異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第8章:春、急カーブと思っていたらまさかのクランク

第16話:ダンジョンは生命体

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 レイが王都から戻ってきて一週間ほど。このダンジョンが現れてからここまで二か月近く経ちました。その間にダンジョンは上に五階、下に五階まで広がっています。まだ一般人の立ち入りは禁止で、サラたちが交代で内部を調べています。これは貴重なデータになるはずだからです。
 ダンジョンは発見されたときにはある程度の大きさになっているものです。このダンジョンのように、できた直後からデータが集められることは滅多にありません。
 三週間ほどは北へ北へとドーム部分が移動しつつ、上へ、そして下へと伸びていました。それからはドーム部分が動かなくなり、上下に広がっていただけです。ところが、今日に限ってはいつもと様子が違いました。

「宝箱が見つかった?」

 いまだに魔物は現れていません。そして、今日サラたちが内部を調べていると、通路の奥に宝箱が見つかりました。シーヴが開けてみると、そこには肉の塊と苗木が入っていました。

「お肉が入っていることもありますが、いきなりお肉というのもどうなのかと。若いダンジョンでは、最初は石ころや銭貨、錆びたナイフなど、あまり価値のないものが入っているという記録があります」
「これは魔物肉だな?」
「ええ。ヒュージキャタピラーのようですね」
「うへえ。もしかしたらダンジョン内で見かけることになるのかな?」

 以前に比べれば忌避感が減ったサラですが、それでも嫌なものは嫌という顔をしました。

「でも何かが得られるというのはありがたい」

 マイの言うとおり、何もない領地では、たとえお肉だろうが苗木だろうが、何かが手に入るというのはありがたいものです。特に害もないようなので、今後も様子を見ていくということで落ち着きました。

 ◆◆◆

「またお肉と苗木だったの?」
「前回と同じくヒュージキャタピラーですわ」
「ヒュージキャタピラーが好きなのか? パンやパスタもいいぞ」

 最初に宝箱が見つかってから数日、また同じようにヒュージキャタピラーの肉の塊が宝箱から出てきました。ダンジョンが聞いているとは思えませんが、レイはそう言ってみたくなりました。
 さらに数日後、またヒュージキャタピラーの肉と苗木が見つかりました。

「旦那様、ヒュージキャタピラーと苗木が好きなダンジョンなのでは?」
「ヒュージキャタピラーと苗木が好きなダンジョンって意味がわからな……いや、ひょっとして……」

 レイはふとダンジョンが現れたときのことを思い出しました。

「シーヴ、この苗木がなんの木か調べたか?」
「ええ。串の樹ですね。これまで全部」
「肉ばっかり気になってたけど、やっぱりそういうことなのか」

 串の木の苗木を見ながら、レイは真剣な表情になりました。

「そういうこととは?」
「いや、ダンジョンができたと報告があったときの話だけど、俺が肉串を落としたら、次の瞬間に消えてたことがあったんだ」

 まだ小さかったダンジョンを取り囲んでいた労働者たちにエールの樽や肉串などを渡し、ダンジョンの誕生日を祝ってやってくれと言ったことがありましたね。その肉串の乗った皿をマジックバッグから取り出したときに、一本落ちてしまいました。両手が塞がっていたレイは、どうしようかと周りを見てから視線を戻すと、落ちたはずの肉串が消えていたんです。あれはヒュージキャタピラーの肉だったはずです。レイのわかる範囲では、ダンジョンとヒュージキャタピラーと串の木に関係があるとすればそれくらいです。

「美味しかったからご主人さまにも食べてほしいとか、焼いて食べさせてほしいとかではないです?」
「ダンジョンがか?」
「ダンジョンすら餌付けするレイ兄」
「もう何がなんだかわからないね~」
「まったく意味がわからないな」

 ダンジョンは意思を持つと言われていますが、そこまで意思を持つことはないだろうとレイは思います。しかし、こうも続くと明らかな意思を感じます。そこでレイは実験をすることにしました。

