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第7章:新春、急展開
第14話:イノベーター登場
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「わ~~~、きれ~~~」
扉の向こうからそんな声が聞こえてきました。レイがそちらに顔を向けると、エルフの少女が隙間から覗き込んでいるのが見えました。その少女は小柄なこともあり、せいぜい日本の中学生くらいだろうとレイは思いました。実年齢まではわかりません。長命種は全般的に体の成長が遅く、人間よりも若く見えるからです。
「これ、エリン。また勝手に覗いて。ここで大人しく座っていなさい」
「大爺様、ごめんなさ~い」
レオンスの顔は孫を叱りつつ甘やかす祖父の顔になっています。「向こうへ行きなさい」ではなく「大人しく座っていなさい」と言うあたり、叱るつもりはないのでしょう。そのエリンと呼ばれた少女はそのまま部屋の中に入って椅子に座りました。
「レイ殿、すまない。私の雲孫のエリンだ」
「エリンです。失礼しました~」
雲孫とは孫の孫の孫の孫のことです。雲のように遠い関係なのでそう呼ばれるんですね。人間ではあり得ないでしょうが、長命種のエルフなら珍しくはありません。
「この子は今年成人を迎えたばかりの子供でな」
「いえいえ、女性なら年齢に関係なく華やかな色に惹かれるのは当然でしょう」
エリンだけでなく女性たちが一斉にうなずきます。お洒落に年齢は関係ありません。彼女たちの目はそう主張していました。
「わたしはもう立派な大人ですーーー。子供だって産めるんですーーー」
「ああ、そうだな。いずれは立派な子供を産んでくれ。それが我々の未来につながる」
エリンは両手を上げて文句を口にしますが、レオンスにいなされて頬を膨らませました。寿命の長いエルフは、一〇歳くらいまでは人間とほぼ同じように成長しますが、そこから成長が急に遅くなります。一〇〇歳を超えてようやく人間の二〇歳くらいの外見になります。精神的な成長も遅いのです。
「も~~っ。大人ってこれだから~~~」
レイの目の前で憤慨するエリン。その姿がおかしくて、ついレイは「くくくっ」と押し殺した笑い方をしました。レイが笑うのを見て、エリンは真顔になってレイを見ました。
「悪い、女性の仕草を笑うもんじゃなかったな」
レイは謝りますが、エリンは目を大きく見開いたままレイをじっと見ました。
「それはいいんだけど~、その笑い方って~、お兄ちゃんだよね~? わたしわたし~」
エリンが自分を指します。
「新手のオレオレ詐欺か?」
「違うよ~。わたしエリだよ~」
「いや、エリンだと紹介されたんだからそう……ん? エリ? あのエリか?」
「うん!」
エリンはレイの胸に飛び込みました。
「ええっ? お前、なんでこんなところに⁉」
「エリン、どういうことだ?」
いきなりレイに抱きついた雲孫に、レオンスは問いただそうとしました。
「大爺様、ちょっと待ってね~」
エリンはレイの胸にグリグリと額を押しつけます。まるでマーキングだなとレイは思いましたが、エリは嬉しいことがあるとレイの胸に頭を押し付ける癖があったことを思い出しました。
◆◆◆
エリンはレオンスたちに、自分には前世の記憶があることを説明しています。
「それはいつからなのだ?」
「五歳くらいからかな~」
額を真っ赤にしてエリンは答えます。少し押しつける時間が長すぎたようです。
「レオンス様、たしかエリン様は五歳ごろにかなり高い熱を出されたことがありました。『お兄ちゃんにグリグリしたい』などと、何日もよくわからないことを口にされていた記憶があります」
「あったな。そのころか」
グリグリとはさっきのあれかとレオンスは納得したような顔になりました。
「やっぱり熱を出すのか」
「お兄ちゃんも~?」
「俺も熱を出して三日三晩寝込んで、その間はサラに心配をかけてたなあ。記憶が戻ったのはそのときだった」
「サラって、サラちゃん?」
エリはレイとサラより五つ下でしたが、サラのことは「サラちゃん」と呼んで姉のように懐いていたのです。
「ああ。サラとマイも同行者で、今は城壁の外にいるぞ。他にもう一人、社会人時代の上司もこの世界にいる」
「ふ~ん」
満足そうにレイの膝の上に座るエリンを見ながら、レオンスは何度もうなずいていました。
「幼いころから不思議なところがある子だと思っていたが」
エリンは物心がついてからこれまで、道具を効率化する工夫を次々と思いつき、この町では革新者と呼ばれていました。
