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第8章:春、急カーブと思っていたらまさかのクランク
第5話:国王と日本人
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「ここが王都ですか」
「大きいだろう」
「はい」
レイの前には、初めて目にする王都がありました。前世の記憶があるレイとしては、町の規模自体は東京やニューヨークのほうが大きいのはわかります。しかし、密度が凄まじいのです。
(この人の多さはインドだな。ムンバイの市場とか)
貴族の馬車なので、並ばずにそのまま門を通ることができました。そのまま通りを進んでいきますが、あまりの人の多さに思ったほど速度が出ません。歩くほうが速いくらいです。たまに馬車の前に身を投げ出して馬車を止め、小銭を恵んでもらおうとする物乞いもいます。その物乞いたちを護衛が追い払います。
「護衛たちにとっては、ここからが本番だ」
王都はこの国で最大の都市なので、暮らしている住民も、立ち寄っただけの旅人も、どの町よりも多くなります。人が多いということは、仕事にあぶれる人も多く、当然ながらスラムがあちこちにあります。
「スラムもないと困るんでしょうね」
「まあな。理想論だけではどうしようもない。受け皿としてのスラムをなくすことは無理だな。うちにはスラムと呼べるような場所はないが」
「うちの実家もそうですね」
住む場所を失った者はスラムに行くしかありません。そして、誰もしたがらない仕事はいくらでもあります。スラムがあることの善悪は別として、実際に大都市にないと困るのがスラムというものです。
ただし、ギルモア男爵領とダンカン子爵領には、スラムと呼べるほどのスラムはありません。あっても、ちょっとしたたまり場程度のものです。
ギルモア男爵領は新しい町や村を作っている最中なので、仕事はいくらでもあります。ダンカン子爵領はサイズ的にはギルモア男爵領よりも小さく、まだ領主の目が行き届いています。
怪我や病気で働けなくなったというのであれば、救貧院に入るという手もあります。大都市になると、その救貧院すらあふれるのが問題なのです。
「毎度毎度、時間のかかることだ」
「よく来られるんですか?」
「年に四、五回くらいだろう。レイも来ることになるかもしれないぞ。無理をしてまで来る必要はないが」
レイの父親のモーガンは滅多に王都には来ません。前回来たのは、次男ライナスの仕事を探しているときでした。さすがに手紙だけ送って頼むのは失礼なので、王都で貴族の屋敷を回って頼んでいたのです。
ノロノロ運転の馬車は、二時間ほどかけてようやく王宮に到着しました。
「ダンカン子爵だ。先日伝えたとおり、ダンジョンのことで陛下にお知らせせねばならないことができた。至急取り次いでもらいたい」
前もって登城することは鳥を使って伝えてあります。ところが、貴族であっても、国王への謁見は数日かかることもあります。今回は大至急ということではありませんが、放っておいてもいいことではありませんので、どうなるかわかりません。
「話は伺っております。こちらへどうぞ」
レイとローランドは応接室の一つに案内され、そこでしばらく待つことになった。
◆◆◆
「待たせたな」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、国王ランドルフ八世。他には宰相のハンクス侯爵、そして護衛の騎士たちがいました。
ランドルフは五〇代前半で堂々たる体格をしています。レイが送った毛皮や生地を仕立てた衣装を着ています。ハンクス侯爵は六〇代後半の痩せぎすで、人前で笑うことがないと言われています。
「ああ、そのままでいい。これは非公式の面会だ」
レイとローランドが立って挨拶をしようと思いましたが、ランドルフは先に手で制しました。
「レイモンド・ファレル。お主とは一度会いたいと思っておった」
「そのように言っていただけて嬉しく思います」
レイがそう答えて頭を下げると、ランドルフは上着の襟元を指で摘みました。
