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第7章:新春、急展開
第20話:欲がない人の扱い
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「なにッ⁉ 魔道具の値段が四分の一以下だとッ⁉」
「はい。先日ジンマに行ったレイの説明によりますと、彼はエルフの族長の信頼を勝ち取ったそうです」
レイたちが持ち帰った手紙と荷物を届けるために、ザカリーは領主邸を訪れましたが、やはり魔道具の値段が問題になりました。
ザカリーはレイとマーシャから話を聞きましたが、当事者ではないので詳細はわかりません。だから、レイから聞いた話をローランドにそのまま伝えました。
今の族長の雲孫が『行雲流水』に加わり、彼らが住んでいる家にジンマから代わる代わるエルフたちがやってきて、人間の町で暮らす練習を始めるのだと。
「どうすればそんなことができるのやら……」
もはやローランドには何が何やらわかりません。このクラストンができて以降、なんとか半年に一度程度のやり取りができていたくらいです。しかも、こちらから向こうへ出かけて、ようやくだったのです。
「レイは個人でジンマと取り引きをするそうで、彼が魔道具の代金の肩代わりするわけではないということです」
「それはそうかもしれないが……領主としてはそのまま『はいそうですか』で済ますわけにはいかないだろう。私個人としてもグレーターパンダの毛皮とあの染め物のおかげで大儲けをさせてもらっているのに」
グレーターパンダは『行雲流水』だけでなく『天使の微笑み』も狩るようになりました。もちろん、他にもパンダ狩りをしているパーティーはいますが、最も品質が高いのはこの二つのパーティーが狩ったものです。
今年に入ると、レイたちがパンダ狩りをする時間が減りましたが、レックスたちが頑張っているので、ギルドに持ち込まれる総数は減っていません。
「もう家は渡しているからな」
レイには店舗としても使える家を渡している。彼に渡せるようなものは、もはやローランドの手の中にはなかった。娘のシェリルがいることはいるが、レイには一度断られている。
ローランドが悩んでいると、ザカリーが一つ手を打ちました。
「それでしたら一つ案が」
「いい案なら上等な酒を渡すぞ」
ローランドはそう言うと、棚から高級なブランデーを取り出して机に置きました。
「もちろんいい案です。そいつは頂いて帰りましょう」
ニヤリと笑うザカリーに向かって、ローランドは無言のままその瓶を押しやりました。ザカリーは手にした瓶を眺めると、一転して真面目な表情を作りました。
「レイたちが住んでいるあの建物は角にあります」
「うむ」
ローランドは以前にレイに売った土地と建物を思い出していました。この町のやや北寄りにあるあの物件は、元は商店が入っていた建物でした。持ち主は売却して子供のいる町へと引っ越し、空き店舗になったところをレイに渡したのです。
町の土地はすべて領主のものです。ただし、一部の土地は販売されています。その中には、領主が直接取り扱っている物件もあります。大きめの通りに面している物件は、そのようになっていることがほとんどです。
「あの敷地の北と西、そして北西の三つ、そこを拡張中の場所に移転させます。それから空いたところをレイに譲れば、四方が道に面するのとになりますので、敷地を広く使えるでしょう」
「たしかにそうだが……彼はそういうのを嫌がらないか?」
ローランドはレイと何度も会って話をしています。そこでわかったことは、レイは権力や暴力、あるいは金で無理やりという方法を非常に嫌うということです。レイに土地を渡すために他の家を移動させたとなったら怒るのではないかとローランドは考えました。
「そこは説明の仕方一つで変わるでしょう。そもそもあのあたりにあるのは商店ばかりです。商店主なら人通りの多い場所のほうが客が多くなるので喜ぶでしょう」
「なるほど、客の多い場所に移すということか」
それからしばらくすると、クラストンの町で三つの商店が移転することを決めました。
◆◆◆
「ご無沙汰しております」
「レナードさん、いらっしゃいませ。まあどうぞ」
レイは応接室でレナードに着席を勧めました。レナードもここには何度も来ているので、今さら遠慮はしません。彼はここで出される「緑茶」という緑色の茶を気に入っています。