「もっとチートが使えれば効率化できたかもしれないけど~、どうしても素材がね~」
「ひょっとしたらあの湯沸かし器や扇風機っぽいものもお前が作ったのか?」
「そうだよ~。他には耕運機っぽいのもだね~」
「そうか、あれらは異世界の文化だったのか」
レオンスは腑に落ちた顔をして腕を組みました。エルフは夏の暑い時期、風の精霊に頼んで室内の空気を動かしてもらうことがあります。エリンは水属性と火属性と風属性の魔法を組み込んだ、電飾看板のような魔道具を作りました。夏は冷やした石の、冬は温めた石の後ろから風を送ることで、部屋中に冷気や暖気を行き渡らせるものです。
「レオンス殿はこの話を信じるんですか?」
「私自身が転生者や転移者と会ったことがあるのでな。彼らは我々を見ても嫌な顔はしなかった。むしろ好意的に接してくれたな。レイ殿のように」
レオンスは懐かしむように答えました。
「それに我々は冗談は口にするが嘘はつかない。嘘をついて得をすることは一つもないだろう。私はエリンのことを子供扱いしてしまうが、本人が外に出たいのなら出たらいい。誰も止めているわけではないのだから」
「だからね~、お兄ちゃん、わたしもパーティーに入れて~」
「エリ、お前はここにいたらお姫様だろう。それに、外に出たら物珍しさに注目が集まるし、嫌な顔をされるかもしれないぞ」
レイはエリンの願いを聞いても、すぐに許可を出しません。エルフが人間の町でどのように思われているのか、レイはエリンに話しました。珍獣扱いされたり煙たがられたりすることも多いだろうと。
「でも~、お兄ちゃんと一緒にいるほうがいいから~。それにここから三日くらいでしょ~? 無理だと思ったら戻るから~」
「まあ無理する必要はないよな」
最終的にレイが折れ、エリン改めエリがレイたちに同行することが決まりました。
「それじゃお兄ちゃん、パーティーに入れて~」
「はいはい」
レイはステータスカードを操作してエリをパーティーに入れました。『行雲流水』に入ったエリは、あらためてステータスカードを見ました。
「大爺様、幼馴染みが町の外で待ってるんだけど~、ここに呼んでもいい~?」
レオンスにはそれを断る理由はありませんでした。すぐに使者を門に向かわせました。
◆◆◆
エリがレイと行動を共にすることが決まると、その部屋は一転して取り引きの場になりました。
「この布を定期的に販売してほしい。町の者たちも着たいと思うだろうし、どうしても傷みはするだろう」
「素材は普通ですので、ここで織った布を預かって染めることもできますよ。今のところ、絹と綿、亜麻、麻、毛織物、それに一部の革は染められます」
エルフたちが単に「町」と呼んでいるジンマは森の中にあります。染料の材料となる薬草の不要な部分は森の外周部分にあります。当たり前ですが、森には魔物がいます。エルフは身のこなしが軽く、弓矢も魔法も上手ですが、腕力はあまりありません。いくら身軽でも、魔物に囲まれたら終わりです。
もちろんエルフでも上級ジョブになれば力は上がりますが、同じ上級ジョブになっても人間より非力なのは変わりません。
「それなら帰る前に渡そう。それと、町の者を何人か連れていってくれるか?」
「どういうことですか?」
レオンスがやりたかったのは、この町にいるエルフたちに人間の町を経験させることでした。これまでは頼りにできる人間がいませんでしたが、レイという伝手ができたのです。
レイの家には余っている部屋があります。そこでホームステイのように滞在しながら街中で暮らす経験をさせたいとレオンスは言います。そのついでに染めの作業を手伝わせればいいだろうと。染料は違いますが、染める作業はここでもやっているのでできるだろうと。
「もちろん希望者のみだ。エリンがレイ殿をこれだけ信頼しているのなら大丈夫だと考える者はいるだろう」
「それなら一度に二、三人で、期間は二、三週間程度にして、入れ替わりの際にこちらに布を運んだらいいですね?」
「できるか? 一度にたくさん押しかけては迷惑だろうし、期間もほどほどでいい。我々にとっては一年二年は誤差だが、人間にとってはそうではないだろう。外の世界が楽しいという話が広がれば、そのうち自分からここを出ていく者も出てくるだろう。それまでのつなぎだと考えている」
クラストンでの暮らしに慣れるエルフが増えれば、話を聞いて自ら出かけたいと言うこともあるだろうというのがレオンスの考えです。そのためには呼び水が必要です。それがエリと最初の何人かということになります。
