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第7章:新春、急展開
第23話:ホームステイの延長
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時が流れ、というほどでもありませんが、クラストンの町に三人のエルフが来てから三週間ほどが経ちました。というわけで、レイはレオンスとの取り引きのために、明日ジンマに向かうことなりましたが……
「戻りたくないですーーー!」
「クラストンがいいですーーー!」
ドロシーとフィルシーは幼児退行して子供のように泣き出しました。ホームステイが楽しかったので戻りたくないと。もともと子供のような振る舞いが多い双子ですが、完全に子供になっていますね。
「お兄ちゃ~ん、無理に戻さなくてもいいんじゃないの~?」
「いや、無理やり連れ帰るつもりはないぞ。馴染めるようならこのまま滞在を延長してもいいとレオンスさんに言ったからな」
その言葉が聞こえると、ドロシーとフィルシーはピタッと泣き止みました。
「俺はレオンスさんとの取り引きがあるし、三人の報告もあるから、またジンマに行くってことだ。だから、二人も一度戻って、ここで暮らすってことを伝えて、それからまたここに来たらいい、って言っただけなんだけどな」
「第二陣以降のまとめ役をしてもらえばいいよね~」
「まだ部屋はあるからな」
クラストンで暮らしてもいいと聞くと、ドロシーとフィルシーはレイに抱きつきました。レイは二人の頭を撫でます。
いずれこの建物自体には余裕がなくなりますが、敷地内にはまだ三棟あります。それぞれ三階建てで、二階と三階は住居にできます。寮のように使い、ドロシーとフィルシーを寮長にすればいいだろうとレイは考えました。三棟のうち一棟は、エリが工房のように使い始めましたが、それも一階だけです。上はまだ空いています。
「でさあ、今回は誰が行くの?」
「エリがいるなら全員で行っても大丈夫だと思うけど、どうだ?」
「んー、前回と逆でいいんじゃない?」
「ん」
「私も留守番でかまいません」
サラの提案で、サラとエリとシャロンが留守番、残りがジンマへ行くことになりました。二日半で着ける場所です。人間の町とはまったく違い、面白いのは面白いでしょうが、そこまでして行く場所かと聞かれれば、そうでもないとサラは思ったのです。
さらに、エルフ全員が好意的になったわけではありません。まだまだ人間に懐疑的な人もいるでしょう。レイたちが持ち込んだカラフルな服や布などが手に入った人たちは気を許してくれましたが、さすがに全員に行き渡るほどの量はありませんでした。
「それなら、サラとエリとシャロンは……何をするんだ?」
「木と竹を集めとくよ。炭作りをドライクさんに頼まれたし」
「ああ、それもあったか」
浄水器と風鈴だけでなく、炭にはそれ以外にも使い道があります。主に消臭に除湿でしょう。レイたちは巨大な無煙炭化器を使って、一度に大量の炭を作っています。自分たちではほとんど使わないので、大半はドライクに買い取ってもらっています。
「私は料理。和食を広める。実家を使って」
マイの実家はクラストンの南部にある商店です。町の南部は南にあるベイカー伯爵領から商人が来ますので、そこで広めようと考えています。
「それもいいけど、まだ清酒も味噌も醤油も量がないぞ」
「そこはエリの指導で大量生産。今回は材料の買い付けも頼んである」
「経済を壊すなよ」
ジンマから持ってきた味噌や醤油もあります。味醂はありませんが、そこは清酒と砂糖と蜂蜜などで代用できます。ただ、あくまで個人で使う分量しかありません。大量に作ることができれば、商売になるでしょう。なお、清酒はジンマで「米酒」の名前で作られていました。ただ、餅米がないので、味醂は作れません。
◆◆◆
レイとエリ、シーヴ、ラケル、ケイト、マルタはドロシーとフィルシーを連れてジンマに向かっています。前回は四人だけでしたが、今回は前にジンマに入らなかったメンバーを中心にしています。サラとマイとシャロンの三人は別働隊です。
「「ふんふんふ~~~ん♪」」