「旦那様からこちらを預かってまいりました。ご確認ください」
「書類ですか?」
レイはそれを受け取って中を見ました。文面に目を通した瞬間、眉を吊り上げました。
「土地譲渡書類って……隣?」
「はい。この店舗の西と北と北西の三つです」
「……まさか立ち退かせたとか?」
顔を上げたレイの表情を見た瞬間、レナードは背筋が凍るような冷たさを感じました。
「む、無理やりでもなんでもありません。まずは説明をさせてください」
レナードは両手の手のひらをレイに向け、レイの視線を遮ってから説明を始めました。
「レイ殿、この店舗はクラストンの中で、位置としてはどのあたりになりますか?」
「位置なら……南北の中央通りに面していて、北門と中央広場の中間よりやや北寄りでしょうか」
「はい。では、この町で商売をするとすれば、どこに店を構えるのが一番儲かると思いますか?」
「客が多いのは、南門から中央広場、そこからダンジョンの入り口あたり……ああ、そういうことですか」
レイは今さらレナードが伝えようとしたことがわかりました。
「この家の周辺は人通りはそこそこですが、必ずしも一等地とは呼べません。この町の中心は冒険者ですので、冒険者を相手に商売をするなら中央広場から東門の間がいいでしょう。南門から中央広場の間でもいいでしょうね。そちらは王都方面からの商人が大勢来ますので」
現在この町は西側を除き、城壁を移動させて土地を広げているところです。中央広場から東には冒険者ギルドやダンジョンがあり、冒険者相手に商売をするならこのあたりが一番客を集められます。
レイの家や白鷺亭は、この町の中央から北に向かう途中にあります。たしかに人通りは多いのですが、ダンジョンでの活動を中心にしている冒険者たちを相手にするのに向いた立地とは言えないでしょう。
「レイ殿はこの領地に対して大きな貢献をされています。我が主人はそれに対してどのように恩を返したらいいのかと悩んでいるところです」
「俺は依頼を受けて仕事をしただけなので、子爵閣下が恩なんて感じなくても——」
感じなくてもいい。レイがそう言いかけたところで、レナードは手のひらをレイに向けて言葉を遮りました。
「そこです。レイ殿は報酬は受け取っているから他には何もいらないとおっしゃいますが、人というのは自分が得をする一方では不安になるものです。なぜあの人は私にこれだけのことをしてくれるのか、私は何もしていないのにと。それから施しをしてくれた相手を疑ってしまうものです。何かを考えているのではないかと」
「……」
「どうやらレイ殿は欲がないことを美徳と考えている節があるようですが、欲が多い人にとってはそれは恐ろしいことなのです。理解の範疇を超えているのです。我が主人は貴族です。欲を出して儲けなければ領民が困ることになるのです。それを考えていただけませんか?」
レイは無言のままレナードに頭を下げた。彼は今の生活に満足しています。家はあります。仕事もあります。何人もの恋人がいます。これ以上何を求められるのかと。しかし、人は施しを受け続けると不安になるものです。レイはそこを失念しがちなんです。
レイがそのような性格だと、父親であるモーガンはわかっていました。レイは小さなころから頭がよかったのですが、その考えは奉仕の精神に近いもので、商売には向かないと。
「レナードさん、一つ聞いてもいいですか?」
「はい」
「ここの人たちはきちんと納得して引っ越すんですか?」
「もちろんです。敷地は倍以上になりますし、店舗自体も今までよりも大きくなります。土地は新しく作る広場のすぐ側に用意しますし、引っ越しは運送屋ギルドが無料で行います。迷惑代も支払うということになりました」
「それなら問題なさそうですね。では、ありがたく頂戴します」
それを聞いて、レナードは苦笑いをしました。
「問題があるとすれば、お嬢様がレイ殿に嫁ぐ名目が完全になくなったことでしょうか」
「やめてくださいよ」
領主の娘をもらればトラブルの元になるだろうとレイは考えています。ケイトのように実家から遠ければいいでしょうが、父親がすぐそこにいるわけです。
「そうはおっしゃいますが、王都の貴族たちに重宝されているグレーターパンダの毛皮にあの絹の染め物、あれを優先的に回してもらっているわけです。お嬢様は成人すればレイ殿と一緒になりたいとおっしゃっています」
「俺は冒険者ですよ?」