「この衣装は素晴らしいな。貴族たちには羨ましがられるが、国王のみが着用できるものという決まりを作った。ちなみにこれはどのようにして染めたのだ? 秘伝であるのなら口にするのは無理かもしれぬが」
ここには護衛の騎士たちもいます。彼らに聞かれて困るようなら言わなくてもいいとランドルフは言外に仄めかしました。
ランドルフはレイの父親よりも年上のはずですが、今はおもちゃを与えられた子供のような笑顔をしています。レイとしても国王にそこまで喜ばれれば気分がいいのは当然です。
その染め方ですが、魔法を使わないと作れないというだけで、秘伝と呼べるほどではありません。今のところその部分だけは工房から出ないようにしています。
「秘伝というほどではございません。染料は以前と同じものを使っております。そこに陛下から頂戴した金貨をすべて混ぜ込みました」
「なるほど、あの金貨をな」
ランドルフは自分の衣装をまじまじと見て、それから何かに気づいた顔をしました。
「金貨をすべて使ったということは、お主は一枚すら懐に入れていないと?」
「はい。それほど手間が増えるわけではございません。それに相談料としては多すぎます。それで、私から陛下への献上品という形にさせていただきました」
「謙虚よのう……」
レイを眺めながらランドルフは腕を組んで目を伏せました。
「今はお主に嫁がすことのできる娘がいないのが心から残念だ」
「……」
さすがのレイも、国王に向かって「いりません」とは言えません。間違いなく不敬になるでしょう。大人しく頭を下げるだけにしました。
「ダンカン子爵からも聞いているが、あまり欲がないのか?」
「いえ、そのようなことはございませんが、欲をかきすぎるとろくなことにならないと、幼いころから父に教わっております」
レイの言葉に満足したのか、ランドルフはニヤリと笑って、一つ手を打ちました。
「ギルモア男爵は慧眼よのう。彼と顔を合わせたことは多くはないが、善人であるだけではなく、しっかりとした芯があった。単なる商売上手ではなく、人格者であったな」
レイにとってのモーガンは厳しい父親でした。厳しいといっても暴力や暴言があったわけではありませんが、甘やかされたという記憶はありません。
そのようなモーガンですが、レイが成人祝いで倒れたときにはかなり慌てて素が出たとサラから聞いています。モーガンは実はかなり人情深い性格をしていますが、甘くなりすぎないようにと、ずっと自分を律しているのです。
「それで、ダンジョンのことで何か急用ということだな。子爵、何があった?」
「はっ、新しく作りかけている町にダンジョンが現れました」
「……それは領内に二つ目が現れたということだな?」
「おっしゃるとおりでございます。そこで彼を新しい領地の領主にと思い、そのお願いに登城した次第であります」
「ふむ」
ランドルフは一度顎に手を当てて頷いてからハンクス侯爵の方を見ました。
「既存の領地にダンジョンが現れれば、その一帯を分離して新しい領地にする。その際に、新しい領地の領主は、その土地の元領主に一任する。これらは間違いないな?」
「はい、間違いございません。子爵の申し出におかしなところはございません」
「そこは問題ないか。侯爵、地図を。子爵、場所はどこだ?」
ハンクス侯爵がテーブルの上に地図を広げます。レイからするとそこまで詳しい地図には思えませんが、町の位置、街道のつながり、山や森などの大きさがわかるようになっています。
「場所はクラストンとエルフの森の間、ちょうど見通しが良くなったこの場所でございます。建設中の町は、グリーンヴィルという町になる予定でした」
ローランドが指で示した場所を見て、ランドルフは眉をひそめました。
「余としてはここに男爵領を作ることに異論はない。だが子爵、新しい男爵領は領地をどうすればいいと思う?」
そう聞かれてローランドは返答に窮しました。まるでジグソーパズルのピースのへこんだ部分のように、森が引っ込んだ場所にグリーンヴィルは作られました。三方を森で囲まれています。森を南に抜けるとダンカン子爵領のダマーグの町にぶつかります。レイが受け取ることになる領地は、どこへも広げようがない、どん詰まりの先にある土地でした。
「侯爵、法ではあくまでその周辺の土地を分離するとあるだけだな?」