 ◆◆◆

「領主様、それはお肉ですか?」

 レイがダンジョンのそばでスパイラルディアーの肉をスライスしていると、近くにいたエルフの女性が問いかけました。

「ああ、確認みたいなもんだ」
「確認ですか」

 レイはスライスした肉を一枚ずつダンジョンに貼り付けました。すると順番に溶けるように消えてなくなったのです。

「えっ⁉ 消えた⁉」

 肉がなくなり、女性は戸惑っています。レイは「そうきたか」と口にしながら、さらに一〇枚ほど肉を貼り付けましたが、すぐにすべて消えました。

「そうきたか、とは?」
「ダンジョンが食べたってことだ」
「ダンジョンが食べた?」

 この人は何を言っているのだろうという表情をされましたが、レイは気にしません。あくまで実験です。どのような結果になるかは、神のみぞ知る。あるいはダンジョンのみぞ知る。

「明日になったら結果が出るかもしれない」
「はあ」

 ◆◆◆

「スパイラルディアーですね」
「やっぱりか」
「ええ。ものすごく柔らかいお肉です。一等品ですよ」

 次に見つかった宝箱にはスパイラルディアーの肉の塊が入っていました。しかも三つ。

「今さら驚かないけど、これで肉には困らないかもな。でも、肉ばっかり作らせるのもなあ」
「レイ様、そのお肉はダンジョンが作っているとお思いですの?」
「誰かが持ち込んでるんじゃなければ、これはダンジョンが作ってるとしか考えられないからなあ」
「そもそもどうして作ってくれるんですかぁ?」

 マルタからそう聞かれたが、理由まではレイにはわかりません。すべて事実から推測しただけで、ありえそうな結論を適当に作っただけなんです。

「ちょっと頭を整理しよう。まずダンジョンができた直後、俺は労働者たちにダンジョンの誕生パーティーをしてやってくれと言った。その際に取り出した肉串を一本落とした。ヒュージキャタピラーを使った肉串だ。どうしようかと思ったら肉串が消えていた」
「しばらくしたら宝箱からヒュージキャタピラーのお肉と串の木の苗木が出てきたんだよね」
「ああ。それが続いたから、今度はスパイラルディアーの肉のスライスを乗せたらすぐに消えた。そして次の日に宝箱からスパイラルディアーの肉が出た」

 それがここにある肉です。シーヴが指で押して確認していますが、その弾力だけで普段口にしているスパイラルディアーの肉よりも数段上のように思えます。

「ラケルも言っていましたけど、お祝いをしてもらって嬉しかったのかもしれませんね」
「それもちょっと考えたんだけど、ダンジョンって言葉を理解するのか? しかも中じゃなくて外で話してたからな」
「「「……」」」

 シーヴの言葉についてはそれもありえそうだとみんなは思いましたが、レイの質問に対しては誰も答えられません。ダンジョンが人の言葉を理解できるのなら、冒険者たちが何をしようとしているかを知っていることになります。言葉を理解していないのなら、天文学的な確率での偶然の一致かもしれません。

「明日もう一つだけ試してみるか」

 ◆◆◆

「これは黒パンと白パンとスパゲティーだ。黒パンはライ麦から、白パンは小麦から作られる。スパゲティーは白パンとは別のパスタ小麦という品種の小麦でできている。どれもこの国でよく食べられているものだ」

 そう言ってからレイはダンジョンにその三種類を乗せました。

「これまでお前が食べた肉が宝箱から見つかっている。俺たちにとってはありがたいけど、用意するのが迷惑になってないか? もし迷惑だったら言ってくれ」

 レイがそう言うと、パンとパスタは溶けるように消えました。そして翌日、三つの宝箱が現れました。

「レイ、一つは小麦とライ麦とパスタ小麦と砂糖で、もう一つが塩とバターと牛乳と卵の入った 壺つぼが入っています」
「間違いないか」
「やはりダンジョンには意思があるということでしょうね」
「ここまでくるとそうなんだろうな」