貴族の生まれで冒険者になる者は多くはありません。儲けが出る前に心が折れることが多いからです。
「レイ殿の役に立つジョブになれば大丈夫だと、最近では毎日勉強と戦闘の訓練をしておられます」
「できれば諦める方向に持っていってください」
◆◆◆
「広くなったなあ」
レナードの訪問から一週間、レイは一つに繋がった敷地を見てつぶやきました。敷地と敷地の間に立っていた壁がなくなり、これでこのブロック一つ分がレイの土地になったのです。東に南北の中央通り、そして北と南と西にも道がある。その庭をまとめてぐるっと垣根で囲うことにしました。
先日、レイはこの土地の持ち主だった三人から挨拶をされましたが、その際に感謝されています。これでもっと商売を繁盛させられると。
この三人は話がまとまるまでは黙っているようにと厳命されていました。三軒すべてが合意して、それからレイに話を持っていこうとローランドは考えていたのです。
レイにしてみると、親から継いだ土地を売るのは嫌なのではないかと思うのですが、彼らからはそんなことはないと言われました。いかに客が多い場所に店を持つか、いかに店を大きくするか、いかに儲けるか。そこを考えるのが先祖に対する孝行だと。それを聞いてレイの心は少し軽くなりました。
この三棟は今のレイの家よりも低く、すべて三階建てになっています。一階が店で、二階と三階が倉庫や生活スペースになっていたようです。
「どう使うかだよなあ」
中央通り沿いの二軒は東向き、北西の建物は北向き、南西の建物は南向き。それぞれ道から少し下がって建てられ、間の壁を取っ払ったことで中庭部分がかなり広くなりました。
「宿屋でもやったら?」
「宿屋か。差別化が難しいよなあ。それに、向かいに白鷺亭があるぞ」
「できれば潰さないでほしいですよぉ」
「宿屋をするつもりはないし、潰さないって」
マルタがレイの腕に抱きつきながら懇願しました。レイには宿屋の運営に関するノウハウはありません。マルタにはあるでしょうが、彼女の実家の真向かいで宿屋をするのは、なかなか度胸が必要です。
宿屋でなければ何に使うか。とりあえずいつでも使えるように片付けておこうと考えたレイですが、まさか一月後に一棟、二月後には三棟すべてを使わざるをえない状況になるとは、このときは考えていませんでした。
「はい。先日ジンマに行ったレイの説明によりますと、彼はエルフの族長の信頼を勝ち取ったそうです」
レイたちが持ち帰った手紙と荷物を届けるために、ザカリーは領主邸を訪れましたが、やはり魔道具の値段が問題になりました。
ザカリーはレイとマーシャから話を聞きましたが、当事者ではないので詳細はわかりません。だから、レイから聞いた話をローランドにそのまま伝えました。
今の族長の雲孫が『行雲流水』に加わり、彼らが住んでいる家にジンマから代わる代わるエルフたちがやってきて、人間の町で暮らす練習を始めるのだと。
「どうすればそんなことができるのやら……」
もはやローランドには何が何やらわかりません。このクラストンができて以降、なんとか半年に一度程度のやり取りができていたくらいです。しかも、こちらから向こうへ出かけて、ようやくだったのです。
「レイは個人でジンマと取り引きをするそうで、彼が魔道具の代金の肩代わりするわけではないということです」
「それはそうかもしれないが……領主としてはそのまま『はいそうですか』で済ますわけにはいかないだろう。私個人としてもグレーターパンダの毛皮とあの染め物のおかげで大儲けをさせてもらっているのに」
グレーターパンダは『行雲流水』だけでなく『天使の微笑み』も狩るようになりました。もちろん、他にもパンダ狩りをしているパーティーはいますが、最も品質が高いのはこの二つのパーティーが狩ったものです。
今年に入ると、レイたちがパンダ狩りをする時間が減りましたが、レックスたちが頑張っているので、ギルドに持ち込まれる総数は減っていません。
「もう家は渡しているからな」
レイには店舗としても使える家を渡している。彼に渡せるようなものは、もはやローランドの手の中にはなかった。娘のシェリルがいることはいるが、レイには一度断られている。
ローランドが悩んでいると、ザカリーが一つ手を打ちました。
「それでしたら一つ案が」
「いい案なら上等な酒を渡すぞ」
ローランドはそう言うと、棚から高級なブランデーを取り出して机に置きました。
「もちろんいい案です。そいつは頂いて帰りましょう」
ニヤリと笑うザカリーに向かって、ローランドは無言のままその瓶を押しやりました。ザカリーは手にした瓶を眺めると、一転して真面目な表情を作りました。
「レイたちが住んでいるあの建物は角にあります」
「うむ」
ローランドは以前にレイに売った土地と建物を思い出していました。この町のやや北寄りにあるあの物件は、元は商店が入っていた建物でした。持ち主は売却して子供のいる町へと引っ越し、空き店舗になったところをレイに渡したのです。
町の土地はすべて領主のものです。ただし、一部の土地は販売されています。その中には、領主が直接取り扱っている物件もあります。大きめの通りに面している物件は、そのようになっていることがほとんどです。
「あの敷地の北と西、そして北西の三つ、そこを拡張中の場所に移転させます。それから空いたところをレイに譲れば、四方が道に面するのとになりますので、敷地を広く使えるでしょう」
「たしかにそうだが……彼はそういうのを嫌がらないか?」
ローランドはレイと何度も会って話をしています。そこでわかったことは、レイは権力や暴力、あるいは金で無理やりという方法を非常に嫌うということです。レイに土地を渡すために他の家を移動させたとなったら怒るのではないかとローランドは考えました。
「そこは説明の仕方一つで変わるでしょう。そもそもあのあたりにあるのは商店ばかりです。商店主なら人通りの多い場所のほうが客が多くなるので喜ぶでしょう」
「なるほど、客の多い場所に移すということか」
それからしばらくすると、クラストンの町で三つの商店が移転することを決めました。
◆◆◆
「ご無沙汰しております」
「レナードさん、いらっしゃいませ。まあどうぞ」
レイは応接室でレナードに着席を勧めました。レナードもここには何度も来ているので、今さら遠慮はしません。彼はここで出される「緑茶」という緑色の茶を気に入っています。
「旦那様からこちらを預かってまいりました。ご確認ください」
「書類ですか?」
レイはそれを受け取って中を見ました。文面に目を通した瞬間、眉を吊り上げました。
「土地譲渡書類って……隣?」
「はい。この店舗の西と北と北西の三つです」
「……まさか立ち退かせたとか?」
顔を上げたレイの表情を見た瞬間、レナードは背筋が凍るような冷たさを感じました。
「む、無理やりでもなんでもありません。まずは説明をさせてください」
レナードは両手の手のひらをレイに向け、レイの視線を遮ってから説明を始めました。
「レイ殿、この店舗はクラストンの中で、位置としてはどのあたりになりますか?」
「位置なら……南北の中央通りに面していて、北門と中央広場の中間よりやや北寄りでしょうか」
「はい。では、この町で商売をするとすれば、どこに店を構えるのが一番儲かると思いますか?」
「客が多いのは、南門から中央広場、そこからダンジョンの入り口あたり……ああ、そういうことですか」
レイは今さらレナードが伝えようとしたことがわかりました。
「この家の周辺は人通りはそこそこですが、必ずしも一等地とは呼べません。この町の中心は冒険者ですので、冒険者を相手に商売をするなら中央広場から東門の間がいいでしょう。南門から中央広場の間でもいいでしょうね。そちらは王都方面からの商人が大勢来ますので」
現在この町は西側を除き、城壁を移動させて土地を広げているところです。中央広場から東には冒険者ギルドやダンジョンがあり、冒険者相手に商売をするならこのあたりが一番客を集められます。
レイの家や白鷺亭は、この町の中央から北に向かう途中にあります。たしかに人通りは多いのですが、ダンジョンでの活動を中心にしている冒険者たちを相手にするのに向いた立地とは言えないでしょう。
「レイ殿はこの領地に対して大きな貢献をされています。我が主人はそれに対してどのように恩を返したらいいのかと悩んでいるところです」
「俺は依頼を受けて仕事をしただけなので、子爵閣下が恩なんて感じなくても——」
感じなくてもいい。レイがそう言いかけたところで、レナードは手のひらをレイに向けて言葉を遮りました。
「そこです。レイ殿は報酬は受け取っているから他には何もいらないとおっしゃいますが、人というのは自分が得をする一方では不安になるものです。なぜあの人は私にこれだけのことをしてくれるのか、私は何もしていないのにと。それから施しをしてくれた相手を疑ってしまうものです。何かを考えているのではないかと」
「……」
「どうやらレイ殿は欲がないことを美徳と考えている節があるようですが、欲が多い人にとってはそれは恐ろしいことなのです。理解の範疇を超えているのです。我が主人は貴族です。欲を出して儲けなければ領民が困ることになるのです。それを考えていただけませんか?」
レイは無言のままレナードに頭を下げた。彼は今の生活に満足しています。家はあります。仕事もあります。何人もの恋人がいます。これ以上何を求められるのかと。しかし、人は施しを受け続けると不安になるものです。レイはそこを失念しがちなんです。
レイがそのような性格だと、父親であるモーガンはわかっていました。レイは小さなころから頭がよかったのですが、その考えは奉仕の精神に近いもので、商売には向かないと。
「レナードさん、一つ聞いてもいいですか?」
「はい」
「ここの人たちはきちんと納得して引っ越すんですか?」
「もちろんです。敷地は倍以上になりますし、店舗自体も今までよりも大きくなります。土地は新しく作る広場のすぐ側に用意しますし、引っ越しは運送屋ギルドが無料で行います。迷惑代も支払うということになりました」
「それなら問題なさそうですね。では、ありがたく頂戴します」
それを聞いて、レナードは苦笑いをしました。
「問題があるとすれば、お嬢様がレイ殿に嫁ぐ名目が完全になくなったことでしょうか」
「やめてくださいよ」
領主の娘をもらればトラブルの元になるだろうとレイは考えています。ケイトのように実家から遠ければいいでしょうが、父親がすぐそこにいるわけです。
「そうはおっしゃいますが、王都の貴族たちに重宝されているグレーターパンダの毛皮にあの絹の染め物、あれを優先的に回してもらっているわけです。お嬢様は成人すればレイ殿と一緒になりたいとおっしゃっています」
「俺は冒険者ですよ?」
貴族の生まれで冒険者になる者は多くはありません。儲けが出る前に心が折れることが多いからです。
「レイ殿の役に立つジョブになれば大丈夫だと、最近では毎日勉強と戦闘の訓練をしておられます」
「できれば諦める方向に持っていってください」
◆◆◆
「広くなったなあ」
レナードの訪問から一週間、レイは一つに繋がった敷地を見てつぶやきました。敷地と敷地の間に立っていた壁がなくなり、これでこのブロック一つ分がレイの土地になったのです。東に南北の中央通り、そして北と南と西にも道がある。その庭をまとめてぐるっと垣根で囲うことにしました。
先日、レイはこの土地の持ち主だった三人から挨拶をされましたが、その際に感謝されています。これでもっと商売を繁盛させられると。
この三人は話がまとまるまでは黙っているようにと厳命されていました。三軒すべてが合意して、それからレイに話を持っていこうとローランドは考えていたのです。
レイにしてみると、親から継いだ土地を売るのは嫌なのではないかと思うのですが、彼らからはそんなことはないと言われました。いかに客が多い場所に店を持つか、いかに店を大きくするか、いかに儲けるか。そこを考えるのが先祖に対する孝行だと。それを聞いてレイの心は少し軽くなりました。
この三棟は今のレイの家よりも低く、すべて三階建てになっています。一階が店で、二階と三階が倉庫や生活スペースになっていたようです。
「どう使うかだよなあ」
中央通り沿いの二軒は東向き、北西の建物は北向き、南西の建物は南向き。それぞれ道から少し下がって建てられ、間の壁を取っ払ったことで中庭部分がかなり広くなりました。
「宿屋でもやったら?」
「宿屋か。差別化が難しいよなあ。それに、向かいに白鷺亭があるぞ」
「できれば潰さないでほしいですよぉ」
「宿屋をするつもりはないし、潰さないって」
マルタがレイの腕に抱きつきながら懇願しました。レイには宿屋の運営に関するノウハウはありません。マルタにはあるでしょうが、彼女の実家の真向かいで宿屋をするのは、なかなか度胸が必要です。
宿屋でなければ何に使うか。とりあえずいつでも使えるように片付けておこうと考えたレイですが、まさか一月後に一棟、二月後には三棟すべてを使わざるをえない状況になるとは、このときは考えていませんでした。
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