「はい。それ以上は何も。なにぶん既存の領地にダンジョンが現れるのが初めてのことですので。しかも、ダンジョンのある領地にもう一つできるなど、誰も想定していないでしょう」
これまでにデューラント王国内で見つかっているダンジョンは全部で七つです。すべて何もない場所にできていたのを発見されています。だからこそ、これまでは問題になりませんでした。
ところが、大貴族の領地にダンジョンができればどうなるでしょうか。さらに潤ってしまうでしょう。それを防ぐために、ダンジョンができた周辺の土地を新しい男爵領にすることだけが決まっているのです。広さの規定などは一つもありません。
「陛下、恐れながら、個人的には領地の広さに不満はございません。冒険者となって家を離れた身。代官ですら過分な身分だと思っておりましたので」
レイがこのままで十分だと言うと、ランドルフはうなずきました。
「ふむ。それならあとになって揉め事にならないように、子爵とよく相談して領境を決めるように」
「はい」
「ではお主を男爵にすることは決まりだ。それで爵位名はどうする? 余が与えてもよいが、希望があるならそれがいいだろう」
レイの名前がレイモンド・ファレルなのは変わりません。ファレルは家名で、日本の名字に相当します。領主になれば「○○男爵レイモンド・ファレル」と名乗ることになります。この○○が爵位名です。
レイはまず元日本人組の名字を思い浮かべました。レイとエリはヤマガタなのでY。サラとマイはヨツヤなので、こちらもY。シーヴはシブサワだったのでS。そしてケイトの家名プロバートのP、シェリルの家名ノックスのNを加えます。
この国でYで始まる名前はほとんどありませんが、SやNやPならあります。レイはしばらく考え、スペンスリーという爵位名をひねり出しました。
「ふむ、スペンスリー男爵か。侯爵、かぶってはおらぬな」
「はい。近い名前もございません」
ハンクス侯爵は即座に答えました。
「それなら、授爵式は明後日行うこととする。レイモンド、急なことゆえ礼装は王宮のほうで用意しよう。式までは王宮内に泊まればよい」
「ありがとうございます」
レイが頭を下げるとランドルフとハンクス侯爵は部屋を出ていきました。
あらかじめ予定が決まっている式典の場合、各貴族に連絡が行き、当主か代理が登城します。コネを作りたいという貴族なら、できる限り当主が参加し、それでなければ代理が出席する形がほとんどです。
レイの場合はどうでしょうか。新しい貴族が誕生するということは、貴族にとっては娘の嫁ぎ先が一つ増えるということです。今のレイには、そこまで考えが回っていません。
◆◆◆
国王が部屋を出ると、ローランドはレイのほうを向きました。
「レイ、どうして陛下の前でそれほど平然としていられるのだ?」
ローランドはどうしてもそれが聞きたかったのです。自分と面と向かって話をして何も感じないのは、まだ理解できます。自分は以前は男爵で、子爵になったばかり。レイは男爵の息子として生まれました。
ところが、一国の王に対面していつもどおりに話ができるのは、普通ではありません。少なくともローランドはそう考えています。自分ですら国王と話をすると、自然と頭が下がります。レイは言葉遣いは丁寧ですが、態度そのものはいたって普通でした。緊張のきの字すら感じていないのではないかと、横にいたローランドには思えたのです。
「さすがに理由までは。ひょっとすると実感がないからでは?」
レイはそう流しましたが、ローランドにはその言葉を真に受けることはできませんでした。この若者は自分などよりもはるかに芯が強く、自分が遠く及ばない存在なのではないだろうか。平民とか貴族とか、そのような枠組みに収まらないような存在なのではないか。ローランドはそう思い始めました。しかし、レイには嘘をついたつもりはありません。現実味がないのは事実なのです。
本来、国王というのは非常に忙しく、急な来客に時間を割いてくれるというのは大変なことです。ところが、元日本人のレイは、国王という存在を理解しづらく、それほどありがたみを感じられなかったのです。国王がどれほど尊敬されているか、恐れられているか、親しまれているかなど、貴族の息子なので理解はしているつもりなのですが、肌感覚でわからないのです。それよりも自分が用意した毛皮や生地を使った衣装を着てくれていたので、むしろ親しみやすさを感じていたのでした。
