異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第7章:新春、急展開

第18話:町での一騒動

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「お兄ちゃ~ん、あれどうなってんの~?」
「今は町を拡張するのに城壁を作り直しているところだ」

 レイは領主のローランドから、迷惑代として何か自分にできることはないかと聞かれました。そのときに、町の拡張をしてほしいと答えました。宿屋はいくつもありますが、長期で住める家が少ないからです。
 そもそもマリオンと変わらない大きさの町なのに、人口は何倍もいるわけです。ローランドが町の拡張を考えていたことをザカリーから聞いていたので、この際どうかと言ってみました。すると次の週から工事が始まりました。領地経営は完全な上意下達トップダウンなので、領主の独断で物事が進むこの国ではスピード感が違います。
 工事はまず今の城壁の外側に新しい城壁を建てるところから始まります。ある程度完成したら古い城壁を壊し、その中で使えるものは別の場所で資材として使います。
 完全に新しい資材でないのは、このダンカン子爵領には山と呼べるような山が存在しないからです。何もない平原に作られた領地で、あってもせいぜいが丘という規模です。そのため、建築資材の多くは他の領地から購入しなければなりません。無駄にはできないという事情があるんです。
 城壁の工事がある程度進んだ場所では、家も建て始められています。町のいたる場所で工事が行われているので少々賑やかですが、日雇いの仕事も多く、冒険者ギルドや大工ギルドには仕事を求める行列ができています。
 ダンジョンには一攫千金を狙う冒険者がたくさんいますが、全員がダンジョンに潜っているわけではありません。戦うだけが仕事ではありませんからね。毎日一定額を確実に欲しいという冒険者や労働者が城壁の工事に流れているのです。



⦅⦅⦅ざわっ⦆⦆⦆

 レイたちが町に入ると、普段はまず見かけないエルフがいたため、通りがちょっとした騒ぎになりました。エルフの尖った耳は遠目にもすぐにわかります。
 ハーフリングの耳も若干尖っていますが、それほど目立つものではありません。エルフの耳は髪から飛び出しているのですぐにわかります。
 その耳ですが、レイは三人に隠さないようにと言いました。コソコソ隠れて暮らすわけではありません。最初から自分たちがいることをはっきりさせることで、お互いに少しずつ慣れていけばいい、そのうちに少しずつ町で暮らすエルフが増えればいいとレイは考えたのです。
 家の前を通りかかるとモリハナバチがいたので、冒険者ギルドに寄ってから帰ると伝えておきました。



⦅⦅⦅ざわざわっ⦆⦆⦆

「レイさん、おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
「ところで、後ろにいるのはエルフの人たちですよね?」
「はい、しばらくうちで預かることになりまして」
「預かるって……」

 どうしたらそのような話になるのかと、マーシャだけではなく、この場にいた他の職員や冒険者たちも思いました。それに加え、レイが連れているエルフたちの振る舞いが想像とは違っていたことも、彼らの戸惑いの原因になっています。
 エルフは他の種族を見下すと言われています。ところが、ここにいる三人、特にドロシーとフィルシーは「ほほ~」「なるほど~」などと建物内を興味深そうに見ています。そして、目が合った冒険者に笑顔で手を振っています。鼻の下を伸ばして隣の女性から肘打ちされている男性もいますね。

「わかりました。とりあえず荷物の確認ですね」
「それとこの三人の登録もお願いします」

 マーシャはマジックバッグを後ろの職員に回すと、三人の登録を進めました。

「エリンさんとドロシーさんとフィルシーさん。はい、登録が終わりました。細かなことは帰ってからレイさんに聞いておいてください。それで大丈夫です」
「「「はい」」」
「いいですけどね」

 真面目そうなマーシャでもそういう言い方をするんだなとレイは思いました。

 レイが掲示板の前に移動して三人にギルドでの仕事の受け方を説明していると、カウンターの奥からドタバタという足音が聞こえました。

「レイ、ちょっと上に来てくれ。みんな一緒でいい」

 ザカリーが扉を開けてロビーを覗きながらレイを呼びました。

 ◆◆◆

 ギルド長室に入ったレイに、ザカリーから一枚の紙が手渡されました。

「こんな手紙が中にあってな」
「あれ? いつの間に?」

 レイたちが預かっていたマジックバッグは誰でも出し入れができるようになっています。レイは誰かが盗むとは思わなかったので、取り引きが終わってから、彼らが使っている部屋に置かれていました。そこでレオンスは、レイたちがいない間に手紙と追加の魔道具を入れさせたのです。