ドロシーとフィルシーの双子が鼻歌を歌っています。二〇代半ばの二人ですが、一〇〇歳を超えて一人前と言われるエルフの中ではまだ子供です。むしろ、この中では一番幼いでしょう。
「そんなに楽しかったんですか?」
「はい!」
「今までで一番でした!」
「それはよかったですね。今後も挨拶を続けましょうね」
「「はい!」」
二人はシーヴの質問に手を上げて元気に答えました。そう言われればレイは嫌な気はしません。
エリを入れたエルフ三人組は、積極的に街中に出かけて、住民たちと会話をしました。レイたちの誰かが必ず同行していたこともあり、少なくとも行動範囲では嫌がられることはなくなりました。
とはいえ、それは町の住民や冒険者に限った話です。他の町からやって来た商人や冒険者の中には、あからさまに嫌な顔をする人もいましたが、いきなり全員の考えを変えさせることはできません。今後クラストンの街中にエルフが増え、それでどうなるかです。そこはエルフたちの頑張り次第だろうとレイは考えています。
「最近はお野菜をもらうようになりました」
「お姉さん美人だねって言われます」
「ふらふらと付いていかないかどうかが心配ですねぇ」
「誰かが一緒だから大丈夫だろ」
「お任せくださいです」
レイからするとマルタもかなり心配ですが、それ以上に心配なのがドロシーとフィルシーです。一人で放っておくと危なっかしいので、常に誰かが一緒にいます。レイと一緒が一番多いですが、シーヴやサラ、ラケルと一緒のこともあります。特にシーヴは母親のような態度で接することもあります。二人に「返事をするときには手を上げましょう」と教えたのは彼女ですね。
「レイ様、そういえば、今回は布の取り引きだけですの?」
「いや、薬も作ったから、それもだな。あれは俺しか作れないからな」
「わたくしがやっても無理なのが納得いきませんわ。わたくしもお手伝いしたいですのに」
「ケイトでも同じはずなんだけどなあ」
持続性のある薬は、なぜかレイにしか作れません。厳密には、「レイが魔法で出した水」を使わないと持続性が出ません。薬剤師ギルドの職員たちが魔法で出した水でも無理でした。ケイトでもシーヴでも無理でした。水さえレイが出せば、あとは誰がやっても問題ないのは幸いでした。
「お兄ちゃんエキスが入ってるんだよ~」
「変な成分を作らないでくれ」
レイの胸に頭をグリグリするのが好きだったエリは、レイには何か特別な成分が存在すると主張します。
「レイさんのエキスですかぁ……」
「レイ様のエキス……」
「レイのエキス……」
マルタとケイトとシーヴが頬を赤くしました。
「「レイさんのエキスって?」」
興味のあることにはすかさず質問してくる双子。「赤ちゃんってどこから来るの?」と聞かれた親のように、レイはどう答えようかと悩みましたが、すぐに双子の興味は目に入った鳥に移りました。
緊張感のない会話をしつつ、一行は東へ東へと向かいます。
◆◆◆
途中で二泊して、三日目の昼前にジンマの門が見えてきました。
「エリン様、レイさん。他は初めての方たちですね?」
「門を開けます。しばらくお待ちください」
門のところに立っていた兵士たちから、エリとレイに声がかけられました。前回はお互いに緊張して、ギスギスした挨拶になりましたが、今回は声も表情も、完全に仲間に向けられたものです。
「お久しぶりです、タリンさん、レノファさん」
レイが声をかけたのは、真っ青なチュニックと真っ赤なチュニックを着ている二人。前回の取り引きで勝った人のうちの二人です。
「どうぞ、勝手に中に入って族長に会ってください。どうせ暇をしているでしょう」
レノファのあまりの言い草に、レイは思わず真顔になりました。
「勝手にって、大丈夫なんですか?」
「エリン様もいらっしゃいますし、大丈夫でしょう。まさか、何かするつもりですか?」
「何もしませんよ」
これもエルフたちの信頼を得た証拠だろうとレイは思いましたが、急にくだけすぎだろうとも感じました。
レオンスは族長という立場ですが、あくまでまとめ役であって、国王ではありません。慕われていても、敬われているわけではないというのが、レイの素直な感想です。
「ドロシーとフィルシーは一度荷物を取りに家に戻ったらどうだ?」
