181 / 190
第8章:春、急カーブと思っていたらまさかのクランク
第16話:ダンジョンは生命体
しおりを挟む
レイが王都から戻ってきて一週間ほど。このダンジョンが現れてからここまで二か月近く経ちました。その間にダンジョンは上に五階、下に五階まで広がっています。まだ一般人の立ち入りは禁止で、サラたちが交代で内部を調べています。これは貴重なデータになるはずだからです。
ダンジョンは発見されたときにはある程度の大きさになっているものです。このダンジョンのように、できた直後からデータが集められることは滅多にありません。
三週間ほどは北へ北へとドーム部分が移動しつつ、上へ、そして下へと伸びていました。それからはドーム部分が動かなくなり、上下に広がっていただけです。ところが、今日に限ってはいつもと様子が違いました。
「宝箱が見つかった?」
いまだに魔物は現れていません。そして、今日サラたちが内部を調べていると、通路の奥に宝箱が見つかりました。シーヴが開けてみると、そこには肉の塊と苗木が入っていました。
「お肉が入っていることもありますが、いきなりお肉というのもどうなのかと。若いダンジョンでは、最初は石ころや銭貨、錆びたナイフなど、あまり価値のないものが入っているという記録があります」
「これは魔物肉だな?」
「ええ。ヒュージキャタピラーのようですね」
「うへえ。もしかしたらダンジョン内で見かけることになるのかな?」
以前に比べれば忌避感が減ったサラですが、それでも嫌なものは嫌という顔をしました。
「でも何かが得られるというのはありがたい」
マイの言うとおり、何もない領地では、たとえお肉だろうが苗木だろうが、何かが手に入るというのはありがたいものです。特に害もないようなので、今後も様子を見ていくということで落ち着きました。
◆◆◆
「またお肉と苗木だったの?」
「前回と同じくヒュージキャタピラーですわ」
「ヒュージキャタピラーが好きなのか? パンやパスタもいいぞ」
最初に宝箱が見つかってから数日、また同じようにヒュージキャタピラーの肉の塊が宝箱から出てきました。ダンジョンが聞いているとは思えませんが、レイはそう言ってみたくなりました。
さらに数日後、またヒュージキャタピラーの肉と苗木が見つかりました。
「旦那様、ヒュージキャタピラーと苗木が好きなダンジョンなのでは?」
「ヒュージキャタピラーと苗木が好きなダンジョンって意味がわからな……いや、ひょっとして……」
レイはふとダンジョンが現れたときのことを思い出しました。
「シーヴ、この苗木がなんの木か調べたか?」
「ええ。串の樹ですね。これまで全部」
「肉ばっかり気になってたけど、やっぱりそういうことなのか」
串の木の苗木を見ながら、レイは真剣な表情になりました。
「そういうこととは?」
「いや、ダンジョンができたと報告があったときの話だけど、俺が肉串を落としたら、次の瞬間に消えてたことがあったんだ」
まだ小さかったダンジョンを取り囲んでいた労働者たちにエールの樽や肉串などを渡し、ダンジョンの誕生日を祝ってやってくれと言ったことがありましたね。その肉串の乗った皿をマジックバッグから取り出したときに、一本落ちてしまいました。両手が塞がっていたレイは、どうしようかと周りを見てから視線を戻すと、落ちたはずの肉串が消えていたんです。あれはヒュージキャタピラーの肉だったはずです。レイのわかる範囲では、ダンジョンとヒュージキャタピラーと串の木に関係があるとすればそれくらいです。
「美味しかったからご主人さまにも食べてほしいとか、焼いて食べさせてほしいとかではないです?」
「ダンジョンがか?」
「ダンジョンすら餌付けするレイ兄」
「もう何がなんだかわからないね~」
「まったく意味がわからないな」
ダンジョンは意思を持つと言われていますが、そこまで意思を持つことはないだろうとレイは思います。しかし、こうも続くと明らかな意思を感じます。そこでレイは実験をすることにしました。
◆◆◆
「領主様、それはお肉ですか?」
レイがダンジョンのそばでスパイラルディアーの肉をスライスしていると、近くにいたエルフの女性が問いかけました。
「ああ、確認みたいなもんだ」
「確認ですか」
