが作れればいいんだけどね」
「お湯を沸かす魔道具を流用できないか?」
「でも金属は錆びる……けどオークの棍棒があればできるかな?」
「真ん中をくり抜いて片側に穴をあければそれっぽくできるよな。魔道具を探して買ってくる」
「よろしく。私はここをしてるから」

 セメントと砂利をサラに任せると、レイは湯沸かしの魔道具を探しに街中に向かいました。



 サラが風呂場の改装をし、レイがシャワーで使う魔道具を買いに出かけたころ、リビングではシーヴと戻ってきた三人が話をしていました。

「ご主人さまはそんなにお風呂が好きだったです?」

 犬人は人間の何倍も嗅覚が敏感です。ラケルはレイの奴隷になって以降、毎晩【浄化】で体をきれいにしてもらってから樽風呂に入っています。そのおかげでさらに嗅覚が鋭くなっていて、その鼻で嗅いでもレイはまったく臭くありません。むしろ、ラケルにとっては心地よい香りに感じるくらいです。それなのに、さらに風呂にこだわることがラケルには理解できません。

「ラケルに元気な赤ちゃんを産むこだわりがあるように、レイとサラには快適な生活を送ることにこだわりがあるんですよ。その一つがお風呂です」
「こだわりなら分かります」

 ラケルにはレイとサラが風呂に関して口にしていた単語の半分以上は理解できません。それでもレイたちがいつも以上にやる気になっていることは感じられます。

「ラケル、サラ奥様から聞いた話ですが、お風呂でしっかりと温まると妊娠しやすくなるそうですよ」
「そうなんです⁉」
「それは私も聞いたことがありますよ」

 ◆◆◆

 レイは高級品を扱っている商店に入りました。

「すみません、お湯を出す魔道具はありますか?」
「お湯を出すとなると……このあたりですね」

 魔道具とは、誰でも魔法を使えるように、道具に術式を刻み込んだものです。エネルギー源として魔石を使うものが多くなっています。
 単機能なら安く、多機能になればなるほど高くなります。さらには機能が同じでも、小型になればなるほど値段が上がります。これは小型化すればするほど術式を刻み込むことが複雑になるからです。
 術式を刻む素材は木でも石でも金属でもかまいませんが、その部分が破損すると使えなくなるので注意が必要です。

「こちらが金貨一〇枚になります」
「なかなかいい値段がしますね」
「エルフの作った高級品です。機能的には人間が作っても大きな違いはないのですが」

 その店には何種類かの湯沸かし器がありました。レイは順番に見せてもらいますが、たしかにエルフが作った方がコンパクトです。そして一番の違いは温度調節の方法でした。

「まず、水を用意する必要があるものと、水が不要なものの二種類があります」
「ああ、水を出す魔法が組み込まれているかどうかってことですね?」
「そういうことです」

 ここからここまでは水が不要なものですと店員は説明します。

「エルフが作ったものは、ここを回して温度を変えられます。普通のほうは温度を三種類から選ぶだけですね」
「決まった温度しか無理ですか」
「はい。高めにして水を足すという使い方で問題なければ、そちらのほうがお得です」

 店員は人間の職人が作ったものを指しました。

「それと、魔道具というのは、専門の技術者が基板と呼ばれる板に術式を刻み込むというのは聞いたことがありますか?」
「まあ、それとなくは」

 実際にレイが知っているのはファンタジー作品での情報です。

「その基板が壊れれば魔道具は使い物になりません。木や石では刻んでいる途中で裂けたり破れたりする可能性があります」
「となると……金属ですか?」
「はい。ですが、鉄や銅は錆びます」
「なるほど。錆びないとなると、金か銀ですね」
「そうなります。エルフの作る魔道具の多くは、その基板部分が金や銀でできています。そのおかげで、代々使っても簡単には壊れません」

 錆が酷くなると、術式が崩壊して使い物にならなくなると店員は説明します。銀は黒ずみはしますが、機能的には変わりません。金はその美しさが維持されます。あくまで内部の基盤の話ですが。
 結局のところ、値段が高い一番の理由は、素材に金が使われているからです。そしてもう一つは、多機能で丈夫なことです。
 どちらがいいとか悪いとかの話ではなく、使用目的に合う商品を選ぶことが大切です、と店員は話します。レイはエルフが作った湯沸かし器を購入しました。

 ◆◆◆

「それがお湯を沸かす魔道具ですの?」
「沸かすというか、お湯が出るやつだ」

 ケイトの実家には、水をお湯にする魔道具がありました。

「シャワーとして使うときには台が必要だな。作るか」
「手伝いましょうか?」
「私がやります!」

 レイはティーポットのような形をした給湯器を乗せる台を、オークの棍棒を材料にして作ることにしました。

「ご主人さま、押さえます」

 ラケルが固定して、レイがノコギリで切ったり釘を打ったりします。細い椅子のようなものが完成しました。その上に給湯器を乗せたり外したりできるようにします。
 さらに、シャワーヘッドを作ります。ゴブリンの棍棒を切り詰めて中をくり抜き、先に小さな穴をいくつもあけました。ゴムホースはありませんので、ホースからヘッドまで、木の一体型です。

「旦那様、ジョウロですか?」
「ジョウロだよな」

 シャワーヘッドは改善の余地があるということで、後日ゆっくりと作ることになりました。
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