「はい、荷物を持ってきます」
「家具とかはいいですか?」
「家具まではいらないだろ。たまには帰るんだし。日用品とかで手元に置いておきたいものだ」
ドロシーとフィルシーの二人は、一か月ぶりに実家に戻ることになりました。残るメンバーは集会所に向かいました。
◆◆◆
「二人には思った以上にいい経験になったようです。もう少しクラストンにいたいと言ってますので、うちか宿屋かは分かりませんが、滞在を継続させます」
結局のところ、レイはエリにレオンスを呼びに行ってもらいました。そして、ドロシーとフィルシーのことを報告しています。二人がクラストンでの生活を楽しんでいると。
「そうか。それは喜ばしい。次は少し多めにお願いしたい」
「わかりました。明日の出発前に集めてください。それと、これが薬です。それぞれ一粒ずつ。必ずそれを守るように伝えてください。害にはなりませんが、効き目が強くなりすぎますので」
レイは体力回復薬と媚薬を渡しました。もともとが人間に比べて体力が少ないエルフです。そこにきて数の少ない男性エルフは子作りを頑張らされています。疲れているところに次から次に相手をさせられれば、その気もなくなってきます。だから、体力回復薬だけでなく媚薬もセットになっています。
「これが預かっていた生地です。それだけでは不足かと思いましたので、追加で持ってきています。生地は購入したものを染めています」
「うむ。これだけあれば、かなりの者たちに回せるだろう」
前回レイが預かったのは、ジンマで保管されていた生地でした。ジンマは自給自足が基本なので、物資の多くは配給制になっています。そうはいっても、完全に平等に、公平にはできませんので、労働に応じて賃金が支払われています。その貨幣がどこから来るかというと、クラストンとの取り引きです。
「レイ殿のほうは何が必要だ?」
「うちは味噌と醤油と米酒ですね」
「やはりあれか。外で売れそうなら、もう少し量を増やしてもいいと考えているのだが」
「おそらく売れると思いますよ。料理のレパートリーがかなり広がりますからね」
取り引きが終わると、レイは自分に与えられた部屋に入りました。入った瞬間、漂ってきた匂いに、懐かしさが込み上げてきました。
「畳かあ」
「はい。我々はタタミマットとも呼んでいます。レイ殿はこちらのほうが好きかもしれないとエリン様が」
「嫌いじゃないな。床でゴロゴロできるし」
畳のいいところは、土足で上がらないので、そのまま寝転んでも問題ないこと。そして、適度な反発力と弾力があることです。案内人が離れると、レイは畳の上に寝転がりました。
「お兄ちゃ~ん、畳はどう——って満喫してる~」
「してるぞ」
レイは畳の上で大の字になっていました。すぐにシーヴもやってきて、隣に寝転がります。
「ああ、日本の文化はいいですね」
「でも、たぶん日本文化だけじゃないぞ」
「そうなの~?」
「ああ、この畳って、ヘリがないだろ? これって琉球畳だと思うんだ。しかも、タタミマットって英語の言い方だからな」
琉球畳は半畳が基本で、ヘリがありません。床に敷かれているタタミマットのサイズは一メートル四方で、レイの知っている琉球畳よりも少し大きなものですが、ヘリがないのは同じです。しかも、タタミマットという言い方から、日本文化が好きな外国人が伝えたのではないかとレイは考えました。
「エリ、このタタミマットは買えるのか?」
「お店で売ってるわけじゃないからね~。取り引きの品目に入れたら~?」
「そうだな」
そんなことを話していると、メンバーが続々と集まってきました。
「これはいいですねぇ」
「床に寝転がるなんて、大丈夫ですの?」
それぞれ好き勝手にタタミマットの上に寝転がります。ところが、ラケルだけは表情が違いました。
「ラケル、どうしたんだ?」
「いえ、久しぶりにタタミを見ましたです」
「シャンペ村にもあったのか?」
「はい。素材は違うみたいですが、作りは同じです」
「先に来た人が広めたのかもしれないね~」
意外に異世界人が来ています。あちこちを回って、持っている知識を広めた可能性もありますね。
「いずれシャンペ村にも行ってみたいな」
