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第5章:初夏、新たなる出会い
第18話:ライナス、バラされる
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レイたちが城門に到着すると、衛兵たち馬車をが取り囲みました。ゴーレムを警戒したわけではなく、馬車の様子が普通ではなかったからです。
「どうしたんだ? 拾ったのか?」
「いえ、中に乗ってるのはご主人さまのお兄さまのご家族です。馬車がタスクボアーに襲われてましたです」
「よくそれで無事だったな」
扉は片側がなくなり、車体のそこかしこにはタスクボアーの牙でできた穴があります。満身創痍ですね。
ライナスたちは城門の手前で一度馬車を降りました。ゴーレムたちはまた小さくなり、レイの革カバンに入りました。馬車は一度マジックバッグに収納します。壊れ具合といいゴーレムが引いていることといい、街中では目立ちすぎるからです。
「とりあえず、明日明後日に出発することはないだろう。早めに次が見つかればいいが……」
御者と馬車については運送屋ギルドで相談するしかありません。運送屋ギルドは荷運びや、馬車や馬の手配を主に扱うギルドで、なければ商人ギルドや冒険者ギルドが担当することになります。荷馬車が多いですが、箱馬車も準備できます。
「兄さん、とりあえず俺たちが泊まっている宿屋でいいですか?」
「ああ、案内を頼む。俺はいいが、ハリエットを早く休ませたい」
ハリエットは馬車が襲われたことで精神的にまいっています。ライナスとしては、早く妻を横にならせたかったのです。一行はレイを先頭にして白鷺亭に向かいました。
◆◆◆
「おかえりなさいませぇ」
いつものようにマルタがにこやかな笑顔でレイたちを出迎えます。
「ただいま、マルタ。追加で一部屋いける?」
「そちらの人たちですねぇ?」
「ああ、兄のライナスとその妻のハリエット、そして二人の娘のウェンディーと息子のレジナルドだ」
紹介を受けたライナスとハリエットが小さく頭を下げる。ウェンディーは緊張してハリエットのドレスをつかんだままでした。
「初めましてぇ、ライナスさぁん、ハリエットさぁん。レイさんの現地妻のマルタですぅ」
「ゲブッ」
いきなりの発言にライナスが口から変な音を出しました。ハリエットは「あらあら」と言い、ウェンディーは両親の様子を見て目をパチクリさせています。
「マルタ、冗談がキツい」
「本気ですぅ」
マルタは宿屋の看板娘らしく、愛嬌があって冗談もよく口にします。それでも、まさかここで言われるとはレイも思いませんでした。
最初は驚いたライナスでしたが、二人の様子を見ると納得してうなずきます。
「まあパーティーを見ていれば、そういうのもありかもしれないとは思ったが」
「そんなこと思いますか?」
「ああ。お前以外女性だろ?」
そう言われてレイはパーティーメンバーを見ました。
最初はサラだけだったところにシーヴが加わりました。レイはシーヴと恋人同士になり、シーヴの提案でサラもレイの恋人になりました。
その時点で、シーヴとサラはパーティーの方向性を決めました。とりあえず男性は入れないと。入れたとしても臨時メンバーにしかしないと。女性に関しては有能なメンバーなら入れ、自分たち二人がその調整役をすると。
三人で活動を始めてすぐにラケルが加わりました。彼女は今のところは奴隷という身分ですが、おそらく奴隷でなくなってもレイに従うでしょう。彼女は純粋で従順で、さらに忠誠心も高いので、悪い人選ではありません。
さらにケイトとシャロンがやってきました。ケイトは戦力になるのは間違いありません。ただ、性格にやや難があります。思い込みが激しすぎて暴走しがちです。今のところ大きなトラブルにはなっていませんが。
シャロンはケイトの奴隷からレイの奴隷になったので信用できます。今のところ発揮する機会がほとんどありませんが、料理の腕はパーティーで随一です。
レイに興味を持っている女性は他にもいます。でも、彼女たちがサラとシーヴのお眼鏡にかなうかどうかはわかりませんね。意外と厳しいですよ。
「まあお前の人生だ。羽目を外しすぎると痛い目に遭うだろうが、そうならない範囲で好きにしたらいい」