「ここに『レイ殿との友誼ゆうぎにより、魔道具の販売価格を引き下げることに決めた。それぞれ価格は以下のとおりとする』なんて書いてあって、予定よりもかなり数が増えていた。どういうことだ?」

 レイはその手紙を受け取って確認します。最後の部分に『迷惑をかける代わりに』とあったので、ホームステイのことではないかとレイは考えました。

「この三人のうち、エリは正式に俺のパーティーに入ることになりました。ドロシーとフィルシーの二人は、人間の町での暮らしに慣れるために、しばらくうちに滞在することになりました。その世話のことでしょう。家があって助かりました」
「エルフがこの町に来たなんて記録は町ができたころにしかない。魔道具の取り引きを始めたころだ」

 ザカリーは昔の資料をレイたちに見せました。そこには、初代領主が魔道具の取り引きのために人を向かわせたと書かれていました。その際に、一度だけエルフが町にやってきたと書かれていました。

「クラストンが直接関係したわけじゃないと思いますが、昔にエルフ狩りがあったそうですね」
「……ああ、話には聞いている。当然今では禁止されているが」

 この国でも一時期他の種族と戦争になりかけたことがあり、当時の国王から御触れが出ています。

「この国のエルフはそれを避けるために人間に近づかなくなったらしいですけど、それ以外にも言葉の問題で他種族を見下して問題になってしまうこともあるようです。見下したいわけではないそうですよ」
「そうなのか?」

 ザカリーがそう言うと、ドロシーとフィルシーはうなずきました。人間は種族として増えやすく、しかも自分たちよりも力があります。それに森に引きこもっていたせいで、言葉の使い方が少しおかしいことがあるとわかりました。そのせいで見下していると思われることがあると知ったばかりだと。

「そういうことなので、最終的にどれくらいになるかは分かりませんが、うちを拠点にして少しずつ街中で活動してもらいます。その面倒をうちのパーティーが見るということです」
「……わかった。これも領主様に持っていくが、いいな?」
「はい。いきなり安くなったらおかしいと思うかもしれませんので、ぜひ伝えておいてください」

 そうは言いながらも、また何かがあるだろうなとレイは思いながら、家に戻ることにしました。

 ◆◆◆

「ただいま」
「レイ、おかえりなさい」
「それは?」

 レイが玄関を開けると、そこには多数の布が干されていました。

「領主様から追加の注文が入りましたので染めていました。前回分の売り上げも受け取っています」
「どんどん貯まるな」
「必要なのは染料代だけですからね」
「他の人でも作れるんだろうけど、以外に水は盲点だろうなあ」

 レイは薬の調合でも染め物でも、【水球】を使って水を出しています。魔法で作られた水は湧き水などとは違って純水です。それを使うことで艶が出る上にしっかりと染まります。普通の水で染めるとツヤがなく、しかも色落ちしてしまいました。だから染料を作る際にも【調合】持ちが作業をし、水は【水球】を使える誰かが用意しています。

「レイ様、わたくしもレイ様とお揃いですわ」
「お揃いって?」
「【水球】が連続して出せるようになりましたの。【火球】もです」

 ケイトは微笑みながら、手のひらからガスバーナーのような火を出しました。
 レイは最初からそうしたかったわけではありません。普通に水や火を飛ばしたかったのですが、なぜか飛ばなかっただけです。逆にケイトは、普通に飛ぶ【水球】や【火球】を飛ばなくすることに成功しました。

「その代わりに、どうやっても前に飛ばなくなりましたの」
「……それはダメじゃないか」
「レイ様とお揃いほど素晴らしいことはありませんわっ!」

 ケイトは魔物との戦いでも魔法を使うことは滅多になく、ほとんどがで魔物の頭を吹き飛ばしています。【火球】や【水球】を使ったことを、レイはほとんど見たことがありません。ビショップである意味があるのかどうか、レイにはよくわかりません。

「とりあえずみんなに伝えたいことがあるから、キリがいいところまで終わったら上に来てくれ」
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