「大きいだろう」
「はい」
レイの前には、初めて目にする王都がありました。前世の記憶があるレイとしては、町の規模自体は東京やニューヨークのほうが大きいのはわかります。しかし、密度が凄まじいのです。
(この人の多さはインドだな。ムンバイの市場とか)
貴族の馬車なので、並ばずにそのまま門を通ることができました。そのまま通りを進んでいきますが、あまりの人の多さに思ったほど速度が出ません。歩くほうが速いくらいです。たまに馬車の前に身を投げ出して馬車を止め、小銭を恵んでもらおうとする物乞いもいます。その物乞いたちを護衛が追い払います。
「護衛たちにとっては、ここからが本番だ」
王都はこの国で最大の都市なので、暮らしている住民も、立ち寄っただけの旅人も、どの町よりも多くなります。人が多いということは、仕事にあぶれる人も多く、当然ながらスラムがあちこちにあります。
「スラムもないと困るんでしょうね」
「まあな。理想論だけではどうしようもない。受け皿としてのスラムをなくすことは無理だな。うちにはスラムと呼べるような場所はないが」
「うちの実家もそうですね」
住む場所を失った者はスラムに行くしかありません。そして、誰もしたがらない仕事はいくらでもあります。スラムがあることの善悪は別として、実際に大都市にないと困るのがスラムというものです。
ただし、ギルモア男爵領とダンカン子爵領には、スラムと呼べるほどのスラムはありません。あっても、ちょっとしたたまり場程度のものです。
ギルモア男爵領は新しい町や村を作っている最中なので、仕事はいくらでもあります。ダンカン子爵領はサイズ的にはギルモア男爵領よりも小さく、まだ領主の目が行き届いています。
怪我や病気で働けなくなったというのであれば、救貧院に入るという手もあります。大都市になると、その救貧院すらあふれるのが問題なのです。
「毎度毎度、時間のかかることだ」
「よく来られるんですか?」
「年に四、五回くらいだろう。レイも来ることになるかもしれないぞ。無理をしてまで来る必要はないが」
レイの父親のモーガンは滅多に王都には来ません。前回来たのは、次男ライナスの仕事を探しているときでした。さすがに手紙だけ送って頼むのは失礼なので、王都で貴族の屋敷を回って頼んでいたのです。
ノロノロ運転の馬車は、二時間ほどかけてようやく王宮に到着しました。
「ダンカン子爵だ。先日伝えたとおり、ダンジョンのことで陛下にお知らせせねばならないことができた。至急取り次いでもらいたい」
前もって登城することは鳥を使って伝えてあります。ところが、貴族であっても、国王への謁見は数日かかることもあります。今回は大至急ということではありませんが、放っておいてもいいことではありませんので、どうなるかわかりません。
「話は伺っております。こちらへどうぞ」
レイとローランドは応接室の一つに案内され、そこでしばらく待つことになった。
◆◆◆
「待たせたな」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、国王ランドルフ八世。他には宰相のハンクス侯爵、そして護衛の騎士たちがいました。
ランドルフは五〇代前半で堂々たる体格をしています。レイが送った毛皮や生地を仕立てた衣装を着ています。ハンクス侯爵は六〇代後半の痩せぎすで、人前で笑うことがないと言われています。
「ああ、そのままでいい。これは非公式の面会だ」
レイとローランドが立って挨拶をしようと思いましたが、ランドルフは先に手で制しました。
「レイモンド・ファレル。お主とは一度会いたいと思っておった」
「そのように言っていただけて嬉しく思います」
レイがそう答えて頭を下げると、ランドルフは上着の襟元を指で摘みました。
「この衣装は素晴らしいな。貴族たちには羨ましがられるが、国王のみが着用できるものという決まりを作った。ちなみにこれはどのようにして染めたのだ? 秘伝であるのなら口にするのは無理かもしれぬが」
ここには護衛の騎士たちもいます。彼らに聞かれて困るようなら言わなくてもいいとランドルフは言外に仄めかしました。