◆◆◆
そのころの城壁の外。
「姉さん、ステータスカードを見て。パーティー欄」
「ステータスカード?」
マイは先ほどからステータスカードをチェックしていました。レイはエルフの町の中に入りました。レイのことなので、エルフの王女に惚れられて仲間に入れることくらいは考えられます。そう思っていたところ、パーティー欄に変化がありました。
「エリンって知ってる子?」
「直感だけど、たぶんエリ」
「レイはまだ町の中にいるはずだよね? まさかエリがエルフだった?」
「あの子ならありえる。エルフ大好きで、エルフ耳を付けてコスプレしてたから」
「あー、そんなこともあったね」
文化祭でメイド喫茶をしたとき、なぜかエリはエルフ耳を付けてメイドをしていました。サラの影響を受けてしっかりと中二病にかかっていたのです。レイを巻き込んで精霊魔法の呪文を作っていたころもありました。
サラとマイがそんな話をしていると門が開き、三人の女性が近づいてきました。二人が驚いたのは三人の表情です。城門を守っていた、しかめ面の衛兵たちと違って、晴れやかな表情だったのです。そして二人に見覚えのある色のチュニックを着ています。
「族長がお二人を客人としてもてなしたいということです。どうぞ中にお入りください」
「いいの?」
「はい。これからはレイ殿を賓客として、家族として遇するということです」
「おおっ、いいこと貯金発動」
サラとマイは三人に案内されて町の中に入りました。
サラとマイの二人は、歩きながら案内役の三人に問いかけました。
「やっぱりエリがお姫様?」
「エリン様はお姫様というわけではありません。同じような立場の女はたくさんいますので」
「そっか。長命だと族長の一族も多いんだね」
「はい。血筋をたどれば、ほぼ全員が親戚ということになります」
エルフは長命なので、理屈の上では雲孫どころではなく雲孫の雲孫でさえ存在します。これを人間主体の国で考えると、国王の孫の孫の時点ですでに単なる平民になっていることもありますので、族長の雲孫でも立場は他のエルフと同じになっているのです。その雲孫をレオンスが可愛がっているのは間違いありませんが。
「ところでさあ、急に親しくなったのはエリのことがあったからだけじゃないよね?」
門を守っていた女性兵たちは鋭い目つきをしていました。一方でここにいる三人は笑顔を見せています。この三人の笑顔を見て、女性兵たちが驚いた顔をしたくらいです。
「レイ殿が族長から何か面白い話をと言われまして、そこで取り出したこの服を族長が気に入りまして」
「それで機嫌がいいのかあ」
「はいっ! これほどの素晴らしい色、生まれてこのかた一度も見たことがありません!」
「それはそうだろうね。さっきからものすごく見られてるもんね」
すれ違うエルフたちはチラチラどころか、立ち止まって目をまん丸にして三人を見ています。彼女たちが着ているのはそれぞれ青赤黄。目立つことこの上ないのです。ちなみに、この三人は先ほどの争奪戦の勝者です。
「やっぱりレイ兄が動くと何かが変わる。この町で流行ればクラストンでも流行らせられる」
「今のままじゃ広めにくかったからね」
サラとマイの話を聞いていた三人は、その言葉を聞いて不思議な顔をしました。
「こんなに素晴らしいものをどうして広めないのですか?」
「この色ってね、最初は私たちの住んでる町の領主に献上したんだよ。そしたら、それを着た領主を見た王様が気に入って着るようになって、それを貴族たちが真似てって流れでね。だから貴族たちに広まったあと、普通の布を使って染めたのを庶民向けに売ろうかって話してたとこ」
人間の場合は王族の服装を貴族が羨ましがって真似るというパターンが多くなります。ただし、貴族と庶民では生活レベルが違いすぎますので、貴族の服装を庶民が真似ることはほとんどありません。
レオンスは族長ですが、君主というわけではありません。あくまで話し合いの議長のような立場です。だから、レオンスが気に入ったからといって、他のエルフたちが真似をするかというと、そういうわけでもないのです。
ただ、エルフの間では間違いなくこの色が流行ることがサラとマイにはわかりました。それなら、エルフを中心に広めていこうと考え始めます。
「ファッション的世界征服の基礎はまずジンマから」
「それは古いと思う」
「いいの!」
そんなことを言っている二人は集会所に案内されました。
「「エリ?」」
「マイ! サラちゃん!」