レイはスライスした肉を一枚ずつダンジョンに貼り付けました。すると順番に溶けるように消えてなくなったのです。
「えっ⁉ 消えた⁉」
肉がなくなり、女性は戸惑っています。レイは「そうきたか」と口にしながら、さらに一〇枚ほど肉を貼り付けましたが、すぐにすべて消えました。
「そうきたか、とは?」
「ダンジョンが食べたってことだ」
「ダンジョンが食べた?」
この人は何を言っているのだろうという表情をされましたが、レイは気にしません。あくまで実験です。どのような結果になるかは、神のみぞ知る。あるいはダンジョンのみぞ知る。
「明日になったら結果が出るかもしれない」
「はあ」
◆◆◆
「スパイラルディアーですね」
「やっぱりか」
「ええ。ものすごく柔らかいお肉です。一等品ですよ」
次に見つかった宝箱にはスパイラルディアーの肉の塊が入っていました。しかも三つ。
「今さら驚かないけど、これで肉には困らないかもな。でも、肉ばっかり作らせるのもなあ」
「レイ様、そのお肉はダンジョンが作っているとお思いですの?」
「誰かが持ち込んでるんじゃなければ、これはダンジョンが作ってるとしか考えられないからなあ」
「そもそもどうして作ってくれるんですかぁ?」
マルタからそう聞かれたが、理由まではレイにはわかりません。すべて事実から推測しただけで、ありえそうな結論を適当に作っただけなんです。
「ちょっと頭を整理しよう。まずダンジョンができた直後、俺は労働者たちにダンジョンの誕生パーティーをしてやってくれと言った。その際に取り出した肉串を一本落とした。ヒュージキャタピラーを使った肉串だ。どうしようかと思ったら肉串が消えていた」
「しばらくしたら宝箱からヒュージキャタピラーのお肉と串の木の苗木が出てきたんだよね」
「ああ。それが続いたから、今度はスパイラルディアーの肉のスライスを乗せたらすぐに消えた。そして次の日に宝箱からスパイラルディアーの肉が出た」
それがここにある肉です。シーヴが指で押して確認していますが、その弾力だけで普段口にしているスパイラルディアーの肉よりも数段上のように思えます。
「ラケルも言っていましたけど、お祝いをしてもらって嬉しかったのかもしれませんね」
「それもちょっと考えたんだけど、ダンジョンって言葉を理解するのか? しかも中じゃなくて外で話してたからな」
「「「……」」」
シーヴの言葉についてはそれもありえそうだとみんなは思いましたが、レイの質問に対しては誰も答えられません。ダンジョンが人の言葉を理解できるのなら、冒険者たちが何をしようとしているかを知っていることになります。言葉を理解していないのなら、天文学的な確率での偶然の一致かもしれません。
「明日もう一つだけ試してみるか」
◆◆◆
「これは黒パンと白パンとスパゲティーだ。黒パンはライ麦から、白パンは小麦から作られる。スパゲティーは白パンとは別のパスタ小麦という品種の小麦でできている。どれもこの国でよく食べられているものだ」
そう言ってからレイはダンジョンにその三種類を乗せました。
「これまでお前が食べた肉が宝箱から見つかっている。俺たちにとってはありがたいけど、用意するのが迷惑になってないか? もし迷惑だったら言ってくれ」
レイがそう言うと、パンとパスタは溶けるように消えました。そして翌日、三つの宝箱が現れました。
「レイ、一つは小麦とライ麦とパスタ小麦と砂糖で、もう一つが塩とバターと牛乳と卵の入った 壺が入っています」
「間違いないか」
「やはりダンジョンには意思があるということでしょうね」
「ここまでくるとそうなんだろうな」
レイはバターの入った二つの壺を見ながら言います。スプーンで掬って確認すると、一つは無塩バターで、もう一つは有塩バターでした。
「でもこれってレイだけかな?」
サラが疑問に思ったのは、レイが与えたから反応があったのか、それとも誰でも反応があるのかということです。
「俺の代わりに試しにやってみたらどうだ?」
「うん、明日やってみる。アップルパイを乗せてみるね」
次の日、サラはアップルパイを置きながら「私の言葉は分かる?」と聞きました。そしてアップルパイについての説明をしてから、パイを丸々一つ乗せました。すると目の前でパイが溶けるかのようにダンジョンの壁に消えていきました。