「レイさぁん、お兄さんの許可をいただいたのでぇ、これが私の部屋の合鍵ですぅ」
マルタは胸の間にカギを差し込んでレイの渡そうとします。
「いや、ホントに渡さなくていいから」
「またそんなこと言ってぇ。視線が突き刺さってますよぉ」
「突き出されたら見るだろ?」
白鷺亭の受付はいつも以上に賑やかです。
「それならしばらく休んでから下りる」
「はい。無理はしないでください」
ライナスたちは自分たちに用意された部屋に入りました。夕食を一緒にとることになっているので、レイたちもそれまでは部屋でくつろぐつもりです。
部屋に入って鎧を脱ぐと【浄化】をかけてから服を着替えます。みんなの様子を見ていたラケルがサラを見ながら口を開きました。
「サラさんが静かです」
「ちょっとね」
サラはライナスの前で素を出してしまったのがショックで、あれからここまで妙に大人しくしています。
「まあ仕方ないだろう。いきなり前みたいに戻したらみんなが驚くだろうし」
「それは分かってるんだけどさあ……」
嫌とか困るとか、そういう問題ではないんです。単に気恥ずかしいだけなんです。理屈の問題ではないんです。どういう顔をしたらいいのかがわからないんです。
◆◆◆
「ここでの再会に、乾杯」
「「「乾杯!」」」
レイが音頭をとって歓迎会が始まりました。マルタに頼んで少し豪華な料理を用意してもらっています。シャロンは自分も食事をしつつ、幼いウェンディーとレジナルドの世話を焼いています。サラは「もう開き直った。はい、終わり」と完全にいつもの調子に戻っていました。
「ところで兄さん、護衛はいなかったんですか?」
冒険者自身が移動するならともかく、ライナスが護衛を付けずに移動するとは思えなかったのです。
「それがなあ、大きな盗賊団がいなくなったということで、護衛の冒険者が他の仕事の方に流れたらしくてな」
「あー、俺たちのせいでしたか」
「いや、誰にとっても盗賊がいなくなる方がありがたいんだぞ。ただ、みんなが魔物退治に向かったというだけで」
盗賊が出るとなると馬車は護衛を雇います。だから去年から今年の初めにかけては、冒険者の多くが護衛の仕事ばかりすることになりました。護衛が不足し、依頼料が高騰したからです。
あれから盗賊たちが排除されたのが確認されると、今度は不足する魔物肉を集めるために多くの冒険者が狩りに精を出すようになりました。魔物肉の価格が高騰していたからです。その結果としてまた護衛不足になっていたのです。
ライナスが運送屋ギルドに馬車の手配を頼んだときに聞いたのは、盗賊がいなくなって交通量が増え、さらに冒険者たちが魔物を狩っているので街道はかなり安全になったということでした。それなら護衛がいなくても大丈夫だろうと思って護衛なしで出かけたのです。運送屋ギルドで雇った御者も大丈夫だと言っていたので、ライナスの考えが甘かったと考えるのは酷でしょう。
オスカーからアクトンの間、つまり領境付近でも冒険者たちが積極的に狩りを行っています。だから以前に比べれば、一時的にかなり魔物の数が減っています。それでも魔物は突然何もない場所から現れることもあるんです。今回は運が悪かったと考えるしかありません。
「それでここにいるのはみんなお前の恋人ってことでいいのか?」
「え? は、はい。そうなります」
家族に恋人のことを聞かれるのは気恥ずかしいことだと、レイは初めて気づきました。
「まあサラとはくっつくと思っていたが」
「そうなんですか?」
「初耳だね」
「ああ。みんなそう思っていたな。なあ、ハリエット?」
「ええ。屋敷の中のみんながお似合いだと」
「おにあい!」
ウェンディーが二人に向かってそう言うので、サラは恥ずかしさで顔を真っ赤にしました。今でも他人に指摘されるのは恥ずかしいようです。
「レイが跡取りなら、妻にはそれなりの家柄が求められる。少なくとも母のように騎士の家系の娘だろう。だが三男で跡を継ぐ必要がないなら好きにしたらいいというのが、みんなの意見だった」
「そんなことを考えてたんですね」
「ああ。もしレイがどこか娘しかいない貴族の婿養子になるなら、サラを側室として連れていけばいいと父も母も言っていたぞ」
「「そんなことまで」」
レイとサラは顔を見合わせます。一度たりともそのような話を聞いたことがなかったからです。最後の最後でサラはメイド仲間たちにからかわれましたが、それ以前には一度たりとも耳に入ったことはありません。