初めて会ったはずの少女たちに抱きつくエリを見て、レオンスはやはりこの話は嘘でも夢でもないと確信したのです。
扉の向こうからそんな声が聞こえてきました。レイがそちらに顔を向けると、エルフの少女が隙間から覗き込んでいるのが見えました。その少女は小柄なこともあり、せいぜい日本の中学生くらいだろうとレイは思いました。実年齢まではわかりません。長命種は全般的に体の成長が遅く、人間よりも若く見えるからです。
「これ、エリン。また勝手に覗いて。ここで大人しく座っていなさい」
「大爺様、ごめんなさ~い」
レオンスの顔は孫を叱りつつ甘やかす祖父の顔になっています。「向こうへ行きなさい」ではなく「大人しく座っていなさい」と言うあたり、叱るつもりはないのでしょう。そのエリンと呼ばれた少女はそのまま部屋の中に入って椅子に座りました。
「レイ殿、すまない。私の雲孫のエリンだ」
「エリンです。失礼しました~」
雲孫とは孫の孫の孫の孫のことです。雲のように遠い関係なのでそう呼ばれるんですね。人間ではあり得ないでしょうが、長命種のエルフなら珍しくはありません。
「この子は今年成人を迎えたばかりの子供でな」
「いえいえ、女性なら年齢に関係なく華やかな色に惹かれるのは当然でしょう」
エリンだけでなく女性たちが一斉にうなずきます。お洒落に年齢は関係ありません。彼女たちの目はそう主張していました。
「わたしはもう立派な大人ですーーー。子供だって産めるんですーーー」
「ああ、そうだな。いずれは立派な子供を産んでくれ。それが我々の未来につながる」
エリンは両手を上げて文句を口にしますが、レオンスにいなされて頬を膨らませました。寿命の長いエルフは、一〇歳くらいまでは人間とほぼ同じように成長しますが、そこから成長が急に遅くなります。一〇〇歳を超えてようやく人間の二〇歳くらいの外見になります。精神的な成長も遅いのです。
「も~~っ。大人ってこれだから~~~」
レイの目の前で憤慨するエリン。その姿がおかしくて、ついレイは「くくくっ」と押し殺した笑い方をしました。レイが笑うのを見て、エリンは真顔になってレイを見ました。
「悪い、女性の仕草を笑うもんじゃなかったな」
レイは謝りますが、エリンは目を大きく見開いたままレイをじっと見ました。
「それはいいんだけど~、その笑い方って~、お兄ちゃんだよね~? わたしわたし~」
エリンが自分を指します。
「新手のオレオレ詐欺か?」
「違うよ~。わたしエリだよ~」
「いや、エリンだと紹介されたんだからそう……ん? エリ? あのエリか?」
「うん!」
エリンはレイの胸に飛び込みました。
「ええっ? お前、なんでこんなところに⁉」
「エリン、どういうことだ?」
いきなりレイに抱きついた雲孫に、レオンスは問いただそうとしました。
「大爺様、ちょっと待ってね~」
エリンはレイの胸にグリグリと額を押しつけます。まるでマーキングだなとレイは思いましたが、エリは嬉しいことがあるとレイの胸に頭を押し付ける癖があったことを思い出しました。
◆◆◆
エリンはレオンスたちに、自分には前世の記憶があることを説明しています。
「それはいつからなのだ?」
「五歳くらいからかな~」
額を真っ赤にしてエリンは答えます。少し押しつける時間が長すぎたようです。
「レオンス様、たしかエリン様は五歳ごろにかなり高い熱を出されたことがありました。『お兄ちゃんにグリグリしたい』などと、何日もよくわからないことを口にされていた記憶があります」
「あったな。そのころか」
グリグリとはさっきのあれかとレオンスは納得したような顔になりました。
「やっぱり熱を出すのか」
「お兄ちゃんも~?」
「俺も熱を出して三日三晩寝込んで、その間はサラに心配をかけてたなあ。記憶が戻ったのはそのときだった」
「サラって、サラちゃん?」
エリはレイとサラより五つ下でしたが、サラのことは「サラちゃん」と呼んで姉のように懐いていたのです。
「ああ。サラとマイも同行者で、今は城壁の外にいるぞ。他にもう一人、社会人時代の上司もこの世界にいる」
「ふ~ん」
満足そうにレイの膝の上に座るエリンを見ながら、レオンスは何度もうなずいていました。
「幼いころから不思議なところがある子だと思っていたが」
エリンは物心がついてからこれまで、道具を効率化する工夫を次々と思いつき、この町では革新者と呼ばれていました。
「もっとチートが使えれば効率化できたかもしれないけど~、どうしても素材がね~」
「ひょっとしたらあの湯沸かし器や扇風機っぽいものもお前が作ったのか?」