ランドルフはレイの父親よりも年上のはずですが、今はおもちゃを与えられた子供のような笑顔をしています。レイとしても国王にそこまで喜ばれれば気分がいいのは当然です。
その染め方ですが、魔法を使わないと作れないというだけで、秘伝と呼べるほどではありません。今のところその部分だけは工房から出ないようにしています。
「秘伝というほどではございません。染料は以前と同じものを使っております。そこに陛下から頂戴した金貨をすべて混ぜ込みました」
「なるほど、あの金貨をな」
ランドルフは自分の衣装をまじまじと見て、それから何かに気づいた顔をしました。
「金貨をすべて使ったということは、お主は一枚すら懐に入れていないと?」
「はい。それほど手間が増えるわけではございません。それに相談料としては多すぎます。それで、私から陛下への献上品という形にさせていただきました」
「謙虚よのう……」
レイを眺めながらランドルフは腕を組んで目を伏せました。
「今はお主に嫁がすことのできる娘がいないのが心から残念だ」
「……」
さすがのレイも、国王に向かって「いりません」とは言えません。間違いなく不敬になるでしょう。大人しく頭を下げるだけにしました。
「ダンカン子爵からも聞いているが、あまり欲がないのか?」
「いえ、そのようなことはございませんが、欲をかきすぎるとろくなことにならないと、幼いころから父に教わっております」
レイの言葉に満足したのか、ランドルフはニヤリと笑って、一つ手を打ちました。
「ギルモア男爵は慧眼よのう。彼と顔を合わせたことは多くはないが、善人であるだけではなく、しっかりとした芯があった。単なる商売上手ではなく、人格者であったな」
レイにとってのモーガンは厳しい父親でした。厳しいといっても暴力や暴言があったわけではありませんが、甘やかされたという記憶はありません。
そのようなモーガンですが、レイが成人祝いで倒れたときにはかなり慌てて素が出たとサラから聞いています。モーガンは実はかなり人情深い性格をしていますが、甘くなりすぎないようにと、ずっと自分を律しているのです。
「それで、ダンジョンのことで何か急用ということだな。子爵、何があった?」
「はっ、新しく作りかけている町にダンジョンが現れました」
「……それは領内に二つ目が現れたということだな?」
「おっしゃるとおりでございます。そこで彼を新しい領地の領主にと思い、そのお願いに登城した次第であります」
「ふむ」
ランドルフは一度顎に手を当てて頷いてからハンクス侯爵の方を見ました。
「既存の領地にダンジョンが現れれば、その一帯を分離して新しい領地にする。その際に、新しい領地の領主は、その土地の元領主に一任する。これらは間違いないな?」
「はい、間違いございません。子爵の申し出におかしなところはございません」
「そこは問題ないか。侯爵、地図を。子爵、場所はどこだ?」
ハンクス侯爵がテーブルの上に地図を広げます。レイからするとそこまで詳しい地図には思えませんが、町の位置、街道のつながり、山や森などの大きさがわかるようになっています。
「場所はクラストンとエルフの森の間、ちょうど見通しが良くなったこの場所でございます。建設中の町は、グリーンヴィルという町になる予定でした」
ローランドが指で示した場所を見て、ランドルフは眉をひそめました。
「余としてはここに男爵領を作ることに異論はない。だが子爵、新しい男爵領は領地をどうすればいいと思う?」
そう聞かれてローランドは返答に窮しました。まるでジグソーパズルのピースのへこんだ部分のように、森が引っ込んだ場所にグリーンヴィルは作られました。三方を森で囲まれています。森を南に抜けるとダンカン子爵領のダマーグの町にぶつかります。レイが受け取ることになる領地は、どこへも広げようがない、どん詰まりの先にある土地でした。
「侯爵、法ではあくまでその周辺の土地を分離するとあるだけだな?」
「はい。それ以上は何も。なにぶん既存の領地にダンジョンが現れるのが初めてのことですので。しかも、ダンジョンのある領地にもう一つできるなど、誰も想定していないでしょう」