「あ、そうだ。母上の話で思い出したんですけど、ザカリーさんがここの冒険者ギルドのギルド長になってますよ」
「ああ、そういえば長いこと会ってなかったな」
「俺も久しぶりでした。最後に会ったのは五つのころでしたね」
レイたちが家族のことをネタに話していましたが、隣は隣で別の話で盛り上がっていました。
「レイ、ちょっといいかしら?」
「なんですか?」
ケイトと話をしていたハリエットがレイに声をかけました。そのハリエットが珍しく酔っているのがレイにはわかりました。マリオンの屋敷にいたときは、このような姿は見たことがありません。
ライナスたちは屋敷の離れで暮らしていました。食事は本館の食堂を使ってみんなで一緒でしたが、それ以外の生活はまったく別でした。やや浮世離れしたような、ほんわかしたハリエットとライナスが、普段からどのような暮らしをしていたのかをレイは知りませんでした。
「どうすれば夜そんなに何度もできるの?」
「「ぶほっ」」
レイとライナスがそろって吹き出しました。
「うちの人って淡泊でね」
「ちょ、ハリエット⁉」
ライナスが慌てますが、酔ったハリエットは話を止めません。かなり早いペースでグラスが空になります。その横ではウェンディーが「たんぱくってなに?」とシャロンに聞いています。シャロンは「夜に元気がないということですよ」とレジナルドをあやしながらウェンディーに返しました。
「あと二、三回くらい頑張ってくれてもいいと思うのよ。私もそろそろ三人目が欲しいし」
「いや、でも、限度がな?」
ライナスはレジナルドができてからも頑張ってはいますが、なかなか三人目ができません。もう一人か二人欲しいというのがハリエットの考えのようです。
避妊のための魔法や薬は存在しますが、妊娠するための魔法や薬は今のところ存在しません。だから子供を作りたいなら頑張るというのが基本です。
「ウェンディーは弟か妹がもっと欲しいか?」
「ほしい! いっぱい!」
レイが姪に声をかけると、わずかな迷いもない返事が返ってきました。ハリエットはうんうんと首を縦に振ります。それなら頑張って三人目四人目と作ってもらおうと、レイはとっておきを渡すことにしました。
「それなら義姉さん、夜にこれを試してください」
レイはマジックバッグから陶器の小さな壺をハリエットに渡しました。彼女は蓋を開けると中身をつまみ出してレイの顔を見ます。パッと見た目は薄い紫色をしたドラジェにしか見えないからです。
「ドラジェ?」
「いえ、これは媚薬です。ベッドに入る前に一粒よくかんで口の中で溶かしてから飲み込んでください。飲みすぎると元気になりすぎるので注意してください。一晩で一粒だけです。厳守でお願いします」
「男女どっちが飲むものなの?」
「男性用と思って作りましたけど、女性が飲んでも問題ありません」
こちらはレイが弱濃縮タイプと呼んでいるものです。濃度は五倍ですね。一〇倍でも強すぎますので、五倍のものに作り変えたのです。
効き目としては体力回復剤に興奮剤が加わったものですので、男女どちらが飲んでも問題ありません。盛り上がるためなら二人とも飲んでもいいですし、妊娠が目的なら男性だけでもいいでしょう。
「それなら今日から二人でいただくわ」
「そうすると、来年の春くらいですね」
「なあ、レイ。そんなもの自分で作ったのか?」
ライナスはハリエットの手に中にある壺を怪訝な目で見ました。レイは「男性用と思って作った」と言いました。薬を作るというのはなかなか大変だとも聞いています。
「魔物を解体してるうちに【調合】というスキルが付きました。内臓は薬の材料ですからね。今は何種類かあります」
体力回復薬、魔力回復薬、鎮痛剤、毒消し、そしてこの媚薬を作っています。通常のもの以外に、五倍、一〇倍、二〇倍、一〇〇倍の濃度のものがあります。
「義姉さん、これは薬屋で買えるものよりも相当強めに作ってありますので、かなり効果がありますよ。体に悪いものではありませんし」
「自分で試したの?」
「いきなり兄さんと義姉さんで実験はできないでしょう」
「それなら大丈夫ね。ありがとう。ありがたく使わせてもらうわ」
ウェンディーが「わたしもげんきになりたい」と言って、シャロンが「大人になったら飲みましょうね」となだめています。
