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第8章:春、急カーブと思っていたらまさかのクランク
第22話:旧知と旧知の旧知
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「レイ様、ご無沙汰しております」
「ハリー。三年、いや、もう四年くらいか」
「はい。レイ様もお変わりなく」
レイに深々と頭を下げたのは、マリオンで執事をしていたブライアンの次男ハリーです。彼は兄のアーサーと一緒にテニエル男爵の屋敷へ奉公に出ていました。
「ところで、あれはあのサラですか?」
わざわざ「あのサラ」と言ったのは、ハリーはサラを知っているからです。
「ああ。本来サラはああいう性格だ。ちょっと事情があって屋敷では大人しくしてたから、しばらくは違和感があるかもしれないな。そのあたりは察してやってほしい」
「いえ、私から何かを言うことはありませんので」
ハリーはサラのことを、真面目で大人しい少女だと思っていました。そのくせに不思議なところがあり、誰から何を聞かれても答えられるような頭の持ち主でした。そのサラが、ブレンダとキャーキャーとじゃれ合っています。記憶にあるサラとは違っていますが、今のサラのほうがむしろサラらしいとハリーには思えました。
「私と兄は、そろそろマリオンへ戻ることになっていました。その直前にレイ様が領主になられたという話が届けられ、それで私がまとめ役としてこちらに赴いてそのままお仕えしようと」
アーサーはブライアンの下で副執事をすることになりました。ハリーはモーガンの従者をするか外に出るかを天秤にかけ、外に出ることを選んだのです。
「私は自分がまだ従者すら任せてもらえなかった若輩者だということは重々承知していますが、執事を任せていただけませんか?」
ハリーはレイの顔をまっすぐに見据えます。以前は領主の息子と使用人の息子という関係でした。レイはハリーと親しく話をしたことはありませんでした。それでも信用できると思っていたのは間違いありません。
「正直まだ何もない状態だ。執事にやってもらうことは山のようにある。それでもよければぜひ頼む」
「ありがとうございます。精一杯努めます」
執事は主人の身の回りの世話が仕事ではありません。それは従者の仕事です。領地の管理、屋敷の管理、使用人の管理。これらすべてが執事の仕事になります。
大貴族の場合はとても一人では管理しきれません。一番上の役職として家令を置き、領地の運営を家令に任せ、執事に屋敷と使用人を管理させることが多くなっています。
ギルモア男爵領は現在のところブライアン一人でなんとか管理できていますが、レイとサラの努力の甲斐あって、徐々に町と村が増えています。トリスタンの時代になれば一人では大変になるかもしれませんので、モーガンはブライアンを家令、アーサーを執事とする予定だとレイはハリーから聞きました。
「そうだ、まだ本人には伝えてないけど、ブレンダに家政婦長《ハウスキーパー》かメイド長をしてもらおうと思う」
「そうですね。今回こちらに到着した女性使用人の中では、ブレンダが上から二番目か三番目だったような気がします。年齢的にもおかしくはないでしょう」
ブレンダはレイとサラの三つ上になります。
「とりあえず向こうに見えるのが仮の屋敷だ。一足先に教会とギルドはできた。職人街も完成して、かなり埋まったな。住宅街と商人街もできかけてるから、そろそろ入居者を募集しようというところだ。町が完成するまではダンカン子爵が援助してくれることになっている」
「それでは私は子爵様と連絡をとることにします。それから、こちらがアシュトン子爵様からの譲渡証明書になります」
「譲渡?」
レイは受け取った手紙を開けました。そこには、読み書き計算ができる奴隷を五人用意して祝いの品の運搬をさせるので、できれば使用人として使ってやってほしいと書かれていました。
「まあ、読み書き計算ができれば助かるな。場合によってはギルドなどで働いてもらうこともあるだろう」
ハリーの後ろにいた五人がレイの前に立ちました。
「男爵様、初めまして。五人の代表のマリネッラと申します」
「ジークリットです」
「イシドラと申します」
「ロゼール……」
「メイベルという者です。山羊人です」
五人は横一列に並んでレイに頭を下げました。
「ああ。子爵殿からの手紙は確認した。今後はこの領地で働くので問題ないか?」
「雇っていただけますか?」
「それはもちろん。ただ、見たらわかると思うが、こういう状況だから仕事内容が決められない。そこは後日決めるということにしてほしい。使用人以外の仕事がしたいというのなら、そのときは相談に乗ろう」
今のところ、完成した建物は教会と総合ギルドのみです。他はすべて建設中です。領主の屋敷はできかけていますが、少し問題になりそうです。屋敷の使用人でなければ、ギルド職員など、できる仕事はいくらでもあると説明して、レイは五人を安心させました。