これまでにデューラント王国内で見つかっているダンジョンは全部で七つです。すべて何もない場所にできていたのを発見されています。だからこそ、これまでは問題になりませんでした。
ところが、大貴族の領地にダンジョンができればどうなるでしょうか。さらに潤ってしまうでしょう。それを防ぐために、ダンジョンができた周辺の土地を新しい男爵領にすることだけが決まっているのです。広さの規定などは一つもありません。
「陛下、恐れながら、個人的には領地の広さに不満はございません。冒険者となって家を離れた身。代官ですら過分な身分だと思っておりましたので」
レイがこのままで十分だと言うと、ランドルフはうなずきました。
「ふむ。それならあとになって揉め事にならないように、子爵とよく相談して領境を決めるように」
「はい」
「ではお主を男爵にすることは決まりだ。それで爵位名はどうする? 余が与えてもよいが、希望があるならそれがいいだろう」
レイの名前がレイモンド・ファレルなのは変わりません。ファレルは家名で、日本の名字に相当します。領主になれば「○○男爵レイモンド・ファレル」と名乗ることになります。この○○が爵位名です。
レイはまず元日本人組の名字を思い浮かべました。レイとエリはヤマガタなのでY。サラとマイはヨツヤなので、こちらもY。シーヴはシブサワだったのでS。そしてケイトの家名プロバートのP、シェリルの家名ノックスのNを加えます。
この国でYで始まる名前はほとんどありませんが、SやNやPならあります。レイはしばらく考え、スペンスリーという爵位名をひねり出しました。
「ふむ、スペンスリー男爵か。侯爵、かぶってはおらぬな」
「はい。近い名前もございません」
ハンクス侯爵は即座に答えました。
「それなら、授爵式は明後日行うこととする。レイモンド、急なことゆえ礼装は王宮のほうで用意しよう。式までは王宮内に泊まればよい」
「ありがとうございます」
レイが頭を下げるとランドルフとハンクス侯爵は部屋を出ていきました。
あらかじめ予定が決まっている式典の場合、各貴族に連絡が行き、当主か代理が登城します。コネを作りたいという貴族なら、できる限り当主が参加し、それでなければ代理が出席する形がほとんどです。
レイの場合はどうでしょうか。新しい貴族が誕生するということは、貴族にとっては娘の嫁ぎ先が一つ増えるということです。今のレイには、そこまで考えが回っていません。
◆◆◆
国王が部屋を出ると、ローランドはレイのほうを向きました。
「レイ、どうして陛下の前でそれほど平然としていられるのだ?」
ローランドはどうしてもそれが聞きたかったのです。自分と面と向かって話をして何も感じないのは、まだ理解できます。自分は以前は男爵で、子爵になったばかり。レイは男爵の息子として生まれました。
ところが、一国の王に対面していつもどおりに話ができるのは、普通ではありません。少なくともローランドはそう考えています。自分ですら国王と話をすると、自然と頭が下がります。レイは言葉遣いは丁寧ですが、態度そのものはいたって普通でした。緊張のきの字すら感じていないのではないかと、横にいたローランドには思えたのです。
「さすがに理由までは。ひょっとすると実感がないからでは?」
レイはそう流しましたが、ローランドにはその言葉を真に受けることはできませんでした。この若者は自分などよりもはるかに芯が強く、自分が遠く及ばない存在なのではないだろうか。平民とか貴族とか、そのような枠組みに収まらないような存在なのではないか。ローランドはそう思い始めました。しかし、レイには嘘をついたつもりはありません。現実味がないのは事実なのです。
本来、国王というのは非常に忙しく、急な来客に時間を割いてくれるというのは大変なことです。ところが、元日本人のレイは、国王という存在を理解しづらく、それほどありがたみを感じられなかったのです。国王がどれほど尊敬されているか、恐れられているか、親しまれているかなど、貴族の息子なので理解はしているつもりなのですが、肌感覚でわからないのです。それよりも自分が用意した毛皮や生地を使った衣装を着てくれていたので、むしろ親しみやすさを感じていたのでした。
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