その翌日、二つの宝箱が見つかりました。一つからはリンゴ、バター、小麦粉、砂糖、塩、卵、お酢、もう一つからはリンゴのブランデーが見つかりました。
「旦那様の言葉にだけ反応したわけではなさそうですね」
「レイさんとサラだけなら問題はないでしょうが、誰の言葉にでも反応すれば、それはそれで問題になりますね。ここは一度全員が試してみることにしましょう。その結果を見てから他の人たちにも試してもらいましょう」
シェリルの提案により、誰か一人、または複数人が、これまで与えたことのないものを与えるということになりました。途中からレイたちだけでなく、ドロシーとフィルシー、そしてギルドのマーシャとダーシーにも協力してもらっての実験になりました。そしてわかったことは以下の通りです。
・レイだけでなく、家族がダンジョンに何かを与えても、その材料が翌日に宝箱に入っています。
・一人もしくは複数人で同時に複数の食べ物を与えると、すべての材料が複数の宝箱から無秩序に現れます。
・レイと家族以外が何かを与えてもそれは出てきません。宝箱は出ますが、中身は以前に出たものばかりでした。
「おそらくこれで間違いない」
「そうですね。途中から結果は推測できましたが」
結果をまとめた紙を見ながらレイは首をひねります。
「どうして俺たちだけなんだろうな?」
「おそらく旦那様が関係しているでしょうね」
「はい。ご主人さまならダンジョンくらい作れてもおかしくありませんです」
「無茶を言うな。ゲームじゃないんだぞ」
レイは念のためにステータスを見ますが、【ダンジョン作成】などのスキルはありません。あったとしても使った記憶はありません。まさかパッシブ型で自動発動したわけではないでしょうか。
「レイ様、クラストンのダンジョンに変化はなかったんですの?」
「冒険者ギルドには寄ったけど、特に何も聞かなかったな」
ここにダンジョンができたらかといって、クラストンのダンジョンに変化はありませんでした。向こうは平常運転だったことは確認しています。
「ふと思ったんだけどさあ、この町って初めてジンマに向かったときに野営した場所だよね?」
「そうだな。あのときは何もないって思ったな」
クラストンから東へ、森を回り込むようにして丸一日進むと、大草原があります。グリーンヴィルができたのはその草原のど真ん中です。
「最初にダンジョンができた場所って、テントを張った場所じゃない? それって関係ない?」
「関係ない……だろ?」
サラにそう言い返したものの、レイには絶対にありえないと言い切る自信はありません。あらためてレイはあの時のことを思い返しました。依頼を受けてジンマに初めて向かったとき、テントを張ったのは、たしかにダンジョンができたあたりです。
「言われてみれば、あのテントがあった場所がダンジョンが現れたあたり。私と姉さんとシャロンさんはレイ兄に抱かれた。やっぱりレイ兄しか考えられない」
「俺だってあの場所は初めてだったんだけど? それにマルタやエリが与えたものですら宝箱から出たんだから関係ないんじゃないか?」
あのときに野営をしたのはレイを含め四人です。シーヴやケイトはパンダ狩りをしてからクラストンに戻りました。エリに関しては、あの時点ではまだ知り合っていません。レイはそう主張しますが、何かをやらかすとすればレイしかいないということは、ここにいる全員の共通認識です。
「レイ様がダンジョンに入ってみれば反応が違うかもしれませんわ」
ケイトがそう言ったのは、レイはこれまでダンジョンにはほとんど入っていないからです。ダンジョンが現れたらすぐに王都に向かいました。帰ってきてからも町の建設の陣頭指揮をとっています。
「そうだな。一度くらい入ってみるか」
明日になったら内部の確認をすることになりました。
ダンジョンは発見されたときにはある程度の大きさになっているものです。このダンジョンのように、できた直後からデータが集められることは滅多にありません。
三週間ほどは北へ北へとドーム部分が移動しつつ、上へ、そして下へと伸びていました。それからはドーム部分が動かなくなり、上下に広がっていただけです。ところが、今日に限ってはいつもと様子が違いました。
「宝箱が見つかった?」