「そうだよ~。他には耕運機っぽいのもだね~」
「そうか、あれらは異世界の文化だったのか」
レオンスは腑に落ちた顔をして腕を組みました。エルフは夏の暑い時期、風の精霊に頼んで室内の空気を動かしてもらうことがあります。エリンは水属性と火属性と風属性の魔法を組み込んだ、電飾看板のような魔道具を作りました。夏は冷やした石の、冬は温めた石の後ろから風を送ることで、部屋中に冷気や暖気を行き渡らせるものです。
「レオンス殿はこの話を信じるんですか?」
「私自身が転生者や転移者と会ったことがあるのでな。彼らは我々を見ても嫌な顔はしなかった。むしろ好意的に接してくれたな。レイ殿のように」
レオンスは懐かしむように答えました。
「それに我々は冗談は口にするが嘘はつかない。嘘をついて得をすることは一つもないだろう。私はエリンのことを子供扱いしてしまうが、本人が外に出たいのなら出たらいい。誰も止めているわけではないのだから」
「だからね~、お兄ちゃん、わたしもパーティーに入れて~」
「エリ、お前はここにいたらお姫様だろう。それに、外に出たら物珍しさに注目が集まるし、嫌な顔をされるかもしれないぞ」
レイはエリンの願いを聞いても、すぐに許可を出しません。エルフが人間の町でどのように思われているのか、レイはエリンに話しました。珍獣扱いされたり煙たがられたりすることも多いだろうと。
「でも~、お兄ちゃんと一緒にいるほうがいいから~。それにここから三日くらいでしょ~? 無理だと思ったら戻るから~」
「まあ無理する必要はないよな」
最終的にレイが折れ、エリン改めエリがレイたちに同行することが決まりました。
「それじゃお兄ちゃん、パーティーに入れて~」
「はいはい」
レイはステータスカードを操作してエリをパーティーに入れました。『行雲流水』に入ったエリは、あらためてステータスカードを見ました。
「大爺様、幼馴染みが町の外で待ってるんだけど~、ここに呼んでもいい~?」
レオンスにはそれを断る理由はありませんでした。すぐに使者を門に向かわせました。
◆◆◆
エリがレイと行動を共にすることが決まると、その部屋は一転して取り引きの場になりました。
「この布を定期的に販売してほしい。町の者たちも着たいと思うだろうし、どうしても傷みはするだろう」
「素材は普通ですので、ここで織った布を預かって染めることもできますよ。今のところ、絹と綿、亜麻、麻、毛織物、それに一部の革は染められます」
エルフたちが単に「町」と呼んでいるジンマは森の中にあります。染料の材料となる薬草の不要な部分は森の外周部分にあります。当たり前ですが、森には魔物がいます。エルフは身のこなしが軽く、弓矢も魔法も上手ですが、腕力はあまりありません。いくら身軽でも、魔物に囲まれたら終わりです。
もちろんエルフでも上級ジョブになれば力は上がりますが、同じ上級ジョブになっても人間より非力なのは変わりません。
「それなら帰る前に渡そう。それと、町の者を何人か連れていってくれるか?」
「どういうことですか?」
レオンスがやりたかったのは、この町にいるエルフたちに人間の町を経験させることでした。これまでは頼りにできる人間がいませんでしたが、レイという伝手ができたのです。
レイの家には余っている部屋があります。そこでホームステイのように滞在しながら街中で暮らす経験をさせたいとレオンスは言います。そのついでに染めの作業を手伝わせればいいだろうと。染料は違いますが、染める作業はここでもやっているのでできるだろうと。
「もちろん希望者のみだ。エリンがレイ殿をこれだけ信頼しているのなら大丈夫だと考える者はいるだろう」
「それなら一度に二、三人で、期間は二、三週間程度にして、入れ替わりの際にこちらに布を運んだらいいですね?」
「できるか? 一度にたくさん押しかけては迷惑だろうし、期間もほどほどでいい。我々にとっては一年二年は誤差だが、人間にとってはそうではないだろう。外の世界が楽しいという話が広がれば、そのうち自分からここを出ていく者も出てくるだろう。それまでのつなぎだと考えている」
クラストンでの暮らしに慣れるエルフが増えれば、話を聞いて自ら出かけたいと言うこともあるだろうというのがレオンスの考えです。そのためには呼び水が必要です。それがエリと最初の何人かということになります。
◆◆◆
そのころの城壁の外。
「姉さん、ステータスカードを見て。パーティー欄」
「ステータスカード?」