「効き目は保証しますわ。レイ様が野獣のようになりますの」
ケイトは頬に手を当てて顔を赤くしました。
「それは楽しみね。ねえ、あなた?」
「そ、そうだな」
その夜、ウェンディーとレジナルドは、サラとシャロンと同じ部屋で寝ることになりました。
「どうしたんだ? 拾ったのか?」
「いえ、中に乗ってるのはご主人さまのお兄さまのご家族です。馬車がタスクボアーに襲われてましたです」
「よくそれで無事だったな」
扉は片側がなくなり、車体のそこかしこにはタスクボアーの牙でできた穴があります。満身創痍ですね。
ライナスたちは城門の手前で一度馬車を降りました。ゴーレムたちはまた小さくなり、レイの革カバンに入りました。馬車は一度マジックバッグに収納します。壊れ具合といいゴーレムが引いていることといい、街中では目立ちすぎるからです。
「とりあえず、明日明後日に出発することはないだろう。早めに次が見つかればいいが……」
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「兄さん、とりあえず俺たちが泊まっている宿屋でいいですか?」
「ああ、案内を頼む。俺はいいが、ハリエットを早く休ませたい」
ハリエットは馬車が襲われたことで精神的にまいっています。ライナスとしては、早く妻を横にならせたかったのです。一行はレイを先頭にして白鷺亭に向かいました。
◆◆◆
「おかえりなさいませぇ」
いつものようにマルタがにこやかな笑顔でレイたちを出迎えます。
「ただいま、マルタ。追加で一部屋いける?」
「そちらの人たちですねぇ?」
「ああ、兄のライナスとその妻のハリエット、そして二人の娘のウェンディーと息子のレジナルドだ」
紹介を受けたライナスとハリエットが小さく頭を下げる。ウェンディーは緊張してハリエットのドレスをつかんだままでした。
「初めましてぇ、ライナスさぁん、ハリエットさぁん。レイさんの現地妻のマルタですぅ」
「ゲブッ」
いきなりの発言にライナスが口から変な音を出しました。ハリエットは「あらあら」と言い、ウェンディーは両親の様子を見て目をパチクリさせています。
「マルタ、冗談がキツい」
「本気ですぅ」
マルタは宿屋の看板娘らしく、愛嬌があって冗談もよく口にします。それでも、まさかここで言われるとはレイも思いませんでした。
最初は驚いたライナスでしたが、二人の様子を見ると納得してうなずきます。
「まあパーティーを見ていれば、そういうのもありかもしれないとは思ったが」
「そんなこと思いますか?」
「ああ。お前以外女性だろ?」
そう言われてレイはパーティーメンバーを見ました。
最初はサラだけだったところにシーヴが加わりました。レイはシーヴと恋人同士になり、シーヴの提案でサラもレイの恋人になりました。
その時点で、シーヴとサラはパーティーの方向性を決めました。とりあえず男性は入れないと。入れたとしても臨時メンバーにしかしないと。女性に関しては有能なメンバーなら入れ、自分たち二人がその調整役をすると。
三人で活動を始めてすぐにラケルが加わりました。彼女は今のところは奴隷という身分ですが、おそらく奴隷でなくなってもレイに従うでしょう。彼女は純粋で従順で、さらに忠誠心も高いので、悪い人選ではありません。
さらにケイトとシャロンがやってきました。ケイトは戦力になるのは間違いありません。ただ、性格にやや難があります。思い込みが激しすぎて暴走しがちです。今のところ大きなトラブルにはなっていませんが。
シャロンはケイトの奴隷からレイの奴隷になったので信用できます。今のところ発揮する機会がほとんどありませんが、料理の腕はパーティーで随一です。
レイに興味を持っている女性は他にもいます。でも、彼女たちがサラとシーヴのお眼鏡にかなうかどうかはわかりませんね。意外と厳しいですよ。
「まあお前の人生だ。羽目を外しすぎると痛い目に遭うだろうが、そうならない範囲で好きにしたらいい」
「レイさぁん、お兄さんの許可をいただいたのでぇ、これが私の部屋の合鍵ですぅ」
マルタは胸の間にカギを差し込んでレイの渡そうとします。
「いや、ホントに渡さなくていいから」
「またそんなこと言ってぇ。視線が突き刺さってますよぉ」
「突き出されたら見るだろ?」
白鷺亭の受付はいつも以上に賑やかです。
「それならしばらく休んでから下りる」