いまだに魔物は現れていません。そして、今日サラたちが内部を調べていると、通路の奥に宝箱が見つかりました。シーヴが開けてみると、そこには肉の塊と苗木が入っていました。
「お肉が入っていることもありますが、いきなりお肉というのもどうなのかと。若いダンジョンでは、最初は石ころや銭貨、錆びたナイフなど、あまり価値のないものが入っているという記録があります」
「これは魔物肉だな?」
「ええ。ヒュージキャタピラーのようですね」
「うへえ。もしかしたらダンジョン内で見かけることになるのかな?」
以前に比べれば忌避感が減ったサラですが、それでも嫌なものは嫌という顔をしました。
「でも何かが得られるというのはありがたい」
マイの言うとおり、何もない領地では、たとえお肉だろうが苗木だろうが、何かが手に入るというのはありがたいものです。特に害もないようなので、今後も様子を見ていくということで落ち着きました。
◆◆◆
「またお肉と苗木だったの?」
「前回と同じくヒュージキャタピラーですわ」
「ヒュージキャタピラーが好きなのか? パンやパスタもいいぞ」
最初に宝箱が見つかってから数日、また同じようにヒュージキャタピラーの肉の塊が宝箱から出てきました。ダンジョンが聞いているとは思えませんが、レイはそう言ってみたくなりました。
さらに数日後、またヒュージキャタピラーの肉と苗木が見つかりました。
「旦那様、ヒュージキャタピラーと苗木が好きなダンジョンなのでは?」
「ヒュージキャタピラーと苗木が好きなダンジョンって意味がわからな……いや、ひょっとして……」
レイはふとダンジョンが現れたときのことを思い出しました。
「シーヴ、この苗木がなんの木か調べたか?」
「ええ。串の樹ですね。これまで全部」
「肉ばっかり気になってたけど、やっぱりそういうことなのか」
串の木の苗木を見ながら、レイは真剣な表情になりました。
「そういうこととは?」
「いや、ダンジョンができたと報告があったときの話だけど、俺が肉串を落としたら、次の瞬間に消えてたことがあったんだ」
まだ小さかったダンジョンを取り囲んでいた労働者たちにエールの樽や肉串などを渡し、ダンジョンの誕生日を祝ってやってくれと言ったことがありましたね。その肉串の乗った皿をマジックバッグから取り出したときに、一本落ちてしまいました。両手が塞がっていたレイは、どうしようかと周りを見てから視線を戻すと、落ちたはずの肉串が消えていたんです。あれはヒュージキャタピラーの肉だったはずです。レイのわかる範囲では、ダンジョンとヒュージキャタピラーと串の木に関係があるとすればそれくらいです。
「美味しかったからご主人さまにも食べてほしいとか、焼いて食べさせてほしいとかではないです?」
「ダンジョンがか?」
「ダンジョンすら餌付けするレイ兄」
「もう何がなんだかわからないね~」
「まったく意味がわからないな」
ダンジョンは意思を持つと言われていますが、そこまで意思を持つことはないだろうとレイは思います。しかし、こうも続くと明らかな意思を感じます。そこでレイは実験をすることにしました。
◆◆◆
「領主様、それはお肉ですか?」
レイがダンジョンのそばでスパイラルディアーの肉をスライスしていると、近くにいたエルフの女性が問いかけました。
「ああ、確認みたいなもんだ」
「確認ですか」
レイはスライスした肉を一枚ずつダンジョンに貼り付けました。すると順番に溶けるように消えてなくなったのです。
「えっ⁉ 消えた⁉」
肉がなくなり、女性は戸惑っています。レイは「そうきたか」と口にしながら、さらに一〇枚ほど肉を貼り付けましたが、すぐにすべて消えました。
「そうきたか、とは?」
「ダンジョンが食べたってことだ」
「ダンジョンが食べた?」
この人は何を言っているのだろうという表情をされましたが、レイは気にしません。あくまで実験です。どのような結果になるかは、神のみぞ知る。あるいはダンジョンのみぞ知る。
「明日になったら結果が出るかもしれない」
「はあ」
◆◆◆
「スパイラルディアーですね」
「やっぱりか」
「ええ。ものすごく柔らかいお肉です。一等品ですよ」
次に見つかった宝箱にはスパイラルディアーの肉の塊が入っていました。しかも三つ。
「今さら驚かないけど、これで肉には困らないかもな。でも、肉ばっかり作らせるのもなあ」