馬車の荷物が片付いたのか、何人かがレイのほうにやって来ます。
「レイ様、ご無沙汰しております」
「デビーだな。こっちへ来たのか」
「はい。一人くらい料理ができる使用人をということで、私が立候補しました」
「それなら料理長を頼む」
デビーはキッチンメイドをしていました。キッチンで料理長や料理人の手伝いをしたり、使用人の食事を作ったりするのがキッチンメイドの仕事です。
「そうすると、向こうはリタだけになったか」
「いえ、新しく一人入るみたいです。そのリタもショーンさんと結婚するみたいですので、いつまで働くかわかりませんが」
「当たり前だけど、向こうも変わるよな」
料理人とキッチンメイド。職場が同じなら親しくなるでしょう。ちなみに、料理長のトバイアスは既婚者で、街中に家があります。
「レイモンド様、お久しぶりです」
「え~っと……あれ? ディー?」
「はい。覚えてくれてたんですね」
「特徴があるからな」
ディートリント・プライスラー、愛称ディー。テニエル男爵領の西部にあるデミングの町の代官、ヴェンデル・プライスラーの娘です。
レイは子供のころ、ケイトの実家があるダグラスに向かう途中で、代官の屋敷に立ち寄ったことがありました。もちろん本が読みたかったからです。
「レイ、私の知らない女性?」
「そのネタは何回目だ? デミングの代官の娘だ。ケイトのほうが知ってるんじゃないか?」
レイはケイトのほうを見ながら言いました。
「ええ。まさかレイ様がディーと顔見知りだとは思いませんでしたわ。世の中は狭いですわね。ところで、レイ様?」
「どうした?」
「わたくしのことはなかなか思い出せなかったのに、どうしてディーのことは覚えてらしたのですか?」
「……往復で二回会ったからかな?」
少々苦しい言い訳でしょうね。正直なところ、あの頃のレイは女性にまったく興味がありませんでした。だから、誰でも同じだったわけです。ただ、ディーにはレイにない兎耳があったので、印象に残っていたのです。
「それで、ディーはどうしてここに?」
「私はダグラスのお屋敷で行儀見習いとして働いていました。お嬢様がご結婚なさるということで、結納の品を運ぶ係に立候補しました」
「ケイトはこのことは知らないよな?」
「ええ、存じませんでしたわ。わたくしよりもハリーさんのほうが詳しいと思いますの」
「はい。モーガン様がダグラスのお屋敷にいらっしゃいましたので、その話に加えていただきました」
モーガンとアンガスのところに、レイが授爵し、ケイトを側室にするという連絡が行きました。モーガンはマリオンからダグラスへ向かってアンガスと相談。その場でアーサーをマリオンに戻し、ハリーをマリオンを経由してこのグリーンヴィルに向かわせることが決定。ダグラスのお屋敷でも使用人を募集したところ、ディーをはじめとして数人が手を挙げたので、ハリーをリーダーとしてマリオンへ移動。マリオンのお屋敷でさらに使用人を加え、オグデンからクラストン、そしてグリーンヴィルと移動してきました。
「ハリー。三年、いや、もう四年くらいか」
「はい。レイ様もお変わりなく」
レイに深々と頭を下げたのは、マリオンで執事をしていたブライアンの次男ハリーです。彼は兄のアーサーと一緒にテニエル男爵の屋敷へ奉公に出ていました。
「ところで、あれはあのサラですか?」
わざわざ「あのサラ」と言ったのは、ハリーはサラを知っているからです。
「ああ。本来サラはああいう性格だ。ちょっと事情があって屋敷では大人しくしてたから、しばらくは違和感があるかもしれないな。そのあたりは察してやってほしい」
「いえ、私から何かを言うことはありませんので」
ハリーはサラのことを、真面目で大人しい少女だと思っていました。そのくせに不思議なところがあり、誰から何を聞かれても答えられるような頭の持ち主でした。そのサラが、ブレンダとキャーキャーとじゃれ合っています。記憶にあるサラとは違っていますが、今のサラのほうがむしろサラらしいとハリーには思えました。
「私と兄は、そろそろマリオンへ戻ることになっていました。その直前にレイ様が領主になられたという話が届けられ、それで私がまとめ役としてこちらに赴いてそのままお仕えしようと」
アーサーはブライアンの下で副執事をすることになりました。ハリーはモーガンの従者をするか外に出るかを天秤にかけ、外に出ることを選んだのです。
「私は自分がまだ従者すら任せてもらえなかった若輩者だということは重々承知していますが、執事を任せていただけませんか?」
ハリーはレイの顔をまっすぐに見据えます。以前は領主の息子と使用人の息子という関係でした。レイはハリーと親しく話をしたことはありませんでした。それでも信用できると思っていたのは間違いありません。
「正直まだ何もない状態だ。執事にやってもらうことは山のようにある。それでもよければぜひ頼む」
「ありがとうございます。精一杯努めます」
執事は主人の身の回りの世話が仕事ではありません。それは従者の仕事です。領地の管理、屋敷の管理、使用人の管理。これらすべてが執事の仕事になります。