「村を挙げて歓迎します!」
結局この日は、みんなでこの部屋に布団を敷いて寝ることになりました。
「戻りたくないですーーー!」
「クラストンがいいですーーー!」
ドロシーとフィルシーは幼児退行して子供のように泣き出しました。ホームステイが楽しかったので戻りたくないと。もともと子供のような振る舞いが多い双子ですが、完全に子供になっていますね。
「お兄ちゃ~ん、無理に戻さなくてもいいんじゃないの~?」
「いや、無理やり連れ帰るつもりはないぞ。馴染めるようならこのまま滞在を延長してもいいとレオンスさんに言ったからな」
その言葉が聞こえると、ドロシーとフィルシーはピタッと泣き止みました。
「俺はレオンスさんとの取り引きがあるし、三人の報告もあるから、またジンマに行くってことだ。だから、二人も一度戻って、ここで暮らすってことを伝えて、それからまたここに来たらいい、って言っただけなんだけどな」
「第二陣以降のまとめ役をしてもらえばいいよね~」
「まだ部屋はあるからな」
クラストンで暮らしてもいいと聞くと、ドロシーとフィルシーはレイに抱きつきました。レイは二人の頭を撫でます。
いずれこの建物自体には余裕がなくなりますが、敷地内にはまだ三棟あります。それぞれ三階建てで、二階と三階は住居にできます。寮のように使い、ドロシーとフィルシーを寮長にすればいいだろうとレイは考えました。三棟のうち一棟は、エリが工房のように使い始めましたが、それも一階だけです。上はまだ空いています。
「でさあ、今回は誰が行くの?」
「エリがいるなら全員で行っても大丈夫だと思うけど、どうだ?」
「んー、前回と逆でいいんじゃない?」
「ん」
「私も留守番でかまいません」
サラの提案で、サラとエリとシャロンが留守番、残りがジンマへ行くことになりました。二日半で着ける場所です。人間の町とはまったく違い、面白いのは面白いでしょうが、そこまでして行く場所かと聞かれれば、そうでもないとサラは思ったのです。
さらに、エルフ全員が好意的になったわけではありません。まだまだ人間に懐疑的な人もいるでしょう。レイたちが持ち込んだカラフルな服や布などが手に入った人たちは気を許してくれましたが、さすがに全員に行き渡るほどの量はありませんでした。
「それなら、サラとエリとシャロンは……何をするんだ?」
「木と竹を集めとくよ。炭作りをドライクさんに頼まれたし」
「ああ、それもあったか」
浄水器と風鈴だけでなく、炭にはそれ以外にも使い道があります。主に消臭に除湿でしょう。レイたちは巨大な無煙炭化器を使って、一度に大量の炭を作っています。自分たちではほとんど使わないので、大半はドライクに買い取ってもらっています。
「私は料理。和食を広める。実家を使って」
マイの実家はクラストンの南部にある商店です。町の南部は南にあるベイカー伯爵領から商人が来ますので、そこで広めようと考えています。
「それもいいけど、まだ清酒も味噌も醤油も量がないぞ」
「そこはエリの指導で大量生産。今回は材料の買い付けも頼んである」
「経済を壊すなよ」
ジンマから持ってきた味噌や醤油もあります。味醂はありませんが、そこは清酒と砂糖と蜂蜜などで代用できます。ただ、あくまで個人で使う分量しかありません。大量に作ることができれば、商売になるでしょう。なお、清酒はジンマで「米酒」の名前で作られていました。ただ、餅米がないので、味醂は作れません。
◆◆◆
レイとエリ、シーヴ、ラケル、ケイト、マルタはドロシーとフィルシーを連れてジンマに向かっています。前回は四人だけでしたが、今回は前にジンマに入らなかったメンバーを中心にしています。サラとマイとシャロンの三人は別働隊です。
「「ふんふんふ~~~ん♪」」
ドロシーとフィルシーの双子が鼻歌を歌っています。二〇代半ばの二人ですが、一〇〇歳を超えて一人前と言われるエルフの中ではまだ子供です。むしろ、この中では一番幼いでしょう。
「そんなに楽しかったんですか?」
「はい!」
「今までで一番でした!」
「それはよかったですね。今後も挨拶を続けましょうね」
「「はい!」」
二人はシーヴの質問に手を上げて元気に答えました。そう言われればレイは嫌な気はしません。