「レイ様、そのお肉はダンジョンが作っているとお思いですの?」
「誰かが持ち込んでるんじゃなければ、これはダンジョンが作ってるとしか考えられないからなあ」
「そもそもどうして作ってくれるんですかぁ?」
マルタからそう聞かれたが、理由まではレイにはわかりません。すべて事実から推測しただけで、ありえそうな結論を適当に作っただけなんです。
「ちょっと頭を整理しよう。まずダンジョンができた直後、俺は労働者たちにダンジョンの誕生パーティーをしてやってくれと言った。その際に取り出した肉串を一本落とした。ヒュージキャタピラーを使った肉串だ。どうしようかと思ったら肉串が消えていた」
「しばらくしたら宝箱からヒュージキャタピラーのお肉と串の木の苗木が出てきたんだよね」
「ああ。それが続いたから、今度はスパイラルディアーの肉のスライスを乗せたらすぐに消えた。そして次の日に宝箱からスパイラルディアーの肉が出た」
それがここにある肉です。シーヴが指で押して確認していますが、その弾力だけで普段口にしているスパイラルディアーの肉よりも数段上のように思えます。
「ラケルも言っていましたけど、お祝いをしてもらって嬉しかったのかもしれませんね」
「それもちょっと考えたんだけど、ダンジョンって言葉を理解するのか? しかも中じゃなくて外で話してたからな」
「「「……」」」
シーヴの言葉についてはそれもありえそうだとみんなは思いましたが、レイの質問に対しては誰も答えられません。ダンジョンが人の言葉を理解できるのなら、冒険者たちが何をしようとしているかを知っていることになります。言葉を理解していないのなら、天文学的な確率での偶然の一致かもしれません。
「明日もう一つだけ試してみるか」
◆◆◆
「これは黒パンと白パンとスパゲティーだ。黒パンはライ麦から、白パンは小麦から作られる。スパゲティーは白パンとは別のパスタ小麦という品種の小麦でできている。どれもこの国でよく食べられているものだ」
そう言ってからレイはダンジョンにその三種類を乗せました。
「これまでお前が食べた肉が宝箱から見つかっている。俺たちにとってはありがたいけど、用意するのが迷惑になってないか? もし迷惑だったら言ってくれ」
レイがそう言うと、パンとパスタは溶けるように消えました。そして翌日、三つの宝箱が現れました。
「レイ、一つは小麦とライ麦とパスタ小麦と砂糖で、もう一つが塩とバターと牛乳と卵の入った 壺が入っています」
「間違いないか」
「やはりダンジョンには意思があるということでしょうね」
「ここまでくるとそうなんだろうな」
レイはバターの入った二つの壺を見ながら言います。スプーンで掬って確認すると、一つは無塩バターで、もう一つは有塩バターでした。
「でもこれってレイだけかな?」
サラが疑問に思ったのは、レイが与えたから反応があったのか、それとも誰でも反応があるのかということです。
「俺の代わりに試しにやってみたらどうだ?」
「うん、明日やってみる。アップルパイを乗せてみるね」
次の日、サラはアップルパイを置きながら「私の言葉は分かる?」と聞きました。そしてアップルパイについての説明をしてから、パイを丸々一つ乗せました。すると目の前でパイが溶けるかのようにダンジョンの壁に消えていきました。
その翌日、二つの宝箱が見つかりました。一つからはリンゴ、バター、小麦粉、砂糖、塩、卵、お酢、もう一つからはリンゴのブランデーが見つかりました。
「旦那様の言葉にだけ反応したわけではなさそうですね」
「レイさんとサラだけなら問題はないでしょうが、誰の言葉にでも反応すれば、それはそれで問題になりますね。ここは一度全員が試してみることにしましょう。その結果を見てから他の人たちにも試してもらいましょう」
シェリルの提案により、誰か一人、または複数人が、これまで与えたことのないものを与えるということになりました。途中からレイたちだけでなく、ドロシーとフィルシー、そしてギルドのマーシャとダーシーにも協力してもらっての実験になりました。そしてわかったことは以下の通りです。
・レイだけでなく、家族がダンジョンに何かを与えても、その材料が翌日に宝箱に入っています。