「はい。無理はしないでください」
ライナスたちは自分たちに用意された部屋に入りました。夕食を一緒にとることになっているので、レイたちもそれまでは部屋でくつろぐつもりです。
部屋に入って鎧を脱ぐと【浄化】をかけてから服を着替えます。みんなの様子を見ていたラケルがサラを見ながら口を開きました。
「サラさんが静かです」
「ちょっとね」
サラはライナスの前で素を出してしまったのがショックで、あれからここまで妙に大人しくしています。
「まあ仕方ないだろう。いきなり前みたいに戻したらみんなが驚くだろうし」
「それは分かってるんだけどさあ……」
嫌とか困るとか、そういう問題ではないんです。単に気恥ずかしいだけなんです。理屈の問題ではないんです。どういう顔をしたらいいのかがわからないんです。
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「ところで兄さん、護衛はいなかったんですか?」
冒険者自身が移動するならともかく、ライナスが護衛を付けずに移動するとは思えなかったのです。
「それがなあ、大きな盗賊団がいなくなったということで、護衛の冒険者が他の仕事の方に流れたらしくてな」
「あー、俺たちのせいでしたか」
「いや、誰にとっても盗賊がいなくなる方がありがたいんだぞ。ただ、みんなが魔物退治に向かったというだけで」
盗賊が出るとなると馬車は護衛を雇います。だから去年から今年の初めにかけては、冒険者の多くが護衛の仕事ばかりすることになりました。護衛が不足し、依頼料が高騰したからです。
あれから盗賊たちが排除されたのが確認されると、今度は不足する魔物肉を集めるために多くの冒険者が狩りに精を出すようになりました。魔物肉の価格が高騰していたからです。その結果としてまた護衛不足になっていたのです。
ライナスが運送屋ギルドに馬車の手配を頼んだときに聞いたのは、盗賊がいなくなって交通量が増え、さらに冒険者たちが魔物を狩っているので街道はかなり安全になったということでした。それなら護衛がいなくても大丈夫だろうと思って護衛なしで出かけたのです。運送屋ギルドで雇った御者も大丈夫だと言っていたので、ライナスの考えが甘かったと考えるのは酷でしょう。
オスカーからアクトンの間、つまり領境付近でも冒険者たちが積極的に狩りを行っています。だから以前に比べれば、一時的にかなり魔物の数が減っています。それでも魔物は突然何もない場所から現れることもあるんです。今回は運が悪かったと考えるしかありません。
「それでここにいるのはみんなお前の恋人ってことでいいのか?」
「え? は、はい。そうなります」
家族に恋人のことを聞かれるのは気恥ずかしいことだと、レイは初めて気づきました。
「まあサラとはくっつくと思っていたが」
「そうなんですか?」
「初耳だね」
「ああ。みんなそう思っていたな。なあ、ハリエット?」
「ええ。屋敷の中のみんながお似合いだと」
「おにあい!」
ウェンディーが二人に向かってそう言うので、サラは恥ずかしさで顔を真っ赤にしました。今でも他人に指摘されるのは恥ずかしいようです。
「レイが跡取りなら、妻にはそれなりの家柄が求められる。少なくとも母のように騎士の家系の娘だろう。だが三男で跡を継ぐ必要がないなら好きにしたらいいというのが、みんなの意見だった」
「そんなことを考えてたんですね」
「ああ。もしレイがどこか娘しかいない貴族の婿養子になるなら、サラを側室として連れていけばいいと父も母も言っていたぞ」
「「そんなことまで」」
レイとサラは顔を見合わせます。一度たりともそのような話を聞いたことがなかったからです。最後の最後でサラはメイド仲間たちにからかわれましたが、それ以前には一度たりとも耳に入ったことはありません。
「あ、そうだ。母上の話で思い出したんですけど、ザカリーさんがここの冒険者ギルドのギルド長になってますよ」
「ああ、そういえば長いこと会ってなかったな」
「俺も久しぶりでした。最後に会ったのは五つのころでしたね」
レイたちが家族のことをネタに話していましたが、隣は隣で別の話で盛り上がっていました。
「レイ、ちょっといいかしら?」
「なんですか?」