エリを入れたエルフ三人組は、積極的に街中に出かけて、住民たちと会話をしました。レイたちの誰かが必ず同行していたこともあり、少なくとも行動範囲では嫌がられることはなくなりました。
とはいえ、それは町の住民や冒険者に限った話です。他の町からやって来た商人や冒険者の中には、あからさまに嫌な顔をする人もいましたが、いきなり全員の考えを変えさせることはできません。今後クラストンの街中にエルフが増え、それでどうなるかです。そこはエルフたちの頑張り次第だろうとレイは考えています。
「最近はお野菜をもらうようになりました」
「お姉さん美人だねって言われます」
「ふらふらと付いていかないかどうかが心配ですねぇ」
「誰かが一緒だから大丈夫だろ」
「お任せくださいです」
レイからするとマルタもかなり心配ですが、それ以上に心配なのがドロシーとフィルシーです。一人で放っておくと危なっかしいので、常に誰かが一緒にいます。レイと一緒が一番多いですが、シーヴやサラ、ラケルと一緒のこともあります。特にシーヴは母親のような態度で接することもあります。二人に「返事をするときには手を上げましょう」と教えたのは彼女ですね。
「レイ様、そういえば、今回は布の取り引きだけですの?」
「いや、薬も作ったから、それもだな。あれは俺しか作れないからな」
「わたくしがやっても無理なのが納得いきませんわ。わたくしもお手伝いしたいですのに」
「ケイトでも同じはずなんだけどなあ」
持続性のある薬は、なぜかレイにしか作れません。厳密には、「レイが魔法で出した水」を使わないと持続性が出ません。薬剤師ギルドの職員たちが魔法で出した水でも無理でした。ケイトでもシーヴでも無理でした。水さえレイが出せば、あとは誰がやっても問題ないのは幸いでした。
「お兄ちゃんエキスが入ってるんだよ~」
「変な成分を作らないでくれ」
レイの胸に頭をグリグリするのが好きだったエリは、レイには何か特別な成分が存在すると主張します。
「レイさんのエキスですかぁ……」
「レイ様のエキス……」
「レイのエキス……」
マルタとケイトとシーヴが頬を赤くしました。
「「レイさんのエキスって?」」
興味のあることにはすかさず質問してくる双子。「赤ちゃんってどこから来るの?」と聞かれた親のように、レイはどう答えようかと悩みましたが、すぐに双子の興味は目に入った鳥に移りました。
緊張感のない会話をしつつ、一行は東へ東へと向かいます。
◆◆◆
途中で二泊して、三日目の昼前にジンマの門が見えてきました。
「エリン様、レイさん。他は初めての方たちですね?」
「門を開けます。しばらくお待ちください」
門のところに立っていた兵士たちから、エリとレイに声がかけられました。前回はお互いに緊張して、ギスギスした挨拶になりましたが、今回は声も表情も、完全に仲間に向けられたものです。
「お久しぶりです、タリンさん、レノファさん」
レイが声をかけたのは、真っ青なチュニックと真っ赤なチュニックを着ている二人。前回の取り引きで勝った人のうちの二人です。
「どうぞ、勝手に中に入って族長に会ってください。どうせ暇をしているでしょう」
レノファのあまりの言い草に、レイは思わず真顔になりました。
「勝手にって、大丈夫なんですか?」
「エリン様もいらっしゃいますし、大丈夫でしょう。まさか、何かするつもりですか?」
「何もしませんよ」
これもエルフたちの信頼を得た証拠だろうとレイは思いましたが、急にくだけすぎだろうとも感じました。
レオンスは族長という立場ですが、あくまでまとめ役であって、国王ではありません。慕われていても、敬われているわけではないというのが、レイの素直な感想です。
「ドロシーとフィルシーは一度荷物を取りに家に戻ったらどうだ?」
「はい、荷物を持ってきます」
「家具とかはいいですか?」
「家具まではいらないだろ。たまには帰るんだし。日用品とかで手元に置いておきたいものだ」
ドロシーとフィルシーの二人は、一か月ぶりに実家に戻ることになりました。残るメンバーは集会所に向かいました。
◆◆◆
「二人には思った以上にいい経験になったようです。もう少しクラストンにいたいと言ってますので、うちか宿屋かは分かりませんが、滞在を継続させます」