 レイはバターの入った二つの壺を見ながら言います。スプーンで掬って確認すると、一つは無塩バターで、もう一つは有塩バターでした。

「でもこれってレイだけかな?」

 サラが疑問に思ったのは、レイが与えたから反応があったのか、それとも誰でも反応があるのかということです。

「俺の代わりに試しにやってみたらどうだ?」
「うん、明日やってみる。アップルパイを乗せてみるね」

 次の日、サラはアップルパイを置きながら「私の言葉は分かる?」と聞きました。そしてアップルパイについての説明をしてから、パイを丸々一つ乗せました。すると目の前でパイが溶けるかのようにダンジョンの壁に消えていきました。
 その翌日、二つの宝箱が見つかりました。一つからはリンゴ、バター、小麦粉、砂糖、塩、卵、お酢、もう一つからはリンゴのブランデーが見つかりました。

「旦那様の言葉にだけ反応したわけではなさそうですね」
「レイさんとサラだけなら問題はないでしょうが、誰の言葉にでも反応すれば、それはそれで問題になりますね。ここは一度全員が試してみることにしましょう。その結果を見てから他の人たちにも試してもらいましょう」

 シェリルの提案により、誰か一人、または複数人が、これまで与えたことのないものを与えるということになりました。途中からレイたちだけでなく、ドロシーとフィルシー、そしてギルドのマーシャとダーシーにも協力してもらっての実験になりました。そしてわかったことは以下の通りです。

・レイだけでなく、家族がダンジョンに何かを与えても、その材料が翌日に宝箱に入っています。
・一人もしくは複数人で同時に複数の食べ物を与えると、すべての材料が複数の宝箱から無秩序に現れます。
・レイと家族以外が何かを与えてもそれは出てきません。宝箱は出ますが、中身は以前に出たものばかりでした。

「おそらくこれで間違いない」
「そうですね。途中から結果は推測できましたが」

 結果をまとめた紙を見ながらレイは首をひねります。

「どうして俺たちだけなんだろうな?」
「おそらく旦那様が関係しているでしょうね」
「はい。ご主人さまならダンジョンくらい作れてもおかしくありませんです」
「無茶を言うな。ゲームじゃないんだぞ」

 レイは念のためにステータスを見ますが、【ダンジョン作成】などのスキルはありません。あったとしても使った記憶はありません。まさかパッシブ型で自動発動したわけではないでしょうか。

「レイ様、クラストンのダンジョンに変化はなかったんですの?」
「冒険者ギルドには寄ったけど、特に何も聞かなかったな」

 ここにダンジョンができたらかといって、クラストンのダンジョンに変化はありませんでした。向こうは平常運転だったことは確認しています。

「ふと思ったんだけどさあ、この町って初めてジンマに向かったときに野営した場所だよね?」
「そうだな。あのときは何もないって思ったな」

 クラストンから東へ、森を回り込むようにして丸一日進むと、大草原があります。グリーンヴィルができたのはその草原のど真ん中です。

「最初にダンジョンができた場所って、テントを張った場所じゃない? それって関係ない?」
「関係ない……だろ?」

 サラにそう言い返したものの、レイには絶対にありえないと言い切る自信はありません。あらためてレイはあの時のことを思い返しました。依頼を受けてジンマに初めて向かったとき、テントを張ったのは、たしかにダンジョンができたあたりです。

「言われてみれば、あのテントがあった場所がダンジョンが現れたあたり。私と姉さんとシャロンさんはレイ兄に抱かれた。やっぱりレイ兄しか考えられない」
「俺だってあの場所は初めてだったんだけど? それにマルタやエリが与えたものですら宝箱から出たんだから関係ないんじゃないか?」

 あのときに野営をしたのはレイを含め四人です。シーヴやケイトはパンダ狩りをしてからクラストンに戻りました。エリに関しては、あの時点ではまだ知り合っていません。レイはそう主張しますが、何かをやらかすとすればレイしかいないということは、ここにいる全員の共通認識です。

「レイ様がダンジョンに入ってみれば反応が違うかもしれませんわ」

 ケイトがそう言ったのは、レイはこれまでダンジョンにはほとんど入っていないからです。ダンジョンが現れたらすぐに王都に向かいました。帰ってきてからも町の建設の陣頭指揮をとっています。

「そうだな。一度くらい入ってみるか」

 明日になったら内部の確認をすることになりました。
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