・一人もしくは複数人で同時に複数の食べ物を与えると、すべての材料が複数の宝箱から無秩序に現れます。
・レイと家族以外が何かを与えてもそれは出てきません。宝箱は出ますが、中身は以前に出たものばかりでした。
「おそらくこれで間違いない」
「そうですね。途中から結果は推測できましたが」
結果をまとめた紙を見ながらレイは首をひねります。
「どうして俺たちだけなんだろうな?」
「おそらく旦那様が関係しているでしょうね」
「はい。ご主人さまならダンジョンくらい作れてもおかしくありませんです」
「無茶を言うな。ゲームじゃないんだぞ」
レイは念のためにステータスを見ますが、【ダンジョン作成】などのスキルはありません。あったとしても使った記憶はありません。まさかパッシブ型で自動発動したわけではないでしょうか。
「レイ様、クラストンのダンジョンに変化はなかったんですの?」
「冒険者ギルドには寄ったけど、特に何も聞かなかったな」
ここにダンジョンができたらかといって、クラストンのダンジョンに変化はありませんでした。向こうは平常運転だったことは確認しています。
「ふと思ったんだけどさあ、この町って初めてジンマに向かったときに野営した場所だよね?」
「そうだな。あのときは何もないって思ったな」
クラストンから東へ、森を回り込むようにして丸一日進むと、大草原があります。グリーンヴィルができたのはその草原のど真ん中です。
「最初にダンジョンができた場所って、テントを張った場所じゃない? それって関係ない?」
「関係ない……だろ?」
サラにそう言い返したものの、レイには絶対にありえないと言い切る自信はありません。あらためてレイはあの時のことを思い返しました。依頼を受けてジンマに初めて向かったとき、テントを張ったのは、たしかにダンジョンができたあたりです。
「言われてみれば、あのテントがあった場所がダンジョンが現れたあたり。私と姉さんとシャロンさんはレイ兄に抱かれた。やっぱりレイ兄しか考えられない」
「俺だってあの場所は初めてだったんだけど? それにマルタやエリが与えたものですら宝箱から出たんだから関係ないんじゃないか?」
あのときに野営をしたのはレイを含め四人です。シーヴやケイトはパンダ狩りをしてからクラストンに戻りました。エリに関しては、あの時点ではまだ知り合っていません。レイはそう主張しますが、何かをやらかすとすればレイしかいないということは、ここにいる全員の共通認識です。
「レイ様がダンジョンに入ってみれば反応が違うかもしれませんわ」
ケイトがそう言ったのは、レイはこれまでダンジョンにはほとんど入っていないからです。ダンジョンが現れたらすぐに王都に向かいました。帰ってきてからも町の建設の陣頭指揮をとっています。
「そうだな。一度くらい入ってみるか」
明日になったら内部の確認をすることになりました。
33
お気に入りに追加
542
あなたにおすすめの小説

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

伯爵家の三男は冒険者を目指す!
おとうふ
ファンタジー
2024年8月、更新再開しました!
佐藤良太はとある高校に通う極普通の高校生である。いつものように彼女の伶奈と一緒に歩いて下校していたところ、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。良太は咄嗟に彼女を突き飛ばしたが、彼は迫り来るトラックを前に為すすべも無く、あっけなくこの世を去った。
彼が最後に見たものは、驚愕した表情で自分を見る彼女と、完全にキメているとしか思えない、トラックの運転手の異常な目だった...
(...伶奈、ごめん...)
異世界に転生した良太は、とりあえず父の勧める通りに冒険者を目指すこととなる。学校での出会いや、地球では体験したことのない様々な出来事が彼を待っている。
初めて投稿する作品ですので、温かい目で見ていただければ幸いです。
誤字・脱字やおかしな表現や展開など、指摘があれば遠慮なくお願い致します。
1話1話はとても短くなっていますので、サクサク読めるかなと思います。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる