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第7章:新春、急展開
第12話:ジンマへの道中
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「レイさん、お待ちしていました。こちらです」
「たしかに受け取りました。責任を持って届けます」
レイたちは荷物を受け取り、ステータスカードを渡して手続きをします。荷物の入ったマジックバッグはシャロンが持つことになりました。
「期日はありません。終わりましたら、また来てください」
レイたちは職員たちに見送られて冒険者ギルドを出ました。
◆◆◆
全員でそろって北門から町を出ると東へ向かいます。ジンマへ向かうレイたち四人は、それ以外のメンバーとは途中で分かれることになります。
「そんなに嫌がられる仕事なのか」
レイは職員たちの顔が気になりました。「頼みますよ」というのが半分、「可哀想に」というのが半分だったように思えたのです。
「見下されるらしいけど、暴力を振るわれるってことはないらしいね。シャロンはエルフと会ってみてどうだった?」
「死んでしまえと思うほどではありませんが、仲よくしたいと思うことはありませんでしたね」
シャロンにしてはストレートな感想です。
「ご主人さまみたいにみんなと仲よくすればいいのに、不思議です」
「エルフでなければ理解できないこともあるんでしょうね。でもレイは誰とでも仲よくできますから、エルフも気を許すかもしれませんよ」
「そんなに簡単にいけば、これまでのみんなの苦労はなんだったんだって話になるぞ」
いくら魅力の数値が高くても、種族的なものには効き目がないだろうとレイは思います。あくまで人当たりがいいと感じるだけです。それだけ魅力の数値が高くても、それだけで好かれることはありません。たまに突き刺さる人がいるのは間違いありませんが。
「それでは、私たちはパンダを狩ってから戻りますね」
「ああ。気をつけてな。ニコル、みんなを守ってくれよ」
ぺか
パンダの森でシーヴたちと別れると、レイたちはそのまま四人で東に向かいます。クラストンに来てから泊まりがけで出かけたことはありませんので、知っているのはもう数時間ほど東に向かったあたりまでになります。
シーヴはかつて数か月ほどクラストンで活動していましたが、エルフの話はあまり聞きませんでした。ギルドからジンマ行きを依頼されたことがなかったのは、タイミングがなかったのもあるでしょうが、パーティーがそこまで信頼されていなかったというのもあるでしょう。
「でも、エルフってお肉を食べるんだよね。ベジタリアンやヴィーガンのイメージがあったけど」
「サラさんのエルフに対するイメージはどんなものですか?」
シャロンはこの世界の生まれです。
「私たちの世界じゃエルフって想像上の生き物だったんだけどね、古ノルド語でアールヴとも呼ばれて、日本語では森人という言い方もあったかな。元々は森で暮らす小人だったんだけど……」
サラの説明は続きます。
「創作の中では人間と同じくらいの背丈だったり、場合によってはちょっと小柄だったりするね。だいたい華奢な体格で耳が長いかな。弓と魔法が得意って設定で、殺生をしなくて、動物性のものは口にしないってのが多いと思う。それで数百年から数千年の寿命がある。って感じ?」
「当たっているようなそうでもないような……」
あまりにも長いサラの説明にシャロンは引き気味です。
「姉さん、ハーフエルフの説明が抜けてる」
「あ、そうだった」
「いえ、そのあたりでけっこうです」
エルフの説明だけで日が暮れそうです。シャロンは適当なところでぶった斬ることにしました。
「私の知る限り、エルフはお肉だろうがお魚だろうが食べます。そもそもお肉を食べなければお腹が空くでしょう」
「それはそうなんだけど、森の中にも果物とか木の実とかあるでしょ?」
「果物は糖分が多いですよ。木の実は搾れば油が出ます。そんなものばかり食べていたら太って当然です。ニキビだらけになるでしょう」
森の中で畑を作ればそこで穀物や野菜が採れるでしょうが、果物と木の実だけでは栄養が偏るに決まっています。
それに、「大豆は畑の肉」と言われますが、大豆だけでは摂れない成分もあります。
「それではハーフリングはどのように言われていましたか?」
シャロンは自分の種族であるハーフリングについて聞いてみました。異世界での自分の種族の評価が気になったのです。
「ええっとね、ハーフリングって元々はホビットと同じだったんだけど、権利の関係で使えなくなったから、代わりにハーフリングって名前が使われるようになったのが最初」
「権利とは?」
「そのへんは説明が無理だから飛ばすね」
「はあ」
このあたりの国で知的財産権だのなんだのと言っても通じませんからね。他人の真似をするのは当然です。「真似されたくなければ人前に出すな」と言われかねません。
「身長は人間の半分くらい。尖った耳を持ってて、足の皮が厚くて毛が生えてるから靴を履かないって設定だったね。平和と食事とタバコが好きで太ってるっていうのが基本設定」
「足の裏に毛が生えて太っている……」
「あ、それはホビットの説明ね」
この世界にホビットはいません。ノームは四大精霊の一つで、種族としては存在しません。
「ところで、タバコとはなんですか?」
「そういう名前の体に悪い嗜好品があるんだよ」
「なるほど」
この世界にはタバコはありません。だから嗜好品といえば酒か甘味になるんです。
「それで、そのホビットって名前が使えないから、その代わりにハーフリングとかグラスランナーとかケンダーとか、他の名前が使われるようになって、そこから独自発展して新しい種族のようになった。創作の中では。マイ、こんなんでよかった?」
「姉さんの説明に足すとすれば、好奇心旺盛とか日和見主義とか一か所に留まることがないってこととか」
「当たっている部分はありますね。基本的に好奇心旺盛ですし。グラスランナーと呼ばれることもあります」
サラとマイとシャロンはハーフリングについて語り合っています。剣と魔法のファンタジーの世界にいるのに、ファンタジー作品と比較する意味があるのかどうか、そこがレイにはわかりません。
「レイ、この世界を楽しまないと損だよ。せっかく顔がいいし、力もお金もあるのに」
「いろいろと台無しなセリフだな」
世の中、顔がよくて力とお金があれば、たいてい楽しく過ごせますからね。ただ、レイは楽しくないわけではありません。彼なりに楽しんでいますが、サラと楽しみ方が違うだけです。
「楽しんでないわけじゃないぞ。でも、実際にハーフリングやエルフがいるんだから、比べてどうするんだ?」
「レイ兄、知的好奇心を満たすことは大切」
たまに魔物が襲ってきますが、レイたちにとっては脅威ではありません。それでも、あまり気を抜くと痛い目に遭うでしょう。ほどほどに警戒しつつ、ほどほどに肩の力を抜き、一行は話をしながら東へ東へと向かいました。
◆◆◆
「このあたりは見張りやすいな」
レイたちが野営をしようと思ったのは、文字どおり何もない場所です。見晴らしがいい草原なので、魔物を警戒するのにはちょうどいいでしょう。
「今回もこれを使ってみるか」
そう言ってレイが取り出したのは、魔物が嫌がるという結界石です。
「また増えた?」
「ダンジョン都市じゃあまり意味がないから安いみたいだな」
結界石はダンジョンで見つかりますが、なぜかダンジョン内では効き目がありませんので、クラストンではあまり売れません。かといって、王都まで運んでもそれほど高くは売れません。それに、すべてテニスボールくらいの大きさがある石ですので、数が増えると運搬も大変です。結局のところ、地産地消が一番ということになります。減るものではありませんが。
「距離はこれくらいだな」
「こっちもOK」
置くだけで結界として効き目があります。数を増やせばそれだけ広い範囲を囲むことがでします。
ただし、欠点もあります。あくまで魔物避けですので、突進してくる魔物を受け止める働きはありません。だから、テントのすぐ近くに置いてもあまり意味がありません。野営地を何重にも囲むのが効果的な使い方です。
「レイ兄、上は?」
「上から見られたら意味がないから、鳥には効かないらしい。だからこれだ」
レイは上に結界石を取り付けた棒を地面に突き刺しました。地面から五メートルほどのところに石がありまる。これを八本、結界が全体にドーム状になるように刺しました。
「ちょっと贅沢?」
「いや、大人数のパーティーなら軽く一〇〇個は使うらしい」
結界石の外には魔物避けの粉を撒きました。これはもちろん使い捨てで、一晩しか効き目がありませんが、魔物が嫌がる臭いを出します。焚き火に放り込むこともあります。
「でも不思議な場所ですね」
「たしかにな。何もないってのは不思議だな」
おそらくキロ単位で何もありません。レイはここまで木が生えていない場所を見たことがありません。草原と呼ばれる場所は木が育ちにくいので草ばかりになります。つまり、土壌に何らかの成分が少ない可能性があります。
「そんなに痩せた土地にも見えないのにね」
「草はあるし、低木もほんの少しはある。それなのに高い木が一本もない。まるで土地が木を減らしたみたい……」
そこまで口にして、レイは何かを思い出した顔をしました。
「そういや、そんな小説を昔読んだな」
「どんなの?」
「土に意識があって、効率のいい一種類の草だけ残して他の植物をすべて枯らしたって話だった」
「あ、それ読んだ。レイ兄の部屋で」
野営の準備が済むと、そこから夕食の準備です。すでに作り置きの料理があるので、それを出すだけですが、それだけで終わらせたくないのがサラです。
「たき火に鍋を置くのはマストじゃない?」
「キャンプに来たわけじゃないぞ。それに、まだ冬だ」
星空、テント、たき火とくれば、サラにとってはキャンプのイメージですが、今はまだ二月です。
「キャンプですか?」
「夏に屋外でする娯楽の野営のこと。それ用の場所に行って、テントを張って、たき火を囲んで、料理をして、飲んで騒ぐ」
「魔物が寄ってきませんか?」
「魔物はいなかったから」
「そうでしたね」
こちらではマイがシャロンにキャンプについて説明しています。キャンプという言葉はありますが、意味がまったく違います。サラが言ったのは、レクリエーションの一環として行われるキャンプです。この世界では、移動中の野営や露営、または軍隊の夜営を指します。
賑やかな食事が終われば、あとは交代で夜番をすることになります。すると、シャロンがレイのそばに寄ってきました。
「旦那様、魔物は寄ってこないということですね?」
「可能性はゼロじやないけどな」
レイはできる限り対策をしましたが、絶対に何もないとは言いきれません。
「そしてここには私たち以外は誰もいないと」
「いないな。虫くらいはいるかもしれないけど」
「人は大自然の中では開放的になるそうですね」
「どうしてそっちの話になるんだ?」
「お嫌とか?」
「俺には露出趣味はないぞ。変な方向に向かってないか?」
レイの言葉を聞いたシャロンは、真面目な顔になりました。
「後ろも使った今となっては、残っているのは他人に見られながらか屋外でするかくらいかと」
「寒いだろ」
寒さに強くなっていますが、それでも二月の夜はかなり冷えます。
「仕方ありません。テントの中で我慢しましょう」
「することはするんだな」
その後、テントの中で何が行われたでしょうか。翌朝、レイがかなり疲れた顔で朝食をとっていたという事実だけがありました。
◆◆◆
「よし、今日はエルフの森の手前までだな」
「あそこまでだよね。感覚が狂いそうだけど」
サラが目の上に手をかざし、東のほうを見ています。はるか向こうにエルフの森があります。
「レイ兄、どれだけあるの?」
「普通に歩けば丸一日だから、四〇キロから五〇キロくらいだ」
「それが見えるというのも不思議なものですね」
「そうだなあ。西も五〇キロ、東も五〇キロ。南北もそれくらいありそうだな」
「ねえ、日本でもこれだけ真っ平らってなかったよね」
「平地でももう少し起伏があるからな。アメリカでも、さすがに真っ平らはなかったな」
「爆弾が落ちたとか」
「それなら爆心地が凹むだろう」
「そこはあれ、魔法的なやつで」
歩きながら、ああだこうだとこの平地について話をしますが、結論が出るはずもありません。たまに魔物が出てくるので、それを狩りつつ東へ向かいます。昼になると休憩をし、再び歩き始めました。
夕方と呼ぶにはまだ早い時間、一行の目に森の端が見えてきました。
「あそこから森か」
「そこまでうっそうとはしてないね」
「そうだな。下草に光が当たるくらいだな」
クラストンで「エルフの森」と呼ばれているこの森の中を、半日ほど東に進むとジンマがあります。エルフは森の民ですが、全員が引きこもっているわけではありません。用事で森から出ることもあります。だからジンマまではまだ歩きやすくなっています。
「ここで野営ですね」
「近すぎると危険」
「そうだな。森から少し離れよう。警戒は森のほうだけでもいいかもしれないな」
明日は朝から森に入ります。順調に進めば、明日の昼にはジンマに到着するでしょう。
「たしかに受け取りました。責任を持って届けます」
レイたちは荷物を受け取り、ステータスカードを渡して手続きをします。荷物の入ったマジックバッグはシャロンが持つことになりました。
「期日はありません。終わりましたら、また来てください」
レイたちは職員たちに見送られて冒険者ギルドを出ました。
◆◆◆
全員でそろって北門から町を出ると東へ向かいます。ジンマへ向かうレイたち四人は、それ以外のメンバーとは途中で分かれることになります。
「そんなに嫌がられる仕事なのか」
レイは職員たちの顔が気になりました。「頼みますよ」というのが半分、「可哀想に」というのが半分だったように思えたのです。
「見下されるらしいけど、暴力を振るわれるってことはないらしいね。シャロンはエルフと会ってみてどうだった?」
「死んでしまえと思うほどではありませんが、仲よくしたいと思うことはありませんでしたね」
シャロンにしてはストレートな感想です。
「ご主人さまみたいにみんなと仲よくすればいいのに、不思議です」
「エルフでなければ理解できないこともあるんでしょうね。でもレイは誰とでも仲よくできますから、エルフも気を許すかもしれませんよ」
「そんなに簡単にいけば、これまでのみんなの苦労はなんだったんだって話になるぞ」
いくら魅力の数値が高くても、種族的なものには効き目がないだろうとレイは思います。あくまで人当たりがいいと感じるだけです。それだけ魅力の数値が高くても、それだけで好かれることはありません。たまに突き刺さる人がいるのは間違いありませんが。
「それでは、私たちはパンダを狩ってから戻りますね」
「ああ。気をつけてな。ニコル、みんなを守ってくれよ」
ぺか
パンダの森でシーヴたちと別れると、レイたちはそのまま四人で東に向かいます。クラストンに来てから泊まりがけで出かけたことはありませんので、知っているのはもう数時間ほど東に向かったあたりまでになります。
シーヴはかつて数か月ほどクラストンで活動していましたが、エルフの話はあまり聞きませんでした。ギルドからジンマ行きを依頼されたことがなかったのは、タイミングがなかったのもあるでしょうが、パーティーがそこまで信頼されていなかったというのもあるでしょう。
「でも、エルフってお肉を食べるんだよね。ベジタリアンやヴィーガンのイメージがあったけど」
「サラさんのエルフに対するイメージはどんなものですか?」
シャロンはこの世界の生まれです。
「私たちの世界じゃエルフって想像上の生き物だったんだけどね、古ノルド語でアールヴとも呼ばれて、日本語では森人という言い方もあったかな。元々は森で暮らす小人だったんだけど……」
サラの説明は続きます。
「創作の中では人間と同じくらいの背丈だったり、場合によってはちょっと小柄だったりするね。だいたい華奢な体格で耳が長いかな。弓と魔法が得意って設定で、殺生をしなくて、動物性のものは口にしないってのが多いと思う。それで数百年から数千年の寿命がある。って感じ?」
「当たっているようなそうでもないような……」
あまりにも長いサラの説明にシャロンは引き気味です。
「姉さん、ハーフエルフの説明が抜けてる」
「あ、そうだった」
「いえ、そのあたりでけっこうです」
エルフの説明だけで日が暮れそうです。シャロンは適当なところでぶった斬ることにしました。
「私の知る限り、エルフはお肉だろうがお魚だろうが食べます。そもそもお肉を食べなければお腹が空くでしょう」
「それはそうなんだけど、森の中にも果物とか木の実とかあるでしょ?」
「果物は糖分が多いですよ。木の実は搾れば油が出ます。そんなものばかり食べていたら太って当然です。ニキビだらけになるでしょう」
森の中で畑を作ればそこで穀物や野菜が採れるでしょうが、果物と木の実だけでは栄養が偏るに決まっています。
それに、「大豆は畑の肉」と言われますが、大豆だけでは摂れない成分もあります。
「それではハーフリングはどのように言われていましたか?」
シャロンは自分の種族であるハーフリングについて聞いてみました。異世界での自分の種族の評価が気になったのです。
「ええっとね、ハーフリングって元々はホビットと同じだったんだけど、権利の関係で使えなくなったから、代わりにハーフリングって名前が使われるようになったのが最初」
「権利とは?」
「そのへんは説明が無理だから飛ばすね」
「はあ」
このあたりの国で知的財産権だのなんだのと言っても通じませんからね。他人の真似をするのは当然です。「真似されたくなければ人前に出すな」と言われかねません。
「身長は人間の半分くらい。尖った耳を持ってて、足の皮が厚くて毛が生えてるから靴を履かないって設定だったね。平和と食事とタバコが好きで太ってるっていうのが基本設定」
「足の裏に毛が生えて太っている……」
「あ、それはホビットの説明ね」
この世界にホビットはいません。ノームは四大精霊の一つで、種族としては存在しません。
「ところで、タバコとはなんですか?」
「そういう名前の体に悪い嗜好品があるんだよ」
「なるほど」
この世界にはタバコはありません。だから嗜好品といえば酒か甘味になるんです。
「それで、そのホビットって名前が使えないから、その代わりにハーフリングとかグラスランナーとかケンダーとか、他の名前が使われるようになって、そこから独自発展して新しい種族のようになった。創作の中では。マイ、こんなんでよかった?」
「姉さんの説明に足すとすれば、好奇心旺盛とか日和見主義とか一か所に留まることがないってこととか」
「当たっている部分はありますね。基本的に好奇心旺盛ですし。グラスランナーと呼ばれることもあります」
サラとマイとシャロンはハーフリングについて語り合っています。剣と魔法のファンタジーの世界にいるのに、ファンタジー作品と比較する意味があるのかどうか、そこがレイにはわかりません。
「レイ、この世界を楽しまないと損だよ。せっかく顔がいいし、力もお金もあるのに」
「いろいろと台無しなセリフだな」
世の中、顔がよくて力とお金があれば、たいてい楽しく過ごせますからね。ただ、レイは楽しくないわけではありません。彼なりに楽しんでいますが、サラと楽しみ方が違うだけです。
「楽しんでないわけじゃないぞ。でも、実際にハーフリングやエルフがいるんだから、比べてどうするんだ?」
「レイ兄、知的好奇心を満たすことは大切」
たまに魔物が襲ってきますが、レイたちにとっては脅威ではありません。それでも、あまり気を抜くと痛い目に遭うでしょう。ほどほどに警戒しつつ、ほどほどに肩の力を抜き、一行は話をしながら東へ東へと向かいました。
◆◆◆
「このあたりは見張りやすいな」
レイたちが野営をしようと思ったのは、文字どおり何もない場所です。見晴らしがいい草原なので、魔物を警戒するのにはちょうどいいでしょう。
「今回もこれを使ってみるか」
そう言ってレイが取り出したのは、魔物が嫌がるという結界石です。
「また増えた?」
「ダンジョン都市じゃあまり意味がないから安いみたいだな」
結界石はダンジョンで見つかりますが、なぜかダンジョン内では効き目がありませんので、クラストンではあまり売れません。かといって、王都まで運んでもそれほど高くは売れません。それに、すべてテニスボールくらいの大きさがある石ですので、数が増えると運搬も大変です。結局のところ、地産地消が一番ということになります。減るものではありませんが。
「距離はこれくらいだな」
「こっちもOK」
置くだけで結界として効き目があります。数を増やせばそれだけ広い範囲を囲むことがでします。
ただし、欠点もあります。あくまで魔物避けですので、突進してくる魔物を受け止める働きはありません。だから、テントのすぐ近くに置いてもあまり意味がありません。野営地を何重にも囲むのが効果的な使い方です。
「レイ兄、上は?」
「上から見られたら意味がないから、鳥には効かないらしい。だからこれだ」
レイは上に結界石を取り付けた棒を地面に突き刺しました。地面から五メートルほどのところに石がありまる。これを八本、結界が全体にドーム状になるように刺しました。
「ちょっと贅沢?」
「いや、大人数のパーティーなら軽く一〇〇個は使うらしい」
結界石の外には魔物避けの粉を撒きました。これはもちろん使い捨てで、一晩しか効き目がありませんが、魔物が嫌がる臭いを出します。焚き火に放り込むこともあります。
「でも不思議な場所ですね」
「たしかにな。何もないってのは不思議だな」
おそらくキロ単位で何もありません。レイはここまで木が生えていない場所を見たことがありません。草原と呼ばれる場所は木が育ちにくいので草ばかりになります。つまり、土壌に何らかの成分が少ない可能性があります。
「そんなに痩せた土地にも見えないのにね」
「草はあるし、低木もほんの少しはある。それなのに高い木が一本もない。まるで土地が木を減らしたみたい……」
そこまで口にして、レイは何かを思い出した顔をしました。
「そういや、そんな小説を昔読んだな」
「どんなの?」
「土に意識があって、効率のいい一種類の草だけ残して他の植物をすべて枯らしたって話だった」
「あ、それ読んだ。レイ兄の部屋で」
野営の準備が済むと、そこから夕食の準備です。すでに作り置きの料理があるので、それを出すだけですが、それだけで終わらせたくないのがサラです。
「たき火に鍋を置くのはマストじゃない?」
「キャンプに来たわけじゃないぞ。それに、まだ冬だ」
星空、テント、たき火とくれば、サラにとってはキャンプのイメージですが、今はまだ二月です。
「キャンプですか?」
「夏に屋外でする娯楽の野営のこと。それ用の場所に行って、テントを張って、たき火を囲んで、料理をして、飲んで騒ぐ」
「魔物が寄ってきませんか?」
「魔物はいなかったから」
「そうでしたね」
こちらではマイがシャロンにキャンプについて説明しています。キャンプという言葉はありますが、意味がまったく違います。サラが言ったのは、レクリエーションの一環として行われるキャンプです。この世界では、移動中の野営や露営、または軍隊の夜営を指します。
賑やかな食事が終われば、あとは交代で夜番をすることになります。すると、シャロンがレイのそばに寄ってきました。
「旦那様、魔物は寄ってこないということですね?」
「可能性はゼロじやないけどな」
レイはできる限り対策をしましたが、絶対に何もないとは言いきれません。
「そしてここには私たち以外は誰もいないと」
「いないな。虫くらいはいるかもしれないけど」
「人は大自然の中では開放的になるそうですね」
「どうしてそっちの話になるんだ?」
「お嫌とか?」
「俺には露出趣味はないぞ。変な方向に向かってないか?」
レイの言葉を聞いたシャロンは、真面目な顔になりました。
「後ろも使った今となっては、残っているのは他人に見られながらか屋外でするかくらいかと」
「寒いだろ」
寒さに強くなっていますが、それでも二月の夜はかなり冷えます。
「仕方ありません。テントの中で我慢しましょう」
「することはするんだな」
その後、テントの中で何が行われたでしょうか。翌朝、レイがかなり疲れた顔で朝食をとっていたという事実だけがありました。
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「よし、今日はエルフの森の手前までだな」
「あそこまでだよね。感覚が狂いそうだけど」
サラが目の上に手をかざし、東のほうを見ています。はるか向こうにエルフの森があります。
「レイ兄、どれだけあるの?」
「普通に歩けば丸一日だから、四〇キロから五〇キロくらいだ」
「それが見えるというのも不思議なものですね」
「そうだなあ。西も五〇キロ、東も五〇キロ。南北もそれくらいありそうだな」
「ねえ、日本でもこれだけ真っ平らってなかったよね」
「平地でももう少し起伏があるからな。アメリカでも、さすがに真っ平らはなかったな」
「爆弾が落ちたとか」
「それなら爆心地が凹むだろう」
「そこはあれ、魔法的なやつで」
歩きながら、ああだこうだとこの平地について話をしますが、結論が出るはずもありません。たまに魔物が出てくるので、それを狩りつつ東へ向かいます。昼になると休憩をし、再び歩き始めました。
夕方と呼ぶにはまだ早い時間、一行の目に森の端が見えてきました。
「あそこから森か」
「そこまでうっそうとはしてないね」
「そうだな。下草に光が当たるくらいだな」
クラストンで「エルフの森」と呼ばれているこの森の中を、半日ほど東に進むとジンマがあります。エルフは森の民ですが、全員が引きこもっているわけではありません。用事で森から出ることもあります。だからジンマまではまだ歩きやすくなっています。
「ここで野営ですね」
「近すぎると危険」
「そうだな。森から少し離れよう。警戒は森のほうだけでもいいかもしれないな」
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老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。
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