結局のところ、レイはエリにレオンスを呼びに行ってもらいました。そして、ドロシーとフィルシーのことを報告しています。二人がクラストンでの生活を楽しんでいると。
「そうか。それは喜ばしい。次は少し多めにお願いしたい」
「わかりました。明日の出発前に集めてください。それと、これが薬です。それぞれ一粒ずつ。必ずそれを守るように伝えてください。害にはなりませんが、効き目が強くなりすぎますので」
レイは体力回復薬と媚薬を渡しました。もともとが人間に比べて体力が少ないエルフです。そこにきて数の少ない男性エルフは子作りを頑張らされています。疲れているところに次から次に相手をさせられれば、その気もなくなってきます。だから、体力回復薬だけでなく媚薬もセットになっています。
「これが預かっていた生地です。それだけでは不足かと思いましたので、追加で持ってきています。生地は購入したものを染めています」
「うむ。これだけあれば、かなりの者たちに回せるだろう」
前回レイが預かったのは、ジンマで保管されていた生地でした。ジンマは自給自足が基本なので、物資の多くは配給制になっています。そうはいっても、完全に平等に、公平にはできませんので、労働に応じて賃金が支払われています。その貨幣がどこから来るかというと、クラストンとの取り引きです。
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「うちは味噌と醤油と米酒ですね」
「やはりあれか。外で売れそうなら、もう少し量を増やしてもいいと考えているのだが」
「おそらく売れると思いますよ。料理のレパートリーがかなり広がりますからね」
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「はい。我々はタタミマットとも呼んでいます。レイ殿はこちらのほうが好きかもしれないとエリン様が」
「嫌いじゃないな。床でゴロゴロできるし」
畳のいいところは、土足で上がらないので、そのまま寝転んでも問題ないこと。そして、適度な反発力と弾力があることです。案内人が離れると、レイは畳の上に寝転がりました。
「お兄ちゃ~ん、畳はどう——って満喫してる~」
「してるぞ」
レイは畳の上で大の字になっていました。すぐにシーヴもやってきて、隣に寝転がります。
「ああ、日本の文化はいいですね」
「でも、たぶん日本文化だけじゃないぞ」
「そうなの~?」
「ああ、この畳って、ヘリがないだろ? これって琉球畳だと思うんだ。しかも、タタミマットって英語の言い方だからな」
琉球畳は半畳が基本で、ヘリがありません。床に敷かれているタタミマットのサイズは一メートル四方で、レイの知っている琉球畳よりも少し大きなものですが、ヘリがないのは同じです。しかも、タタミマットという言い方から、日本文化が好きな外国人が伝えたのではないかとレイは考えました。
「エリ、このタタミマットは買えるのか?」
「お店で売ってるわけじゃないからね~。取り引きの品目に入れたら~?」
「そうだな」
そんなことを話していると、メンバーが続々と集まってきました。
「これはいいですねぇ」
「床に寝転がるなんて、大丈夫ですの?」
それぞれ好き勝手にタタミマットの上に寝転がります。ところが、ラケルだけは表情が違いました。
「ラケル、どうしたんだ?」
「いえ、久しぶりにタタミを見ましたです」
「シャンペ村にもあったのか?」
「はい。素材は違うみたいですが、作りは同じです」
「先に来た人が広めたのかもしれないね~」
意外に異世界人が来ています。あちこちを回って、持っている知識を広めた可能性もありますね。
「いずれシャンペ村にも行ってみたいな」
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童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。
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