大貴族の場合はとても一人では管理しきれません。一番上の役職として家令を置き、領地の運営を家令に任せ、執事に屋敷と使用人を管理させることが多くなっています。
ギルモア男爵領は現在のところブライアン一人でなんとか管理できていますが、レイとサラの努力の甲斐あって、徐々に町と村が増えています。トリスタンの時代になれば一人では大変になるかもしれませんので、モーガンはブライアンを家令、アーサーを執事とする予定だとレイはハリーから聞きました。
「そうだ、まだ本人には伝えてないけど、ブレンダに家政婦長《ハウスキーパー》かメイド長をしてもらおうと思う」
「そうですね。今回こちらに到着した女性使用人の中では、ブレンダが上から二番目か三番目だったような気がします。年齢的にもおかしくはないでしょう」
ブレンダはレイとサラの三つ上になります。
「とりあえず向こうに見えるのが仮の屋敷だ。一足先に教会とギルドはできた。職人街も完成して、かなり埋まったな。住宅街と商人街もできかけてるから、そろそろ入居者を募集しようというところだ。町が完成するまではダンカン子爵が援助してくれることになっている」
「それでは私は子爵様と連絡をとることにします。それから、こちらがアシュトン子爵様からの譲渡証明書になります」
「譲渡?」
レイは受け取った手紙を開けました。そこには、読み書き計算ができる奴隷を五人用意して祝いの品の運搬をさせるので、できれば使用人として使ってやってほしいと書かれていました。
「まあ、読み書き計算ができれば助かるな。場合によってはギルドなどで働いてもらうこともあるだろう」
ハリーの後ろにいた五人がレイの前に立ちました。
「男爵様、初めまして。五人の代表のマリネッラと申します」
「ジークリットです」
「イシドラと申します」
「ロゼール……」
「メイベルという者です。山羊人です」
五人は横一列に並んでレイに頭を下げました。
「ああ。子爵殿からの手紙は確認した。今後はこの領地で働くので問題ないか?」
「雇っていただけますか?」
「それはもちろん。ただ、見たらわかると思うが、こういう状況だから仕事内容が決められない。そこは後日決めるということにしてほしい。使用人以外の仕事がしたいというのなら、そのときは相談に乗ろう」
今のところ、完成した建物は教会と総合ギルドのみです。他はすべて建設中です。領主の屋敷はできかけていますが、少し問題になりそうです。屋敷の使用人でなければ、ギルド職員など、できる仕事はいくらでもあると説明して、レイは五人を安心させました。
馬車の荷物が片付いたのか、何人かがレイのほうにやって来ます。
「レイ様、ご無沙汰しております」
「デビーだな。こっちへ来たのか」
「はい。一人くらい料理ができる使用人をということで、私が立候補しました」
「それなら料理長を頼む」
デビーはキッチンメイドをしていました。キッチンで料理長や料理人の手伝いをしたり、使用人の食事を作ったりするのがキッチンメイドの仕事です。
「そうすると、向こうはリタだけになったか」
「いえ、新しく一人入るみたいです。そのリタもショーンさんと結婚するみたいですので、いつまで働くかわかりませんが」
「当たり前だけど、向こうも変わるよな」
料理人とキッチンメイド。職場が同じなら親しくなるでしょう。ちなみに、料理長のトバイアスは既婚者で、街中に家があります。
「レイモンド様、お久しぶりです」
「え~っと……あれ? ディー?」
「はい。覚えてくれてたんですね」
「特徴があるからな」
ディートリント・プライスラー、愛称ディー。テニエル男爵領の西部にあるデミングの町の代官、ヴェンデル・プライスラーの娘です。
レイは子供のころ、ケイトの実家があるダグラスに向かう途中で、代官の屋敷に立ち寄ったことがありました。もちろん本が読みたかったからです。
「レイ、私の知らない女性?」
「そのネタは何回目だ? デミングの代官の娘だ。ケイトのほうが知ってるんじゃないか?」
レイはケイトのほうを見ながら言いました。
「ええ。まさかレイ様がディーと顔見知りだとは思いませんでしたわ。世の中は狭いですわね。ところで、レイ様?」
「どうした?」
「わたくしのことはなかなか思い出せなかったのに、どうしてディーのことは覚えてらしたのですか?」
「……往復で二回会ったからかな?」
少々苦しい言い訳でしょうね。正直なところ、あの頃のレイは女性にまったく興味がありませんでした。だから、誰でも同じだったわけです。ただ、ディーにはレイにない兎耳があったので、印象に残っていたのです。
「それで、ディーはどうしてここに?」
「私はダグラスのお屋敷で行儀見習いとして働いていました。お嬢様がご結婚なさるということで、結納の品を運ぶ係に立候補しました」
「ケイトはこのことは知らないよな?」
「ええ、存じませんでしたわ。わたくしよりもハリーさんのほうが詳しいと思いますの」
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