ケイトと話をしていたハリエットがレイに声をかけました。そのハリエットが珍しく酔っているのがレイにはわかりました。マリオンの屋敷にいたときは、このような姿は見たことがありません。
ライナスたちは屋敷の離れで暮らしていました。食事は本館の食堂を使ってみんなで一緒でしたが、それ以外の生活はまったく別でした。やや浮世離れしたような、ほんわかしたハリエットとライナスが、普段からどのような暮らしをしていたのかをレイは知りませんでした。
「どうすれば夜そんなに何度もできるの?」
「「ぶほっ」」
レイとライナスがそろって吹き出しました。
「うちの人って淡泊でね」
「ちょ、ハリエット⁉」
ライナスが慌てますが、酔ったハリエットは話を止めません。かなり早いペースでグラスが空になります。その横ではウェンディーが「たんぱくってなに?」とシャロンに聞いています。シャロンは「夜に元気がないということですよ」とレジナルドをあやしながらウェンディーに返しました。
「あと二、三回くらい頑張ってくれてもいいと思うのよ。私もそろそろ三人目が欲しいし」
「いや、でも、限度がな?」
ライナスはレジナルドができてからも頑張ってはいますが、なかなか三人目ができません。もう一人か二人欲しいというのがハリエットの考えのようです。
避妊のための魔法や薬は存在しますが、妊娠するための魔法や薬は今のところ存在しません。だから子供を作りたいなら頑張るというのが基本です。
「ウェンディーは弟か妹がもっと欲しいか?」
「ほしい! いっぱい!」
レイが姪に声をかけると、わずかな迷いもない返事が返ってきました。ハリエットはうんうんと首を縦に振ります。それなら頑張って三人目四人目と作ってもらおうと、レイはとっておきを渡すことにしました。
「それなら義姉さん、夜にこれを試してください」
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「ドラジェ?」
「いえ、これは媚薬です。ベッドに入る前に一粒よくかんで口の中で溶かしてから飲み込んでください。飲みすぎると元気になりすぎるので注意してください。一晩で一粒だけです。厳守でお願いします」
「男女どっちが飲むものなの?」
「男性用と思って作りましたけど、女性が飲んでも問題ありません」
こちらはレイが弱濃縮タイプと呼んでいるものです。濃度は五倍ですね。一〇倍でも強すぎますので、五倍のものに作り変えたのです。
効き目としては体力回復剤に興奮剤が加わったものですので、男女どちらが飲んでも問題ありません。盛り上がるためなら二人とも飲んでもいいですし、妊娠が目的なら男性だけでもいいでしょう。
「それなら今日から二人でいただくわ」
「そうすると、来年の春くらいですね」
「なあ、レイ。そんなもの自分で作ったのか?」
ライナスはハリエットの手に中にある壺を怪訝な目で見ました。レイは「男性用と思って作った」と言いました。薬を作るというのはなかなか大変だとも聞いています。
「魔物を解体してるうちに【調合】というスキルが付きました。内臓は薬の材料ですからね。今は何種類かあります」
体力回復薬、魔力回復薬、鎮痛剤、毒消し、そしてこの媚薬を作っています。通常のもの以外に、五倍、一〇倍、二〇倍、一〇〇倍の濃度のものがあります。
「義姉さん、これは薬屋で買えるものよりも相当強めに作ってありますので、かなり効果がありますよ。体に悪いものではありませんし」
「自分で試したの?」
「いきなり兄さんと義姉さんで実験はできないでしょう」
「それなら大丈夫ね。ありがとう。ありがたく使わせてもらうわ」
ウェンディーが「わたしもげんきになりたい」と言って、シャロンが「大人になったら飲みましょうね」となだめています。
「効き目は保証しますわ。レイ様が野獣のようになりますの」
ケイトは頬に手を当てて顔を赤くしました。
「それは楽しみね。ねえ、あなた?」
「そ、そうだな」
その夜、ウェンディーとレジナルドは、サラとシャロンと同じ部屋で寝ることになりました。
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童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。
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