マイは先ほどからステータスカードをチェックしていました。レイはエルフの町の中に入りました。レイのことなので、エルフの王女に惚れられて仲間に入れることくらいは考えられます。そう思っていたところ、パーティー欄に変化がありました。
「エリンって知ってる子?」
「直感だけど、たぶんエリ」
「レイはまだ町の中にいるはずだよね? まさかエリがエルフだった?」
「あの子ならありえる。エルフ大好きで、エルフ耳を付けてコスプレしてたから」
「あー、そんなこともあったね」
文化祭でメイド喫茶をしたとき、なぜかエリはエルフ耳を付けてメイドをしていました。サラの影響を受けてしっかりと中二病にかかっていたのです。レイを巻き込んで精霊魔法の呪文を作っていたころもありました。
サラとマイがそんな話をしていると門が開き、三人の女性が近づいてきました。二人が驚いたのは三人の表情です。城門を守っていた、しかめ面の衛兵たちと違って、晴れやかな表情だったのです。そして二人に見覚えのある色のチュニックを着ています。
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「いいの?」
「はい。これからはレイ殿を賓客として、家族として遇するということです」
「おおっ、いいこと貯金発動」
サラとマイは三人に案内されて町の中に入りました。
サラとマイの二人は、歩きながら案内役の三人に問いかけました。
「やっぱりエリがお姫様?」
「エリン様はお姫様というわけではありません。同じような立場の女はたくさんいますので」
「そっか。長命だと族長の一族も多いんだね」
「はい。血筋をたどれば、ほぼ全員が親戚ということになります」
エルフは長命なので、理屈の上では雲孫どころではなく雲孫の雲孫でさえ存在します。これを人間主体の国で考えると、国王の孫の孫の時点ですでに単なる平民になっていることもありますので、族長の雲孫でも立場は他のエルフと同じになっているのです。その雲孫をレオンスが可愛がっているのは間違いありませんが。
「ところでさあ、急に親しくなったのはエリのことがあったからだけじゃないよね?」
門を守っていた女性兵たちは鋭い目つきをしていました。一方でここにいる三人は笑顔を見せています。この三人の笑顔を見て、女性兵たちが驚いた顔をしたくらいです。
「レイ殿が族長から何か面白い話をと言われまして、そこで取り出したこの服を族長が気に入りまして」
「それで機嫌がいいのかあ」
「はいっ! これほどの素晴らしい色、生まれてこのかた一度も見たことがありません!」
「それはそうだろうね。さっきからものすごく見られてるもんね」
すれ違うエルフたちはチラチラどころか、立ち止まって目をまん丸にして三人を見ています。彼女たちが着ているのはそれぞれ青赤黄。目立つことこの上ないのです。ちなみに、この三人は先ほどの争奪戦の勝者です。
「やっぱりレイ兄が動くと何かが変わる。この町で流行ればクラストンでも流行らせられる」
「今のままじゃ広めにくかったからね」
サラとマイの話を聞いていた三人は、その言葉を聞いて不思議な顔をしました。
「こんなに素晴らしいものをどうして広めないのですか?」
「この色ってね、最初は私たちの住んでる町の領主に献上したんだよ。そしたら、それを着た領主を見た王様が気に入って着るようになって、それを貴族たちが真似てって流れでね。だから貴族たちに広まったあと、普通の布を使って染めたのを庶民向けに売ろうかって話してたとこ」
人間の場合は王族の服装を貴族が羨ましがって真似るというパターンが多くなります。ただし、貴族と庶民では生活レベルが違いすぎますので、貴族の服装を庶民が真似ることはほとんどありません。
レオンスは族長ですが、君主というわけではありません。あくまで話し合いの議長のような立場です。だから、レオンスが気に入ったからといって、他のエルフたちが真似をするかというと、そういうわけでもないのです。
ただ、エルフの間では間違いなくこの色が流行ることがサラとマイにはわかりました。それなら、エルフを中心に広めていこうと考え始めます。
「ファッション的世界征服の基礎はまずジンマから」
「それは古いと思う」
「いいの!」
そんなことを言っている二人は集会所に案内されました。
「「エリ?」」
「マイ! サラちゃん!」
初めて会ったはずの少女たちに抱きつくエリを見て、レオンスはやはりこの話は嘘でも夢でもないと確信したのです。
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